相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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スッカスカなのは私の頭である。


規則間隙

 教材を後片付けする手。山田先生が顔を上げた。

 

「ふたりとも、ちょっと……」

 

 言いにくそうな雰囲気を醸し出す。山田先生は人に物を頼むのが苦手。

 副担任として頑張らねば、と気を張ってはいるが、やはり虚勢。おろおろする場面がチラホラ散見される。

 特に今日などは。

 織斑先生が一日休みをとっていた。(ゴシップ)によれば、ドイツの基地で起こった爆発事故に知己が巻き込まれ、憔悴(しょうすい)してとのこと。山田先生は同僚が行うはずだった授業を一手に引き受けたのだ。

 清香は一息ついてから立ち止まった。本音の何も考えていない瞳をのぞき込む。ニヘラ……という笑み。本音はクラス委員の仕事を優先するように言って、手を振りながら箒たちの元へ向かった。

 清香は教卓の前でセシリアと並び立つ。

 

「手伝ってほしいことがあります」

 

 山田先生の悩ましげな表情。

 清香はセシリアの横顔を見つめて決める。

 断る理由がない。

 案内された先は資料室。渡された軍手をはめて二人で脚立を運ぶ。

 山田先生は紙袋を運ぶ。大判の模造紙と道具をまとめたお菓子の空き箱が入っている。

 下足入れの前で立ち止まる。山田先生が緑色の壁を指さす。

 模造紙を貼る作業。

 

(なるほど、一人じゃできないね)

 

 模造紙の裏には丸まらないよう、予め紙テープが貼ってあった。山田先生の指示に従って貼り終えた。

 

「これは……」とセシリア。

「へえー」と清香。

 

 山田先生が毛筆書写したもの。大きな字で「クラス対抗戦 各クラス代表者・目録」とある。

 

「清香さんのお名前もありますわ」

 

 セシリアの含んだ表情(かお)つき。ほんの少しの勇気と妙な縁でこうなった。清香は緊張しながら怖ず怖ず視線をずらす。そこに記された文字を目で追った。

 

【クラス対抗戦 各クラス代表者・目録】

(訓:訓練機、専:専用機)

 

○一組

 ・相川清香 …… 打鉄 <倉持技研(訓)>

 ・織斑一夏 …… 白式 <倉持技研(専)>

○二組

 ・(ファン)鈴音(リンイン) …… 甲龍 <中国IS工業集団公司(専)>

 ・小柄(こづか)(しのぎ) …… 打鉄 <倉持技研(訓)>

○三組

 ・マリア・サイトー …… ラファール・リヴァイヴ <仏・デュノア(訓)>

 ・佐倉桜 …… 打鉄零式 <倉持技研・四菱重工(専)>

○四組

 ・更識簪 …… 打鉄弐式 <倉持技研(専)>

 ・マデリーン・ランラン …… 強風(レックス) <リバーウエスト・ファクトリー(訓)> 

 

 山田先生が二人の前に立つ。

 

「対抗戦の出場者、搭乗ISです」

「専用機一機と代表でないもの……?」

 

 セシリアが考え込むそぶりを見せる。

 対して、清香はセシリアの憂慮と山田先生の苦笑の意味が分からない。

 セシリアが少し怖い顔つきで疑問を投げかける。

 

「先生?」

「アハハハッ……」

 

 シュンッ……と山田先生がちょっと涙目で肩をすくめた。

 清香は脇を小突かれ、もう一度目録を凝視する。

 セシリアが短く言った。

 

「ルールの隙間、ですわね」

「……そうなんです」

「隙間ってなぁに?」

 

 清香が首を傾げる。セシリアが金髪をたくし上げ、清香の背を軽く叩いた。「山田先生。説明をお願いしますわ。特に三組と四組が問題」

 淡泊に言った。

 

