「俺の感覚を絵にしてみると、こんな感じ」
白紙にシャープペンシルで描かれた線。
長机におかれたA4のコピー用紙に見入った。丸い形のなかは乱雑に塗られていて、何本もの線がもうひとつの丸い形につながっていた。もうひとつの丸のなかは何も塗られていない。
「繋がった瞬間、真っ白な空間が広がっているんだ」
一夏が指先で丸い空白をトントンたたく。
「
「相川の言う、頭がすっきりする、ということじゃないかな」
一夏は向かいの席に顔を向ける。
その場には清香以外の顔もあった。一夏の練習を見に来た、篠ノ之箒。彼女に付いてきた鏡ナギ、谷本癒子、布仏本音。
清香は腕を組んだ。頭がすっきりした瞬間が訪れたのは二度だ。
「一回目は入試のとき。もう一回はこの前セシリアさんと組んだとき」
本音が手をたたく。皆が傾注するなか、本音は明かりに向けて手をかざす。指の隙間からシリコンディスクの端子が垣間見えた。
「ニヒヒヒ」
本音のうさんくさい笑顔。清香が疑問を呈す。
「再生してみようよ」
清香たちは画面に釘付けとなった。
▽▲▽
IS学園入学試験。
実技試験において受験者の持ち時間はひとり一〇分。IS搭乗前に適性ランクの簡易検査を実施する。このとき、清香のIS適性はどういうわけかランクAを示していた。
IS学園受験対策をするうえでまことしやかに流れる
記念受験者をのぞいて、合格者の多くがランクB以上を示している。A、A+、Sとなれば、ほぼ確実に合格する。事前にA以上の適性値を持つ者は自治体や企業の優待制度を利用できることが大きい。自衛隊や企業のISが開催する公開・非公開練習に参加権を取得できるため、ISの搭乗経験を積みやすいのだ。
ランクB以下だと優待制度を利用できない。そのような者たちは企業・自治体にコネクションを持つ私塾、家庭教師に頼らざるを得ない。
実績を持つ者に生徒を集めやすく、また多くの場合、高額となる。実績を積むためには優秀な生徒を求める傾向が強く、見込みが低い場合は門前払いか、あるいは見込みがないとわかった時点で教育を打ち切る。
清香が巻紙に師事したのは偶然だった。その後、篠ノ之束に師事することができたのは、巻紙と篠ノ之束のあいだに何かしらの繋がりがあったからだ。
受験生はISスーツに着替えた後、読み取り機にICチップ入り受験票をかざしていた。搭乗するISはランダムで決められる。受験生に選択権はない。とはいえ、打鉄かラファール・リヴァイヴの二択であることがほとんどだ。受験会場によっては
清香が搭乗したのはラファール・リヴァイヴ。
試験官は
ISを着装した受験生には一分で試験内容説明、二分で操縦に関する注意、五分で試験。見込みがある場合は二分延長して確認を実施する。
映像はラファール・リヴァイヴと打鉄改が対峙する光景だった。
「よ、よろしくお願いしまーす」
「よろしく。先ほど注意点は説明したので、ベルが鳴ったら始めます。シールドがありますからケガすることはありません。思う存分打ちかかってきてください」
「……は、はいっ」
清香は緊張した様子で瞬きした。
酒井がおもむろにファイティングポーズを取る。半身を前に出し、待つ。剣術を基にした織斑千冬とは明らかに異なるスタイル。彼女の零落白夜、戦闘技術は後進に継承されていない。戦闘技術を直接受け継いでいた、後継者第一位は奇縁でロシアの代表になってしまった。もうひとりの技術継承者だった第二位は織斑千冬の引退と同時に引退してしまった。酒井は第三位。千冬からの技術継承は一切なかった。
映像は、清香が打ちかかるまでの表情に焦点をあてていた。
「がんばろー。がんばろー。おねーさんに言われたとおりおまじないを信じよー。痛いの痛いのトンデケー」
清香は束に師事していたとはいえ、彼女を先生と呼んだことは一度もない。清香のなかで、先生は巻紙ひとりだった。
「
精神統一。独り言をつぶやき続ける。
「次はわたしの癖。操縦桿を握る感覚。リモコンのレバーを動かすように。つまみを回して、一番力を強くして、一番速く身体を動かそう」
【試験開始・
清香は笑顔を作る。口の端をつり上げていくうちに、頭がすっきりしていった。
「……――こーんな感じに」
【
圧が変わる。獰猛な捕食者の瞳。食え、あいつは、
清香の意識はセンサーから取得したデータと計器にのみ向けられる。グラフィカル・インターフェースで隠蔽された情報。直接ラファール・リヴァイヴの耐久値を読み取る。
拳を振りかぶり、強く握りしめる。清香は計器を確かめながらラファール・リヴァイヴの動力を限界まで高め続ける。
くるぶしの推進装置に火を入れた。砂埃が舞いあがり、身体は酒井の眼前に迫った。鋭く拳を突き出す。空気の塊が爆ぜる。
酒井は顔色を変えない。冷静に拳と腕の表面をなぞるだけだ。眼球だけがめまぐるしく動いて、採点を行っている。
最初の一分間は攻撃をしない取り決めだ。防戦に努め、観察に徹する。多くの受験生は一分間何もできず、その後も何もできない。一歩足を踏み出すことができれば合格する年もあるくらいだ。
PICを使い、重心移動だけで滑るように後退した。清香は追随せず、腰を低く落とし、手を振って地面の砂を巻き上げる。視界を遮る目的か。
酒井が一瞬拳を繰り出す。擦過音、そして轟音が鳴り響く。投擲された金属片を弾いたのだ。
