ウォースパイトのイギリスご飯   作:あーふぁ

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きゅうりの爽やかサンドイッチとベーコンの簡単ドリッピングトースト

 梅雨の季節である6月も段々と終わりが近づいていき、焼かれるような夏の暑さが近づいてくる近頃。

 窓から見える空はそれほど暗い雲には覆われていないが、しとしとと涼しくて静かな雨が降っていた。

 過ごしやすい気温の今日だが、雨だと体がだるくなって積極的に仕事をする気がしない。そもそも今は珍しく仕事がないのだから、ゆっくりとしても罰は当たらないはずだ。

 だから朝にこの執務室へと来てから、ソファーの端へと座って本を読んでいる。秘書でもないのに、なんとなくという気分で部屋まで起こしに来たウォースパイトと一緒に。

 ここに来てから、もうすぐ新人訓練期間である3か月が終わる。

 その短い期間で、俺とウォースパイトはずいぶんと仲良くできている。望めるのなら、このままの関係でいたいものだ。

 だが、それは無理なことだ。もうすぐ他の提督の元へと配属されてしまう。ただ、軍で初めての海外艦娘なためか配属先の決定に少し遅れている。

 今の予定だと来月の後半までには決まるらしい。結構寂しくなるが、仕方のないことだ。仲がいい人が離れていく寂しさに気分が落ち込む。

 その原因なウォースパイトは俺と反対側のソファーの端に座り、俺が貸した本を集中して読み進めていた。

 読書が趣味だというウォースパイトは本来なら読む速度は早いが、今日は難しい顔をしながら日本人の詩集を読んでいた。

 俺も同じく日本人の詩集を読んでいるが、多彩な表現があると心が豊かになる気がする。

 そうしてふたりで静かに読んでいるとき、ふと本を読むのを止めて、ウォースパイトの綺麗な横顔を見てうると俺の視線に気づいてか、ちょっと不思議そうな顔を向けてくる。

 

「どうかしたかしら?」

「ちょっと休憩しただけだ」

 

 俺は本にくっついている、しおりヒモを読んでいるページに挟めると目の前にある机へと置いてソファーに深く背を預ける。

 ウォースパイトも同じようにヒモを挟めては同じく机へと置く。

 

「私も疲れたわ。日本語はひとつの物事に対して色々な表現ができるのは素晴らしいのだけど、難しいものね。似たような意味でも違う言葉があるのは頭が痛くなるわ」

「まったく同意見だ。特に仕事で使うとなると、どれくらい表現で違うのか悩むことがよくある」

 

 ウォースパイトはあきれたような、大きいため息をつく。そうして目をつむっては自分の頭に手をあてる。

 

「Doctorを日本語で言うときはお医者さんとお医者様、医者や医師。相手によって複数の使い分けがあるから頭が痛くなるものね」

「生まれたときから使っていると慣れているものだがな」

「私も早く慣れていきたいわ」

「急がなくてもいいと思うが」

「急ぎたいわ。だって、あなたともっと繊細な表現を使った美しくて素敵な会話をしたいもの」

 

 目を開け、ちょっとだけ俺の方を向いて笑みを向けられると恥ずかしくなる。

 俺のために覚えてたいだなんて言われるのは。

 恥ずかしさをごまかすように目をそらして、天井を見上げる。

 

「その時を楽しみに待っているよ。……さて、腹が減ったから―――」

 

 腹が減ったから食堂にでも行くか、そう言い終える前にウォースパイトは勢いよく立ち上がり、自信がある笑みを浮かべる。

 

「Admiral、ご飯は私に任せてくれないかしら? 羊の内臓と胃袋を使うハギ―――」

「すぐに食べたいんだが」

 

 ウォースパイトは笑みを固めたまま硬直していたが、5秒ほどで復活して言葉を続ける。

 

「……今回はSandwichを作るわ。だから、少し待っていてちょうだい。15分で戻ってくるから」

 

 ちょっとだけ挙動不審な様子で目をそらしながら、すぐに早足で部屋から出て行った。

 ウォースパイトが出ていった扉を少しのあいだ不安な気持ちで見つめていたが、サンドイッチなら材料集めと料理に時間は大きくかからないはずだ。

 戻ってくるまでのあいだに本を片付け、簡単な部屋の掃除を始める。

 そうして部屋の細かいところをやりはじめ、今は濡らした雑巾で窓の枠を拭いている。と、ノックの音がして返事をするとウォースパイトが部屋へと入ってきた。

 走ってきたのか、少し息が荒くも自信に溢れる笑顔を浮かべていた。

 手に持っているのは食パン1斤の塊ときゅうり2本にバターが入ったケース、それとベーコンの塊が。

 

