もう少しだけお付き合いください。
目が覚めたら本番。荷物をまとめて第三アリーナへ。
巡回バスから降りてすぐ、正面入口にたどり着く。
「おはようございますっ!」
元気よく挨拶。
待機していた山田先生に連れられてピットへ直行。
織斑先生はいつものスカートスーツ姿。照明の反射で柄が露わになる。授業のときより
「時間通りだな。相川。着替えてこい」
織斑先生は手首を返して腕時計を確かめる。集合時間になったが一夏の姿はない。
清香は隣の更衣室でパッパと着替えた。制服をロッカーに放り込んで鍵をかける。
所要時間はちょうど五分だ。ピットに戻る。
「ヤッホー」「おはよー」
谷本と鏡のふたり。本音は遅刻するとのこと。試合に出場する生徒以外は早起きしなくともよかった。
谷本が悪戯っぽい顔つきで清香の腕をつつく。「相川ちゃん。新しいスーツ?」
誰も気づかなかったらどうしよう。と思っていた。
「試合用だよーっ」
清香は両手を広げ、鼻を高くした。
出所は篠ノ之基金。奨学金給付ランクが上昇した恩恵。運動性重視のためか、身体にぴったりはりついている。そのくせ、着用した感触が自然だった。
出入り口のあたりが騒がしい。誰かが駆け込んできた。
「遅れました! すいませんっ!」
「遅いっ! すぐに着替えてこい」
一夏は一〇分の遅刻。どうやら一本あとの巡回バスだった様子。
額が汗でぐっしょり。本当に慌てていたようだ。荷物ごと更衣室めがけて駆けていく。
入れ替わるように、箒と神楽が到着。
「織斑先生。すみません」
一夏の件。目付失格。箒が頭を下げたので、神楽も同じように
織斑先生は中に入るよう言った。箒の失策は不問とするつもり。
清香は手近な椅子に腰掛けた。カバンからメモを取り出して確認する。気をつけること。特に安全。
待っているあいだ、織斑先生と山田先生が仕事をテキパキとこなしていく。
そして一夏が戻ってきた。男性用ISスーツ。試合用。
「おーっ」「かっこいいね」
「そ、そうか?」
女子にもてはやされてまんざらでもない様子。一夏は照れながらも笑顔を浮かべる。
織斑先生が先導する前に一言。「今日使用するISは隣の格納庫に準備してある」
白式と打鉄が並んでいた。いつでも着装できる状態。
打鉄の傷だらけだった装甲は艶やかに輝いている。つなぎ姿の本音がクロスで磨いていた。
「おはよ~」
「おはよーっ。朝から見ないから寝坊したと思ってたー」
「ニヒヒ。そう思わせておいておいたんだよ~」
「今日は頑張るからねー」
「おーっ、応援がんばる~」
ISの周囲から目視点検。ISには自己修復機能があるとはいえ、清香のカスタマイズ打鉄は穴ぼこになりがち。練習で大きく凹んだ場所。打ち直してあるが、凹みの痕跡が残っている。
本音に手を振ってピットへ戻る。
山田先生がヘッドホンを身につけている。管制を兼ねていて、先ほどから試験通信を行っていた。
開会式。学園長の訓示。
試合順のアナウンス。三組対四組が先んじて行われる。一組対二組はそのあとだ。
スピーカーから楽しげな曲が流れる。試合が始まるまでのあいだ、フィールドには十二機のISが躍り出る。
オープニングイベント。ISをまとった踊り子たち。会場を盛り上げながら試合までの時間をつなぐ。
「戦術。確認しようぜ」
清香がうなずく。一夏が開き癖のついたノートを机に広げた。文鎮代わりに未開封のペットボトルを置く。
どちらがどちらの相手をするか。凰鈴音なら難しい。小柄なら凰鈴音よりはマシ。連携の方法。相手を入れ替えるタイミング。イチかバチかの零落白夜。
「俺が鈴を相手にしたほうが良い」
一夏がセシリアからもらった冊子を開いた。機動力。三次元戦闘。
「手はひとつ。格闘戦にもちこむ」
超至近距離の目視戦闘。一夏の狙い。
