相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

14 / 31
予定到達地点に未到着。書けたところまでとりあえず投下。



未解決問題

 目覚ましのアラーム音が聞こえた。腹筋に力を込め、鈍い痛みが走って背を丸める。

 携帯端末をつかんでアラームの設定を消す。清香は寝たまま内容を確かめた。

 

(おやおや?)

 

 清香宛にメッセージ。アニキ(巻紙先生)より「元気にしてますか。帰国しました。今日、仕事でそちらに行くかもしれません」と記されていた。

 目を丸くする。口元がほころぶ。「やったー……イタタ」

 珍しく先に起きたルームメイト。にらんでくる。清香はシーツを引っぱり顔を隠した。

 

巻紙先生(アニキ)が来るっ! やったー!)

 

 巻紙礼子は恩師だ。祖父母の家から逃げるように上京して、右も左もわからぬときに手を差し伸べてくれた。家出娘に寝食を提供し、勉強まで面倒を見てくれた。IS適性が低いことがわかって放り出されそうになったとき、清香をかばって、おねーさんを紹介してくれたのだ。

 清香は留守電メッセージに気づいて、再生ボタンを押して耳に当てる。

 

「巻紙です。先日はありがとうございました。大変助かりました。お礼をしたいので、私のメールアドレスにご都合良い日を二、三記載して返信ください。よろしくお願い致します」

 

 巻紙礼子の素の声。勢いよく立ち上がって、ルームメイトの背中に抱きつこうとした。うれしくてしかたがなかった。

 アヤカが振り向いた。「何してんの」

 清香はベッドの傍でうずくまっていた。小指をおもちゃのリモコンにぶつけたのだ。ダイカスト製であるためか、かなり痛かった。

 

 授業。筋肉痛緩和。織斑先生の声を一生懸命聞き取る。

 空と速度の話。飛行速度。対気速度。対地速度。音速。スーパーソニック。

 これでも理系に分類される身の上。おねーさんのトンチキ講義と比べると、織斑先生は理路整然としてとてもわかりやすい。

 しっかり勉強したあとは食堂で昼食。いつもどおり本音と席を確保する。

 

「一緒にいいか」

「もちろんっ」

 

 妹さん。おねーさんと違って礼儀正しい。

 彼女がつるんでいる面子が合流。剣道部の四十院神楽。鏡ナギ、谷本癒子、そして織斑一夏。

 

(セシリアさん、いた)

 

 セシリアは上級生と親しげに話している。リボンの色からして二年生。同じ金髪でも少し怖い感じ。雰囲気がかなり異なっている。

 

「いただきまーす」

 

 日替わり定食。節約不要。優先搭乗券が有効なあいだは、食事代は篠ノ之基金が負担することになっていた。

 食堂内のざわめきが気になって、お味噌汁の椀から手を離す。「フードファイターかよ。すげえ」といった声が聞こえる。どうやら三組の生徒らしい。清香の位置からは姿が見えない。

 食べ終えると、箒が声を荒げた。「またお前か!」

 

「は? 何、来ちゃ悪いの」

「良くない!」

 

 夜半から今朝にかけての出来事。

 凰鈴音は忍び込んださきで寝ていた箒をベッドから蹴落とし、自分は一夏のとなりで朝を迎えた。

 清香は凰鈴音から視線を外して、本音を小突いた。

 

「もし……織斑くんがISに乗れなくなったら、彼はどうなると思う?」

「……どうなるの?」

 

 おねーさんは男性がISに搭乗するための例外条件をこっそりこさえていた。先日住処(すみか)を訊ねたとき、聞いてみた。『所帯持ちがISに乗ったら、アメリカンなガチムチヒーローになっちゃうじゃないか!』

 清香は互いに首をひねりあいながら、机のむこうを見た。

 くすみのあるブラウン。髪を染めた、いかにも大人の女性が佇んでいた。トレーを持って、席を探す。右へ、左へ。

 

「美人だねー。大人のおねーさんって感じー」

 

 学園の食堂にはときどき大人も食べに来る。今目にしている女性は外部の人。同じような制服の群れに驚いている。

 

「そうだねー。あーいう感じになりたいなー」

「憧れるねー」

 

 え。と清香は本音のつむじを見やる。

 どうやって飯を食っているのかよく分からない大人。清香はおねーさんが所持していたブラックカードを思い出す。

 

(本音はぜったいおねーさんルートだよね……)

 

 

▽▲▽

 

 

「大丈夫か、動き、ぎこちねえけど」

 

 一夏が心配を口にした。

 ほっそりした身体。ISスーツを身につけ、白式を着装。残念ながら貞操は無事だった様子。

 

「だ、だ、だいじょーぶぅ」

「無理するなよ」

 

 打鉄を少しだけ宙に浮かせ、手を振ってみせる。タッグを組んで練習。互いに初心者。才能、すなわち適性は一夏のほうがはるかに上だ。かつて適性がないゆえに見捨てられかけた。拾い上げる人がいて、奇妙な縁で学園にいる。

 問題がふたつ浮かび上がった。

 

「飛ぶ感覚? うーん、気がついたら飛んでたからなー」

 

 清香は飛べなかった。浮くことはできても、二メートルが超えられない。そうなれば当然戦術は限られてくる。拙いながら火器を扱えるが、地を這うことしかできない清香。自由自在に空を飛べるが、雪片弐型以外の武器がない一夏。ふたりとも空を制圧する能力はない。

 もう一つの問題。

 

「どうやったら頭がすっきりする?」

「ISと繋がる感覚のことか? ――……アァ、喉の奥につっかえてる感じだな……モヤモヤする。スマンッ。俺には説明ができないんだ。……束さんはなんか言ってたか」

「わたしね。IS操縦に関してはおねーさんからは何にも教わってないんだ。勉強のやり方だけ」

 

 一夏は考え込むそぶりを見せ、ひどく驚いた。

 

「相川って、実技の入試、すげえ高得点だって聞いたぜっ!? 俺、束さんに秘伝の妙技を教わったとばかり思ってたっ!」

「……誰に聞いたの?」

「え? 誰って。いつも饅頭食べてる……のほほんさん?」

「その件はね。誤解があって――……」

 

 言ってから口ごもった。先日の清香無双。本音が四組のクラス代表に自慢しまくっていた。その後のセシリア連戦。燃費が悪い機体で打鉄零式、ミナス・ジェライス撃破。打鉄弐式とは引き分け。強風(レックス)とは時間切れ判定勝ち。遅れて訓練機でやってきたメテオ三姉妹を三人まとめて圧倒。そのあと、戦闘詳報をまとめる段になって「清香さんはできる子」と褒めまくった。

 

「うわわぁーーんっ!!!」清香は頭を抱えた。

「うぉっ……相川? 相川、どうした!?」

 

 一夏に抱きついて涙ながらに訴える。

 

「織斑くんっ! みんな勝手に誤解してるんだよぉー!」

 

 やってくれました、セシリアさん。

 できる子扱い。適性Cなのに。あずかり知らぬところで勝手に評価が上がっている。

 

「わかった。ピットで話を聞こうかっ。だから、離れような。うん。抱きつくのはヤバいんだって!!」

 

 一夏は凰鈴音の突き刺すような視線をやりすごしつつ、清香をなだめ続けた。

 

 




次回も仕込み回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。