クラス対抗戦の前日。授業が午前中で終わった。
「相川、織斑はよく休んでおけ」
昨日までの練習。試行錯誤と価値観の崩壊。
「起立」
セシリアの号令でみんなが席を立つ。
「礼」
ありがとうございました。顔を上げると、織斑先生が一言「解散」と告げる。
途端に引き締まっていた雰囲気が和らぐ。
織斑先生が出席簿を抱えて教室を出ていく。山田先生が小走りになって後を追いかけていった。
ペタリ。清香が脱力しながら腰掛けた。胸の高鳴りを感じながら廊下を見やる。
何人かは談笑しながら帰宅したり、部活に向かっていった。残っている者は十名足らず。布仏本音に篠ノ之箒、織斑一夏、鏡ナギに谷本癒子。ここまではいつもの面子。加えて、四十院神楽。箒の付き添いのようだ。
足音。奏でる音、歩幅も優雅。清香はスカートのプリーツを目にして、視線をあげる。
最後に、セシリア・オルコット。
「セシリアさん」
クラス対抗戦の準備のあいだ、この英国の留学生はひとり、別行動をとっていた。
腰に手を当てているか。と思いきや何か冊子を抱えている。
「清香さんに
糸とじ製本。お手製。礼を言って差し出された書物を手に取る。
目次。対抗戦出場者の名前。ISの名前があとに続く。日本語で記された文字と数字に目を走らせていると、セシリアが告げた。
「殴り込みの記録ですわ」
戦闘詳報。セシリア・オルコットは理論派、データ重視だ。
連日連戦を続けていた。清香と一夏はふたりで練習。ほかの組は漏れなくセシリアが最難関だと考えているらしく、清香や一夏を偵察する者は少なかった。
二組だけが一組を偵察した。理由は清香がまぐれで圧倒したから。キスをすると操縦が上手くなる、トンチキな現象。
「ありがとう!」
貴重なデータ。頼りすぎてはいけないが、情報収集の苦労は相当なもの。各出場者の癖や食べ物の好みまで網羅。奥付には協力者の名前がズラリ。一組生徒、一同。
照れくさそうに顔を背けるセシリア。冊子を胸に抱き、清香は彼女の背中を笑顔で見つめ続けた。
▽▲▽
自室のベッド。清香は寝転びながら冊子を広げた。
よくまとめ上げている。
たとえば。凰鈴音が僅か一年で中華人民共和国の国家代表候補生になったこと。ほかにも男子の好みまで。料理上手、とある。
(へー)
三組はサイトーに関する情報が多い。四組は更識簪。文章の書き方からしてデータの出所は本音だろうか。
(カタログスペックと、実測データまで)
あえて低めに公開している機体。公開した数値がどうしても出せない機体。
(
公式情報と実測数値に約二割の差があった。理由は甲龍が生まれた経緯にある。
甲龍は双発IS・黄龍を単発化した機体だった。黄龍はISコア二基を搭載している。二基のコア間の同期が不安定で、本来の能力を発揮できない場面が多かった。単発化することで機体を不安定たらしめる要因を排除したのだ。
ISコアがひとつになったから、性能は二分の一かといえば、そう単純に計算できなかった。中国IS工業集団公司も潜在能力を読み切れず、確実に発揮可能な数値を公開したらしい。
「なんだろ」
誰かが鉛筆で書き足していた。「夜道にご用心」
凰鈴音の怒った顔を思い浮かべた。割と手段を選ばない雰囲気。相手は選んでいるようだが。
清香にもやたらと突っかかってくる。気になって枕元の携帯端末を引き寄せる。テレビ回線を開く。難なく繋がった。珍しいことだ。
唇の拡大画像。しかも迫ってくる。「おねーさん?」
ゴトン。ガタタタタン。画像が上に下に揺れまくる。ようやく安定。おねーさんの顔。額に汗びっしょり。
「君か。なんだい。おねーさんは忙しいんだよ」
「……忙しい?」
画面に向かって接吻しようとしていなかったか。おねーさんの奇行は今に始まったことではない。
清香はふうっと息をついて切り出した。
「おねーさん。つかぬ事を質問しますが、凰鈴音って知ってますか?」
「凰? 知ってるよーん。中華メシ屋のちんちくりんだね」
おねーさんは何度も凰鈴音のちっぱいを判定していたが、記憶に残ってはいないようだ。
「わたしのことを内弟子、といってやたらめったら突っかかってきます。理由を知りませんか?」
最近は一夏に抱きついたことを咎めてくる。
(突っかかるなら、わたしより癒子だと思うなあ)
癒子はスタイルが良い。快活な性格。悪戯好き。しかも女の武器を使うことに躊躇しない。ガンガン攻める。夏休みを過ぎたら一夏がISに乗れなくなっているかも知れないのだ。
「なんだい。君は無駄なことばかり気にするね」
心当たりがある様子。「ちんちくりんが弟子入りしようとしたから断ったのさ」
あっさり告げる。
理由を聞いてみた。
「だって。ちんちくりんだもの。言っとくけど、おねーさんは将来見込みがあるのしか教えないからね」
胸をたたいてみせた。清香が感慨深げにうなずくと繰り返し叩いた。さらに自分で揉んだ。
見込みがあるやつ。蘭を思い浮かべる。「あっ――……」
(待てよ?)
