今日は座学の後の実地訓練だ。それぞれのグループに分けられてサイドキックの先輩に引率されていく。今日は真堂先輩と一緒のグループ。職場体験といっても様々な学年や、中には大学生組もいる。高一はオレだけで、一番年下の下っ端だ。ここは目をつけられないように大人しくしておこう。
「君はまるで引率の先生っぽいな、三済君!」
やめて下さい真堂先輩。
4人程のグループでカフェに座る。今日は皆私服だ。俺だけスーツだが。目立たなければなんでもいいらしい。
ちなみに泊りがけなので座学は夜行われている。こないだ寝落ちしかけている人がいたが……
「コレ持ってろ」
って言われてピン抜いた手榴弾持たされてた。持たされた奴は眠気も吹き飛んで顔面蒼白で必死に抑えてたけど、アレまさか本物じゃないよね?
引率の先輩が席について注文する。ランチと選べるデザートだ。デザートはティラミスでお願いします。
「よーし、まずやることは?」
「店では常に出入り口の見える席に座り、逃走経路と避難経路を頭に入れる」
「いいぞ、非常口も忘れるな」
やっていることはパトロールや警護、日常における心構えや行動の訓練だ。座学で学んだことを実践できるかというもの。こういったものは学校で得ることは難しいので、実にタメになる。
「よし、じゃあ次。テラスの男、お前やってみろ」
「えーと……アイルランド系、30代、結婚してる。指輪を触ってるし、多分家族で旅行中。座り方を見るに、仕事はデスクワークじゃない」
「40点。アレは一人旅行だ、待ち合わせ中。現地に知り合いがいるんだろう。香水をつけてなかったし不倫ではない。次、お前はカウンターの女性二人組やってみろ」
やっていることは観察の訓練である。洞察力を高め、体に刷り込ませて事件が起きる前に兆候を察知するヒューミント訓練と呼ばれるものの一種だ。正規のサイドキックの方々はもう慣れたもんで、無意識にやっているらしい。そしてこれはスパルタ訓練により疲弊した肉体の回復時間も兼ねている。ランチとケーキを食べながらではあるが、決してお遊びではないのだ。
「真堂、お前は及第点だ。一年間頑張ったもんな、よくやったな」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに机の下で小さく拳を握る真堂先輩。今の所唯一合格を貰っている。ていうか前から思ってたけど、先輩って前からこの事務所と繋がりがあるんですかね?
「スミス、やってみるか? 表の車のナンバーは?」
「北側から……」
とりあえず6台分述べた。合っていたらしく、先輩は面白そうな顔をする。
「ウェイトレスの利き腕」
「左」
「カウンターの男の体重」
「98」
「車の中に護身用の武器があった。どの車だ」
「トラック。運転席のケースの中」
先輩からパチパチと小さく拍手をもらった。コードを読み解く様に見ればそう難しくはない。そう感じるのも日々の勉強の積み重ねなんだろう。こうして褒められると頑張った甲斐があるなぁ。
「じゃあ最後だ、一番奥の男二人組」
妙に真面目な顔をしている。ゆっくりと後ろを振り返って観察する。するとそこには真っ白に染まったスーツとドレッドへア、いかにもなサングラスを決めた男二人がモンブランを頬張っていた。
「20、もしくは30代の双子。異形系ではないが、それに近い個性持ち。懐に武器。それと腰、靴、少なく見積もっても6カ所以上に。技を持っている。軍歴か、それに近い経歴。それも普通じゃない代物」
「なぜそう思う?」
「腕時計を反転して着けている。反射を恐れてる。普通の人間は狙撃を警戒しない」
「……合格だ」
やったぜ。でもあの人らナニモンよ。自分で言ってて怖くなってきたんですけど。
「ちょ、ヤバイ奴なんですか?」
「警察に連絡した方がいいのでは?」
「静かにしろ。まだ何もやってないだろ」
先輩がオレ達を落ち着かせる。しかし雰囲気からしてどうも知った人みたいだ。
「一応民間警備会社所属ってことになってる。オレ達の中では有名人だよ。悪名でな。お前らもヒーローやってりゃその内知ることになる」
モンブランを食べ終わり会計を済まして出ていこうとするが、出口付近にいたオレ達の前で立ち止まった。
「どうも、今日は研修で?」
「えぇ、ウチの可愛い子ちゃん達ですよ。……言ってて吐き気がしてきた」
「成程、その内一緒に仕事するかもしれないな。よろしく、ヒーローの卵さん」
「ヨロシクはご勘弁。それにコイツラまだ卵ですらない。いいとこダボハゼの糞ですよ」
「その割にはクールだ。そこの彼なんて新人とは思えない」
「コレは例外。老け顔なんでね」
「あぁ、確かに。では近い内にまた……」
店から出ていく二人組。しかし半端じゃない使い手だなアレ。雰囲気もUSJにいたヴィランとは比べ物にならない。さっきは言わなかったけど、多分人も殺し慣れてる。……それも日常に染みつく様にだ。
「……チッ、こっちは会いたくねぇっての」
背もたれにもたれかかる引率の先輩。コツンと頭を叩かれた。え、何ですか真堂先輩?
