2/10から暫定的に連載中に変えてみました。
特に変わらなければ短編連作に戻します。迷走してごめんなさい
ドイツ連邦共和国ラインラント・プファルツ州、ビューヒェル航空基地。
士官用個室。ラウラは布張りの椅子に座っていた。IS学園への転入手続きを完了したと報告する。
夜の薄明かり。窓の防弾ガラスが鏡となって、向かいに座る人物を映した。
端麗な横顔が黙して息を吐く。
美しい人だ。
伸ばされた手がラウラの頬に触れる。ラウラの心をほどく、ゆりかごのような温もり。かつては織斑教官が、
今、別離を告げた。瞳のまわりがカッと熱くなる。別れは辛く、新しい
(
マレーネ・ディートリッヒ予備役空軍大将の個室をあとにした。
▽▲▽
ラウラは自室に戻り、机に向かって日記を
【ラウラ・ボーデヴィッヒ】なる識別記号を与えられた日からずっと書き続けてきた。
自分は何者で、
横になろうとベッドに向かった。小さなガラス窓に輸送機の赤色灯がサッと横切る。
気になって窓を開け、夜の空気を吸い込んだ。
着陸する大型輸送機を迎え入れようと、明かりが滑走路に沿って並ぶ。
この日、空路はさほど混雑していなかった。
横風がいつもより強い。大型輸送機は滑走路の進入をやり直した。空港周辺の空域を旋回。ラウラの目には赤と緑の光が波を描いているように映った。
(バンクを振っている……?)
大型輸送機は何らかの異常を訴えているのだろう。ラウラは片手で携帯端末を操作。情報を得るべく管制塔へアクセスした。
大型輸送機はまだ旋回を続けていた。
突如として翼から炎を噴いた。折れた主翼が重力と慣性に導かれて落下する。滑走路周辺の草むらに火の手が上がった。
大型輸送機の尾翼からも炎が出現した。残っていた主翼が根元から折れ、発動機を失った大型輸送機は回転しながらあっという間に墜落する。激しく爆発し、漏れ出した航空燃料に引火した。
唖然。
炎がユラユラと
目をこする。滑走路のマーキングを凝視して人影の大きさを割出した。全長四メートルほど。人の形をした何かだ。
悠然と歩行している。二つの瞳とおぼしき紅い瞳が点灯する。
筋肉を象ったかのような灰色の曲線。その胴体は人間一人がすっぽり収まりそうな太さ。足先まで伸びた腕部、どちらも胴体並みに太かった。
傍らには四つ足の獣。豹か、狼か。鎧をまとっている。全長はおそらく六、七メートル。背中には二つの筒。ドイツ陸軍が使っている、四四口径一二〇ミリ滑腔戦車砲と形状が酷似している。
「少佐!」
声に驚き、振り向く。クラリッサ・ハルフォーフ大尉が血相を変えていた。昼間に整えたばかりの髪が汗でべたついている。「失礼!」部屋に押し入るやラウラに飛びかかった。床に押し倒される。「クラリッ……」
声を上げかけたが、激しい衝撃でかき消された。一瞬のあいだ、闇に包まれる。
ゆっくりと
伏せていたクラリッサが身を起こす。彼女に安堵の表情が生まれたとき、ラウラの頬に朱い液体がこぼれ落ちた。
「ご無事ですか」
「クラリッサ……」
混乱が抜けきれぬ意識。震えた指先で頬を指し示す。
クラリッサは初めて傷に気づいた。顔色ひとつ変えずに血を拭い、絆創膏で止血する。「このぐらい。傷には入りません」
隣の棟から激しい音がした。天井の崩落。隣接する兵舎の下層階を押し潰す。
ラウラは周囲の様子を窺いつつ立ち上がった。
窓があった場所、クラリッサを続けて見た。前を向いて頬をピシャリとたたく。
(私は生きている)
強く叩きすぎてジンジンする。だが、頬に浮かぶ朱色の手形に構わず声を放つ。
「征くぞ。
「
▽▲▽
