「いやぁ一時はどうなるかと思ったけど、最後はスカッとしたぜ」
「ねー。すっごいじゃない、あのもじゃもじゃ君」
「でも実際欲しいのはあのデカい方じゃね? ありゃ相当優秀だぜ」
「まぁねー、指名するなら普通そっちだよねー。結局最後まで平気そうだったし」
「でもガッツを示したのは小っちゃい子よ。大きな子は無表情で性格が良く分からないわ」
「ていうかなんであの子ナチュラルにヴィランっぽいのかな。顔も怖いしビジネス的には売り出しにくそう」
「別にいいじゃないか! オレは気に入ったぞ。研修に来てくれないかな、スカウトしよう!」
「Mr.ブレイブ。あなた……いえ、なんでもない」
まだ会場の声が聞こえる。まぁ盛り上がったもんなぁ。オレは無傷だけど緑谷くんはボロボロだ。大丈夫かな。
テクテクと帰りの通路を歩いてくオレは負け犬だ。あーあ、やっちゃったなぁ……。スミス溜め息でちゃう。
ヤバいわーホントヤバいわー。何がヤバいって何がヤバイかを言葉に出来ないことがヤバいわ。もう思考が上鳴くんだね、うぇい。
頭が上鳴になるほどパーになっているのは、何も負けたからだけではない。負けるだけなら別にいい。敗北なんてことは、武術をやってる人間なら何度も味わっている。悔しさは物凄く感じているけれど、それをバネにだって出来る。問題はそこじゃないんだ。
・優しく倒してあげようじゃあないか、緑谷出久
・君がオレに勝つのは不可能だ
・聞こえるかね、死が近づいてくる足音が
おおう。おおぉう……おっふ。もうダメ、死にたい。
なぜ、なぜ自分はあんなことをしてしまったのか。確かに緑谷くんをなるべく傷つけずに済ませようとしたのはある。内心「これは力よりも、心の強さを問う戦い(キリッ)」とか思ってちょっと口撃とかやってみたかったのもある。しかし、それで負けるとここまで恥ずかしいとは思わなんだ。しかもあの名言喋ってたら危うく言い間違えかけたし。
あまりの恥ずかしさに立ったまま壁を横殴りにする。しかしそれすら「なんか漫画チックじゃね」って言われてるようで恥ずかしくなってくる。
あぁ……唯一の慰めは、ミッドナイトがタイツ破るシーンをお目にかかれたことか。途中チラ見もしてたけど、そのシーンでガン見してたら殴られたのにはビックリした。目が合ってドキっとしてたんだよね。そんで照れ隠しも含めて思わずエージェントスタイルで本気出してしまった。
まぁあんな美人に見られてると思うとなぁ……。皆こうなのかな? 男って悲しい生き物よね。
「……お前が負けるとはな」
ヌルっと現れたのは轟くん。びっくりするじゃないか、思い出してニヤニヤしてたの見られてないよな。
「戦いに絶対はない」
だから許してください。張り切って緊張してたんです。
「アイツに証明するためにはお前の方がよかったんだがな……。お前は優勝候補だったし」
「評価してくれていたのに悪いな」
「いや、いいさ。それはそれでいい。アイツはオールマイトのお気に入りっぽいしな」
そうなの? 頼めばサイン貰ってきてくれるかね。
「じゃあな」
そう言って轟くんは去って行く。あまり話したことなかったけど励ましてくれたのかね、いやなんか違うか? よくわかんね。
しかし十中八九優勝するのは彼だな、間違いない。正直に言うとオレも手合わせしたかったものだ。
……いや、今のもダメだ。もうなんか心の中ですら何言っても恥ずかしいことになってる。今日は大人しくしておこうそうしよう。
「Mr.轟」
轟くんが足を止める。
「彼は強いぞ」
「……そうかよ」
そうなんです。わざわざ来てくれたので一応忠告をね。しかし他に言い方なかったのかオレは……
実際、緑谷くんはカッコよかったなぁ。観客が魅かれるのも分かるよ。『プルスウルトラ』、なんとなしに言ってた言葉だけど彼のあの姿を見て分かった気がする。