「お前怖くねぇの? アレ見て」
いや怖いですよ。今も震えて声も出せねぇ、ハッハッハ。
「やっぱ雄英ってすげぇな。……クソッ、仮免試験が控えてるってのに俺ってやつは」
何か爽やかじゃないですね。初めてみる顔です。ほら、笑って下さい。ティラミスが来ましたよ。
「ティラミス美味しそうだな。やっぱ俺のチーズケーキと交換してくれ」
……縦社会は辛いぜ。
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今日も今日とていつもの訓練。ソムリエ先輩との特訓も並行し、研修も終わりに近づきつつある。そんな中で与えられた休憩時間にぶっ倒れていると隣に真堂先輩がやってきた。
「やぁ三済君、今日もやってるね」
そういう先輩もフラついている。偶々休憩時間が被ったようだ。
「ちょっとさ、聞かせてくんない? 雄英の事とかさ」
そう言いながら飲み物を差しだしてくる。地味に退路を断たれた気がするのは気のせいか。
「あぁ、どんな訓練してるのかとかでいいからさ。今年からオールマイトもいるんだろ?」
促されつつとりあえず思いついたことを喋る。真堂先輩はコミュ力が高く、まるで誘導されるかの様にこちらの話を引き出してくれる。話していて実に楽しい。もう何でも話しちゃうね。
「あぁ、ありがとう。ところで君ってクラスでどの位の強さなのかな? やっぱり上位? 他にもっと強い人がいたら詳しく教えて欲しいな」
そう言われてもなぁ。雄英祭では1回戦で落ちたけど、尾白くんや砂藤くんとはいい勝負してるし。よくわかんねぇや、多分それなりなんじゃね?
「そこそこかと」
「そこそこか。マジかぁ……」
ため息をついて落ち込む先輩。……やべぇ、空気が重い。どないしょコレ。
「エリートさんから見てオレ達はどうよ? やっぱりそこそこ以下の連中か?」
「いえ……」
口調が変わる真堂先輩。雰囲気が何処かコスイ感じになっている。
「わっかんねぇだろうなぁ。ここに来るのってちょっとかなり大変なんだぜ?」
「……」
「事務所のイベントに顔出して覚えてもらって、マワリ先輩とコネ作って頼み込んで、1年から私的に訓練に参加して、そうやってようやく職場体験までこぎつけるんだ。いきなり指名貰えるエリートから見たらバカみたいなあがきなんだろうなぁ……」
「そんなことは……」
「すげぇよなぁ。戦闘訓練も、観察訓練も。一年なのに大したもんだよ。ホント……」
その言葉に何も返せなかった。雄英の利点といえばそれまでだが、それはオレが言うべきことじゃない気がする。
他の学校の事情を聞いても何も言えない。この事務所の熱意を見てしまったから。先輩がどうしてもここに来たかったのも、それだけ本気だったという証拠だと思う。
二人座って黙々と飲み物を飲む。……ドクターぺッパーかぁ。
「ヨーくん! 何してんの、男同士の友情ってやつ? ズルい、私も入れて」
急に後ろから手が伸びて真堂先輩の頭にヘッドロックがかかる。実に美しい形だ、そして先輩も美しい。
真堂先輩はバタバタと足掻くがあれだけ綺麗に決まると多分抜け出せないだろう。しばらくして満足したのか解放されると俺の方を指差す
「先輩。三済は大丈夫なんですか? 顔が怖いって泣いてたのに」
「な、泣いてないし! もう、嫌だなぁヨーくんは! み、三済くん、よろしくね、元気?」
「噛んでますよ」
「あ、あはははは! もう! これで和んでくれたかな?」
「……これからはスミスで構いません。一応ヒーローネームなので。一応」
「じゃあスミスくんだ。いい名前だね、こう……スミスっぽくて!」
「どうもありがとうございます」
「マワリ先輩、声が裏返ってます」
スミスって名前も気に入りそうです。貴女の言葉で言われるのなら。……などと我ながらアホなことを思ってたら休憩がそろそろ終わりそうだ。
「研修も終わりだねー。多分もうすぐだから、二人とも頑張って」
「はい」
「ヨーくんも、一緒に現場出れるの楽しみにしてるよ」
「頑張ります。あとそれ言ったらダメな奴です」
「あ! も、もう! 聞かなかったことにしてね」
せわしく去って行くマワリ先輩。はて、なんのことでしょう?
