ウォースパイトのイギリスご飯   作:あーふぁ

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お腹に優しいローストグース

 6月になったばかりの今日。時間は午前10時で天気は晴れとよく気持ちのいい日だ。

 そんな部屋で提督として働いている執務室の広さは25㎡。ベッドがふたつ置いてあるビジネスホテルぐらいの部屋の広さが俺の仕事場だ。

 板張りの床に南向きの窓。そのそばには執務机があり、机の上には電話と時計、多くの書類でいっぱいになっている。

 壁にそって本棚があり、その棚は軍に関する本や資料、仕事に必要な多くの書類で埋まっている。

 部屋の中央にはソファーとテーブルがある。

 その場所を挟んでもうひとつの反対側の壁ぞいには調理場であるキッチンを設置している。

 これは俺が艦娘たちを率いる提督になったときに部屋を改造したものだ。

 換気扇に一般家庭で使うシンクに水道。ガスコンロとガスオーブンに電子レンジや冷蔵庫、炊飯器も置いてある。あとは隅っこに掃除道具を入れておくロッカーが。

 普通の提督なら、こんな料理をするスペースはいらない。仕事に関連するものと客を歓迎する場所があればいい。

 だけど、俺がしているのは一般向けに宣伝されているような輝かしい仕事ではないために見栄えなど考える必要はない。

 仕事内容は日本本土から出航する輸送船や輸送艦の護衛に、訓練や演習相手。それと他鎮守府が多忙のため、初めての海外艦娘を預かっての新人訓練が主な仕事だ。

 深海棲艦と呼ばれる正体不明の敵と争うことは、妖精というのが見える数少ない提督となった今までの5年間では両手で数えるぐらいしかなかった。

 きっとこれからも大きな戦いに巻き込まれることもなく時間は過ぎていくのだろう。

 27歳まで歳を取った俺は、これからゆっくりと歳をとると共に軍から存在感をなくしつつ消えていくに違いない。

 毎日がデスクワークで昔に鍛えていた筋肉はすっかりとやせ細ってしまい、白い夏服の軍服に似合わない不健康な体となっている。

 それは全て仕事とストレスのせいだ。

 ここは提督である俺1人と、部下である艦娘たち40人がいる場所。

 通常の軍基地の隣に、フェンスで広い敷地をぐるりと囲んでいる。そうする理由は戦力として大変有効である艦娘を下手に刺激して問題を起こさないように最低限な人員しかいない。

 日本本土周辺の安全は確保されたと言っても艦娘たちの力は絶大であり、戦うのを拒否されたら国として立ち行かなくなってしまうために。

 よって仕事や建物の維持は俺と艦娘たちの手だけでやっている。

 そのために接する機会は多くなるが、パワハラやセクハラをしないように常に心がけている。

 艦娘たちに嫌われて殺されないことを意識して仕事をするには結構な気をつかっている。

 近頃は戦線が拡大しつつあり、前線から要求される物や本土にからの輸送手配や演習や訓練結果の報告書など仕事が多くあって執務室にこもっていられることで気遣いをすることは少なくなっているから人間関係では楽になっているが。

 兵站の重要度は軍でもわかっているらしいが、やはり正面戦力のほうが大事ということで3か月ほどは休む暇がないほどに毎日が仕事で満ちている。

 それは苦しいことだ。誰に相談することもできず、1人でやり続けることは。

 仕事をしながら気分が悪くなることを考え続けてしまい、机に向かって仕事をしていた俺は椅子へと深く腰掛けて天井を見上げる。

 ぼぅっとしている時にドアから規則正しいノック音が聞こえる。

 来客の予定も艦娘たちの報告してくる時間にしては変だなと思いつつも、返事をすると着任して2か月しか経っていない戦艦の艦娘、ウォースパイトがいた。

 イギリスから派遣されてきた大学生のような顔立ちを持つ彼女は、きめ細かくて美しい白さの肌を持っていた。

 光にあたると輝くような、肩から少し下まで伸びたセミロングの金髪は一目見ただけで惚れてしまい、触り心地の良さそうな髪をさわりたいと思うのを自制するのに苦労するほどだ。

