連載再開に向けて長文を書く練習を始めました。
本作は練習の一環で書いた話になります。
※この話は短編として書いたものです。
※次の話までが2018年初頭に書いた文章です。
2019年に書いた3話以降と文体が異なります。
格差社会
訓練機の使用許可がまだ下りない。
噂に聞いていたとはいえ、リロードを繰り返しても携帯端末の画面は変わらなかった。そもそも清香の身分は一般生徒である。申請しなければISを使えない。
「ど~したの~」
生徒会室から戻ってきた本音が独特のイントネーション、標準語を1/2倍速で再生したかのような言葉でたずねてくる。
「本音ぇ~、まだ順番待ちなんだよー」
清香は机に広げたノートや筆記用具の上に突っ伏すと、頭だけを持ち上げて
「遅いよー、おっそいよー」
本音が前の席に座った。
「落ち着きなよ~。じたばたしても仕方ないよ~」
「初心者だから打鉄でもラファールでもどっちでもいいんだよぅ」
「いつ申請したの~?」
清香は顔を横向け、本音の瞳をのぞきこもうとしながら答えた。
「昼休み」
「それじゃ~仕方ないよ~。そんなもんだってお姉ちゃんが言ってたよ~」
「わかってるよぅ。でもさぁ……甘く見た私が悪いんでーす! 暇つぶしで宿題やったら終わっちゃったんだよ!? やることなぁーい、どーしよぉー」
無造作に投げ出していた清香の手を、本音が強く握りしめた。
「実は宿題まだなんだ~。うーつーさーせーてー」
「まだ四月始まったばっかじゃなかった? 自分でやれー」
「えぇ~!?」
清香は体を起こしてノートをカバンに滑りこませた。名残惜しそうな視線を感じて、意地でも答えを見せたくなくなった。
袖まくりした本音が十本の指をグニャグニャさせている。やたらと淫猥な動きだ。言いとがめようとしたそのとき、教室の戸が開いた。二人分の声が響く。長い髪と竹刀袋。篠ノ之箒と四十院神楽、つまり剣道部組だ。どうやら仮入部が終わって戻って来たところのようだ。
清香の視線に気づいた神楽が軽く目礼した。気品漂う振る舞いにしばしの間見とれてしまう。箒の方は不機嫌そうな様子だ。
清香は再び本音に視線を戻して、首を垂れながら言った。
「私たち、暇じゃね?」
「私は暇じゃないよ~」
窓から差し込む光を手のひらで遮る。端末が影のなかに入った。ホーム画面を呼び出し、受話器の形をしたアイコンに触れる。アドレス帳からめぼしい人物を選んだ。
「だれに掛けてるの~?」
「アニキ」
「へえ~お兄さんがいるんだ~」
清香は表情を変えず、アニキの顔を心に思い浮かべてみた。
今ごろ電話に出るか、無視するか逡巡しているはずだ。JKから電話だ、悩むがよい、社会人……と自己満足に浸るうちに留守電に変わってしまった。
「チェーっ、出ない」
アニキとは家庭教師と元生徒という間柄だ。訳有って家庭教師を乗りかえてから電話がつながりにくくなっていた。就業時間内ならばもしや、と淡い期待を寄せたのだが、予想通りの結果に終わった。
「んじゃ、こっちで」
「んー今度はだぁれ~?」
顔を横に向けたまま端末を操作する。アドレス帳の見出しはすべてあだ名で登録しており、多少画面が見えても誰なのかわからないようになっていた。「天災おねーさん?」
「うん。中学のとき勉強を教えてもらってたんだ」
清香は自称天才の<天災おねーさん>の姿を思い浮かべた。出会った頃から
今度はほとんど待つことなく繋がる。
だが、<天災おねーさん>は無言を貫いた。いつもならば清香の言葉には一切耳を貸さない。マシンガンのように一方的に喋りだすものと覚悟していた。ゆえに拍子抜けしてしまい、言葉を紡ぎ出すのが遅れてしまった。
「十秒沈黙したね? 君は天才の時間を十秒も無駄遣いしたんだ。対価を支払うべきだと思わないかな、思うよね?」
<天災おねーさん>がとげとげしい声で告げた。清香はぎょっとして身を強張らせ、端末を落としそうになる。
