相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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中華乱入

 二日後。織斑先生は()()()()()()()()()()の動揺から明らかに脱し、元の元気な姿に変わった。

 授業の内容が徐々に専門的になっていく。必死にノートを取る。

 やはり本音が気になった。彼女は机にICレコーダーを置き、安心して落書きに興じていた。

 織斑先生はその姿を見ても表情を変えない。

 不思議に思って、昼食中のうちに本音に聞いてみた。

 

「ヌヒヒヒ」

 

 よくぞきーてくれました。と怪しげな笑い方。一緒に食事を摂っていた鏡がぎょっとしている。

 

「私には秘密兵器があるんだよ~。それはねー」

 

 ピンク色のトートバッグからガソコソ音が立つ。

 

「チャラララァーン。おねーちゃんのノォートォっ!!」

 

 清香はとっさに手首をつかんで押さえる。頭上に掲げようとしたノート。当然無断でくすねてきたに違いない。前科(高級茶葉の件)がある身。おそらく常習犯だ。

 清香と本音は互いに力をこめあった。

 

「あげないよ」

「返しなさい」

 

 しばらく対峙しあった。清香のほうから脱力した。互いに手首をぶらぶら。姉のノートにやましい秘密を持つ本音。めざとく左右を気にしつつ元あった場所へしまう。

 

(あ、いた)

 

 本音のお姉さん。本日も不出来な妹に怒っていらっしゃる。

 食事を終えて、お茶をすする。空の湯飲みを机に戻す。

 

「どうしたの、それ」

「テヒヒヒ……」

 

 本音の首が右、左、振り返って確認する。先ほどのトートバッグから長方形の包みが現れた。有名和菓子店の包装。満面の笑みを浮かべ、鼻歌交じりに包装紙を破る。

 拳大のイチゴ大福。「いただきまーす」

 

「あまーい、うまーい」

 

 両手に頬張って幸せを堪能。清香は慣れっこになっていたが、鏡ナギの前で饅頭を口にしたのは初めて。「ふ、太るよ」鏡の率直な意見。清香は同意の相づちを打った。

 破れた包装紙を手に取る。イチゴ大福の製造日は()()だ。消費期限も()()だ。午前中製造された饅頭を何らかの手段で昼食前に手に入れたに違いない。

 

「ナギさん。事件の匂いがしませんか……」

「事件ですね、特にカロリーが……」

 

 鏡が携帯端末の画面を見せる。和菓子はカロリーが低めとはいえ、ひとりで三つも四つも口にしてはいけない。長机の隅で食していた箒も(きも)をつぶしている。

 

「あまーい、アマ、甘っく……なーい」

 

 宙に浮いたイチゴ大福。背後からやってきた人物が抜き取った。ペロリと食し、代わりに五百円玉を置く。

 

「はい、代金」

「き、貴様は!」

 

 突然箒が叫びながら立ち上がる。眼前の人物を指さして血相を変えた。清香がキョロキョロするうちに、箒が名を告げた。

 

(ファン)鈴音(リンイン)!」

「篠ノ之箒、だっけ。昨日はひとりで枕に涙?」

 

 凰鈴音なる人物が鼻で笑う。

 直後にカシャリという音。

 本音が目にも留まらぬ速度で携帯端末を操作。すぐに返答。清香に耳打ち。

 

「マイナス・ティッツだって」

「ちっぱい言うんじゃないっ!」

 

 地獄耳。清香は目を見開いて驚嘆を示したが、再びキョロキョロする。

 袖を引かれたので振り返る。本音が鏡ナギを指さす。「0.5ティッツ」

 おねーさんの判定基準が見えない。ナギはマイナス・ティッツと清香のあいだくらいの物量だ。清香はゼロ。サイズ感とは別の何かで判定しているようだ。

 本音が繰り返し判定を試みる。「やっぱりマイナスだよ」

 

「小さかないわよっ!!」

 

 どうやらマイナスだと即答してくれるようだ。清香が判定しようとすれば、計ったように回答が来ない。清香はおねーさんの態度の悪さに憤った。

 箒と鈴音の舌戦。一夏礼賛。熱がこもるあまり痴話げんかの様相。

 一人の男を取り合う姿。女であれば当然か。清香は空の湯飲みを返そうと、こっそり席を立つ。

 

「そこの内弟子!」

「ご……ごめんさぁーい」

 

 ティッツ判定の件。即答してくれると思って何度も判定を試みた。

 頭を下げて言葉を顧みる。あれれ……内弟子?

