救世主っぽい個性を手に入れたぞ   作:螺鈿

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期待ってのはなるべく応えた方がいいんだぞ

 ついに来たぜ職場体験。この迷宮染みた駅から飛び立った先に、オレ達の新体験が待っている! 

 ところで尾白くん、裏新宿へはどっちだい?

 

「ちょっと待ってくれ。乗り換えなしで行けるルート探してるから」

「すまない」

 

 いい奴である。葉隠さんを見送った後、こうしてオレを助けてくれるいい奴である。

 ここは魔境。拡張しすぎてスマホでさえ混乱する。そんな駅を案内してくれる彼に感謝。

 

「俺は迎えが来るから気にしないでくれ」

「流石に財閥系の事務所は違うな」

「こんなことがなかったらまず話が来なかっただろうし、緊張するだけだよ」

 

 尾白くんは熱い知名度により、武術の総本山的な事務所にスカウトされた。なんでも武術を前面に出しているところが評価されたらしい。若手が打ち込んでいる姿をPRしたいとのことだ。

 

「まぁ折角だからね。貪欲になれって先生に言われたし」

 

 広告塔になる代わりに、事務所が抱えている達人達からの指導を受けられるとのこと。この手の世渡りにも何処か吹っ切れた様子だ。

 

「そうだな。オレもそうするつもりだ」

 

 尾白くんに同意したのは砂藤くん。彼は芸能界に強い事務所に行くのだ。ヒーローになればメディアと切っては離せなくなるので、それならばと逆にコネを作りにいくつもりらしい。

 

「じゃあオレこっちだから」

「あぁ、またな」

「成長して会おうぜ」

「幸運を」

 

 1人空港に向かって行く障子くん。彼は災害に強い事務所に行くらしい。その場のノリに流されない彼らしい選択だと思う。是非頑張って欲しい。

 

 さぁ、オレも行くとしよう。新たな環境で、新たな自分を見出しに。その一歩を踏み出すのだ。

 

「スミス逆だ。ギャングオルカさんのとこには下りで行った方が近いから」

 

 済みませんね、ありがとです。そんじゃ行きますか。

 

 

 

 

 

 さてさて、やってきたるはギャングオルカ事務所。雄英祭後に自分の動きや戦い方を相談したら、なんか普通に親身になって話をしてくれた。研修前にも話してたら

 

「職場体験? ウチこいや。直接見てやるから」

 

 とのことでした。他の指名してくれた人たちには悪いが、ギャングオルカさんのところが気になっていたのでこちらにすることにした。いやぁしかしホントにいい人だなぁ、ギャングオルカもといサカマタさんは。

 

 駅を降りてテクテクと歩くと事務所に着く。トントントン、と扉を叩いて開く。

 

「おらぁ! さっさと立て! ちんたらしてたらヴィランが戦争を終えちまうぞ!? 戦場に行きたい奴は今死ね!」

「今の君たちはクソの山だ。マスかいたおパンツのカス程度の存在になりたくなければ、死んでも死ぬ気で立ち上がれ」

「いいか、ヴィランが幾何学的な配置であるならば攻撃は予測できる。効果的な動きで最大のダメージを最大数に……」

 

 あぁ、うん。あるある。

 

 

 スパルタな訓練場を兼ねている、大広間らしき所で立ち尽くしていると大きな人影がやってきた。

 

「おう、よく来たな」

 

 あ、ドーモ。ギャングオルカ=サン。

 

「Mr.サカマタ。お招き頂いて感謝します」

「あぁ、俺らもお前が来てくれるのを待ってい……誰もここじゃてめぇを歓迎なんざしねぇ! いいか、プロの活動を知りたいなら死にもの狂いでついてきやがれ!!」

「イエッサ」

「それとオレの事はここでは社長(ボス)と呼べ」

「イエス、ボス」

 

 体育会系である。雄英で慣れてるから構わないけど。しかしボス自らお出迎えで案内までしてくれるとは。本当にいい人である。

 

 ボスと雑談しながら事務所を案内された。ここから数日寝泊まりする部屋で荷物を降ろし、コスチュームという名のスーツに着替えて先程の訓練場に向かう。どうやら紹介があるらしい。緊張しちゃうね。

 

 

 

「月並高校から来ましたテンプレイトです! これからよろしくお願いします!」

 

 既に他の職場体験者の自己紹介が始まっていた。皆よろしくー、仲良くやろー。

 

 しかしアレだね。色とりどりのコスチュームの群れの中で、黒のスーツ姿って浮かないだろうか? これは面白いことを言って場を和ませなければ。

 

「スミスです」

 

 特技はリップシンクですが歌も歌えます、一曲やります……と言おうと思ったら遮られた。

 

「こいつらが今日からウチで職場体験することになるファッキン・コメディアン二等兵だ。人間じゃねえ、ただのマスかき猿どもだ。存分にしごいて後悔させてやれ!」

『サー・イエッサー』

「声が出てねぇぞ、指導ー!! 最近暑くなってきたしな、お前らも体調には十分気をつけて……死ぬ気でコいた声出しやがれ!」

『サー・イエッサー!』

「よぉし、それじゃ続けろ!」

 

 ボスからの紹介が終わると何人かの先輩が集まってきた。指導方針を決める為、今の自分の戦闘スタイルについて聞きにきたようだ。どうもこの事務所は戦闘においての実践的な訓練に力を入れているらしい。