 身長も160後半と俺よりは若干低いものの、スタイルはモデル並みに優れている。

 頭につけているのは小さな王冠のアクセサリ。

 服装は肩出しのドレスローブのような象牙色の服とニーソックスを身に着け、結構な大きさがある胸元には赤いリボンが結ばれている。

 ウォースパイトの印象、姿は美しいの一言で言い表すことができるほどだ。

 つい観察してしまった俺は、いつのまにか目の前までウォースパイトがやってきたところで意識をはっきりとさせた。

 艦娘の前では立派な人間でなければ、すぐに軽蔑されてしまう。だから俺は仕事で疲れている精神に気合を入れる。

 

「今日は朝から演習予定だったはずだが?」

「向こうから無線連絡で、演習編成を間違えたから今日は中止するって言われたわ」

 

 それを聞いて、俺は大きくため息をついてしまう。スケジュールが相手の単なるミスによってなくなり、提督である俺に対しては連絡さえもない。

 その提督は新人だったから、つい忘れてしまったのだろう。

 普通なら連絡を入れて文句を言うところだが、そこまでの元気はない。それよりも、その労力を書類仕事に向けるほうが大事だ。

 大きなため息をひとつついてからウォースパイトには演習予定だった艦娘たちに艤装の整備と敷地内の掃除を命じた。

 それでもう話は終わりだったが、部屋から出ることなく俺の顔を見つめてくる。

 

「どうかしたか?」

「Admiral、あなた疲れすぎじゃない? ご飯は食べているの? 睡眠は? 運動している?」

「まとめて言うな。どれもしっかりとやっているよ。部下に心配されるほどじゃない」

 

 このまま話を続けていると弱い心が出てしまいそうだから、扉を指差して追い返そうとするもウォースパイトは動く気配がない。

 ウォースパイトは俺の机を見て仕事が多いのを理解すると、次にキッチンへと行く。

 ここ2週間は使っていないシンクや食べ物がゼリー飲料しかない冷蔵庫を見ると、口元に手をあてて何かを深く考え込む様子になる。

 そのとても真面目な雰囲気に声をかけることができず、仕事の邪魔になるわけでもないから放って置くことにした。

 仕事を再開し、少し時間が経ってからウォースパイトの足音が聞こえて顔をあげると俺をにらむように見つめていた。

 

「Admiral、あなたはしっかりとした食事をするべきよ。食べたいのは何? Which, meat or fish?」

 

 その有無を言わさぬ気迫。文句を言っているかのような声色に俺は「問題はない」と言うもウォースパイトは真顔で同じ英語を繰り返し言ってくる。

 力強い目と同時に俺を心配する雰囲気に負け、素直に返事をする。

 

「……肉だな。近頃はインスタントばかりだし、カロリー高いのが食べたい」

「Meatね、わかったわ。それじゃあ、今日のお昼ご飯は私に任せてみない?」

「それは艦娘の仕事じゃないな。一緒に外へ食べに行くか?」

「また今度の機会にしておくわ。それとも私の料理が不安だと言うのかしら」

 

 両手を静かに机の上に置き、少しだけ身を乗り出してくるウォースパイト。

 誰かの手料理というのは長らく食べていなく、作ってくれるのなら嬉しく思う。

 ただ、ウォースパイトはイギリス生まれということが気になる。実際に食べたことはないが、周囲からは『イギリスの飯はまずい』というのを聞いたことがある。

 だから素直に言い、多少失望されようとも外食に行ったほうがお互いのためにいいと思う。仲が悪くなって失望をしないように。

 

「不安だ。お前を含めて艦娘たちは普段から料理を作ることなんてないからな。それに……イギリスの食事というのは印象がどうにも」

「Please don't worry! 私、英国では料理をしっかりとやっていたのよ? だから任せなさい!」

「わかった。そこまで言うなら任せるよ。外出許可はいるか? 材料が足りないだろう?」

 

 いつもの落ち着いた様子とは違い、はしゃいでいる様子がかわいいあまりに、ついそう言ってしまう。

 

