相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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西風戦塵

 中華人民共和国・崇明(スウメイ)島、上海崇明基地。

 

 人民解放軍空軍管轄の地下施設。織斑マドカは欄干にもたれかかっていた。モチャモチャと崇明(もち)咀嚼(そしゃく)する。食べながら、眼前の光景を眺め続ける。

 空軍第二六師団のIS技師たちが整備に悪戦苦闘している。二年前に配備された(ヤン)八型で経験を積んだ精鋭。なかには甲龍で腕を上げた者、双発IS・黄龍の整備で抜群の評価を得た者さえいた。

 彼らに与えられた難題。持ち込まれたIS群の整備だ。

 いずれも唯一無二の存在。作業中の機体は二機あった。一機は西()()、もう一機は紅眼睛(レッド・アイ)と呼ばれる。

 前者は欧州規格(ヨーロピアン)。機体のデッドコピーを目論み、別の頭脳集団が知恵を絞っている。取りかかって間もないためか、未だ解明に至っていない。

 後者は異質。IS技師たちは設計者の(ゆが)んだ思想を垣間見て、背筋に寒気を覚えた。筋肉を象ったかのような灰色の曲線。その胴体は人間一人がすっぽり収まりそうな太さ。足先まで伸びた腕部、どちらも胴体並みに太かった。

 マドカは包み紙をクシャクシャに握りつぶす。ポケットに押し込み、二個目の崇明(もち)を取り出す。

 靴音。靴の種類、歩行の癖。目線をくれる必要はない。英国、ドイツ、イタリアを行脚(あんぎゃ)した同行者たちだとわかっていた。

 

(……うるさい)

 

 いずれも十代(ティーンエイジャー)らしくやかましい。部隊長への崇拝で成り立っていた前の部隊(モノクローム・アバター)のほうが、まだ居心地がよかった。

 ミュージシャンやアイドルの話。マドカには興味を抱けないものばかり。彼女たちもまた、欄干にもたれかかって、飲料水に口づけている。

 彼女たちのISは整備が終わっていた。次の作戦まで暇を持て余しているようだ。一応IS搭乗者なのか、紅眼睛(レッド・アイ)の話に移った。

 ここで初めて、マドカは隣を忍び見た。ビューヒェルの核を奪い損ねた奴がいる。マドカと同じく、黒髪だ。両親ともに生粋の日本人。片耳にはカナル型イヤホン。

 

(……こいつ、何人()ってたっけ)

 

 ドイツ軍相手に派手に暴れた奴だ。作戦後、入手したドイツ軍の被害報告を目にしたが、実際のところ紅眼睛(レッド・アイ)が直接の死因となった者はいない。当初の作戦計画には施設への攻撃は最小限にする、という条項が盛り込まれていた。護衛機が条項を無視して過剰殺傷したのである。

 

(キチガイめ……)

 

 前の部隊にいたとき、少女の経歴をざっと閲覧したことがある。反社会性人格障害(ソシオパス)罹患(りかん)者。リスクを顧みず衝動的。組織から真っ先に排除すべき人間。

 崇明(もち)を飲み込む。若いIS技師が、マドカたちを見上げながら駆け寄ってきた。

 

「M!」

 

 若いIS技師が大声で要件を伝える。整備が終わったばかりの西()()紅眼睛(レッド・アイ)と模擬戦をしろ、という。

 

「……見せつけてやる」

 

 人間の実力というものを。

 

▽▲▽

 

 部隊にはまことしやかな(ゴシップ)が流れている。

 『組織の実働部隊はいくつか存在するが、IS撃破数は紅眼睛(レッド・アイ)が随一である』というものだ。

 

「笑えない」

 

 マドカは(ゴシップ)を思い出して独りごちた。噂を正当化するかのように、誰かが黒い装甲に星印を刻みつけていた。

 

紅眼睛(レッド・アイ)は無人機だ。こんなガラクタが最優秀機だって?」

 

 星は四つだ。ブルー・ティアーズ、メイルシュトローム・マークⅢ、シュヴァルツェア・ツヴァイク、シュヴァルツェア・レーゲン。

 あとひとつでエースに昇格。笑えない冗談である。さきほど少女(キチガイ)でさえ撃墜数はゼロ。組織にはISとの戦闘経験者を多く有しているが、撃破にいたらしめたことはなかったのだ。

 審判を買って出た隊員が観客にわかりやすいよう、上海語を使った。

 

「一本を取れば勝ちだ! 西風(ゼフィルス)には悪いが、近接格闘戦に限らせてもらう。バスケットボールコート二面分の面積とはいえ、飛び回るには狭いからな!」

「……上等」

 

 マドカがうなずいた。

 

「おれたちが電磁障壁の外に出たらブザーを鳴らす。それで始めてくれ!」

 

 観客が一斉に壁へ向かって走り出した。人体がむき出しの電磁障壁を通過すると細胞が壊死する恐れがあるからだ。設備が整ったアリーナには何重もの安全装置が働いているが、ここにはなかった。

