救世主っぽい個性を手に入れたぞ   作:螺鈿

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自分が思ってるより人は人を見ていないぞ

 三済角人。緑谷の知る限り、現時点で格闘戦において彼以上の実力を持つ生徒は殆どいない。対抗できそうなのはほぼ互角の戦いを見せた尾白と彼以上の腕力を発揮出来る砂藤、才能の塊である爆豪位であろうか。

 

 そんな相手に、自分は挑まなければならないのだ。中位の位置を保てる常闇や轟ならともかく、自分に出来ることは殴ることと走ることだけ。そしてそのどちらも防がれている。

 

 ゆっくりと威圧感を持って歩を進めてくる彼に頭の中で選択肢が生まれ、消えていく。

 

(だ、ダメだ。打つ手がない)

 

「直ぐに終わる」

 

 浮かんだ手段は全て無意味になると予想できてしまう。三済が目の前に来て拳を振り上げたところでたった一つ残った希望にすがる。

 

「SMASHッ!」

 

 相打ち狙いのカウンター。自身の個性の力を信じ、緑谷は打ち合うことを選択した。これならば、耐久勝負に持ち込める。後は自分の気合次第なのだと心に勇気を灯して。

 

「えっ?」

 

 しかしその勇気はあっさりと躱された。振りかぶっていた腕でこちらの攻撃をいなし、流れるような動きで死角へと入り込んでくる。ヤバイと思った時には、鋭い衝撃が頭に走る。体勢が崩れた所に腹部にも、そして顔面。気が付けば地面に横たわっていたことにも痛みで気付けない。

 

『ダウゥーーン!! 緑谷悶絶している! いよいよ格闘家としての本性を現してきた三済! シンデレラの奇跡は、もう終わってしまうのかぁ!?』

 

「どうした緑谷、頑張れー!」

「初戦から盛り上がるなぁ! まだまだやれるぞー!!」

 

 プレゼントマイクの実況が響く。観客は優勢が変わったことで変わる展開に沸き立つが、冷静な判断を下す者達もいた。

 

「馬鹿が、最初から何も状況は変わっちゃいねぇよ」

「だな。唯一の希望があの速攻からの不意打ちだ。あれを完全に防がれた時点で……」

「緑谷とは完成度が違いすぎる。マトモに素手でやってちゃ俺だって勝てねぇよ」

「つくづく欲しかったな。オレのクラスに」

「……」

「これで終わりか?」

「それならそれでいい。特にアイツみたいに無理するやつはな」

「成程。だがな、イレイザー」

「なんだブラド?」

「同じ男に情けをかけられることほど、男に辛いことはないぞ」

「……実はトリートメントは拘ってる」

「何の話だ?」

 

 

 

 観客が沸き立つ声も、耳に入らない。意識を手放してしまいそうになる中で、緑谷は立ち上がった。痛みはある。だからこそ立ち上がれた。

 

 鋭く、重い攻撃。体の奥に響くようなその感覚は初めてで、それだけで意識を手放してしまいそうだった。しかしその中で、たった一つ違う痛みがあった。

 グシャグシャになった左指。神経が集まるその箇所の激痛は意識が飛びそうになるのを防ぎ、引き戻す切っ掛けになった。緑谷はこの時だけは泣きそうになるこの痛みに感謝した。

 

 

 先の攻撃で終わらせるつもりだったのだろう。心外だという様に幾度か首を横に振り、再び立ち上がった緑谷に詰め寄る三済。

 

 緑谷の荒々しいダッシュとは違う。ブレない重心でまるで瞬間移動の様に詰め寄る三済。繰り出される攻撃はトリッキーで、どれ一つ緑谷には防ぎようがなかった。

 苦し紛れに放った攻撃もあっさり流されて崩される。大きな隙を見せた所でハイキック。無様に地面に崩れる自分とは対照に、長身で長い足をゆっくりと降ろす姿は優美ですらあった。

 

 

 地面に伏せた緑谷を一瞥すると、三済は背を向けた。救護班に目を向け、視線で担架を促す。救護員は急いで向かうも、途中で驚いたように足を止めた。

 

 それを三済が疑問に思い、視線の先を辿ると再び立ち上がる緑谷の姿。

 