「Thanks!」

 

 俺の提案に対してのあまりの喜びぶりに苦笑いしながら、俺は机の引き出しから外出許可の書類を出す。

 財布からお金も出そうとしたがいらないと言われれた。

 なんでもお金を使う機会がないから、貯まっているのを使いたいらしい。……艦娘たちには希望があれば外出許可を出すようにしているが、それでも希望者は少ないために仕事が終わったら何か考えないといけない。

 艦娘たちを大事にしているつもりでも実際にはそうでなかったことに落ち込むものの、素早く書類を書き終わって渡す。

 ウォースパイトは書類を受け取って嬉しそうな笑みを浮かべると、その場で一回転してスカートがふんわりと浮かび上がって喜びを表現すると小走りで扉へと走って行く。

 

「それじゃ、材料を手に入れてからここで料理をするわね。Admiralは仕事をしながら待っていてね。あ、さっき言っていた他の艦娘への伝言もちゃんと言っておくわ!」

 

 そう早口で言い、テンションが高いまま部屋からいなくなった。

 展開の早さに頭がついていくのが遅れた俺だが、たまにはこんな賑やかな日もいいだろう。

 1人になってから、ウォースパイトが料理を作ってくれるということにウキウキと静かに喜びながら、辛い仕事を片付けていく。

 ―――そうして時間がどれくらい過ぎたか。

 静かな部屋では自分のため息や紙がこすれる音、書いていくペンの音だけが小さく響いている。

 ウォースパイトはまだ来ないかと思っている頃にノックの音が聞こえ、入っていいと返事をすると最初の時とは違って少しばかり勢いよく入ってくる。

 そしてその入ってきた姿に俺は驚いた。

 左手に持っている材料が入っているであろうトートバッグはいい。問題はビニールに包まれた何かの鳥の体と思えるものを右手に持っていたからだ。

 鳥と言ってもすでに頭は落とされ、羽がむしってある裸状態の鳥だ。その状態から腹の中の臓物も処理されている冷蔵の物を買って来たのだろう。

 そんな姿に少々違和感を覚えてしまった。

 普段の彼女の姿はお嬢様の印象が強く、優雅なイメージがあるが今はそれを感じさせない。

 けれど決して悪いことではない。料理という戦闘以外のことをできるというのは素晴らしいことだ。ひとつのことしかできない人間よりも、下手ながらも多くのことをできるほうが俺は好んでいるからだ。

 特化よりも汎用性が高いのは頭を悩ませなくていい。

 そうして感心していたが、ひとつの疑問に行き着いた。あんな大きな鳥を料理に使うなら時間がかかって当然のはずだ。

 

「昼飯は昼に食えるか?」

「……このグースはいい物よ。だから今日の遅いLunchは楽しみに待ってくださるかしら?」

 

 目をそらしながら控えめな声で返事をしてキッチンへと向かうウォースパイト。

 グース。日本語にするならガチョウだったなと乏しい英語力を駆使して思い出すが、昼飯が遅くなることに少し落ち込んでしまう。

 昼飯を作ると言って、遅れる前提で料理を始める後ろ姿にじっと冷たい視線を送るが、ウォースパイトはそれを無視して電子レンジでオーブンを選択して予熱を始めてから料理を始めた。

