救世主っぽい個性を手に入れたぞ   作:螺鈿

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見せ場ってのは自分だけとは限らないんだぞ

 雄英祭最終トーナメント第一回戦。オレことスミス対緑谷くん。緑谷くんはMCマイクの始めの合図を聞くと突っ込んできた。

 

 目に見えるほどの剛風を拳で撒き散らしながら一直線に来る姿は、彼の安定した個性の発動を思わせる。以前一緒に鍛錬した時とは見違える程だ。この短期間で、教えた通りにひたすら反復練習したのだろう。クンフーから彼の実直性がわかるよ。

 

「でやぁあああ!」

 

 顔面に向かって来る剛速球の拳を掴みとる。その瞬間何かが破裂したような音とともにリングに罅が入る。観客がざわめくが見た目ほど大したことはしていない。

 どれだけ凄くても、こうも軌道やタイミングが分かりきっているのなら受けるのも容易い。拳が掌に触れた瞬間力を地面に逃しただけだ。緑谷くんのコレはもう何度も見ているしね。

 

「Hmph,進歩(アップグレード)したな」

 

 などと頷きながら師匠ポジを楽しむ。緑谷は速攻が止められ、少しだけ顔を悔しそうに歪ませて引いた。

 

 いやぁ実はね、以前授業のあと頼まれたんだよ。格闘技教えて欲しいって。といってもその時は体重を乗せて力のロスを無くすちゃんとしたストレートの打ち方を教えただけなんだけどね。

 緑谷君は「え、それだけ?」って顔してたんだけど、オレ教えるの素人だしそんぐらいしか出来ないんだよね。オレのやってるマトリックスクンフーはオレの身体能力ありきだし、長年に渡って現実に使えるよう改造した無駄な努力の産物だから現実的じゃない。一応ちゃんと中国武術を元に日本の武道も通ってアレンジしてるから実用性はあるけど、間違っても真面目に武術やりたがってる人に教えるもんじゃない。自分で言っててなんか悲しくなるなコレ。

 

 そんなこんなでとりあえずストレートだけ教えた。スパーしようにも最低限形出来てなきゃ危ないということを伝えると緑谷くんも納得した。ていうかストレートやワンツーでも、極めればマジで世界奪れるよって言ったら割と驚いてた。もっと早くやればよかったって? 大丈夫大丈夫、テレフォンパンチだけでも直せば君の個性なら右ストレートでぶっ飛ばすことが出来るから。

 

 大陸の拳法、スタンディング、組み技、武器術、どの方向に行きたいのかも分からんし、そもそもオレじゃどれが向いてるかも分からないしね。まぁ基礎的なものは一緒な事も多いし、本当に触りだけ教えることにした。そんな軽い気持ちで姿勢や打ち方だけ教えてったんだよね。後はきちんとした人に教えられてくれって。

 

 でも驚いたのは、数日後に彼はきちんと教えた通りの綺麗なフォームで出来る様になっていたこと。聞いたら家に帰ってからも空いた時間はひたすら練習してたんだと。本人は大したことじゃない、人より劣る自分はやって当たり前だからって言ってたけど、ぶっ倒れるまで練習を続けるなんて普通の気持ちじゃ出来ない。

 その姿はまるでネオを目指して必死に稽古していた、小さな頃のオレの姿そのもので恥ずかしくなった。それだけ本気なんだってこの時になるまで分からなかった自分自身に。この高校にいる皆がそうなのだ、だからオレも彼らに接するときはそれに応えなきゃと思った。そうでなければ対等になれないから。

 

 そうしてオレは彼がストレートに個性を乗せられる様になるまで練習に付き合った。彼が個性を持て余しているのは聞いていたので、ゆっくりと個性を発動しながらもほんの数ミリづつ型通りに打つという練習方法を続けた。その結果なんとか右ストレートだけは体を壊せずに打てるようになった。その時の喜び様はまるでお小遣いを貯めてネオのコスを買ったときのオレの様で、思わずつられて笑顔になった。

 

 その後にお礼としてカラオケも奢ってもらった。実は彼もカラオケに行ったことがなかったらしい。オレも誘われるのを待っていたのだが、何事も待つだけではいけない。二人で勇気を出したのだ。たどたどしくも、しかしはっちゃけて二人で恋のサバイバルを歌ったのは楽しかった。

 

『緑谷ァアッ!物凄いパンチを打つが止められる! 微動だにしないアイツはナニモンだぁッ!?』

 

 スミスだよ。ネオでもいいけどスミスだよ。

 

「流石……三済くん」

「それほどでもない」

 

 別に謙虚じゃない。形になったとはいえ、ストレート。まだまだ慣れも浅いし、見る人が見ればテレフォンパンチなのには変わりはない。

 

「三済くん相手に小細工は意味ないって分かってる。だから……」

 

 緑谷くんが前傾姿勢になる。ドッシリと腰を落とした特攻の体勢。

 