 ブザーが鳴るまでのあいだ、紅眼睛(レッド・アイ)を観察する。すぐ違和感に気づく。「白目だ」

 ヴァレー、ビューヒェルで垣間見せた圧がない。無人だと証明するかのようにその場に突っ立っているだけだ。

 マドカはパッシヴ・センサーを起動した。相変わらず反応がない。

 ISならば必ずIS反応を発するものだ。先の作戦前に「紅眼睛(レッド・アイ)はステルス性を有する」と説明を受けた。

 しかし、ステルス機というものはレーダーに対し完全な隠匿を実現するのではなく、探知されにくい状態を生み出す能力を付与された機体のことを言う。

 

(ステルス機という説明を肯定するならば、ほんの僅かな時間、センサーが反応を捉えるはずだ)

 

 マドカは近接ショートブレード(インターセプター)を実体化する。格闘技のような戦闘姿勢をとった。

 

合戦開始(ビイイイィィ――……)

 

 マドカは滑るように、静かににじり寄った。

 白目を浮かべた紅眼睛(レッド・アイ)は少しガニ股気味に膝を曲げ、ぎこちなく拳を握りしめた。白目が小刻みに動いている。いずれも作戦中には見られなかった行動だ。

 近接ショートブレードを構えながら距離を詰めた。突き、足蹴りを高速で放つ。身体を入れ替えながら超硬素材を埋め込んだ肘を当てる。

 

「この程度か」

 

 凡庸な動き。反応速度が遅く、追随できていない。しかも攻撃を回避しようとする。

 

「残念だ」

 

 無駄な時間だ。さっさと終わらせてしまおう。

 拳が大きく空を切る。隙が多すぎる。本当に格闘家の動きを参考にしたのか疑問すら浮かぶ。

 マドカは西風の身体をあて、脇に入り込んで巨大な腕を取る。

 

「一本だ」

 

 柔道で言うところの背負い投げ。ただし、超高速。関節の可動部を極めているので受け身は取れない。衝撃で地下施設の床が陥没するだろうが、知ったことではない。

 

(……興ざめだ)

 

 だが、待てども【合戦終了】の合図は鳴らなかった。

 何気なく眺めたセンサーが一瞬だけ励起する。

 電磁障壁の外周が騒がしかった。観客の声に耳を澄ませる。

 圧。

 肌がざわついた。掴んでいた腕に意識を向ける。紅眼睛(レッド・アイ)が空中で静止し、マドカの表情(かお)を観察していた。

 白い目が真っ赤に染まっていく。

 小刻みな動きが消え、ただ獲物を見据えている。相変わらずセンサーには反応がない。紅眼睛(レッド・アイ)は腰を曲げて推力を加えて着地。床のたわみを利用してマドカを放り投げた。

 すぐさまPICを使い勢いを消す。身体を翻した。センサーが使えないため、超至近距離での目視戦闘だ。 

 観客の誰もが稲妻を目にした。ごく狭い空間を亜音速で動き続ける。電磁障壁がなければ今ごろ聴覚を破壊されていただろう。

 拳をぶつける。数秒遅れて雷鳴が轟く。

 IS同士なら痛覚を感じないはずであった。マドカは期せずして人体の限界を超えた高速動作を強いられていた。痙攣し、筋肉がひきつる。が、それはISコアが肉体の限界を知らせるために設けた疑似感覚だ。なにかが、カチッ、という小さな音。一本を取ろうと手をかざしたとき、互いに擦れ合ったのだ。

 身体をひねり、しゃがむ。手槍の発射音か。

 

「違う!」

 

 射線がごく短い。紅眼睛(レッド・アイ)の大きく膨らんだ腕部。一本の金属杭が飛び出ていた。

 パイルバンカーだ。

 炸薬のにおいはしなかった。

 紅眼睛(レッド・アイ)は腕をひき、攻城杭(パイルバンカー)を収納する。初めて与えられた玩具を(もてあそ)ぶように、紅眼睛(レッド・アイ)が再び腕を引き絞る。

 

子供(がき)めっ)

 

 マドカは腕をしならせながら近接ショートブレード(インターセプター)を投げた。予期していたのと同じく紅眼睛(レッド・アイ)は避けずに接近する。

 再び突き出された攻城杭(パイルバンカー)。今度こそという思い。回転しながら身体を入れ、推力で強引に土をつける。

 轟音が消え去ってから数秒の後、歓声で湧き上がった。

 

合戦終了(ビイイイィィィ――……)

 

 マドカは苦しげに息をつきながら、汗を拭った。

 

「くそっ。途中で動きが変わった」

 

 赤い光が宿ったとたんに魂が入ったようだ。

 電磁障壁が解かれ、IS技師たちが駆け寄る。西風(ゼフィルス)を除装して彼らに任せ、マドカは汗を流すべくシャワー室へ向かった。

 道中、戦闘ログを眺めながら思索に(ふけ)る。

 足を止めて呼吸。沈黙。目を閉じる。赤い光を思い浮かべて視界を動かす。

 

「魂、か」

 

 女子用シャワー室の表示。簡体字。脱衣所に入って服を脱ぎ捨てた。

 

 

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