 昼の時間が遅れるのはまぁいい。それほどまでに手の込んだ料理ならきっと期待ができるに違いない。

 俺は椅子に座ったまま、キッチンへと向かう姿を眺める。

 ウォースパイトは まな板を出してはそこに鶏肉を置くと部屋中央にあるテーブルへと行ってトートバッグを置き、そこからエプロンを出した。

 その白いエプロンをつけたウォースパイトは俺の視線に気づいたのか、柔らかな笑みを浮かべてくる。

 とても似合っている姿、かわいらしい笑みにどう反応すればいいかわからない俺は恥ずかしく思いながら、仕事に没頭する振りをする。

 普段は艦娘に対して女性らしさを感じることはそうなかったが、エプロンをつけている家庭的姿はなかなか男心にガツンとくるものだ。

 ちょっとしたときめきを感じて心臓の鼓動が早まり、頭の中はウォースパイトのことしか考えられなくなる。

 だが、それは妙な音によって中断された。

 気になる音の方向を見ると、ウォースパイトはビニールから外したガチョウの肉を、両手に持ったフォークで嬉しそうにブスブスと突き刺していた。

 そのフォークはあらゆるガチョウの向きに刺され、小さな穴が開いていく様子を見るとちょっとだけ怖い。その姿が猟奇的に見えて。

 もし、これで血がダラダラと流れていたら俺は慌てて部屋から逃げ出していたに違いない。

 滅多に見ない料理の始まり方に驚くが、それは俺が知らない手法でやっているだけだからだ。

 ちょっと怖く見える姿に自分の心をそう落ち着かせ、集中できないまま仕事を再開することにする。……だがその料理の仕方に好奇心を刺激されて隣まで歩いていってはウォースパイトが作る料理の見学をする。

 

「あら、気になりますか?」

「そういうのは初めて見るからな」

「そこまで珍しくはないと思うけど」

 

 ちょっと困った笑みを浮かべながらも、刺すのが終わったらしく今度はいくつかの材料を準備し始めた。

 用意されたのは何か細かく砕かれたものハーブのようなものと玉ねぎにパン粉や塩、胡椒に肉油の塊と卵が置いてあった。

 

「それは?」

「セージと玉ねぎを合わせたものを詰めるのよ」

 

 そう言っては気分よさげに卵を泡立て、それ以外の材料を混ぜてから泡立てた卵と混ぜ合わせる。

 料理している姿を見ると家庭的で、料理を作る女性の姿がとてもいいということを理解する。

 恋人の1人さえいたことがない俺だが今ならわかる。世の中の男性たちが、料理ができる女性はいいと言っていることが。

 見ているだけでほんわかした幸せな気分になれるし、なにより自分のために作ってくれるというのはとても嬉しくなる。

 そうして料理する姿を微笑ましく見ていたが、絞り袋を用意したことで不思議に思う。

 ケーキなどでホイップクリームを絞るときにはよく使うものだが、こういう肉料理にどうやって使うんだろうと。

 これから何をするか楽しみに見ていると、その絞り袋に準備した詰め物を入れるとガチョウのお尻の穴へと突き刺してはゆっくりと入れ始めた。

 ……すでに開かれている腹から詰めると思ってから、結構驚く。

 腹からよりも肛門から入れたほうが、よりいい感じに詰められるのだろうか?

 楽しそうにするウォースパイトとは違い、俺は困惑してしまう。そこの場所から入れるとは思ってなかっただけに。

 これは文化の違いというものだろうか? それとも俺が知らないだけでこれが一般的? イギリスだから変わったやり方をするというわけではないと思いたい。

 俺が1人悩んでいながらも、ウォースパイトは詰めるのが終わったあとは手早く次の作業に進んでいく。

 慣れた手つきで糸を使って足を縛り、詰め物がこぼれないようにするための作業は終えていた。

 それが終わったあとは、予熱していた電子レンジにガチョウを入れてオーブンで焼き始める。

 

「なかなか興味深かったよ」

「そう? それならよかったわ」

 

 料理がひと段落を終え、後片付けになったところで感想を言った俺は机へと戻る。

 それから水で手を洗う音が聞こえ、部屋には電子レンジの音だけが低く静かに響き渡る。

 仕事続きの時間で息抜きをしたのだから、しっかりと仕事をしなければと気合を入れて数字だらけの書類をやっつけ始める。

 少しして、片付けが終わったらしく部屋は電子レンジの音と俺が書類をめくる音だけが響く。

 ふと気配を感じて顔をあげると、すぐ隣にはウォースパイトがやってきていた。

 

「なにか手伝えることはあるかしら?」

「いや、これは提督である俺の仕事だ。お前に手伝わせたら、仕事がない俺を職務怠慢だって艦娘たちに思われてしまうからな」

「別にいいと思うけれど。それに暇になったら時間が空いている艦娘たちと遊んだりすればいいじゃないの? 私たちは基本的に外に行けなくて刺激に飢えているから」

「仕事じゃない時間にまで上司である俺とは会いたくないだろ」

「そうかしら?」

 