「こちらの手を読んで小柄さんが来るかも」
逆に一夏と小柄が超至近距離で戦うと、一夏の分が悪くなる。小柄家は
ふたりで読み合わせ。外が急に騒がしくなった。
【
三組対四組の試合が始まった。専用機同士、それも兄弟機同士のぶつかり合い。
織斑先生に促されて格納庫へ。
「がんばれー」「応援するよっ」「武運を祈る」「無事に帰ってきてください」
箒の言葉につい笑みが零れる。ひとりだけ武士っぽい。
長椅子にふたりで腰掛けながら、一夏が改まった態度で清香を見た。
「……と、ところでさ」
「どうしたのー? 急にそわそわして」
一夏は口をパクパク開閉させる。手を閉じたり開いたり。赤面しながらぼそっとつぶやく。
「
「あれ……?」
「今日はしてない」そんなポンポンできるものではない。
一夏が肩を落とす。垂れた頭をゆっくりと持ち上げる。
一夏のまなざし。期待。
「いやいやそんな目で見てもね」
(相手がいないよーっ)
清香はダメ元で周囲を見渡す。そばに本音。じーっと本音をにらんでみたが、足をぶらぶらさせながら鼻唄を歌っていて、視線に気づくそぶりすらない。
足音。ちょっと急くような間隔。直感に急かされて振り返った。
制服の上にスタジャン。きつい眼差し。ルームメイト。一夏は眼中になし。
「今、三組と試合してるよ」
アヤカが眼前に立ち塞がる。スカートの下には黒いスポーツレギンス。
(脚ほそーい。やっぱりスタイルいいなあ)
などと考えつつ、アヤカの答えを待つ。
彼女には珍しく口をすぼめて、急に思い詰めた表情を浮かべる。
「ど、どうしたの」
「……わかってんでしょ」
何を。いや、なんとなく察していたが、アヤカはソレを言うような人物ではない。
顎をしゃくる。立て、という意味だろうか。あわてて立ち上がった。
「逃げんな」
アヤカは腕を伸ばし、清香の頭に両手を添える。
清香は必死で首を振った。
(うわーんっ。なんか怖ーい)
アヤカが顔を傾け、近づける。
清香も手を伸ばし、彼女の頭に両手を添えた。
「グギギギッ!」
必死に顔を離そうとした。理由は怖かったから。彼女は四組の生徒だ。一組に塩を送る理由がない。
「……だからっ。逃げんなっ」アヤカは必死だ。
「キャラじゃないよーっ。何かありそうで怖いんだよーっ」
ふたりでスクラムを組んだ形になっていた。試合前にも拘わらず互いに拮抗していた。
考えてみてほしい。友達だと思っていた人物にいきなりキスを迫られている。しかも好意的なやりとりがあまりない相手と。異性だろうが同性だろうが怖いものは怖い。
汗がどっ。
荒い息を吐きながら互いの出方をうかがう。
騒動に気づいたのか、足音が増える。どうやら本音も気づいたようだ。 錯綜するなか、本音の足音とは別に、ひとつだけ足並みがぶれない音があった。音はどんどん近づいてくる。
「もし」
聞き覚えのある声。腕を組み合ったまま顔を上げる。
セシリア・オルコット。髪を編み込んでハーフアップにしている。
清香はきょとんとして息をするのを忘れた。何度も瞬きするうちに、空気が恋しくなって肺を膨らませる。呼気半ばといったところで、「んぐっ――……」
セシリアの匂いで満ちている。
目をパチクリ。右へ、左へ、上へ、下へ。
中央。
(ええええええっ――???!)
およそ三〇秒のあいだ続いていた。その間、清香は混乱のあまり呆然となっていた。
現実か。現実なのだろうか。
唇の感触は本物。体温も本物。匂いも本物だ。
セシリアのほうから唇を離す。
勝ち誇ったような表情で、一言だけ。
「こうすると、清香さんが強くなるのでしょう?」
力添えにしてはあまりに強烈。勇者への鼓舞。凱歌の期待。栄冠を持ちかえらなくては。
メッセージが、清香の心へ間違いなく届いた。
(ま、負けられなくなっちゃったよーっ!)