「わたくし、合弁会社アルキテク卜ゥーラ・プラント設計部門および株式会社ミツルギ渉外担当を兼務しております、巻紙礼子と申します。こちらに篠ノ之箒様がいらっしゃると伺っておりましたが、……失礼。お取り込み中でしたね」
入口から声。箒が失意のあまり崩れ落ちるのと同時だった。
気配に振り返ると、ジャケットに白パンツの女性が立っていた。その人物は笑顔を浮かべたままピットのなかに進み出る。照明があたって顔が明らかに。
「具合が悪いのでしょうか?」
「いいえ!」
清香が大きな声を出した。そのまま何度も口をパクパクと開閉させる。
茶色の無造作ウェーブ。細面で美人。朱いフレームの眼鏡が似合っている。
鏡と谷本が箒を立たせる。箒は初めてを奪われたかのように呆然と我を失っていたが、ぼんやりと来客の姿を認め、急に瞳が活気づいた。
制服の裾で口をぬぐう。「私の客?」背筋を正した。
「こういう者です」
「篠ノ之箒です。ご丁寧に」
箒が差し出された名刺を受け取る。鏡と谷本、清香、本音ものぞき込む。エネルギー管理、施工管理技士などの国家資格がズラリと並んでいた。
清香と鏡ナギがあたふたと場所を整えた。
(巻紙先生)
清香は着席を勧めた。巻紙を案内しながらこっそりと耳打ち。わかっています。と言わんばかりに巻紙の口元がほころぶ。アイコンタクト。先ほどの光景を見られたと思い返し、赤面してしまった。
箒と巻紙が対面して座る。「ご友人方もどうぞ。ご一緒に」清香たちは箒の横の席に肩を寄せ合って座った。
「大人だね~」と本音が感心。
「きれいな女性だね」と鏡がこっそり。
「社会人って感じ」と谷本が応じる。
「谷本さん。俺は何も話さないからな」と一夏。谷本が腕に胸を押しつけてきて対処に困っている。
「……そうだね」と清香は口にするのがやっと。
箒が咳払いした。
「アルキテク卜ゥーラ・プラント、みつるぎ、というのはどのような会社ですか」
「アルキテク卜ゥーラ・プラントは化学プラントの設計や施工、運用管理を
「して、ご用件を伺いたい」
巻紙が持参していたショルダーバッグから冊子を取り出す。ISのカタログだ。
「このたび伺いましたのは、箒様の専用機について直接ご説明するためです。わたくしが所属しております、株式会社みつるぎは、三年ほど前に新興ISメーカーであるSNNと代理店契約を締結いたしました」
巻紙が予め付箋を貼ってあったページを開いてみせる。沈黙のなか、みんなの視線はカタログに向けられる。ページには一枚の写真があった。初めて見るISの姿。
「こちらはSNNの新型IS、
「専用機!?」「すごーい!」
鏡と谷本が歓声を上げた。IS搭乗者にとって専用機は名誉の証である。IS搭乗者を目指した者は一度は求め、
「
箒は流し目を送った。本音の携帯端末が立ておかれたままだ。もしも回線が繋がったままならば、おねーさんが聞き耳を立てているに違いない。
「IS学園に入学する前に、姉から【
「ご指摘のとおりでございます。お姉様である篠ノ之束博士がご連絡を差し上げた段階では、紅椿を提供する予定でした。博士が急きょ、銅椿で行く、と決定を下しております。わたくしどもとしては、博士の決定に従わざるを得ません。ですが、銅椿と紅椿は姉妹関係にあります」
「具体的にはどのように?」箒が問う。
「艤装が異なります。銅椿は開発中のK装備を除外した機体。K装備はいささか野心的試みを盛り込んでいると聞いております。
現在博士は後進育成のため開発顧問という形を貫いておりまして、そのため、……言ってしまえば、開発が難航しているのです。我々としましては、箒様には、いち早く専用機で訓練し、経験をして頂きたく、博士の決定は英断であったと思っております」
巻紙が一度背筋をただした。視線は机の隅。本音が席を立った。
「ちょっと失礼~」