 俺の言葉を聞いて、ウォースパイトは顎に人差し指をあてて悩みはじめる。

 そのまま横にいるのは仕事を見られているということと、暇なままにさせていることで落ち着かないため、ソファーを指差して座るように指示をする。

 それと待っているのも退屈だろうから、机の中から日本語で書かれた恋愛小説を2冊渡す。

 艦娘たちと仕事以外で接することが少ないことから硬派で思われている俺だが、真面目な本ばかりを読んでいるわけではない。

 渡されたウォースパイトは、やはり俺がこういう本を持っているのが珍しかったのか、本と俺の顔を交互に見てから嬉しそうに受け取ってソファーで本を読み始める。

 静かになった部屋で仕事を再開。今度は海外の警備府や鎮守府がどれだけの物資を要求しているかをまとめることだ。

 その前に自分でインスタントのコーヒーを淹れ、紅茶にこだわりがあるウォースパイトには同じものを出すか迷ったあげくにティーパックの紅茶を用意した。

 紅茶を持ち、テーブルを挟んでウォースパイトの前へと立つ。

 俺に気づき、読書を中断したウォースパイトは自分の前に置かれたマグカップとその中に入っているティーパックを見ても嫌な顔をせず、感謝の言葉を伝えてくる。

 俺が提督になってから艦娘のために初めて用意した飲み物。

 仲良くしすぎて、仕事に甘えが出るとかの悪影響を避けるためにこういったことはしていなかったが、感謝されただけでこうも簡単に嬉しく思う自分がなんだか人の好意に飢えているらしい。

 

「今日のお昼は見た通りのメニューか?」

「そうね。お腹に優しいローストグースにあとは添え物の野菜ね」

「実に楽しみだ。ここ2週間ぐらいは栄養補助食品やカップ麺ばかりだったからな」

「確かにそれらは手軽でおいしいけれど、そればっかりはダメよ。あなたが倒れたら私たちはどうすればいいのよ」

 

 責めるような口調に対し、俺は肩をすくめて冷蔵庫へ行って中からゼリー状の栄養補助食品を2人分取る。

 

「その時はすぐに代わりが来るようになっている」

「そうなる前に努力して欲しいわね」

「今後の課題としよう。ほら、昼飯だ」

 

 ウォースパイトはため息をついてから手を伸ばして受け取る。

 文句を言いたそうにしていたが、昼飯を作る予定なのに作れなかったから渋々受け取った様子だ。

 艦娘たちは普段の食事はしっかりとしているから、わざわざ陸にいるのにこんな食事をするのはとてもおかしく見えるのだと思う。

 この部屋は立派な調理道具があるから、特に。

 たったまま手早く昼飯を食べ終えると、ウォースパイトに留守番するように言う。

 そうしてから俺は書き終わった一部の書類を持って隣接している軍基地へと行くために部屋を出る。

 ―――書類を渡すだけだったのに、向こうの軍人から苦情や説教のような文句を食らい、戻ってきたのは2時間も後だった。

 部屋に戻ってくるとちょうど電子レンジからガチョウを取り出すところで、部屋には香ばしい匂いがただよっていた。赤色が強い褐色の色をしたパリパリに焼けた肉本体からは最初にフォークで開けた穴から肉汁が出ていて実に食欲をそそる見た目だ。

 

「おかえりなさい、Admiral」

 

 ウォースパイトにおかりなさいと言われることに恥ずかしさで落ち着かなくなる。いつも1人だったから変な感じだ。

 

「ただいま。もうすぐ完成か?」

「まだ時間がかかるわね。これから付け合わせの野菜を茹でたら、グレイビーソースを作るから」

「グレイビーソース?」

「肉の油汁で作るものなのだけど、食べたことはあるかしら?」

 

 知らないと首を横に振る俺に、ウォースパイトはテーブルへと行って、バッグの中からソースを作る材料を取ってきては少し考えて俺へと顔を向ける。

 