「お、おいくら……おいくら万円で……」
「そうだね……」
幸い、今日の<天災おねーさん>は聞く耳を持っているようだ。清香は体を起こして座ったまま姿勢を正す。身ぐるみを剥がされるところまで想定して身構えた。
「一秒あたり一万円として……
「わんてぃっつ? そんな単位あったっけ?」
清香が聞き返すと、<天災おねーさん>が通話を切り、程なくテレビ電話機能を使ってかけ直してきた。女性の顔が端末の画面いっぱいに映って、清香は苦笑いを浮かべる。<天災おねーさん>は目元にくまを浮かべていた。
「既に六十秒も無駄にしている。ワンティッツなら、無駄にしてしまった時間をチャラにするだけでなく、おねーさんが君の無駄話を聞いてあげたくなるという優れものだよ。つまり、こういうことさ」
端末を胸元まで手を下ろし、<天災おねーさん>の奇行を眺めた。彼女は奇天烈な歌を唄いながら胸元をゆるめ、スタイルの良さを主張してきた。豊満な胸をすくい上げては寄せて、谷間がちらりと見せつけてくる。清香も
清香は制服の上から自分の胸元をすくいあげてみた。
「粗末ですが……」
<天災おねーさん>が動きを止めた。
「君のはゼロティッツだよ! 価値無しってことさ」
清香は、がーん、と口にして肩を落とす。チラ、と本音の制服を見やって、端末を顔に近づけた。「じゃ、じゃあ」
「お粗末頭脳な君に、おねーさんがヒントを上げよう。周囲をよーく観察してごらん。誰かいる?」
うなだれたままアドバイスに従う。
「三人。本音、四十院さん、篠ノ之さん」
<天災おねーさん>が突然元気な声を張り上げた。
「そーだよ!!」
清香はあまりの勢いに気圧されて体を強張らせた。
「三番目の
「待って待って……篠ノ之さんの……
「おねーさんからお願いしたいね!!」
篠ノ之箒は窓際の自席で帰り支度をしながら、神楽と部内の様子について話を交わしていた。清香は助けを求めて本音を見やる。クズリのアップリケを縫い付けたリュックに手を突っ込んでかき回しているところだった。本音はデコレートした携帯端末を眼前に掲げ、目を細めて悪戯っぽく笑みを浮かべる。「だいじょーぶ、私が証人になるよ~」
「めっちゃ、うさんくさい」
清香は呆れた。
「ここは、『止したほうがいいよ~』って言うところじゃん」
「もしかしてやる気満々だった~?」
本音は白い歯を見せると、ゆったりとした足取りで箒のもとへ向かった。
「やるの? やらないの?」
<天災おねーさん>が清香にだけ聞こえるように言った。
「あのさぁ、君には選択肢なんて最初から存在しないじゃないか」
清香は唇をとがらせ、嘆息しながら窓際に向かう。
「約束通り毎日ゼリー飲料飲んでるじゃないですか。篠ノ之博士特製の。どんどん不味くなってるって感想、欠かさずメールしてるけど、目を通してます?」
「天才にぬかりなしだよーん。美味しくするのは最終工程でって決めてるんだ」
箒は神楽の支度し終えるのを待ってから出口へと足を進めた。清香はすかさず呼び止め、端末をポケットに押し込んでから扉の前に立ちふさがった。箒と神楽は互いに顔を見合わせる。
「相川さん。どうしたんだ、私に何か用でも」
「えっとさ、あのね……実は」
「ん? 聞こえないんだが」
清香は携帯端末を胸ポケットに差しこみ、素早くカメラが真っ正面を向くよう整えた。
「先に謝っておくね! ほんっとーにごめんなさい!」
清香が大げさに頭を下げた。端末がずり落ちかけたのに気づいて、あわてて胸を押さえる。
「話が見えないんだが」
頭を上げるや困惑する箒を無視した。ひと思いに距離を詰め、右手を突き出すと、神楽が目を瞬かせて「まあ……」と驚きを隠せなかった。
右手が箒の左胸を正確に捉えた。清香は、悪ふざけなのだ、と自分に言い聞かせた。体内では無数のナノマシンが蠢動している。IS学園入学の切符をつかみ取った代償だった。
