彼は寡黙だけど、よく印象に残る人だ。見た目もそうだが、彼の纏う雰囲気がそうさせた。入学後に浮つく僕たちと違い、彼は始めから動じていなかった。いや、はじめから何かを見据えていた感じだったんだ。僕たちが明確にヒーローを意識するように、彼は何かを目指していた。
しかしそれは何かディスプレイ越しに見る様な無機質な目で、僕はそれがたまらなく嫌だった。
そんな印象を変えられたのがオールマイトによる対人戦闘訓練だった。
「ちょっとアレ見てよ、尾白と三済が戦ってる!」
「うわ、かっけぇ!」
「すげぇスピードだ……尾白もそうだけど、三済もヤバいなコレ」
モニターには尾白くんと三済くんが戦っている姿。二人は素人から見ても凄いと思えるほどの格闘戦を行っていた。
「ねぇ、アレって個性使ってんの?」
「尾白はともかく三済はわかんねぇな」
「まだ使っていないぞ、アレは純粋な技術だな。皆、障子くんや葉隠くんの方もいいが、少しだけこっちに注目してくれ。アレは良い見本になる」
オールマイトに指示されて皆が集まる。三済くんが尾白くんに何かを言うと、二人の戦いは更に激しさを増していった。
「彼等は相当に鍛えたんだろうね。見てくれ、堂々としているだろう?」
三済君が大きく跳躍して膝蹴りを放つ。当たったら危ないのではと思えるほどの攻撃だが、躊躇いなく撃ち、そして躱される。二人は互いに何の動揺も見せず次の行動へと瞬時に移っていく。
「個性に頼らない強さってのは大切だ。彼らの様な格闘技術だけに限らず、冷静な判断力、思考の柔軟性、なんでもいい。君たちはこれだけは負けないっていう自信を持っているかい?」
あの二人は、自身の肉体と技術に対する自信が見て取れた。遠回しにオールマイトから自分への自信の無さを指摘されたのだろう。そういう口調だった。
「そういう意味で言えば、個性関係なしに高い格闘技術を持つ彼等は頭一つ抜けているのですね」
「そうだけど、まだ微々たる差さ! あとはもし個性が使えない状況で、彼等の様な敵に対して自分だったらどうすればいいのかなんて考えるんだ」
「個性が使えない状況?」
「結構あるんだよ、プロの現場ではね。特に複雑な個性の持ち主なら尚更だ」
オールマイトの言葉に皆それぞれの考えを巡らせていた。僕もその手のことは好きだし得意だが、今はそんな気になれなかった。
自分に対する自信の無さ、それは自覚していたが彼等を見たとき大きなショックを受けた。
僕は今まで何をしていたんだろう。ヒーローやヴィランを自分で分析して、それに対して出来るかも分からない行動を考えて、それで終わりだ。彼らの様な力が、自分にない。
バックボーンがないんだ。今まで、努力とも呼べない薄っぺらいことしかしてこなかった。だから今、力を手に入れても自信がない。これは因果だ。僕は、自分がどうしようもなく情けなかった。
「でもさ、アイツ等なんか楽しんでね?」
「捕獲するのも出し抜いて逃げることもしてないしね」
「二人とも完全に目的が頭から抜けてますわね」
「Hmm……ま、まぁ彼等もまだまだだな!」
僕が落ち込んでいると、肩に手を置かれたことに気付く。
「大丈夫? デクくん」
僕のパートナーの麗日さん。僕の様子に心配をしていた様だった。
「……うん! 大丈夫だよ、二人が凄いから驚いた!」
「そ、そうなの?」
「実際彼らの様な敵が現れたらどうすればいいのか。現時点のボクじゃ敵いっこないし、やっぱ逃走するのがベストなのか? そもそも今回の想定では勝利条件が明確に設定されているんだから交戦すること自体が間違いなのかもしれない。そうなるとむしろヒーロー側にこそ隠密行動が重要視されるのか。成程、なら僕がすべきことは……」
「だ、大丈夫そうだね」
ないものねだりしたってしょうがない。どれだけ情けなくたって、僕は今やれることをやるしかないんだ。それは少なくとも、自分のパートナーを心配させることじゃない。
麗日さんを安心させると、いつものように思考の海に沈んでいく。その直前、視界の隅に入ったオールマイトはこっそりサムズアップをしてくれていた。
その後、オールマイトの言もあり僕は格闘術を学ぶために尾白くんの下に行った。身体強化系の個性には格闘術の習熟は必須である。授業だけで満足する訳にはいかない。僕は尾白君たちと比べれば始めるのが遅いのだから、とにかく努力しなければ。
「え、オレに? いやぁオレなんてまだまだ未熟だから、ちょっと人には教えづらいなぁ……」
尾白くんには断られてしまった。彼は意外と頑固で、あの授業以降教えを乞う他のクラスメイト達の頼みも断っていた。曰く、「変な癖とかつけたら申し訳ない」とのことだ。練習試合とかなら喜んで付き合ってくれるのだけど。
「そうだ、スミスに教えてもらったらどうだ? アイツなら幅広い流派やってるし、教えるのも上手そうだったぞ?」
「スミス?」
「あぁ、三済のことだよ。絡んでみたら、意外と話しやすい奴だぞ」
もうあだ名で呼び合っていることに尾白くんのコミュ力を感じた。威圧感のある三済くんと仲良くなるあたり、本当にいい人なんだろうと思う。