「マワリ先輩、いいよなぁー」
そう呟く真堂先輩。言葉にする気はなかったらしく、ハッと我に返って俺の方に向き直った。
「お前絶対言うなよ。さっきのも、ここじゃ隠してるんだ」
「何を?」
隠すべきことが分からず思わず真顔で返す。いや、普段から真顔だけどさ。
「……ハハハッ! お前結構面白い奴だな! 今度一緒に釣りでも行こうか?」
よくわからんけどツボったらしい。オレのコミュ力も捨てたもんじゃないね。
「ちょっと大分思うことはあるけど、やれるさ。今までとやることは変わらないんだからな。ていうかこの日程、悩んでる余裕なんかないってマジで」
いつもの顔に戻り、立ち上がって再び訓練に戻っていく真堂先輩。オレもドクペを一気に飲み干した。
ここに来て一番思ったことは、自分以外にも皆必死だということだ。雄英でもそれは感じたけれど、ここはそれとはまた違った空気だ。
ここに来て、実は何度も心が折れそうだった。自分は本当は強くなんてないと分かったし、ネオになれないのなら頑張る意味はあるのかとも思った。そしてそんな夢の価値をここの皆と比べてしまっていた。
でも、ここで何度も吐きながら、それでも誰一人諦めない皆の姿を見て思うんだ。
きっと夢を目指すのに貴賤はない。自分が矮小な存在だと思わされることがあっても、それでも頑張る価値があるのだと自分を信じるのだ。一心不乱に、ベストを尽くし続けて。結果ではなく、その過程にこそ夢に近づく何かがあるんじゃないかって。
誰かは忘れたが、こんな言葉を覚えてる。『自分を信じて「夢」を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う』と。それがどんな形かは分からないけれど、自分が夢を目指すのを止める理由にはならない。
つまり、今までヒーローを頑張りながらネオを目指す。いいね?
「ま、そういう訳で情報アリガトな。今後は俺みたいなのには警戒しとけよ? 今年受けるかは知らないけど、お前らみたいなクソガキは最初に狙われる」
「どういたしまして」
「ハハ、ちょっと強気だな。あと近くに研修の終了テストあるから早めに寝とけ。ここだけの話、受かったら本格的な現場に出られる。頑張ろうぜ」
さっきの話は研修の終了テストのことだったのか。先輩は去年からここで訓練してたから知ってたんだろう。それと雄英の情報が一体何の役に立つのかはさっぱり分からんけど、お礼というには良いものすぎる。ありがてぇありがてぇ。
気を取り直してオレも訓練に戻り、一日を終えた。この日は久々に吐かずに寝られた。
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研修も残りわずかを残し、ますます熱が入る中、なぜか研修生が全員集められた。整然と並んでボスを待つ。無駄な私語は一切ない。もうこの風景も見飽きたな。
「よく聞け! トイレの紙を消費するしか能のない猿の糞共! これまでよく頑張った、本当によく耐えてついてきてくれた。お前たちみたいな強い心と高い志を持った子を指導出来てオレは……がっかりだ! お前らの金魚の糞みたいな出来栄えにはな!」
『サー・イエッサー!』
「これから貴様らの最終試験を行う。この出来次第で、貴様らがクソから下等生物になれるかどうかが決まる。心して臨むことだ!」
『サー・イエッサー!!』
「もし落第でもしようものなら、そんな奴は赤ちゃんの糞からやり直してもらう。つまり、此処から追放だ! そのつもりで行え!!」
『サー・イエッサー!!!』
「それでは全員、会場まで駆け足! 進め!!」
真堂先輩とマワリ先輩が言っていた通りであった。個性ごとに試験が違うのか、会場は幾つかに別れている。他の人達と一緒に俺も指定された会場へ向かって行った。
「今まで落第なんて出したことないじゃん」
「足りないところの補講と簡易化した実習させるだけなのにね」
去り際に何か聞こえた気がしたが、追放されるかもしれない緊張でそんなことを気にする余裕はなかった。
会場に入ると、そこは広い射撃場。銃を持っている生徒や射撃型の生徒が集まっていた。
説明が始まると、どうやらポイント制で全員一斉に射撃テストをやるらしい。またテストではインターンの先輩方も参加するとのこと。
細かいところは一切説明しないことに皆戸惑う。ポイント制といっても合格点や落第点があるのか、人数制の早抜けなのか、そもそもポイントの採点基準すら明かされていない。恐らく状況判断も採点基準になっているのだろう。
「それでは試験を開始する、構え!」
皆一斉に銃を構える。そしてブザーの合図とともに周囲のシャッターが開く。
そこには様々な怪物と逃げ回る民間人……のターゲットボード。それらを見た瞬間、一斉に射撃が開始される。
状況は暴れまわる怪物に崩れていく建物。泣きわめく人々。ターゲットはそこら中にある。優先すべきは最も危険な状況にある民間人、それらを助ける様な射撃。
ゾンビの様な化け物に捕まっている赤ちゃんもいるが、そちらは既に先輩が撃っている。ならば最も注目されるのはやや遠くにいる、本を抱えて歩いている少女。彼女が巨大な怪物のヴィランに潰されかかっている状況だろう。それに意識を集中し、怪物に銃を向ける。
……本当か?