本音は携帯端末を清香たちへと向けた。画面にはおねーさんの毛細血管が映っている。ほっぺを強く押しつけていた。
画面の人物に気づいて、巻紙が頭を下げる。
「ご無沙汰しております。その節はありがとうございました。大変助かりました」
「君かい? 礼には及ばないよん。借りは後日倍返しにしてくれたまえ」
おねーさんの言っていることがむちゃくちゃだ。巻紙は慣れているらしく右から左へと聞き流した。
巻紙が銅椿の細かい仕様を説明する。主装備は槍、弓、鉄砲、脇差。いかなる環境下でも性能劣化が生じない、画期的な機体だという。
清香は話を聞いていて、箒の機嫌が良くなっていくのがわかった。K装備という胡乱な装備が間に合わなかった恩恵。
「これぐらいとーぜん、とーぜん」
おねーさんがひとり胸を張る。自己主張する豊満な胸部。
話のあいだ、清香はずっと巻紙の瞳を見ていた。前みたいにお話がしたい。離ればなれになっていた間の出来事を思い返し、相好を崩した。
「銅椿の件は了解した」
「ありがとうございます」
箒と巻紙が立ち上がって握手を交わした。
帰り支度を始めた巻紙は、ふと手を止めて清香を見やった。
「ところで、最初のあれは……」
その実、巻紙はとても気になっていた。
思い出して箒が赤面。清香はその場でもぞもぞ。
「別に言いたくなければいいですよ」
「実は、ちょっと」
清香はしどろもどろになりながら事情を説明する。キスしたらISを上手に操縦できるかもしれない。
巻紙は丁寧に応じる。今までの経験値か、清香たちの騒動を決して咎めなかった。
清香はある思いつきをした。先生じゃなくて巻紙さん。アニキじゃなくて巻紙さん。何度も心に念じる。
「あ、あの、巻紙……さん。わかっていたらで良いんです。あ……IS適性は」
「……Aですよ」
検査で高い値が出ていた。復職後すぐに兼務が決まったのだという。
鏡と谷本が互いに手を合わせた。本音が清香の裾を引っぱった。
「ね~ね~」
「いやいやいや」
本音は言外に、巻紙とキスをしろ、と主張している。好奇心旺盛な娘心。大人は和やかにしているものの、時を置かずして彼女たちの企みに気づいてしまった。
「ね~ね~」と本音が繰り返し裾を引っぱる。
「いやいやいや」
清香は手を振り続ける。それはない。それはない。巻紙先生には恋人がいる。海外研修で知り合い、恋愛関係に発展。その人は外国にいると、巻紙自身の口から存在を聞かされていたのだ。
「ね~ね~」
「……なんだか悪いし」
「構いませんよ」
え。と巻紙と本音以外の者が騒然となった。
部屋の隅へ移動していた一夏。自ら顔を手で覆っているが、指の間隔が広く隙間だらけだ。
箒のときとは反応が違った。明らかに興奮している体だ。
(ふぅーん)
なんとなく一夏の好みがわかった。箒に教えるかどうかは別として。
前を見る。「わっ」巻紙先生の顔を凝視してしまった。眼鏡を取る仕草が艶めかしい。
胸に手が伸ばされた。巻紙が胸ポケットに紙片を差し入れる。
次に頬に触れた。え、と上がった自分の声を疑った。
「生徒さんの力になるのがお仕事ですから」
(近いっ。アニキ――やりすぎィ――)
清香はドキドキすることに衝撃を受けていた。巻紙を慕っているのは事実。だが、あくまでも師弟関係。同じく師弟関係?のおねーさんには何も感じなかった。巻紙の整った唇や鼻、瞳を間近で目にするのとは違っていた。
信じがたい現象に遭ったとき、人は理性が鈍る。まさか、と思う心理状態に冒されているのだ。
(お仕事にキスはない! なぁーいっ!!)
抵抗しようと拳を作ったが、その腕を取られる。存外、力が強い。
清香は困惑を隠せなかった。巻紙の顔がわずかに傾く。美しい瞳が唇を捉える。
恩師のなかに愉悦を感じた。からかっているにしては迫真に過ぎる。警戒。雰囲気に呑まれかけている。
「……――預けてください」
「――……ッ」
熱。一瞬。力が抜けた。