「待たせたわね、この材料ならすぐに、そして簡単に作れるわ。だから安心して待っていてちょうだい」

「ああ、それはいいんだが」

「何か気になることがあるかしら」

 

 首を小さく傾げ、不思議そうに聞いてくる姿はかわいくてたまらない。俺は顔がにやけそうになるのを我慢しつつ、乾いた雑巾で窓枠を急いで拭くと雑巾を持ってウォースパイトの前へと行く。

 

「簡単なら俺も作ってみたいんだ。ウォースパイトに教えてもらいながら」

「……それは素敵なことだわ! ええ、ぜひとも一緒に作りましょう。私とAdmiralのふたりで!」

 

 一瞬の間を置き、とても喜ぶウォースパイトは急いでキッチンに材料を置くと俺の手から雑巾を取って片付け始める。

 あまりの喜びように驚いてしまうが、それは俺が久しぶりに料理をすることに喜んでくれたのだろうか。または一緒に作りたかったのかもしれない。

 興奮しているウォースパイトと一緒にキッチンの水道でしっかりと手を洗うと、ウォースパイトはヤカンに水を入れてコンロで沸かし始める。

 それからステンレスのボウルと包丁を用意した。

 

「ヤカンは使う必要があるのか?」

Of course(もちろん)! 包丁をお湯で温めると、パンに含まれている油分が柔らかくなって綺麗に切れるのよ」

 

 俺が作るときはいつも最初から切られていた食パンを使っていたから、切るという発想をしたことがなかった。

 お湯が沸くのを待つわずかな時間、持ってきたきゅうりを洗ってから言われたとおりにベーコンの塊を厚く切っていく。

 切るだけなのにウォースパイトから輝く目で見つめられながら切るのは緊張がしたが、お湯が沸くとヤカンを手に取って視線が離れたことで一安心する。

 ウォースパイトはボウルへとお湯を入れると、そこに包丁を30秒ほど入れて温めてから取り出し、水を切った包丁でパンを切り始める。切り口が綺麗で感心する声をあげてしまう。

 その声に笑みを浮かべたウォースパイトは、その切ったパンを見せてきたので褒めると恥ずかしそうにまた作業に戻っていた。

 1枚切るごとに包丁をお湯へと戻して丁寧に作業するのを横目で見ながら、すぐにベーコンを切り終えた俺はきゅうりに手をつけた。

 きゅうりの皮を残したまま、包丁で薄く切っていく。はじめは先に皮を取ろうとしたが、注意されてやめた。

 どうやら皮があることは大事らしい。なんでもきゅうりで胸焼けをしないようにするために皮があったほうがいいとか。

 その料理知識に感心しつつ、俺は時間がかかりつつも作業を続ける。

 パンを切り終わったウォースパイトはパンを切るときに使ったボウルの中に小さなボウルを入れると、そこにバターの塊を入れる。

 フォークをキッチンの引き出しから出し、それを手に持つとバターに突き刺してはぐるぐると練り始める。

 いったい何をするのかと手を止めて見ると、俺の視線に気づいたのかウォースパイトが楽しげな顔を向けてくる。

 

「手が止まるほどに私が気になりますか?」

「ウォースパイトのことはいつも気になってるよ」

「Admiral? それ、わざとそんな言い方をしているのですか?」

「素直に言っただけだ。いつも俺が驚いたり、心配したりと興味を持つことを色々やってくれるからな。上司として気にするのは当然のことだ」

「確かに私の行動はあなたから見れば、おかしいことが多々あるかもしれませんが……。上司としてしか気にしてはくれないのですか?」

 

 バターを練る手を止めたウォースパイトは寂しげな顔で俺を見上げてくる。

 上目遣いの顔は見ているだけで俺の心に辛い。ずっと守ってあげたくなってしまう。気を抜くと、普段から頭の中でいっぱいにさせてくる魔性の女だ。

 普段からこうやって会い続けていると優遇して仕事に支障が出るかもしれないから、時々は雲龍と出会ってリフレッシュしよう。そうするべきだ。サンドイッチを食べ終わったら、雲龍と何か雑談をしに行こうか。

 そう考え事をして俺が困っていると、ウォースパイトは小さく声をあげて笑った。

 