「これでどうだぁッ!!!」

 

 緑谷くんの動きそのものに暴風が生まれる。踏み込み一つで地面が崩れ、粉塵が舞う。そして大砲の様な音と共に弾が飛んできた。飛んできたのは勿論緑谷くん。勢いそのままに、個性を使った右ストレートがやってくる。

 

 

 実は、雄英際が迫っていた頃、緑谷くんに隠し玉がもうひとつ欲しいと相談された。オレは彼の個性の都合上、付け焼刃ならやめておいた方がいいと言ったのだが彼は譲らなかった。頑固な彼に折れて形に出来そうにないなら使わないという条件で、二人で必殺技を考えた。その正体は……爆速ダッシュ。別にゴキブリは模倣してはいない。

 パンチが凄くても当たらなければ意味はない。こと対人戦なら尚更だ。なのでなんとか個性を使った移動方法を考えた結果、一歩だけ個性を使うことを考えた。踏み込んで止まる。言えば単純だがかなり苦労しているようだった。怪我をしては元も子もないのでまた基礎から考案した歩法を教えて、後は個人訓練に任せたのだ。予選では全く使っていなかったので、結局モノにならなかったのだと騙された。

 

『いっぱぁああああつ! 強烈なのが炸裂!! 緑谷BOYの一撃が決まったぁあああ! ていうか見えねぇぞコレ!!』

 

 たった一撃でリングの上に砂塵が舞い、オレの体が後ろへと地面に跡を残しながら飛ばされていく。改めてとんでもない個性だ。

 審判も判断を下せず、煙が晴れるのを待っているのだろう。オレはまだ負けていないことを証明するために動かない。

 

『ここに来て初めて見せてくる緑谷の個性!! スピーディで! パワフルで! クレィジィーだぁああッ!!』

 

 マイク先生、このノリで最後まで持つのか? ……持つんだろうなぁ、やっぱヒーローってすげぇや。

 

 煙が晴れた所で審判のミッドナイトの視線を浴びて緊張する。あの人エロすぎ何人の高校生の心を乱しているのか。もうスミスドキドキしちゃう。誤魔化す為に首をゴキリと鳴らした。

 

『残っている! 煙が晴れて現れたその男、三済角人!! ギリギリのところで残っていたぁあああッ!』

「決められなかったッ……!!」

 

 リングとして指定されている線のギリギリのところで踏みとどまったオレ。両腕で十字にガードしていたのを解いて2、3腕を振って調子を確かめると、後退させられて地面に残った靴の跡を沿う様に元の位置へ歩いていく。

 

「うあああああッ!!」

 

 再び突っ込んで来た緑谷くん。しかし悲しいかな、もうそれは見た。動き出しの遅さだの、移動とパンチのラグやロスなど、色々足りないし、バレバレなんだよね。まして武術をやってる人間からしたら丸わかり。

 何より君にはそれしか出来ないってことをオレは知ってる。まぁ相性が悪かったってことで諦めてくれ。オレもここでネオっぽさを示すために上に行きたいのでね。悪いがこれで終わりだ。

 

  威力を殺さず投げる。 どこぞの聖闘士みたいに後ろに吹き飛んでいくのを感じながら、ネオの如く華麗に決まった投げポーズをゆっくり戻す。

 

 勝った。残心のドヤ顔してたら後ろですごい爆裂音。な、なんじゃい!?

 

「痛ッ…ま、まだまだ!」

 

 いつの間にかリングに復帰した緑谷くん。え、なんでぇ?

 

『緑谷、デコピンで空中から戻ってきた!! まさしくクレイジースパイシーBOYだぁああッ』

 

 成程スゴイデコピンね。先生はもう何言ってるか分からんけど。しかしどうしたもんかね……

 

「やめたまえ、そういうのをしない為に鍛えたんじゃないか」

 

 緑谷くんの左指が、原型をなさないほどにボロボロになっている。痛々しいその姿は以前体力測定やヴィラン襲撃の時に見たそれだ。武術家のオレにはよく分かる。アレは後に引きずる傷だ。繰り返す度に未来を奪っていく類の傷である。

 その欠点を克服するために二人で頑張ったんじゃないか……

 

「ウゥッ……まだこれだけだ、まだやれる。」

「なぜだ緑谷くん。なぜ、なぜだ? なぜそこまでして戦う、立ち上がる?」

「……」

「それは君の未来を潰すやり方だ、分かっているのか?」

「……知ってるさ」

「ならば分かる筈だ、君は勝てない。未来を捧げてまで戦う意味はない」

 

 緑谷君はボロボロの指を隠すように構えた。まるでオレに対しても心配などさせないという様な顔で。

 

「やるって決めたんだ。言うんだ、僕が来たって……」

 

 そこまで言うなら仕方ない。優しく倒してあげようじゃあないか、緑谷出久。

 

 


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