「ラファール・リヴァイヴには投擲武器はなかったはず……」
酒井が確認するように言葉をなげかけた。
「ありますっ」
清香が種明かしするように膝をたたいた。ラファール・リヴァイヴの大腿部を覆っていた装甲板を剥がして投げていた。
「面白いですね」と酒井は淡々と口にする。
「こんな手もありますよ」
最初と同じ一手。鋭く拳を突き出す。腕を引いて、さらに突く。
速く、もっと速く。ラファール・リヴァイヴの推進器の限界を超える。
猛打。酒井が採点不能になる限界を超えようと速度をあげる。こいつは上物だ! 壊れても構うな! 清香は背後から別の声がしたような気がした。
「一分!!」
酒井が大声を放つ。「ここからは自由採点!」
打鉄改の身体が独楽のように動いた。清香の足下をすくうように手が伸びる。
清香は脚部のダメージを感知。よろけたところに、打鉄改の膝が撃ち込まれた。
激突。ラファール・リヴァイヴが
「おーよーへん。姿勢制御は――……とっても大事!!」
PICで姿勢制御。足先にあるものが地面の代わり。壁を足場にして思い切り飛ぶ。背部推進器で増速。高速跳び蹴り。
が、突っ込むだけ。酒井は初見で直線的な動きを見破る。半身になって、至近距離で攻撃をやりすごしつつ手の甲で軽く打ち払った。
乾いた音。反して清香が受けたダメージは大きい。びっくりするほどシールドエネルギーが減っている。
(おねーさんっ。ヤマ当たってないよー)
おねーさんの実技試験対策は驚くほど穴だらけだ。IS学園の教員が試験官を努めるから、各教員の現役時代を調べれば良い、というものだった。おねーさんが作ったリストには酒井なる名字はなかった。
おねーさんは脇が甘い。そして浅はか。
残り二分。
(どうしようかな)
清香が教わった操縦法は視覚をさほど必要としない。清香はIS操縦経験がない。だったら余計な情報は削るに限る。
それに今日は妙に調子がよい。肌がざわついている。背後から忍び寄ってくる感覚に賭けてみようと思った。
清香は目を瞑ってみた。
脳内で展開する情報に変化はない。脈拍は思っているよりも安定している。案外落ち着いている自分にびっくりしながら拳にエネルギーを集中させた。
ISコアから生じる動力源。シールドに使っている余剰分も腕部に回す。
酒井の座標を確かめる。PICで足下を浮かし、音を立てず滑りながら接近。
「残り一分」酒井が告げる。
ラファール・リヴァイヴの左拳が空を切る。倒れるように右回転し、打鉄改の頭部に肘打ちを放った。そのまま身体ごと回転し、膝めがけて蹴りをいれる。酒井は肘に手を添え、力の向きを変える。大腿部を覆う装甲で蹴りを受ける。
ラファール・リヴァイヴはPICで身体の進行方向を上へとねじ曲げる。右の掌底を肩に向けて突き出す。エネルギーフィールドをまとわせているためか、掌底の進路が爆ぜていく。酒井はあえてそのまま受けて、破損陥没した装甲を切り離す。くるぶしの推進装置を使い、身体を横倒してラファール・リヴァイヴの腕をつかむ。振り回し、身体を入れ替える。
ラファール・リヴァイヴは左手で乱打。清香は目を瞑っていながらも凶暴な笑みを浮かべている。
酒井も獰猛な笑みで応じる。打鉄改が右腕を掴んだまま下に潜り込む。身体を反転させてねじり上げた。
ガッ。という断裂を告げる金属音。
打鉄改がラファール・リヴァイヴの腕部装甲をもぎとってしまっていた。
【
「貴重な機体を……何やってるんですか! 酒井さん!」
スピーカーから雷が落ちた。休憩から戻ってきた山田真耶の声だ。
▽▲▽
映像が停止した。一夏は画面を指さしながら本音に話しかけた。
「これ、本当に相川?」
「間違いないよ~。この映像、織斑先生から借りたんだよ~」
清香はふたりのやりとりを聞きながら肩をすくめた。
「どうしたの?」
鏡の問いに首を振る。身に覚えがございません。記憶にないのだ。
「フェイク映像だよね、これ」
「違うよ~本物だよ~」
「基本戦技全部できてるぞ。本番でこれできたら結構いいところまでいけるんじゃ」
一夏が関心している。顔を上げた清香に向かって身を乗り出す。
「相川。共通点はあるか。思い出してくれ」
「うぅーん」
共通点。衝突、だろうか。凰鈴音とやり合う前にセシリアとぶつかった。入試前日にガンプラ女子とぶつかった。
「セシリアさんのときは頭、打ってないや」
後頭部をさする。アスファルトで強打した。結構痛かったのを覚えている。あと、唇も切った。
「セシリアさんと唇のあたりをぶつけた。唇の裏を切って、とっても痛かった」
「それだ」
一夏が膝を打った。
「どういうこと?」鏡と谷本が問いかけた。
一夏は立ち上がり、ある考えに至ったらしく真剣な面持ちだった。
「相川。ぜひやって欲しいことがある」
清香は肩をふるわせてから、怖ず怖ずと一夏を見上げる。
「衝突だ」
「は?」
「唇同士が衝突すればいいんだよ。つまり、……アァー、そのっ」
急に目を右往左往。頬をかいて恥じらう。隣を向いて谷本癒子の手をとった。
「ごめん。俺の口からは。谷本さん。代わりに言ってくれ」
「いいの? いいんだねぇー」
一夏がうなずく。谷本はわざとらしく咳払いをして見せてから、両手の人差し指を立てて交差させた。指先を軽くふれ合わせた。
「キ・ス」
みんなが絶句するなか、一夏は繰り返した。
「相川。この場にいる誰でも良い。キスしてくれないか」