「困った顔が本当にかわいいわ」

「あまりからかわないでくれ。いい女のお前に対して俺はどうすればいいか悩んでしまう」

「あら、私はいい女に見えますか?」

 

 俺はそれに答えず、黙々ときゅうりを切っていく仕事に戻る。

 何も言わない俺に対し、ウォースパイトは小さく残念そうに息をついたが自分の作業に戻っていく。

 それからちょっとの時間は何も言わずに作業を続け、バターを練る作業ときゅうりをスライスする作業は同時に終わる。

 

「ここからの作業はAdmiralにやってもらおうかしら」

「任せておけ」

「いい返事ね。まずはきゅうりのSandwichを作りましょう。これにバターを塗ってくださいな」

 

 と、切られたパン6枚をまな板の上に置くと、俺にはクリーム状に練られたバターが入ったボウルを渡してきた。

 ボウルに置かれているフォークを取り、パンの上に丁寧に塗っていく。それらが終わると、次に薄く切ったきゅうりをパン4枚にそれぞれ厚く重ねて乗せていく。

 次に塩コショウが入ったケースを渡され、ウォースパイトの顔色をうかがいながら少しずつ振りかけていく。

 俺好みなら多少はしょっぱくてもいいが、それだと嫌がられるだろうから。だから、気を遣っていくがそれがよかったらしく、ウォースパイトは満足そうに何度も頷いてくれた。

 パンの上にバターときゅうり、塩コショウがかけられたパンの上に、何も塗っていないパンを乗せる。

 

「これできゅうりのサンドイッチは完成か?」

「ええ。あとは切るだけよ。食べやすいように耳の部分を切り落として、パンを三角形の形に切り取るの」

 

 俺はウォースパイトに指で指示されながら、言われたとおりに耳を落として4つの三角形に切っていく。

 手伝ってもらいながら作ったとはいえ、俺が作った料理だと思うと達成感があって気分がいい。

 自分が切ったパンをぼぅっと眺めていると、隣から視線を感じてニマニマと笑みを浮かべているウォースパイトがいて恥ずかしくなる。

 すぐに皿を取り出すと、切り分けたサンドイッチを皿に乗せてテーブルへと持っていく。

 

「さて、次はなにかな。お嬢様?」

「ドリッピングトーストよ、My lovely admiral(私の素敵な提督)。本当ならローストグースなどの肉油を使うのだけれど、今日はベーコンを使って簡単にするわ」

「どういった料理なんだ?」

「肉の油をパンにしみ込ませ、塩コショウで味付けして食べるものね」

 

 そのトーストを作るためにフライパンを取り出し、換気扇を動かしてからコンロに乗せて火を付ける。

 それから手に取った菜箸で、切り分けたベーコンを2枚フライパンの上に乗せていく。

 

「やったぞ」

「ベーコンの肉がからからになるぐらいに焼いて、お肉の油を出すの。そうしたらフライパンにパンを入れて油を染み込ませるのよ」

 

 それはおいしいのか疑問に思いつつも、言われるままに焼いていく。

 香ばしい匂いと食欲をそそる肉を焼く音がするなか、段々とおいしい段階を過ぎていくベーコンを見るのはもったいなく感じる。

 いい感じに焼けているのに食べることもできず、そのまま油を出してひからびた肉を作るのは辛い。

 そうして火を止めたくなる気持ちに耐えていると、ウォースパイトが横からスプーンを使ってベーコンを取っていく。

 

「弱火にして、そう。それから、これ」

 

 と言われるままにして渡されたのはパン1枚だった。それを指示されるまま、フライパンの中へと入れる。

 パンはフライパンの中にある油を吸い取っている……ような気がする。

 それを時々菜箸でパンを持ち上げては様子を見て、いい感じに油を吸って焦げ目がついてトーストが完成したら、ウォースパイトが用意していた皿に乗せる。

 ウォースパイトは皿に乗せられたトーストに、油を取るために使っていたベーコンを乗せると塩コショウを振りかけた。

 

「はい、これで1枚完成よ」

「……今すぐ食いたい。焼いているベーコンの音と匂いが俺の腹にとてつもなく辛いんだが」

「だーめ。きちんと完成してから一緒に……あぁ!?」

 

