清香が後ずさるたびに、巨躯は一歩ずつ近づいてきた。周囲に動く物体。清香が一番大きかったからだ。
人に対する恐れを知らない獣のよう。
黒い巨躯が腰を折り曲げ、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
とっさに蹴り払う。掌を見ながら首を傾げ、白い目を何度も瞬かせた。しばらく動きはなかった。清香も動けずにいた。
ヴヴヴ……という羽音。いつの間にかハチドリのような物体が黒い巨躯の周辺を飛び回っている。その数、八。
清香は怖ろしげに顔を歪める。
通信接続。セシリアの声。雑音が混じっていたが、徐々に明朗になる。
「ビットですわっ!!」
ビットの先端が光った。
灼けるような痛みが走った。清香は涙を浮かべて胸を押さえて転がり回った。
(撃たれた! いまっ、撃たれたーっ!!)
清香は半ば混乱しながらくるぶしの推進器に命令を送った。
逃げなければ。早くここから立ち去らなくては。
真ん中で突っ立っていた巨躯も動き出した。拳を握りしめて大きく振りかぶった。
清香を攻撃対象と認識したらしい。
「清香さんっ! そいつから逃げてください! あの拳は、シールドを貫きますわっ!」
セシリアの叫び声。悲鳴に近い。
(シールドを貫く!? 貫通って、死んじゃうじゃんか??!)
シールドが効かない? セシリアの言葉をにわかに信じられなかった。だが、セシリアの慌てた様子は初めてのこと。疑ってかかれば命にかかわる。
清香は接続可能なあらゆる通信回線に向けて、大声を放った。
「誰かーっ。助けてくださいっ!!」
レーザーを放って行き先を阻むビット群。清香は駆け出した。
▽▲▽
東西南北に存在するピット。付随する格納庫のシャッターが外を窺うようにゆっくりと開け放たれた。
砂煙の中心。黒い巨躯に白い目をした謎のロボット。逃げる打鉄を追いかけている。
フィールドに刺さっているラグビーボール状の物体。外殻はタングステンカーバイド製。天蓋のシールドを突破するためだけに生み出された工芸品だ。
一時間前、中華人民共和国崇明航空基地から飛び立った爆撃機一〇機は、約一万メートルまで上昇したのち、腹に抱えていた
「要救助対象者。一年一組相川清香。ISに乗り始めたのは入学してから。試合でシールドエネルギーが底をついている。今は逃げ回っているけど、それも時間の問題」
濃緑色に塗られた重装駆逐機が言った。ラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクス。後ろに居並ぶ仲間たちに向けて発信。
ラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクスは、IS学園即応制圧部隊に所属しており、その内訳はIS学園の教員やOG、有力な生徒から成っている。
試合では幕間にダンスを披露したり、フラッグを携えて飛行する。飛行するときは、クァッドファランクス形態ではなく、より軽装だ。
ラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクスのほかに、仲間が十一機いる。いずれも踊り子ISとして、観客は認識していただろう。
「他に仲間はいそう?」水色のISに向けて確かめる。
「今のところ、目視で一機。周囲を飛び交う非固定浮遊部位はアンノウンのものかどうか断定できない」
「目視で?」
「センサーに映らない。みんなもそう」
目視戦闘になる。さらにISコアによる統合火器管制が難しくなる。手動ではどうしても集弾率が悪化するのだ。
慎重な重装機とは対照的に機動力特化の軽装機の表情は明るい。早く出せ、と言わんばかりに拳をあげた。
「連携を密にして」
シャッターが完全に開ききると同時に、六機の駆逐型ISが躍り出た。装甲を極限まで切り詰め、軽くした機体だ。いずれの機体も剣と盾を持つ。
内訳は【
対IS戦に特化しており、操縦者はいずれも元代表候補生やそれに準ずる実力を持った者たちだった。
「こっちだ! 黒いの!」
巨躯は白い目を向け、一度身体を強ばらせた。小刻みに振動しながら大きく振りかぶった拳を打ち下ろした。
「頭上にビット! 三基で狙ってる!」
打鉄高機動型・弐が警告。彼女の背中では紫電改二機が清香の周りに壁を作っていた。大きな盾をかざして、ビットのレーザー攻撃を防いでいる。内蔵火器でビットに攻撃を仕掛けても俊敏に動き回られて当たらないのだ。もっとも近い格納庫に向けてゆっくり避退する。
「獲ったッ!!」
剣を地面に向けて突き立てる。
手応えを感じる前にPICでの姿勢変更を強いられる。
巨躯はその身体が示すように鈍重だ。集団戦に慣れているような雰囲気はない。だが、八基のピットは違う。
「下!」
踏み込まんとした脚に衝撃。地面すれすれに移動した飛行体から多数の光がほとばしったのだ。
「敵飛行体、左後方、距離一〇〇!」銃口を向けた
「重装隊出る! 待たせた!」
重厚な金属塊が一斉に移動を始めた。
限りなく装甲を重量化した部隊だ。
ラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクスが二機、水色に塗装された重装ラファール・リヴァイヴ・カスタム四機から成っている。
砂煙を巻き上げながら、重装ラファール・リヴァイヴ・カスタムが清香や紫電改らの周囲を囲んだ。清香の救援を紫電改から引き継ぐ。
「あの
盾をかざす必要がなくなった紫電改が上空へと翔けあがる。
すぐさま重装ラファール・リヴァイヴ・カスタムが
水色の機体の中央。頭に赤色のメッシュを入れた女性。部隊の皆から青島、と呼ばれている。指揮担当か。鋭く、叩きつけるように指示を飛ばした。
「青島より砲撃部隊。クァッドファランクス、ロック解除。目標、敵アンノウン。砲撃始め!」
濃い緑色の機体が前に出る。左右からそれぞれ三〇度の位置。一機あたり四門を装備。合計八門もの
オレンジ色の二機が砲弾が飛来するよりも早く退避。巨躯は激しい砲撃に怯みきっていた。頭を覆いながら後ずさっていく。
行けるか!? そんな言葉が青島の頭に浮かんだとき、地面が激しく振動した。
「来る! 衝撃に備えよ!」
直感を裏付けるように、フィールドの中央部が爆発し、吹き上がった大量の土砂がラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクスに降りかかった。
砲撃停止が遅れた一機が生き埋めになる。もう一機も半ば脚を取られて身動きが取れなくなってしまった。
何者かによる第二射。清香がピットに到達したのとほぼ同時だ。砲弾の落着により衝撃波と爆炎がフィールドに生じる。淡い黄色の打鉄高機動型と紫色の紫電改が着地。ラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクスにフックを掛けて引きずり出した。
「アンノウン2、IS反応検知」
「フィールド内に侵入確認――……何だ?」
青島の僚機がハイパーセンサーから得た情報を伝える。
再び敵の砲撃。閃光のさなか、土砂で身動きとれなくなっていた巨躯を何かが強引に引き抜く光景を目にした。
人型ではない。
四つ足の獣。豹、あるいは狼か。全長は約六、七メートル。鎧をまとい、背中には二門の長砲身一二〇ミリ滑腔戦車砲。
目の前にいる十二機のISを正面に見据える。唸りながら牙を露わにし、強い敵意をぶつけてきた。
「こいつは……」
先日限定的に閲覧許可が降りた機密情報。ビューヒェル空軍基地を襲い、壊滅的な被害をもたらした犯人だ。
互いに警戒しながら対峙する。生唾を飲み込みながら、駆逐型IS六機に向けて静かに指示を送った。
「ランチャーの使用を許可する。殲滅せよ」