「デミグラスソースに近いものだと思うわ」

「ソースか。1人で料理すると塩とコショウばかりで味付けするから、そういうのは滅多に作らないな」

 

 そう言った途端、ウォースパイトの口はぽっかり開いたかと思うと俺の両肩を掴んでは前後に力強く揺さぶってきた。

 

「Are you serious? もったいないわ! 料理ができると自分の好きな味にできて楽しめるし、なにより作っていると心が豊かになるのよ!? そもそも部屋にこんな立派な設備があるのだから、作らないのはとても良くないわ! わかっているの!?」

 

 さっきまでの穏やかな様子から一転し、鬼気迫る様子で説教するように俺へと言ってくるのに戸惑ってしまう。

 こんな姿は初めてだ。そして、そこまで料理に熱心だとは思っていなかった。

 イギリス人というだけで食に対する熱意がそんなにないという印象だった。

 それがどうだ。料理を作る意気込みに、大好きなものに対する情熱。

 艦娘という存在を、自分とは違う遠くの存在と思っていたが同じ人間じゃないかと理解する。

 この5年、今まできちんとした会話をしたことがなかったことに後悔もしながら。

 

「今になってわかったさ。そんなにも熱く言われるとな」

 

 俺が苦笑しながら言うと、ウォースパイトは自分が迫っていたことに気づいたらしく、すぐに俺から手を離しては俺から背を向けて恥ずかしそうに手で顔を押さえながらしゃがみこんだ。

 小さな声で『男の人に対してあんなに迫るなんて』とそんな内容のことを英語で呟いていた。

 このまま俺に聞かれるのは後で恥ずかしくなるだろうと思って距離を取ったが、その時にウォースパイトは立ち上がって何事もなかったかのように俺へと微笑みを向けてくる。

 だが、その顔は恥ずかしさでやや赤くなっていた。

 何事もなかったかのようにしたいらしいから、俺もからかうことはせずに話を戻すことにする。

 

「おいしい料理ができあがるまで仕事に戻ることにするよ」

「Admiralの期待以上の物を作り上げて見せるわ」

 

 そう言って、赤ワインやトマトを用意してソース作りに向かうウォースパイトを見て、俺も自分の仕事をしなければ行けないことを思い出すと本棚へと行き、次の仕事に必要な本を取っては机へと戻った。

 いつもの辛く、面倒な数字を計算する仕事だが今日に限っては楽しい気分で進めることができる。

 部屋に満ちていくソースのいい香り。それを嗅ぐだけでお腹が減るのを感じて早く食べたいとしか思えなくなる。

 こんな気持ちはずいぶんと久しぶりだ。

 仕事の途中、何度かウォースパイトの料理する後ろ姿を眺めていると、エプロン姿は結構いいものだと実感した今。

 テーブルへと食器を2人分出し、キッチンと往復するときにエプロンと金髪が揺れ動くのが特に。

 仕事に集中できないまま時間が過ぎていき、20分ほど経って電子レンジの音がしたところでウォースパイトが俺を呼んでソファーへ座るよう言ってくる。

 いったん仕事を止め、席を立ちあがってソファーへと向かおうとする。その時にウォースパイトのやっていることが気になり、横へと行く。

 ウォースパイトはまな板の上に置かれたガチョウに包丁を入れ、足を縛っていた糸を切る。糸が切られたことで開いたお腹から詰め物を取り出す。

 詰め物は中の油を吸い取ったためか、詰めた時よりもしっとりとしてツヤツヤと光り輝くようだった。

 それを前もって用意して置いた皿の上、すでに置かれていたニンジンとジャガイモの横へと取り分けた詰め物を置いていく。

 あとは肉を切り分けるだけのところで、ウォースパイトは俺へと振り向く。

 

「Admiral、もうすぐできるから待っていて欲しいのだけど」

「ここで見ているのはダメか?」

「私は切り分けるのがあまり上手ではないので……」

 