 ウォースパイトの突然の大声にひどく驚く。いったい何が起きたかと様子を見守っていると顔に両手をあて、絶望の顔をしている。

 それを見て、今日の予定は何か忘れていたことがあっただろうかと考えるが、思い当たることはない。

 あまりの落ち込みように声をかけられず、フライパンに次のベーコンを焼くことにする。

 そうして焼きつつ、ちらちらと様子を見ていると大きなため息をついてから俺の焼くベーコンを見つめた。

 

「あー、何があったんだ?」

My idiot(私のバカ)……紅茶のセットを持ってくるのを忘れてしまって」

「部屋から持ってくるなら待つぞ?」

「いえ、いいわ。持ってくるのも用意するのもちょっとした時間がかかるから。なにより、料理を任せきりにするのは罪悪感があるわ」

「インスタントでよければ、ここにもあるが」

「お願いするわ」

 

 少し落ち込んでいたウォースパイトと一緒に続けるが、俺との間に会話はなく4枚のトーストは完成する。

 あとは皿にトーストを並べて持っていくだけだ。

 その時にドアをノックする音が聞こえる。

 

「あ、私が出るわ」

 

 と、素早く向かったために俺は作業に戻る。

 パンを皿に乗せてテーブルへ置きに行こうと振り向いたら、扉を開けたウォースパイトが勢いよく扉を閉めた瞬間だった。

 扉が閉まる一瞬、隙間から白いモコモコとした髪が見えた気がする。

 

「ウォースパイト?」

「えっと、お客さんは部屋を間違えたらしいわ」

 

 扉に鍵をかけ、俺から目をそらして裏返った声がとても怪しい。

 一度、手に持っていた皿をテーブルに置いてから、扉へ行って鍵を外して開ける。

 そこにいたのは、いつもの服を着ている雲龍の姿があった。

 

「いい匂いがしたの」

 

 何を考えているかわからない、ぼんやりとした顔つきのまま静かにそう答えてから、俺の横を通り過ぎて部屋へと入っていく。

 そしてテーブルのところへと行き、置いてあるサンドイッチを見てから俺の顔をじっと見つめてくる。

 

「雲龍も紅茶を飲むか?」

「お願いするわ」

 

 キッチンへ行き、3人分の紅茶のためにコンロにヤカンを置いたときに不満げな顔で俺を見てくるウォースパイトがいた。

 俺を強く睨んでは、テーブルを挟んで雲龍と反対側の位置で立ったまま俺を見てくる。

 

「ふたりとも、先に手を洗っておけ」

 

 俺が先に手を洗ってから言うと、2人はこっちに向かって素直にやってくる。

 はじめにウォースパイトが丁寧に水で手を洗い始めるが、雲龍は俺のポケットに手を突っ込んでハンカチを取る。

 いつも何も言わずに突然の行動をすることが多いが、さすがに今のは驚いてしまう。

 雲龍は驚いた俺を気にすることなく、俺の手を大事そうに手で持ってからハンカチで拭いていく。そうしてから、洗い終わったウォースパイトと交換で自分の手を洗い、俺のハンカチで拭いていく。

 使ったハンカチは俺へと手渡してきたので、苦笑しながら自分のポケットへと戻す。

 

「あの子、自由過ぎない? 甘やかしすぎじゃないかしら」

 

 元の位置へと戻った雲龍に、ウォースパイトは自分のハンカチで自分の手を拭きながら若干いらだった声で言ってくる。

 俺としては雲龍は自由過ぎるぐらいでちょうどいいと思っている。

 いつものんびりマイペース。周囲に影響されずに好きなように生きていき姿勢は少しまぶしくも見える。それがうらやましくもあるのだが。

 

「あれでいいんだよ。そのうち、あいつのいいところがわかるさ」

「そうかしら?」

 

 俺の言葉に疑問を持ちながら、雲龍と同じようにさっきの自分の位置へも追っていく。

 紅茶を待つウォースパイトと雲龍の視線を背に感じながら、マグカップに3人分の紅茶のティーバッグをセットし、お湯を注いでいく。そしてマグカップにフタを載せたところでウォースパイトが隣にやってきては2つのマグカップを持ってくれる。

 

「ありがとう」

「いえ、手伝いをするのは艦娘として当然ですから」

 

 その言葉は俺を見ずに、ぼぅっとしている雲龍へと向けていた。

 ……どうにも2人の仲はよくないみたいだ。一方的にウォースパイトが雲龍へ不満をぶつけているとも言うが。原因はよくわからないが、性格の違いだろうか?