「くーちゃんは? くーちゃんはちっちゃいですよ」
特に胸が。とはいえ直接会ったことはない。おねーさん自ら撮影した写真で自慢してきたから、姿形は知っている。
「くーちゃんは別腹」
言いきった。くーちゃんは胸以外を見ている、と。おねーさんの危険度が増していく。
「じゃ、じゃあ、わたしは? わたしは?」
おねーさんが胡乱な目を向けた。「あえて言うなら実験台?」
「蘭ちゃんにできないからって、わたしで色々試しましたよねー。そーゆーことですか? くーちゃんにもできないからってのも聞きましたよー」
聞いて損した。いつも本音が連絡すると即繋がるのは、本音の身体目当てだからか。うわー。おねーさんの変態。
「いーですよー。ふーんだ」
通話終了。手足を伸ばしてプルプルしていると、アヤカが帰ってきた。
いつにもまして不機嫌な様子。通学カバンを自分のベッドに放る。そのまま清香のベッドの前まで直行。見下ろしてきた。
「借りたいものがあんだけど」
視線が冷たい。身体を起こしてベッドに腰掛ける。
「お願いする態度じゃないよね」おねーさんの変態さを再認識したので清香も不機嫌なのだ。
「リモコンとパワーグローブ。貸して」
どちらもアヤカとは接点がないものだ。特にリモコン。
「リモコンは大事にして返してね。パワーグローブは……」
(やっばーいっ)
返してなかった。リモコンを持って帰るのにパワーグローブを借りたままだ。おねーさんが気前よく貸し、そのうえ催促してこないから忘れていた。ぱっと見、厚手の作業用手袋だ。よくホームセンターで売っているケプラー繊維入りのお高い手袋。外見では見分けがつかないので、おねーさんは目印として、内側に自分の
確かめる。「篠ノ之束」汚い字で書いてあった。
「パワーグローブないとソレ、持ち運べないでしょ。めちゃくちゃ重いんだけど」
父から譲られたときでさえ重かった。修理のため、おねーさんに預けてから顕著に重くなった。
六〇キロ。持ち帰ってから重量計で計ってみた値だ。米俵一俵分。
補強にタングステンプレートでも使ったんじゃないか。そうすると、蘭が素手で難なく運んでいたのが気にかかる。再び携帯端末で回線を繋ぐ。出ない。うんともすんとも言わない。
「持ち上げて足に落としたら骨折ものだから。危ないったら」
「持って帰るのに苦労したんだよねー」特にエレベーター。
「貸して」
「うーん。必ず、必ず、返してね。ソレ、借り物だから返さなきゃならないんだよ。なくすのもダメだよ。ボロボロになっても必ず持って帰ってきてね。ボロボロのまま返すから」
知らずにISコアをゴミ箱に捨てました。などという言い訳が国家権力に通じるだろうか。
「一日で返すけど? 私、そんなに信用ない?」
清香の態度にご立腹。
「わたしよりよっぽど信用あるよぅ。ソレ、貸主の愛用品なんだよぅ」
肩をすくめてみせる。愛用品なのは事実だった。
「いいわ。借りてくから。試合が終わったら返す」
「はぁーい」
パワーグローブを手渡す。アヤカは早速手にはめてリモコンを持ち上げた。心配になってついていくと、部屋の前にごつい台車が置いてあった。中身が見えないよう配慮してか、段ボールのなかにしまう。
台車のシールを確かめる。耐荷重二〇〇キロ。清香は安心してアヤカと台車を見送った。
部屋に戻った清香は首をかしげた。彼女は鉄○には触れなかった。
(ま、いいか)
アヤカなりの深謀遠慮があってのことだろう。清香はベッドに寝転んで冊子の続きを読みはじめた。