<天災おねーさん>の依頼を断る術がない。見返りを充分すぎるほど受け取っているからだ。
ふんわりとした感触が手のひらに伝わる。成る程、やみつきになる類の危険物だ。柔軟性や弾力性、制服ごしに与える刺激によってどのような反応を返すのだろうか。強い探究心に駆られていろいろな動きを試す。
箒は呆けた顔つきのまま固まっている。感情の処理が追いつかないらしく、ようやく声を発しても言語の体を成していなかった。
「※&$#0$#♪###ッッっ」
「本音、本音、すごいよっ。何食べたらこんなに育つの!? 意味不明なんだけど!」
「なになに~」
「ま、待っ※&$##ッッっ」
「ほんとだ~。ふにゅんふにゅんだねー」
箒の背後から本音が抱きつき、じゃれ合うように全身を使って同級生の感触を確かめる。
「だ、か、ら、止めっ#$&%」
「一度こーしてみたかったんだよ~」
箒の声が徐々に艶めていくにつれ、清香は赤面して手を止めていた。
「か、神楽ッ、み、見てないで、たすっ」
「そ、そうでしたっ」
本音の手が右と左を行ったり来たりしている。神楽が止めに入ったので名残惜しそうに体を離した。
箒は上気した頬のまま声を振りしぼって言い放った。
「……ぁ……はぁ……お、お、お前ら馬鹿なのかっ」
「そのとーり! 馬鹿でーす!」
清香は頭を下げたついでに端末にささやきかけた。
「おねーさん」
「確かにワンティッツぐらいだね。おねーさんは約束を守る人だから、君の無駄話を聞いてあげよう。感謝したまえ」
一言多かった。とはいえ、篠ノ之博士が他者の話を聞くのは珍しいことだ。不安定な人格のときに話しかけようものならば死にたくなるくらいの罵倒が返ってくる。
「女の子同士だし別にい~よね~」
満面の笑みを浮かべた本音が指をぐにゃぐにゃさせている。
「良くないっ。布仏の手つきのほうがやらしかったんだぞっ」
「つまり私じゃあ物足りなかったと。ごめんね。次はもっとがんばってみる」
清香はわざとらしく泣きまねをしてみせた。
箒は誤解されていると思ったのか、早口で怒鳴った。
「違う! 次はない!」
引き戸に手をかけ振り返った。
「行くぞ! 神楽っ」
神楽がわずかに頭をさげると、箒を追いかけて飛び出していった。
清香は自席に戻って、引き戸を閉める本音の姿を眺めた。
「実はおねーさんにお願いがあるんだー」
「万能の天才にできないことはないんだよー」
<天災おねーさん>が端末のなかで得意げに胸を張った。
「現代のダ・ヴィンチだねっ!!」
「レオナルド・ダ・ヴィンチもおねーさんみたいに性格悪かったってこと?」
清香は心の声を包み隠さなかった。本音が前の席に戻ってきて暇そうに
「んー? なにか言った?」
清香は首を振って、机の真ん中に置いた端末へ話しかける。
「実は今、ISの順番待ちをしてるんです。でも、訓練機が足らなくて私の番が回ってくるまでものすごく時間がかかるんですよー」
「へー」
<天災おねーさん>は興味なさそうに相づちを打った。滅多に披露しない傾聴スキルを使っている。清香は、もしかしたら、という淡い期待を抱いた。
「ちょっとIS三十機ぐらい寄付してくれたらいいなあ、と思うんです。おねーさんが作ったんだから簡単ですよね」
「君。ISコアは世界に何個存在すると思ってるんだい?」
「四六七個。別に完全品でください、ってわけじゃないんです。歩留まりが悪かったり出来損ないのコアをこっそり隠してるんじゃないかなーって思ってたんですよねー。生徒間の格差を是正するためと思って、一肌脱いじゃってほしいなー、ほしいなー」
「君、自分が何言っちゃってるのかわかってる?」
「出来損ないでいーからISコア寄付してほしいなあ。訓練専用だって博士ご自身が言い張っちゃえば通るんじゃないかなっ」