違和感を覚え、寸前で射撃を止める。集中した意識の中でゆっくりと飛び交う銃弾。周囲を見渡し、違和感の正体を捉える。正体は分かった、しかし、いや、まさか……
どうする? 確信はないし、これが間違ってたらオレは絶対落第だ。追放されたくはない。真堂先輩やマワリ先輩、他の皆たちに置いて行かれたくない。ここの人たちに向けられた期待を裏切りたくない。向けた銃が震え出す。
だが、オレが思うベストの形は恐らくこれなんだ。気付かなかった振りをして他の皆がやってるように化物共を狙う選択肢もある。でも……
オレは大きく深呼吸をした。空気を全部吐き出したところで息を止める。手の震えが止まり、銃の焦点が合う。そこで引き金を引いて、的を射抜いた。目的としていた場所へ、寸分の狂いもなく。
オレが撃った瞬間、ブザーが鳴った。周りの人間も気付いて射撃をやめる。しばらくするとドアが大きな音をたてて開けられ、ボスが現れた。
「貴様、なぜこのか弱い美少女であるミミコちゃん8歳を撃った!? 応えろ!」
オレが撃ったのは怪物に潰されそうになっていた女の子である。その眉間にはデザートイーグル特有の大きな穴が開いていた。
「一番不自然だったからです、ボス」
「なんだと!?」
「他の民間人は皆泣きわめいているのに、あの子は親も連れずに一人で歩いてる。しかも素晴らしい笑顔で」
「ほう、そんな理由で撃ったと言うか」
「それに汚れ一つないオルセンの服。アクセサリーはハリーウィンストン。巨大生物はよくみたら泣いて逃げているようにも見える。そういう個性なのかもしれない」
「ではあっちのデッドライジングに出てきそうな見た目の奴は? なぜ無視した!? 赤ん坊が襲われているんだぞ!」
「デッドライジングに出てきそうな見た目の奴は抱えている赤ん坊が自ら抱き着いている。つまり親しいものが連れて逃げている可能性が高い。それに……」
「なんだ」
「8歳児はデカルトの哲学原理を読みません、ボス」
「貴様には特別指導が必要なようだな、付いて来い!」
ボスに連れられて外に出される。後ろでは再びテストが再開された音がした。
……あぁ、これは失敗したなぁ。けど自分を誤魔化すのは、嫌だったんだ。ベストを尽くしたいと思ったんだよ。
しばらく歩いていると頭にヌメッとしつつもザラっとしたウェットな感触。この冒涜的な質感でボスの手だと分かる。指導かと思い思わず目を瞑ると穏やかな声がかけられた。
「合格だ、よくやったな」
顔を上げるとボスが子供が泣き出しそうな笑顔で俺を見ていた。いや、オレが言えた立場じゃないんだけどさ。
「それではやはり……」
「目で見えるモノを信じるな! 最後は自分で選択しろ! これが研修の最後の教えだ」
「……ありがとうございます」
「だが急所を撃つのは減点だぞ」
「すみませんでした」
「まぁいい。あとインターンの連中はブラフだ。迷ったか?」
いい顔になるボス。思わず釣られて不敵な笑みを浮かべてしまう。二人でニヤニヤとしていると、会議室へと連れていかれた。扉を開けるとそこには正規のサイドキック達と幾人かのインターンたち。自分と同じ研修者は1、2人ほどしかいなかった。
入って来た自分に気付くと小さく手を上げる人がいた。真堂先輩だ。どうやら彼も受かったらしい。
「スミス君、受かったんだね。じゃあ一緒に仕事だね。よろしくね!」
声をかけてきたマワリ先輩だが、こちらが返す間もなくボスに指導されていた。ボスがスクリーンの前に立ち、こちらを見渡す。
「ふむ。惜しくもここに来れなかったやつもいるが、切り替えていこう。知らない者もいるので最初から説明する。これから諸君らには事務所に正式に来た依頼をこなしてもらう。最初に言っておくが、かなり重要な依頼だ」
スクリーンに次々と情報が映し出されていく。情報の読み込みが終わる頃、ボスが皆を引き締めるように声を上げた。
「ミッションの概要を説明する。今度のミッションは、要人の護衛とヴィランの迎撃だ」
スパルタな研修に相応しい、ハードな終わりになりそうだ。
今更ながらボーンシリーズ面白すぎる。