巨躯は両腕を突き出し、赤い光を窓という窓に投射していた。壁を舐めるように這い回り、窓という窓が砕け散る。管制塔にも光を向け、程なくして管制機能を失った。
散発的な銃撃。駐機していたトーネード攻撃機が空中退避を試みたが、四つ足の機械獣が一二〇ミリ砲弾を放った。手前で炸裂。轟音と共に沈黙する。
(
機械獣が筒を正面に向ける。見ている先にあるもの。砲弾が着弾し、周囲の建築物をなぎ払った。
巨躯もその場所を認識したようだ。銃撃や砲撃を無視して悠然と進む。
目指す場所の地下には、アメリカ合衆国軍が保有する核爆弾保管庫がある。B61核爆弾二〇基。
その足を阻むべく、三機のISが地面を滑るように進む。
「
角張った鉄紺色の装甲。関節が鉛色に塗られた機体。ドイツ連邦共和国空軍IS実験中隊<通称・
「予備役に遅れを取るな! 着装!」
ラウラ、クラリッサがその身にISをまとう。
ISコアが赤外線を探知。巨躯は腕に搭載する炭酸ガスレーザーを放ち、自らを中心に円を描いた。ラウラは大口径レールカノンでの砲撃を試みるが、引き金に意識を向けた瞬間、ある異常に気づいた。同じく砲撃姿勢を取るクラリッサが代弁する。
「
対して機械獣の動きは把握できた。ハイパーセンサーがISコアを有すと判定。その証拠に、銃撃にあっても装甲に達する前にエネルギー・シールドが阻む。
だが、巨躯には反応がない。ハイパーセンサーに映らないため、巨躯がなんであるかも分からない。
ISコアを隠蔽したステルス機、あるいはEOSの類いか。
ハイパーセンサーから別の反応。巨躯に隠れた影。レールカノンの射線上に生体反応を捉える。「マズいぞ」ラウラは逡巡し、決断した。「救助する!」
すかさず義母へ注進。機械獣と対峙するなか、マレーネ・ディートリッヒが許可を与えた。
「応!!」
間髪を入れず、EOSを持ち出して橋頭堡を築く部下へ通信。
「
ネーナとファルケのEOSは巨大な外部電源を背負い、短い時間ながらAIC展開機能を有している。攻撃には使えないが、防御壁としては十分すぎるほど強固だ。
ラウラは副隊長を引き連れ巨躯へ接近。予想に反して巨躯からの攻撃はない。地面に拳を打ち込むだけでラウラたちに興味がない様子だ。
すんなり同胞である男性兵士の許にたどり着いた。
彼は一八歳前後であろうか。幼い顔立ちを苦悶にゆがめ、出血する膝を押さえていた。
「無事か」
兵士がケガの具合を伝える。
「仲間が……」ほかの者は瓦礫のなかで生き埋めになっているという。
ラウラは静かな怒りを覚えた。
惨禍を生み出した片割れは穴掘りに夢中。機械獣は俊敏な動きで
AICを展開。徹甲弾と榴弾を防ぐ。さらに撃ち込まれた砲弾が遙か前方で炸裂。AICの有効領域より外を通過。
小さな金属塊が生存者がいるであろう、瓦礫に降り注いだ。土煙が立ち、生体反応がいくつか消失する。膝を押さえている兵士は目を瞑り、涙を浮かべながら歯を食いしばった。
最前線の様相。クラリッサ機が瓦礫を持ち上げ、さらに二名の生存者を見つけ出す。三名の生存者を抱いて後退するなか、巨躯が赤い双眼を向け、突然尻餅をついた。
しばらく動きを止めていたが、また穴掘りを再開。
レールカノンを構えてジリジリ後退していたクラリッサ。赤い双眼が明滅した、次の瞬間。巨躯の拳が右肩を襲う。
「キャアアアアッアアァ!!!?」
轟音。そして何かが砕け散る音。クラリッサ機が殴り飛ばされ、司令部がある建物に突っ込んだ。もうもうと煙りが立ちこめ、機体を見失う。
煙が晴れたものの、どうやら無事ではすまなかったようだ。
「クラリッサァァァッ!!!」まさか……。
ラウラは続けて悪態を口にする。