 悩むのは後にして自分の分のマグカップを持ってソファーの端へ座る。

 すると、立っていた雲龍がさも当然かのように俺の隣、ソファーのまんなかへと座ってくる。

 遅れてウォースパイトがやってきて、持っていたマグカップを雲龍と自分の前へと置く。

 

「これ、提督が作ったの?」

「ウォースパイトに作り方を教えてもらいながらな。俺の普段の手料理はおいしくないが、今日はいい味だぞ?」

「いつもの提督の味は好きよ。男の人が作った荒々しい感じで」

「……話はそこまでにして、早く食べましょう? Admiralはお腹が空いていますから」

 

 ちょっと照れてしまっていると、俺と雲龍の会話を止めるようにして言ったウォースパイトの言葉を合図として、それぞれサンドイッチを食べていく。

 最初に手に取ったのは肉の油をしみ込ませたパンだ。

 その味はベーコンの味がパン表面に染み込んでいる。それでいて、パンの柔らかな感触といい具合に混ざっておいしい。

 からからに焼かれたベーコン、塩コショウも味がよく、実に食が進む。

 そう、肉のうまみ成分がパンをかじるたびに、どこからでも味を感じるのがとてもいい。これならまた作ってみよう。簡単な手順だったから、今度は俺1人でも作れるし。

 

「おいしいわ、ウォースパイト」

「え、ええ。どういたしまし、て?」

 

 俺と同じトーストを食べた雲龍はすぐに食べ終えると、ウォースパイトへ感謝の言葉を言うが、言われたほうは素直にそんなことを言われると思っていなかったのか、少し戸惑った様子だ。

 雲龍は感情を顔に出さないが、素直で優しい子だ。言葉は少ないが、行動でそれを表してくれる。

 そんな雲龍のいいところもウォースパイトにわかってもらって、仲良くして欲しいと思うのはわがままだろうか?

 

「俺も褒めてくれ。我ながら、いい感じに焼けたと思うんだ」

「私にこれからずっと味噌汁を作ってもらいたいぐらいよ、提督」

 

 褒めてもらいたくて言葉を要求したら、思っていた以上の褒め言葉、ある種のプロポーズな言葉が出てきた。

 その瞬間に、俺は食べたままの状態で雲龍の顔をまじまじと見つめてしまうが、雲龍は目をそらさずに俺を見てくる。

 これは本気で言っているのか、時々言う冗談なのかは変わらない表情を見ても何もわからない。

 

「味噌汁? なんで味噌汁が褒め言葉になるのかしら」

 

 まだ日本文化の細かいところまでわかっていないウォースパイトはこの意味がわからなかったらしく、首をかしげて俺と雲龍を不思議そうに見ていた。

 納得がいったとばかりに、両手をポンと打ち合わせた。

 

「ウォースパイトも提督が作る味噌汁に興味はある?」

「それはあるけれど……。そんなに味噌汁って重要なものかしら?」

「重要よ。人生に困るぐらい。それほど味噌汁を愛している国民なのよ」

 

 ウォースパイトが感心して納得したみたいだ。雲龍のことが大きく間違ってはいないから特に言うこともなく、そのまま様子を見続けている。

 

「特に提督の味噌汁を毎日作ってもらいたいと思うでしょ」

「ええ、確かに興味はありますけど」

「はい、いいえで言うなら?」

「Yesになりますが、このやり取りにいったい何の意味が?」

 

 無表情だった雲龍は小さな笑みを浮かべ、悩み顔のウォースパイトを見てから立ち上がるとソファーの後ろに回り、ウォースパイトの耳に手をあてて俺に聞こえないよう何かを小声で喋っている。

 雲龍の言葉を聞き続けているうちに、ウォースパイト段々と顔が赤くなっては俺に目を合わせることもなく急に立ち上がると、急いで部屋から出ていった。

 その姿を呆然と見送るしかできなかった俺。雲龍に話を聞こうとしたが、俺の隣へと戻ってきてはきゅうりのサンドイッチを無言で食べ始めた。

 

「……雲龍?」

「私、いいことをしたと思うの。あの子も自分の恋心に気づくべきだと思って」

 

 俺のことが恋愛的意味で好きだと? 仲のいい雲龍の言葉とはいえ、そのことはどうにもすぐに信じることができない。

 

「職場で人間関係の悪化がないことを祈っておこう……」

「決して悪いことにはならないわ」

「言い切れるのか?」

「だって、あの子は提督が異性として物凄く気になっているもの」

 