 

「どーいうこと?」

「篠ノ之束の内弟子、アンタ」

 

 なるほどおねーさんの本名は篠ノ之束である。

 鈴音の指先が清香の左胸に吸い込まれる。……ちょっと痛い。

 

「弾とこの……五反田食堂にいたでしょ」

「いたのは五反田さんとこの土蔵の一階。下宿はしてましたよ。内弟子ってのとはちょっと違いますけど、わたしは、本命()ついで(くーちゃん)ついで(清香)だって」

 

 清香は限りなく真実を話した。顔つきは真剣そのもの。身振り手振りを添えた。ただし、半ば神格化された篠ノ之束像とはまったく異なる。

 

「ですから、あの人は実の妹さんのおっ○○を狙う変態ですよ? わたしは変態?の弟子じゃないですよー。()()()()()

 

 チラッと箒を見た。大きな胸の前で腕を組み、しきりにうなずいている。特に「変態」と口にしたとき、相づちまで入れてくれた。

 鈴音は何事か思いついたのか不敵な表情。胸を反らし、大声で言い放った。

 

「そうだ。授業の後、アリーナに来なさい。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ザワッ……。周囲騒然。

 清香は顔を引きつらせた。本音……は役に立たない。並んでいたナギにすがった。

「な、ナギさん。私」

「ハハっ……彼女、外国人だし。そういうこともあるよ」

 

 ナギも引きつった笑み。隅っこで箒が大きく嘆息するのが聞こえた。「……よかった、一夏は無事だったのか」

 

 

▽▲▽

 

 

 授業が終わり、震えながらアリーナへたどり着いた。心を奮い立たそうと篠ノ之基金のチラシを見る。昇格条件の文句は輝きを失い、目尻からぽろっと一粒零れた。

 目の前にハンカチ。白い手首。視線をあげるとセシリアが心配している。

 礼を言い、ハンカチを受け取った。

 

「なんとかなるから、するから……」

 

 全力で逃げれば大丈夫。根拠無き自信。捕食者におびえるウサギの気分。

優先搭乗権を使って打鉄を確保。セシリアがしきりに携帯端末を操作している。「……やりましたわっ」

 どんよりする清香とは対照的に少し嬉しそうなセシリア。

 理由を聞く。

 

「これから殴り込みにいきますの」

 

 清香はびっくりした。「()()()()!?」

 

「ここへ向かう前でしょうか。二組から四組までの専用機搭乗者と代表候補生に決闘を申し込んでみました。あらあら……こういった場合、日本語だと道場破り、なのでしょうか」

 

 にっこり。肌はツヤツヤ、若さあふれる。セシリアはウキウキと闘気をみなぎらせる。一挙一動が修羅の雰囲気。

 

「背後は任せてくださいまし。(ファン)さんが懸想(けそう)したら助け出して見せますわ」

「万が一のときはおねがいします~」

 

 フィールドに出ようとしたら凰鈴音に出くわした。振り返って退路を確認。手を振る男性の姿。「相川も来てたのか」一夏だ。

 

「そこで会ったのよ」と鈴音。少し誇らしげだ。

「ふぁ、凰さん。よろしく……お願いします」

「緊張してんじゃないわよ」清香の態度にあきれかえる。

 

 続けてセシリアもあいさつ。決闘の件。鈴音はセシリアをにらみつけたあとに鼻を鳴らした。

 

「セシリア・オルコット。そこの内弟子の付き添いで来たってわけじゃないのね」

「もちろんです」

 

 いつの間にか一夏が隣りに移動している。手練れふたりのにらみ合い。いたたまれなくなったから。

 

(大変だな)

(そっちも)

 

 互いに苦笑する。急に一夏が何度もまばたき。清香の顔をじろじろ見つめる。視線に耐えられず照れて笑う。 

 

(あのさ、ずっと言おうと思ってたんだ)

 

 妙な雰囲気。手練れのふたりは相変わらず牽制しあっている。

 

(去年の大晦日。昼間に五反田食堂でいなかったか? 弾とサシで昼飯食べてたよな)

(弾って、弾くん? 五反田弾くん?)

(やっぱり! 弾が妙に親しげに話してた女子か! 俺、覚えてない? 一回挨拶した)

(ごめん)

 

 一夏は頬をかきながら立ち止まった。

 覚えてない。年の暮れは手続きやらなんやらで忙しかったのだ。

 寝食を忘れて勉強していたので、時折弾に引きずられるようにまかないを食べていた。おそらく、一夏と邂逅したのはそのときだろう。

 清香は一夏を連れてフィールドに出る。前方には射出された打鉄。セシリアを待っていたであろう、そうそうたる面子。

 

「じゃあ、まずあたしから。内弟子の実力、見せなさい」

「無理無理!」

 

 清香はたじろいだ。おねーさんからは勉強以外教わっていない。ISに関してはアニキ、すなわち()()()()からVR操作の手ほどきを受けた。基本動作の触りはアヤカから。

 清香は必死に頭を巡らせる。偶然一夏の姿が目に入り、浮かんだ妙案を叫んだ。

 

「たたたた、タッグマッチなら!」

 

 セシリアと組めばどうにかなる。後ろを守ってください。どうかお願いします!

 

 

 

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