が、生体反応あり。クラリッサは除装し、折れた右腕を抱えて立ち上がった。ISスーツが破れ、右の乳房が露わになっていた。そして右頬には深刻な裂傷。
巨躯の一撃は軍用ISのシールドエネルギーを破ったに違いない。
ゾワリ……。と背筋に悪寒が走る。
通信。わめき声。クラリッサを慕っていたマチルダが取り乱している。副隊長を回収するよう、イヨに指示を飛ばす。ラウラ自身はネーナに生存者を託した。
現状。
マレーネ・ディートリッヒとの通信回線を開く。
「
残るは巨躯、ただ一機。核爆弾保管庫への到達を阻止せねばならない。
しかし、どうすればよいか。銃弾はことごとく弾かれた。ならば最後の手。巨躯を格闘戦に引きずり込む。
「
戸籍上の義理の母である、マレーネ・ディートリッヒの端麗な顔が歪む。「非常時であるがゆえ」ラウラは義母の内心を見越してつけ加えた。
VTブースト。
マレーネ・ディートリッヒの逡巡は一瞬だった。
「許可する」「……感謝いたします」
マレーネがつけ加えた。
「生還を期せ」「
呪文を唱えながら巨躯へ向けて歩を進める。
拡張領域からVTブースト専用の追加装甲を顕現させた。
VTシステム解除コード入力。基地司令は生死不明。故に予備役空軍大将の認可で代替する。
ブースト第一段階【
ブースト第二段階【
しかし、VTブーストは諸刃の剣。使えば使うほどISと
単一仕様能力を形作っているVTシステムそのものが制御困難な代物。実験機に封じ込め、幾重にも連なる鎖で縛った。ラウラは燃えるような感情の荒波に揺られながら、心を獣に変えていく。
火影に漂う黒い
横風が巻く。火災旋風が巨躯とラウラの間を通り過ぎる。つかの間の静寂に耳を傾け、ラウラは黄金の瞳を見開く。
拳と拳が激突した。無数の亀裂が
第二撃を放つべく、巨躯が大きく足を踏み込んだ。
【
【
ラウラは自機の右腕を瞬時に復元。攻撃をかいくぐり、否、装甲の一部を犠牲にしながらも巨躯の腹部に拳を撃ち込む。
装甲を貫く。衝撃が伝播する。
(こいつ……! マダダッ!!)
装甲の内部にシールドを展開しているに違いない。銃撃をものともしなかったのは、その身を貫くことは限りなく不可能に近いとわかっていたためか。ラウラは攻撃の手を緩めなかった。
【
拳をたたき込む度に
復元を繰り返せば、繰り返すほどに原型を失っていく。
奇怪な闇色の獣に変貌を遂げていくのだ。銀色の美しい髪は光を失い、代わりに黄金色の瞳だけが爛々と輝きを強める。ラウラ・ボーデヴィッヒなる意識の塊は、眼前の巨躯に拳をたたき込むだけの戦闘機械へと、急速に最適化されていった。
【
ゴトリ、と何かが落ちた。巨躯の腹部を覆う装甲が落下する。
搭乗席とおぼしき空間。ぽっかりとした空洞。すなわち無人。
ラウラなる存在は振り上げた拳を止めた。
粘性を持った液体が地面を汚す。すでに
「
もはや腕はなく、足もない。かろうじて達磨のような形を止めているにすぎない。
ラウラは混濁した意識のなか、首を鈍く動かして巨躯の姿を探す。
赤い双眼は未だ光を留めている。装甲の大部分が凹み、粉々に砕け散っている。なおもガリガリガリ……と音を立てながら脚を引きずろうとしていた。
手負いの機械獣が咆哮。背負っていた砲塔、そして鎧を切り離す。続けてワイヤーを力任せに振りほどき、
機械獣が巨躯を背に乗せ、火炎のなかを脇目を振らず走り抜けていく。
「
核爆弾保管庫まで残り数十センチ。仲間たちを、義母たちを振り返る。
ラウラは涙を浮かべた。意識を手放して地面へと落下する。
主を失った
次から再び相川さんが出てきます。
ドイツの第二世代機についてはサクラサクラの設定を一部使っています。