 それを聞いて『本当か?』と聞き返したかったが、それを言うと提督としてダメになってしまいそうだ。これは雲龍の推測として聞いておこう。

 そして、俺は艦娘たちと良好な関係になっているのは良いことだとも思って。

 先ほどの雲龍の味噌汁を使った告白は雲龍自身が続けて何も言わなかったから、なかったことにしておこう。

 保留にしておくのは男としてかっこ悪いとも思うが、本気か冗談かわからないものには手を出せない。

 今まで雲龍のことは手のかかる幼馴染のようなものだと思っていただけに、そういう告白はどう返事すればいいかわからない。

 そもそも恋人関係をすっ飛ばして結婚したいだなんて。

 深呼吸し、静かに紅茶を飲む。

 そうして心に落ち着きを取り戻し、きゅうりのサンドイッチを食べようとしたが、ウォースパイトと食べたいと思い、少しのあいだ待つことにした。

 雲龍はそのまま食べ続けて自分の分を食べ終わった頃に、紅茶の道具を持ってウォースパイトがやって来た。ウォースパイトは少し恥ずかしそうになりながらソファーの端へと座る。

 

「さて、これでサンドイッチが食えるな」

「待っていてくれたの? 勝手にいなくなった私を?」

「一緒に食べたいと思っていてな。迷惑だったか?」

「いいえ、いいえ! そんなことはありませんとも!」

 

 雲龍越しに楽しい会話をしていると、突然雲龍が立ちあがった。

 何をするかと思えば、自分がいた場所に移動するようウォースパイトへ目で訴える。

 ウォースパイトは俺に目を向けて様子をうかがってくる。俺がそれに対して頷くと恐る恐るといった感じでちょっとだけ距離を開けて隣にやってくる。

 ……雲龍がいた時と違って、なんだか恥ずかしい。髪のふんわりとしたフローラルな匂いが気になって落ち着かない。

 ウォースパイトもなんだか落ち着かないようで、横に座ってからはちらちらと俺の様子をうかがってくる。

 雲龍は俺たちの反応を見てから『いいことをした』というかのような嬉しそうな表情を一瞬だけ浮かべてはソファーの端に座った。

 いつもの隣で座っているというのに、今日に限って落ち着かないのはなぜだ。

 ちらりと横を見ると、ウォースパイトも俺と同じように落ち着きがなく、そわそわとしてる。

 このまま落ち着かないのは嫌なので、目の前にあるきゅうりサンドイッチを手に取って食べる。

 すると、俺が食べるのを見てウォースパイトも食べ始める。

 きゅうりサンドイッチを最初に口に入れたときに感じたのは、きゅうりの爽やかな感触。次に塩コショウとバターの味だ。

 作っているときはサラダを食べているかのような味になるかと思っていたが、これが意外にもうまい。

 バターだけだと油っぽいだけだが、そこにきゅうりが入るだけでとてもおいしくなる。

 さっきの肉の味を染み込ませたドリッピングトーストよりもこっちが俺の好みだ。

 これならコーヒーや紅茶にとても合う。食べたいと思ったときに手軽に作れるし、仕事をしながらでもいいのがなによりもいい。

 

「かなりうまいな、これ」

「でしょう? 日本にはこういうSimpleなのはないのよね。野菜の他に、当然のようにお肉や魚介類を入れるものばかりなのよ。野菜嫌いなのかしら?」

 

 そう言われ、食堂や店で売っているサンドイッチを思い出す。

 すぐに頭に出てくるのはトマトやツナ、卵を使った見栄えのいいものだ。野菜が入っているのも結構あるから野菜嫌いではないと思うが、せっかく食べるなら肉や魚を食べたいと思ってしまう。

 今食べている、きゅうりサンドイッチが売っていたら俺のお気に入り商品になるが、そもそもこうやって食べるまではこんなにうまいとは思えなかったぐらいだから店では売れないかもしれない。

 きゅうりの可能性に驚きつつ、食べ進めてすぐにサンドイッチはなくなった。

 そのあとはウォースパイトが持ってきたティーセットや茶葉で3人仲良く紅茶の時間を楽しみ、雲龍とウォースパイトが本人を目の前にして俺の話題で盛り上がって仲良くしていた。

 仲良くなるのはいいが、俺の目の前で失敗談や褒めたりするのは恥ずかしくてたまらない。だけど、こういう艦娘たちが仲いいのを見ているのは好きだ。

 だから訓練期間が終わってウォースパイトがいなくなるまで、今のように楽しく平和に過ごしていきたいと思う。




心が折れた。
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