『緑谷ッ立ち上がるッ! どれだけ劣勢でも諦めない! フェニックスの様に何度でも!! 見てるか? 見てるか、TVの前のお前ら! これが雄英だ! 雄英の男だああッ!!!』

 

「いいぞぉ緑谷!!」

「一発当てりゃ勝ちなんだ、行けー!!」

「……え、でもちょっとヤバくない?」

「あの子は根性あるけどもう止めた方がいい。何やってんだよ審判」

「ていうかあの老け顔やりすぎじゃない? なんかカッコつけてるしアピールのつもりかよ」

「なーんかヴィランっぽいよな、アイツー」

 

 マイクのMCで更に熱を上げるも、所々困惑した声も上がり、雰囲気が変わってくる。審判であるミッドナイトは運営に目を向けるが、合図はない。ならば判断は彼女に委ねられている。

 止めるべきか止めざるべきか。彼女としては微妙なラインである。青臭い性が飛び散る熱闘は彼女の大好物であるが、ここから先は限界を超えかねない。まして未熟な彼等ならば尚更だ。

 

 やはり止めるべきか。個性を発動させるべく、タイツに手をやるも視線に気づく。視線の先にはひよっことは思えない程の圧力を持った存在。彼女の守備範囲外。

 

 三済はミッドナイトと目が合うと直ぐに視線を逸らし、緑谷の方へ向かった。その意図にミッドナイトは気付く。

 ミッドナイトから見ても彼は熟練した使い手である。彼であるならば、この場で上手い具合に試合を収めることが出来るだろう。この年頃の子のプライドを考えても、相手に負かされて終わった方が傷つかないで済むものだ。

 

 三済は棒立ちになっている緑谷に近寄る。観客の何人かが悲鳴を上げる中、容赦なく後ろ回し蹴りが放たれた。

 盛り上がる熱気が一転、地面を這うように吹き飛んで行く緑谷に観客が声を上げる。しかし中には冷静に見ている者もいた。三済の今の攻撃は焦点を絞らない、派手さだけの攻撃だ。故に衝撃は内部にとどまらず、こうして緑谷を場外へと飛ばしていく。

 

 三済がようやく終わったと、溜め息を吐いた瞬間に爆裂音。ゴロゴロと転がって戻ってくる緑谷。

 

「ま、まだヤレます……」

 

 転がったまま吐くように呟く緑谷。折れ曲がった指が増えている。

 

「はっきり言おう。今の君より個性を使わない尾白の方がまだ強い。この条件で君がオレに勝つのは不可能だ」

 

 言葉と共に見下ろす三済に緑谷は立ちあがり、構える。もう何度も見た光景に会場は呑まれていた。

 

 

「不可能かぁ……」

「事実だ」

「なら、プルスウルトラだね」

「なんだと?」

「て…いうかさ……そんな生ぬるい攻撃だから負けようにも負けられないんだよ。いつまで手加減してんだ、本気で来い! スミス!!」

 

 

 ここに来て相手を挑発する緑谷に動揺するミッドナイト。三済は首をゴキリと傾けて鳴らして服装を整えた。そして真っ直ぐに緑谷を見据える。その明らかな雰囲気の違いにミッドナイトは戸惑った。

 彼が怒って取り返しのつかない攻撃をしないかどうか、緑谷はまだ奥の手でもあるのか、ならば続けさせるべきなのか。

 

 彼女は男なら子供でも冒険をさせるべきという過激派だが、ここはかなりギリギリのラインである。本来なら興奮してくる筈なのだが、彼等の戦いは不安を感じさせた。故に恨まれても次の攻防を最後と決め、危なければ直ぐにでも止められるようタイツを破いた。

 

「行くぞ!」

 

 意外にも先に攻めたのは緑谷。止めるなら今が最後だとでも言いたかったのか、ミッドナイトに目を向けていた三済は不意を突かれていた。

 

 顔面に拳を受け、大きく後退した三済はゆっくりと顔を正面に戻す。入るとは思わなかったのか、目を丸くする緑谷に近寄り、殴り掛かった。

 

 

 今までに比べればわかりやすい攻撃に緑谷は防御したが、その防御ごと潰された。今までとはまるで違う動き。変則的なものはない。精確、精密、機械的で、暴力的なスタイル。その動きは今までのカンフーを元にしたものよりも、彼にしっくりくるように緑谷には感じられた。