「えぇっと先生が簡単に説明しますね。

 クラス対抗戦で出場(エントリー)できるのは、以前お話したとおり専用機は一機まで、肩書き付きの生徒は一名までというルールなんです」

「そういう風に見えますよ?」清香が再び首を傾げる。

「二組の組み合わせを見てください。先日転入した、凰さんは中国の代表候補生です。小柄さんは入試までIS経験ゼロの生徒ですね」

「私といっしょー」

「そこで三組を見てください。佐倉さんは専用機こそ受領していますが、相川さんと同じく入試までIS経験はありません。では、訓練機を使うサイトーさんはどうでしょうか」

 

 セシリアが携帯端末を操作した。ブラジルが誇るミナス・ジェライスの勇姿。欧州での販路拡大を狙っていた新興ISメーカー【SNN】から購入した、第三世代機である。

 

「専用機を持っていても訓練機に乗れるんです。特に制限はないですから。サイトーさんはブラジルの代表候補生でもあります」

「え!?」

「佐倉さんが受領した打鉄零式は、基本設計こそ倉持技研ですが、装甲ならびに装備はすべて四菱製。リミッターをかけてあるだけのほとんど軍用機なんです」

「ぐぐぐ軍用っ……??」

 

 山田先生が背を丸めて小さくなる。

 

「三組に輪を掛けて姑息なのは四組ですわ」セシリアが憤慨している。

「なんで……?」

 

 生徒の視線が山田先生に集まる。

 

「更識簪さんのことは皆さんご存じですね」

 

 清香がうなずく。本音がしきりに更識簪と彼女のISについて自慢していたからだ。

 

「オルコットさん。マデリーン・ランランさんについてどれだけご存じなのですか」

 

 山田先生の問いかけ。セシリアは胸を強調するように腕を組んだ。真剣な様子だが、こっそり張り合っている。

 

「事実上の代表、あるいは代表候補生。でしょうか。所属国はフランス。代表と代表候補生混在の欧州リーグで二度ほど対戦致しました。いきなり肩書きのない方が出てきたのでよく覚えていますの」

「フランスの代表候補生筆頭はシャルロット・デュノアさんです。ここ最近体調不良を理由に代表リーグを欠場しています。フランスには他にも代表候補生や予備代表候補生がいるにも拘わらず、肩書きをもたないランランさんを補欠出場させています。なぜでしょうか、オルコットさん」

「簡単ですわ。強いから、実績があるからです。たとえば半年前の大会で、優勝候補と目されていたベルギー代表(新興勢力)を破ってますわね」

「つっ……強いの?」

「ものすごく。更識さんも強いですわよ」

「ええぇ……」

 

 清香はただでさえ少ない自信が底をつく。

 

「そ、そんなに強いのに、どうして代表候補生じゃないの……」

「一言で言えば、人種差別です。彼女はアジア系フランス人ですから。英国人のわたくしが、口にするのはおこがましい、のでしょうけれど」淡々とした口調。

 

 フランスではマイノリティーへの差別意識が強いとされる。差別される側であった移民がさらなる少数派を差別するという悪循環に陥っていたのだ。

 逆境のなかで生きてきたが故に培われた、強さ。清香には経済的な逆境こそあれ、他人から差別・阻害されることはなかった。

 青白い顔で震える清香。どうすればよいか。

 セシリアにすがりつく。が、当の彼女は何事か思いついた様子。

 挑戦的な表情で清香の背後に回った。

 

「こうっ!」

「うひゃぁあっ!!?」青白い顔が赤くなる。

 

 あわてて振り向いたとき、廊下にいた本音が携帯端末を向けるのが見えた。

 困惑しながらセシリアに問いかけてみた。

 

 「落ち込んだらこうすればよいと布仏さんからお聞きしました。日本人の女子はこうするのがスキンシップの常識だと」

 

 セシリアの繊細な指遣い。

 

(何、これ……)

 

 本音のグニャグニャした指使いとは雲泥の差だ。指先に教養が詰まっている。貴族ってすごい……。

 などと考えつつ、留学生に誤った知識を与えたであろう人物の名を叫んだ。

 

「本音ぇええエエエエッ!!」

 

 

 

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