 俺から目をそらし、ちょっと恥ずかしそうに小さな声で言う。

 切る様子は結構な興味があるから見たかったが、そう言われると強気には出られない。

 俺は素直にソファーへと行き、深く座っては料理が出てくるのを待つ。

 その間、切り分け始めたウォースパイトの背中を眺める。

 ガチョウ1羽まるまるの肉を切り分けるのに手間取りながらも、無事に終えたしたらしく手を洗ってエプロンを脱いでいく。

 エプロンはテーブルの上から部屋の隅へと、いつの間にか移動してあったトートバッグに入れるとキッチンから2人分の皿を持ってテーブルへと置いていく。

 そうして準備されていくなか、飲み物がないことに俺は気づくと、冷蔵庫へと向かって中からミネラルウォーターが入ったペットボトルを取り出してコップ2つに入れていく。

 それらのコップをテーブルに置くと、ウォースパイトは驚いて申し訳なさそうになる。

 

「ごめんなさい。忘れてしまっていたわ」

「いいさ、これくらい。頼りっぱなしってのはどうにも落ち着かない」

「全部私に任せてもよかったのに」

 

 残念がるウォースパイトより先に座り、座るように手で招き寄せるとちょっとだけ距離を開けて俺の隣へと座ってくる。

 テーブルの上には皿には野菜が茹でたものにローストグースの詰め物。そしてそれらの中央には表面がパリパリとした赤褐色の切り分けられたローストグースが。上には綺麗な赤色をしたグレイビーソースがいい感じに乗っていて食欲をそそる香りがする。

 

「食べるか」

「そうね」

 

 と言ってから、俺は手を合わせて「いただきます」と言う。

 そうしてからフォークを取ろうとした時に視線を感じて振り向くと、不思議そうに見てくるウォースパイトがいた。

 

「日本人ってやっぱりそういう挨拶をするのね」

「イギリスじゃしないのか?」

「特にはないわね。神様に祈りの言葉を捧げる人もいるけれど」

 

 そう聞いてイギリスの風習や文化も学ぶ必要があるなと実感して俺はフォークに手を伸ばし、切り分けられた肉へと突き刺す。

 その肉を目の前まで持ってきて、ゆっくりと見ていたがソースが落ちそうになって慌てて口へと入れる。

 それはまさしく肉汁の味。後から赤ワインとトマトのからんだ優しい味。

 肉はこってりではなく、口の中で思ったより油が広がらずにあっさりとした感じ。油でこってりとしすぎず、多く食べても胃もたれがしないと思う。

 噛む事に肉の豊かな風味が広がり、そのおいしさに生きていてよかったなんてことまで思ってしまう。

 

「味はどうかしら?」

 

 不安そうに聞いてくる声に対し、最初の肉を食べ終えた俺は頷きを返す。それを見てウォースパイトは口元に手をあてて少し考えてから食べ始めた。

 その何か納得していない様子で静かに食べ始めるのが気になったが、あとで聞くことにして次の肉へと取り掛かる。

 そして、それも同じくうまかった。肉の詰め物なんかは油をいい感じに吸って実にうまい。

 時々野菜も口に入れて舌を落ち着かせたあと、また肉を食べると最初に感じた時と同じような感動が蘇る。

 そんなおいしい料理と一緒に、ウォースパイトと食べる時間はなんだか幸せだ。

 いつも1人だったけど、誰かがそばにいるだけでこうも安心する気持ちになるとは。

 これからは食堂で艦娘たちと一緒に料理を食べてみようかなと思う。ただ、食堂に毎日のように行ってしまうとプレッシャーを感じるだろうから、そこはほどほどにしないといけないが。

 体が喜ぶ食事をしっかりと味わい、これからは簡単な自炊料理の質を上げざるを得ないという不満も出てしまう。

 忙しい仕事はあと2日以内には終わる予定だから、それが終わったら自分の料理技術を向上させてもいいかもしれない。

 

「考え事しているの?」

「うん? あぁ、こんなうまい料理を知ったら自炊の時に大変だなと思って」

「それはよかったわ!」

「何がだ」

 