「そんなコアはないよ。あったとしても全部壊して廃棄した。なぜならISコアを作って管理してるのは、全知全能の天才な、たっ……おねーさんなんだよ」
「隠さなくたっていいですって。私、秘密を知ってるんですよ……」
「どんな秘密なんだい?」
「えへへ……。織斑先生専用機を影でこっそり作ってるんじゃないですか? それとも、彼氏さんがIS乗りたいって無理言ったから男性専用機を作ってたりしてるんですよね」
「ちーちゃん専用機は行方不明だから今探してるんだよ。あとね、残念ながら、今付き合ってる男の人はいないんだ。あ! 今、疑ったね!? ほんとーだよ。おねーさんはちーちゃんとは違うんだもんっ」
「どう違うの?」
清香が質問を投げかけると、端末のなかの<天災おねーさん>は自信をみなぎらせた。
「ちーちゃんは異性と付き合った経験がないんだよ! たっ……おねーさんは違う!」
とはいえ、清香は友人である五反田蘭から<天災おねーさん>の交際経験や織斑千冬の武勇伝について事細かに聞いている。織斑千冬は女子にモテる。男子からは武神として崇拝されている。
清香が五反田食堂で食事していたとき、地元の若者から「姐さん」と呼ばれる場面を目撃していた。
「それにっ! 男子がIS乗ってるなんて私は認めないよっ。いっくんは……あのさ、君。いっくんまだISに乗ってるの?」
「いっくんって織斑くん? ……これから乗るんじゃ。専用機が供与されるって先生が言ってたような」
「そーいう意味じゃなくってさ。
<天災おねーさん>が生々しい表現を口にする。清香はしばらく心の中で反芻していたが、
「そのぅ織斑くんって……なんですか?」清香は小声で聞いてみた。
「
<天災おねーさん>が確信めいた眼差しでうなずき、しばらくしてから表情を和らげる。
「おねーさんは余分なISコアなんて持ってないんだ。君ね。おねーさんが秘密のコアを隠し持っていたなんて発覚したら、世間はどう反応すると思ってるんだい」
「えっと緊急ニュースのテロップが流れる……みたいな」
「わかってるじゃないか! みんな言うに事欠いてクレクレ頼み込んでくるに決まってるよ!」
清香は本音のほうに向きなおり、腕を交差させてから人差し指を唇の前に立てた。本音は話に加わりたいのを堪え、いかにも残念と言った様子でカバンから取り出した簡易マスクで口を覆った。
本音が口を閉じたのを確かめてから、清香は椅子の背にもたれかかってため息をついた。
「せっかくIS学園に入学したのに、自由にISに乗れないなんて、悔しい。これじゃ私は、いつまでたっても下手なままだよ」
「君ねえ。がむしゃらに練習したって格差は埋まらないよ。正攻法がだめなら別の方法があるかもよ。おねーさんはあきらめなかったな」
「……珍しく慰めてくれるんだ」
「箒ちゃんのワンティッツのお礼だよ。言ったよね、百万ティッツに匹敵する、と」
清香は目元をぬぐって礼を言って通話を終えたものの、年長者の言葉をかみしめているうちに悪知恵が働く。「もしかしたら……」
荷物をまとめて廊下に出た。本音が教室から出るのを見計らい、清香が引き戸を静かに閉めた。ヒール特有のカツカツという音が聞こえたので廊下を見回した。ダークスーツ姿の織斑千冬がタブレット端末を小脇に抱え、清香を見つけて手を振っている。
「探したぞ、相川。もうすぐ一機空く。今から行けば間に合うからアリーナまで案内しよう」
千冬がタブレット端末を掲げてみせる。ISの通し番号の横に「相川清香」という名が表示されており、さらに配備先のアリーナ番号が記されている。
清香は本音と顔を見合わせ、すぐに片手を挙げて元気よく答えた。
「行きます。行きまーす!」
隣で佇んでいた本音がマスクを外す。踵を返したので、行かせまいと清香が腕をつかんだ。
「本音も行こーよ!」
そのまま手を引いて、先を行く千冬の後を追った。