いつだって真剣で、全力で、その上でもう一歩限界を超えるんだ。オレも、彼の様に自分を超えてみたい。
クンフースタイルは強い。オレが独自に使うマトリックスクンフーは自分以上の力を持つ敵にも対応できるし、一対多数にも優れてる。でも、今更だけど、緑谷くんに使う必要はなかったんだ。
スピードもパワーも劣る彼相手ならオレができる最も効率的なエージェントスタイルが合っていたはず。傲慢かもしれないが、初めからそれでやってれば、彼の怪我は最小限で済んだかもしれない。
……本当に嫌になる。彼のためとか言って、オレは自分のことしか考えていなかったんだ。あれだけソムリエさんに言われたのに。何が救世主だ、こんな心構えで人々の希望になれる訳がない。
試合に負けたことより、このことが心を打ちのめす。いい加減変えなければ、そして自分を乗り越えていくんだ。
だから今は、心の隅に置いておこう。今の情けないオレの夢は。今は上ではなく前だけを見据えよう。
いや、これもめっちゃ恥ずかしいな。もう末期かもしれん。でも止められないんだよね。
ゴキリと首を鳴らす。ルーティンの様に心の在り方をリセットするには、不思議とこれがいい気がした。癖になりそうだけど、これならスミス以外に普通の人もやってるし、ノーカウントにしておこう。
さぁて、緑谷くんに激励に行くかぁ。先にドンマイって言っておいた方がいいのかな?
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試合後は観客として障子くんや砂藤くんたちの応援をしていた。もっちゃもっちゃとタコ焼きくってたらギャングオルカに名刺貰ったよ。「ヴィランっぽいからって悩むなよ。いつでも相談しにこい」とのこと。いい人か。
ちなみにオレの予想は見事に外れ、優勝はヤンキーこと爆豪くんが見事に奪って行った。今思えば轟くんとの会話はフラグだったかもしれん。済まぬ。
そんで緑谷くんは割と善戦したんだけどなんか炎使いだした轟くんに負けた。チートだろアレもう。それでもなんやかんやで重症が左腕1本で済んだのは奇跡か。しかし緑谷くん、君ちゃんとした師匠についた方がいいでマジで。
あとビビったのが、尾白くんが心操とかいう奴と戦ってた時の事。なんでも彼は会話に応えると洗脳出来るとかいうかなりチートな個性だった。どう考えても初見殺しなんだけど尾白くんは洗脳されてもなんか勝ってた。曰く
「な、なんでオレの個性が効かない……」
「ちゃんと効いていた。体が勝手に攻撃しただけだ」
「なに?」
「無空拳。鍛錬で繰り返される拳はやがて意識すら超えて、撃つという意識を持たずに放たれる。矛盾してるけど、意識して出来たことなんてなかった。運が良かった」
何それ怖い。
「運が良かったって、冗談だろ」
「君も鍛えれば出来るようになるよ。余計なお世話だけど、もっと体も鍛えた方がいい。君もヒーロー目指してるんだろ?」
マジで? 出来る気がしないんだけど。心操くん、洗脳されたらあかんで。
「ヒーローか。……笑うか? こんな個性で」
「笑う訳ない。本気なんだろ?」
「あぁ、普通科でも成績次第でヒーロー科に編入させてもらえるからな。絶対諦めない」
「楽しみにしてるよ。あと対人訓練ならいつでも付き合うからな!」
「ハッ、後悔すんなよ」
えぇ話や。二人は硬い握手をして、観客も生徒も先生も皆爽やかに拍手を送っておりました。
「いいぞぉおお!」
「ヒーローになったらウチの事務所に来いよー!」
「それどっちに言ってんの?」
「どっちもだぁ!!」
「いや、あの垂れ目はウチがもらうぞー!」
「じゃああの尻尾はアタシがもらうわ!!」
「二人とも頑張れよー、応援してるからなー」
暖かい拍手に包まれていました。青春だなぁとスミスは思いました。
次回はちょっと書き方変わるかも色々試してます。