 俺が自分で作るたびにおいしくないと言い続ける日々が増えることを喜ぶだなんて。

 間接的に俺へと復讐かとも思ってしまう。

 不満そうにウォースパイトを見ると、彼女はとても嬉しそうに笑みを浮かべている。

 

「安心したの。おいしいって言ってもらえたから」

 

 その言葉、その表情。一瞬にして俺は自分自身がどれだけ器の小さい人間かと理解してしまう。

 味の感想を聞かれて頷きはしたが、どういう意味かは受け取り方が様々ある。仕草だけではただしく伝わらなかった。

 自分の気持ちを言葉という形で表現しないと、きちんと伝わりはしない。

 ウォースパイトの純真さに、悪いことを考えていると誤解してしまった俺は自分自身が嫌になる。

 言葉によるコミュニケーションの重要さを理解できていなかった。

 

「うまい。最高にうまい。俺が今まで作った料理なんて料理と呼べるほどじゃなかったぐらいに。少し尊敬さえも出てきたよ」

「そこまで言ってもらえるほどじゃないわ」

「言えるさ。俺なら誰かのためにこれほど料理に時間をかけられない。お前と出会って短い時間だが、これほど心配してもらえて嬉しいよ」

 

 自然に笑みが出てしまう。

 ウォースパイトは俺が疲れているのを見て作ってくれた。こんなにも手間と時間がかかる料理を。

 そしてすぐ隣で一緒に食べてくれる安心感と幸福感。

 

「えっと、その、ありがとう。嬉しいわ」

 

 俺から顔をそむけて、恥ずかしそうに言うウォースパイト。

 部下である艦娘から慕われるのはいい気分になれる。

 仕事一辺倒だった俺でも気にかけてもらえるから。俺も今日からは少しずつ気にかけてみよう。はじめは不審に思われるかもしれないが。

 これから俺がどうやっていけばいいかの道筋が見え、ひどく落ち着いた気分で食事を楽しんでいく。

 一方のウォースパイトはキラキラと目を輝かせながら自分が作った料理をベタ褒めしながら嬉しそうに食べていく。

 普段の大人びた雰囲気とは違い、子供のように楽しむ姿はとてもかわいい。その姿を眺めながら俺も料理を食べ続けていく。

 そうして肉のほとんどをを食べ終わり、水を飲んで一息ついたウォースパイトは食事に満足しているらしく色っぽい表情で俺へと顔を向けてくる。

 

「また機会があったら作ってあげるわ」

 

 その姿に一瞬硬直してしまうが、すぐに気を取り直してなんでもなかったかのように返事をする。

 

「今日みたいに俺が仕事で死にそうになった時か?」

「私の気分次第かしら。それに私でなくてもあなたに作ってあげたいという人はいると思うわ」

「それは嬉しいことだが、俺はお前が作る料理がいい」

 

 ウォースパイトの食事を進める手が止まり、落ち着きなく俺を見てくる様子が伝わる。

 俺はそれに返事をするため、フォークを置いてウォースパイトへと顔を向ける。

 

「お前が作ってくれるのなら、変わった料理が食べれそうだからな」

 

 日本式の料理ではなく、味も作り方も違うウォースパイトの料理技術に俺はとても強い興味を抱いている。

 褒めたつもりで言ったのに、不満げに俺をジト目で睨んでくる。そして続く小さなため息。

 

「そこまで言うのなら、Uniqueな料理を食べさせてあげるわ。あなたが嫌と言ってもね」

 

 これからが楽しみだわ、と言うかのような笑みを浮かべて食事へと戻るウォースパイト。

 俺も同じようにまた食べ始める。

 今日は楽しい日だ。

 おいしい料理が食べることができ、美人なウォースパイトとも楽しく会話できる日。

 また俺に料理を作ってくれるという。その時の味はおいしいものかはわからないが。

 それでもこんな嬉しい日は時々やってきて欲しいと願う。

 仕事ばかりでストレスが溜まる日々の合間に。

 そして今日という素敵な時間を作ってくれたウォースパイトに心の底から感謝の気持ちを。




ヴィクトリア朝時代のレシピを再現したものを参考。
誤字報告、ありがとうございます。
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