 

 苦し紛れに殴打するも、まるで効いていないかのように前進を続ける。三済は裏拳ではたくように緑谷を殴る。軽く見えても吹き飛ぶ緑谷の姿に、三済の怪力が見て取れた。それでも立ち上がろうとする緑谷の頭を掴み地面に叩きつける。

 

「まだ続けるかね?」

 

 手で頭を抑えつけたまま耳元で囁くように話しかける。応える様に身動きする緑谷を確認すると、スミスは手をどけて腕を使い緑谷の首を極める。

 

「いい体験だ、締め落とされるといい。大丈夫、苦痛はほんの少し。後は気持ちよく意識を失う」

 

 今までの様に丁寧ではあるがその口調は確かに前とは違う。聞くものを強張らせる威圧感を伴っていた。

 

「知っているか? 今君が味わっている、この闇に落とされる感覚は死というものにとても近いらしい」

 

 ギリギリと締まっていくスミスの腕。対抗しようにも元の力が違いすぎてまるで歯が立たない。

 

「聞こえるかね、死が近づいてくる足音が」

 

 その様子に顔を顰めつつもミッドナイトは見守っていた。極め技で意識を落とすのなら、確かに安全に終わらせられる最善の方法であるからだ。

 観客もそれを理解しているのか、静まり返っている。

 

「しかし私がその足音を止めてあげるから安心したまえ。もしくは君がギブアップするか?」

 

 緑谷は最後まで諦めずもがき続ける。その姿に目を逸らす者も多い。1年生とは思えない気合や根性を見せた少年の終わり方としては、あんまりだという呟きも聞こえる。

 

「やめたまえ、足掻くだけ苦しむだけだ」

 

 緑谷の抵抗が落ち着き、ばたついていた足が止まる。見方によっては、しっかりと地面に足を踏ん張る様に。

 

「諦めろ。今の君はまだヒーローでもなければ何者でもないんだよ。Mr.アンダ……緑谷くん」

 

 三済の腕を掴む緑谷に再び力が宿る。全身の力が、ある一点に集中していく。小さく、苦しそうに、しかし強い意志で緑谷が声を漏らした。

 

「ぼ、僕は……」

「なに?」

「僕は、平和の象徴……」

 

 最後の声は、静まり返った会場に確かに響いた。

 

「デクだ!!」

 

 個性を使った跳躍。入試の時にも見せた大ジャンプ。しかし今は制御出来ている。ここに来て、ダッシュだけでなく両足を使った跳躍を緑谷は完成させた。

 

『こ、これはぁあッ! 三済ごと宙へ持ち去る大ジャンプ! 一発逆転か!? しかしこれでは二人とも場外になってしまうぞ!』

 

 三済ごと空中、それも場外へ向けて大きく跳んだ緑谷。驚いた三済の隙をついて腕の隙間から逃れ、空中で向き合う。

 

 三済に突きつけられた緑谷の指。ボロボロになっていない指を向けて、緑谷は笑った。

 

「ほらね、不可能じゃない」

 

 三度聞いた破裂音。今度は一人が場外へ、一人がリングへと飛んでいく。しかし疲労からの威力不足なのか、距離が伸びない。リングギリギリに緑谷は着地するがグラついてしまう。

 

 フラフラと後ろに倒れてしまいそうになるのを必死でこらえる。ここで後ろに倒れれば場外。両者敗北で全てが無になる。

 

 観客たちはその姿に立ち上がり、声を送る。自分たちの声で、あの少年の背を押せたらと思って。

 

『行けぇええ! 一歩前に出ろ、それで勝ちだぁああああ!!!』

 

 最早余力を失った緑谷が、僅かに力を取り戻し、一歩前に出て倒れた。一瞬おいて、スタジアムを揺らす歓声。

 

『緑谷! 一回戦突破!! これが、これが雄英のプルスウルトラだああああああッ!!!!』

 

 しばらくして緑谷をミッドナイトが立ち上がらせる。

 

「ほら、勝ち名乗りまでが仕事よ。しっかりやりなさい」

 

 緑谷がふらつきながらも手を挙げる。再び観客の歓声が上がる。その姿を三済角人はじっと見ていた。

 

 

 




前後編の前編みたいなもの。あと一話だけやって雄英祭編終わりです。

 

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