尾白くんは良い人だけど意志が強い。アドバイスもくれたし、折れ所だと思って感謝を述べた。三済くんは正直苦手だけれど、強くなる為ならなんでもする気持ちには変わりない。
……でも、実は知ってる。そんな頑固な尾白くんも葉隠さんには根負けしていることを。軽い護身術とかをこっそり教えていることを。ぶっちゃけ折れたのは、邪魔をされた葉隠さんの反応が怖かったのは少しある。
苦手だのなんだの言ってられない。いざ勇気を出して三済くんに頼んでみると、尾白くんと同じ理由で一度は断られた。しかしどうしてもと頼むとストレートの打ち方を教えてくれた。
正直言うと、格闘戦という戦い方そのものを教えて欲しかったのだけれど。
「何か一つでも本当にモノに出来たら、他のなんて大して必要ない」
武術を真剣にやってきた彼からすれば、僕の態度は決して良いものではなかったのだろう。それはそうだ。彼からすれば僕なんて素人なのだから。
実際、やってみたらまるで上手くできなかった。スマホで自分の動画を撮影すると、彼の言うこともよく理解できた。教えられたこと一つ出来ないで、大口を叩いていたのだと思うと顔が赤くなる。
平和の象徴になる為の近道はない。その日は一晩中練習し続けた。
何日かした後、放課後に体育館で練習を続けているとそれに気づいた三済くんに驚かれた。
「力にならせてくれ」
三済くんは真剣に僕のことを考えてくれていたらしく、ある程度教えた形が出来たことで話をしにきたらしい。改めて以前の相談が素人の無知であったことと、彼を印象で判断して誠実さに気づけなかったことに恥ずかしくなる。
僕が個性について三済くんと相談をすると、とりあえず感覚を掴もうということからはじまった。
彼が提案してくれたのは古武術の練習方法を取り入れたもの。ゆっくりと、今まで練習した通りの正しいフォームで拳を打つ。そのスピードはまさしくカメの様で、全身に神経を張り巡らせていなければ直ぐに崩れ、叱咤された。今まで同じようで遥かに難しいそれを繰り返す。
この感覚を僕は知っている。ワンフォーオールを制御しようとする感覚とよく似ていた。オールマイトが力の制御にそれほど困惑しなかったと言った訳が分かった。オールマイトは個性を受け取る前から身体は鍛えてたって言ってたから、多分武術も相当やり込んでいたんだ。
そして目処が立った所で今度は個性を最小限に乗せて放つ。これも相当難しかったが、今までやってきた分、ストレートだけはなんとなく感覚を掴めた。
全ては繋がっているのだと思い知らされる。積み上げた力が自信になるという意味も。
右ストレートだけ個性を使った攻撃が制御できるようになると、僕は彼に深い感謝をした。その後に雄英祭に備えるための相談にも真剣に乗ってくれた。
この時には今までの苦手意識はなくなっていた。僕の練習に寡黙に付き合ってくれ、導いてくれた。見た目の印象も思慮深い性格と言う風に変わった。何故かサングラスをくれたり、実はコスチュームが別にあったり、変な所もあるのも知った。二人で初めて行ったカラオケでは予想外の選曲ばっかりで、笑いっぱなしだった。
もう僕の中では、三済くんはスミスくんと呼べるぐらい、大切な友達になっていたんだ。
だから恐ろしかった。雄英祭トーナメント、スミスくんと戦った時の最後の最後。
「今の君は何者でもない。諦めろ、Mr.緑谷」
意識が朦朧としていた為、はっきりと聞こえた訳ではない。だがその言葉を聞いてスミスくんが僕を締め落とした瞬間、
8、いや9人か? 何かの人影が僕を見ていた。彼らと眼があった時、僕は何かを受け取った。形のあるものではない、強い意志。そして何かの警告、危機、使命のようなものを。
『う、うあああああああああああ!!!!』
叫びとともに現実に引き戻された。一瞬の力を振り絞り、自分の存在を示すように飛ぶ。
その後はなんとか勝つことが出来た。僕は半分訳の分からないままリングの中で胸を撫でおろすと、視線に気が付く。それはスミスくんのものだった。
それは好奇心だった。場外で佇んでいる彼の関心が、僕に向いているのが分かった。何の悪意も、悔しさや敵意もなく、僕に対してあの映像を見るかのような目で僕を見ていた。
その時、理解してしまった。あの時影から受け取ったモノの意味を。
僕と彼は絶対に相容れることはない。彼の存在は、僕の力が決して許すことはない、対極であることを。
「congratulation.応援しているよ、緑谷くん。」
「……ありがとう」
「早く傷を治すといい。それと怪我の事、済まなかった」
「気にしないで、僕が選んだことだから」
「また一緒に鍛えよう。もうこんな怪我をしないように」
「うん! その時はよろしくね!」
その後、控室で会った時は僕の知ってる彼だった。僕の言葉に震えはあっただろうか。この時ばかりは怪我で誤魔化せることに感謝をした。
去って行く彼を見て、酷く安堵した。そして願うばかりだ。彼のあの眼の対象から自分が外れることを。
こんな言い方はおかしいと思う。でも、僕にとって親しい友である筈の彼と、別人のような彼。それは理解できない、したくない存在。それが三済角人だ。
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