 

 此処ギャングオルカ事務所はかなり平均年齢が若い。ボスと周りを固める数人のサイドキックを除くと殆どがインターンや大学の研修生など若手ばかりとのこと。それは若手を育てたい、経験や知識を伝えて若者の力になりたいというボスの方針故だ。ボスの事務所は受け入れ実績が多く、大変な名門とのこと。何人もの大物ヒーローを排出したり、既に名を上げたヒーローが学びに来ることもあるらしい。……やべぇ、知らんかった。

 

 実際ボス自身も面倒見がよく、諸先輩方のサポート体制も整っている。つまり、すっごく良い事務所なんだなってスミスは思いました。

 

 

 

「じゃあみんな、ギャングオルカ事務所恒例のアレやろっか!」

 

 まとめ役っぽい人が声を上げた。アレとはなんでしょう? わらわらと広間にいた方々が集まってくる。

 

「ギャングオルカサイドキック百人組手! 最初は個性なしでいってみよー!」

「実際に百人いるわけじゃないけどね」

 

 新人たちにオープンフィンガーのグローブとヘッドギアが渡される。そして先輩たちがいくつかの組に分かれた。

 

 先輩たちは既にリング代わりのマットに上がって待っている。とりあえず拳で語ろうというこの空気、いいと思います。

 

 隣を見ると不敵な顔の同期たち……と思ったが単に緊張してるだけっぽかった。それでも覚悟を決めるとそれぞれリングに上がっていく。

 

「一つ揉んでやるか」

「先輩の胸を借りさせて頂きます」

「ハッ、胸借りるっつうツラかよ」

 

 的な様式美をしていた。羨ましい。オレもやりたい。

 

「……」

「……よろしくお願いします」

「……あ、あぁ」

 

 なんやねん、この点々の多い会話は。まぁいいや、こっちも始めるかぁ……

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……ま、負けました」

「フッ。1年のガキにしては良い線いってるぜ。精進しな」

「ハ、ハイ!」

 

 先輩と新人。青色の汗を流す二人。

 

 爽やかだなぁ。同期が先輩との絆を着々と築いていく横で、オレは屍の山を築き上げていた。

 

「そこまで!」

「ありがとうございました」

「……」

 

 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 

「次お前行けよ」

「いいけどよ。怖いんですが」

「私も怖いですハイ」

「あんなん新人じゃねぇよ、色々と」

「震えてきた。やりますけども」

「これが絶望感か。ヴィランとの実地訓練でも感じた事ないのに」

「じゃ、逝きますか」

「あい、逝かれますか」

 

 ジェンガの如く対戦相手を積み上げていく。別に先輩方が弱いわけじゃない。手合わせすれば分かる。若いのにしっかりと積み上げたものを感じる。しかしアレだ、条件がちょっとね。

 しかしエージェントスタイルを解禁したオレだけど、コレちょっと凄いわ。次々と来る先輩の攻撃を淡々と捌いて拳や蹴りを叩き込んでいく。すると更に積みあがる屍の塔。

 

 まさしく絶好調。異形系の人もいるけど、個性なしなら今の俺の敵ではない。なんていうか体育祭以降体が軽いって言うかキレるっていうか。 オレも一歩乗り越えたってことなんですかねぇ……

 

「あ、あはは。君強いねぇ。雄英祭一回戦負けだっけ? なんで負けたの、いやホントに」

「相手も強かったので」

「……そっかぁ。最近の子は凄いなぁ」 

 

 そういう先輩と年は大して変わらないと思う。視線が何故か上の方に。遠い目をしないで、先輩。

 

 割り当てられた組を殆ど片付けると、他の研修生との組手を終えて観戦していた人たちを見る。覚悟を決めたような顔してた。そんな顔しないで、気軽にどうぞ。

 

「はぁ……悔しいけど、これじゃあちょっと相手にならないね」

 

 まとめ役っぽい人が前に出る。その両手には特徴的な武器、旋棍と呼ばれるものが握られていた。所謂トンファーキックに使われるアレだ。

 

「君にはワンステップ先で丁度いいみたい。ここからは個性と武器を好きに使っていいよ。私も使うから」

 

 認められたのだろうか。周りの視線が驚きと共に集まる。嬉しいけどこんなに注目されると緊張しちゃう。ていうか目の前の先輩が美人で緊張する。やべぇ、今更ながら意識したら止まらなくなった。落ち着くために呼吸一つ。……OK、これで大丈夫。

 

 ヘッドギアとグローブを外し、襟に手をやりスーツを整える。決して意識している訳ではない。

 

「落ち着いて……しっかり、しっかりするのよ、私」

 

 集中力を高めていく先輩。その凛とした佇まいで今までのインターン生との格が違いが分かる。周りの正規のサイドキックたちも「ほう、アイツに全力を出させるか」的なことを言っていた。

 

 胸の高鳴りがバレないように拳銃の調子を確認をしつつ、サングラスをかけ、プラグをはめる。これは決してカッコつけではない。どのような状況にも対応できるベストの装備がこれなのだ。良い所を見せたいという気持ちは一切ない。

 

 最後に首をゴキリと鳴らし、合図を待つ。ちょっと空いた時間。ドキドキが止まらないので、一句読みます。『グラサンに 映る私の 青い春』、スミスでした。

 




 研修編。のんびり進めます。

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