吹き荒れる雨の中、一人の青年が歩いていた。滝の様に流れ、周囲のビルに打ち付ける風に背中のマントを揺らし、それでも尚揺らぐことの無い足取りは彼の性格を表しているかのようだった。
自然が産んだ風と、人が作った建造物とが悲鳴をあげる以外に音はない。本来点いているであろう灯りもないその姿は、東京という世界でも有数の都市にはあり得ざるものだった。
それでも人がいないわけではない。青年の行く道には人が並び、その視線は全て青年一人に集中している。雨に濡れることを気にせず、上等のスーツとサングラスは闇に溶け込むようで、しかし微動だにせず見守るそれらは全て同じ顔だ。見れば、ビルの中も彼等で埋め尽くされている。その異様な光景にも青年は何も驚くことはなく、ただ握りしめる拳の力を強めるだけだった。
まるでモーゼのように、黒い海を渡った青年は、一人の男の前に辿り着く。これまで見てきた顔と同じ、かつて友と呼んだこともある男の顔だ。
「Mr.緑谷,Welcome back」
緑谷と呼ばれた青年は足を止める。
「我々も待ちわびていたよ。どうだ、壮観だろう?」
周囲を見渡すように言う黒い男に青年は一言だけ返す。それ以上の言葉は必要なかった。
「今夜で全てが終わる」
「知っている。既に結末を見たからな」
その不可思議な、確信めいた物言いにも動じない姿は、かつて誰もが抱いていた英雄の背と同じであった。
「だからこうして、そろって高みの見物だ。勝つのは私と皆知っているからね」
緑谷と呼ばれた青年は知っていた。もう自分以外の英雄はいないことを。100万を救う天使も翼を失い地に堕ちた。未来を見通し、希望に導いてくれた卿も最早いない。それどころか、世界にはもう自分以外の人類はおらず、英雄も、敵も、全てが等しく「彼」になってしまったことを彼は理解していた。
最早誰に望まれぬとも、彼は英雄として此処に立っている。恩師に貰った「英雄になれる」という言葉を抱き続け、今やかつての師を遥かに超えた力と受け継いだ心で彼はここにいる。たとえ、どれだけ絶望的で、勝ち目のない戦いだと分かっていても、最後に残った英雄としての責任を果たさずにはいられなかった。
向かい合った二人が走り出す。互いに分かっていた、両者の力には殆ど変わりがないと。そうであるならば、差を分ける決定的なものをどちらが有しているかも。
ほんの一瞬で二人の距離が近づき、握りしめた拳が互いに突き刺さり……
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実は俺には前世ともいえる様な不可思議な記憶がある。まぁ名前も思い出せないようなおぼろげな記憶ではあるが、とりあえず前世の俺は別世界の人間で、映画好きだということは分かった。そのなかでも特に好きだったのがMA〇RIXとかいう映画で、これだけはやたら記憶が鮮明である。シリーズを脳内再生できる位なので、俺も好きになってしまった。
話は変わるがこの世界には個性という超常的な力が存在する。幼いころはこの脳内再生が俺の個性だと思っていたがどうも違ったらしい。
小学生の頃、目の前で交通事故があった。衝撃で飛び散ってくる破片を目にして「あぁ、このまま死ぬんだな」と思った瞬間、視界の全てがスローになった。
最初は走馬灯みたいなもんかと思ったが、スローになった視界の中で、なぜだが鋭敏になった感覚が避けられると俺の体に伝えてきたのだ。それに従い上半身を動かし、全ての破片を避けたのだ。後でそれを見た人からは「あんなに早く動ける人間みたことない」と言われた。まぁ幼い体でそんな動きをしたらどうなるか……結局おれは病院送りになったのだが。
とりあえず俺は集中すると感覚が劇的に向上し、まさしく俺の好きな映画のバレットタイム中の様になるのだ。この個性に気付いた時、俺は決意した。
------俺も
男のロマンなのだ、アホだと言われても仕方ない。俺は両親に頼んでカンフーの道場に通わせてもらい、必死に体術の修行に励んだ。なけなしの小遣いで黒いレザーの服やサングラスも買った。そして見た目に反して芳しくない頭だったが頑張って勉強に励み、雄英高校を受験したのだ。
筆記は(多分)合格、実技は文句なし、後は併願の兼ね合いもあり、形だけの個人面談だけだ。
「準備は出来た? 角人」
「待ってよママン」
母に言われて黒い無地のスーツを着込む。中学は私服だったので母が用意してくれた。
やはり黒はいい。気分はあの世界の侵入者である。ヒーローになったらコスチュームは絶対ネオと同じにするんだという気持ちがより強くなった。ぎゅっとネクタイを締め、ピンを止める。なんとなくだが、サングラスをかけたくなって机から取り出す。
余談だが、俺は中学の頃から老け顔と呼ばれている。なんとなく物事を見極めてるっぽい雰囲気を醸しだしてうざがられてるのもそれを加速しているのか、よくこんなことを言われた。
『雄英? お前顔だけなら絶対敵なのにな』
上記は友人の談であるが、中二な病にかかり続けている俺は大人っぽいという言葉に脳内変換していた。しかし今、サングラスをかけた自分を鏡で見て絶句する。イギリスチックな顔立ちに黒いスーツとサングラス、これは自分が今まで思い描いて演じてきたキャラではない。これは……
「めっちゃエージェント・ス〇スやん」
三済 角人(ミスミ スミト)、雄英学園新一年生である。