相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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因子入魂

 清香は逃げ込んだ先の格納庫で除装した。

 ピットは多くの人でごった返していて、試合に赴いたときとはうって変わっている。

 女性に話しかけられて異常の有無を伝えた。女性が戻ってくる気配がなく、織斑先生たちを探して室内をさまよい歩く。

 天井に記された番号から元のピットへ繋がっているはず。一向にたどり着かない。人で挟まれて引くのも進むのも厄介だった。

 

(こんなに人が)

 

 例えば地震なら机にもぐって震動をやり過ごす。一旦収まったら係の者、例えば教員の指示にしたがって建物から避難しただろう。

 今回は違う。

 ロボットが天蓋をぶち抜いて襲いかかってきた。制圧部隊が即応して鎮圧に向けて力を尽くしている。

 

「セシリ――」

 

 遠目に見たセシリアの顔。モニターに向けて視線を注いでいる。光が明滅してから激高して感情を顕わにした。

 

「ゼフィルス! なんてこと……」

 

 席を立って踵を返した。人の群れのなかに消えてしまった。

 携帯端末を探して膝に手を伸ばす。ISスーツを身につけたままで、端末はロッカーのなかにあった。

 

(そうだ……制服)

 

 無性に着替えたくなってピットの出入り口へ向かう。

 人の列。誰もが携帯端末を触っているが、不安な面持ちだ。聞き耳を立てていると、通信障害が起こっているようだ。

 空から飛来した金属片がアンテナや通信施設を直撃していた。火災が生じていて煙が立ち上っているとのこと。外へ出ようと正面入口へ向かった者たちの言葉。彼女は警備員に外へ出ないよう言われ、ピットから地下通路へ向かうよう指示されたという。

 ぞくぞくと人が集まってくる。

 先生たちを探して室内へ引き返そうとした。

 

「……相川」

「織斑くんっ」

 

 誰かに手首をつかまれ、振り返った。一夏の声がしたように気がして、彼の名を呼ぶ。

 幻聴。誰かを頼りにしたかったのだ。

 

「あっ。悪い」

「……なんだ」

 

 びっくりして。スタジャンを見て、アヤカだとわかった。

 てっきり応援に行ったかと思っていた。ルームメイトは清香の表情の変化に不満げな様子。ばつが悪そうに視線をそらした。

 

「織斑じゃなくて悪かったな……」

 

 頬を赤らめる。なにげなく照明を受けて輝く指先を唇の近くに持ってきた。試合直前のスクラムを思い出して、清香も恥ずかしさを思い出す。

 

「ケガ、してない?」

「大丈夫だよー。脚を滑らせたときは、どうなるかと思ったけどね」

 

 建物が震えた。誰かがフィールドで壁に叩きつけられたか。足下をよろめかせる。アヤカが手首を引いて倒れずに済んだ。

 

「とりあえず着て。スーツだけっていうのも嫌でしょ」

 

 脱いだスタジャンを受け取る。タグにメイド・イン・アメリカ。大リーグのどこかのチームロゴが縫い付けてあった。

 「ありがとー」礼を言って羽織る。

 温もりが残っていた。見上げると、一瞬だけ申し訳なさそうな顔が映った。

 アヤカがつま先立つ。ピットのなかへ視線を向け、「ここはもういっぱい。別の出入り口を見つけたんだけど、アンタも来る?」

 顔を戻して手首を取る。強引だ。「待って待って! 先に!」

 荷物を――。

 

「荷物はあと! 避難が先っ!」

 

 言い終える前にアヤカが歩を早めた。

 途中まで隣のピットへ向かっていた。通路から人影がなくなって、アヤカが足を止める。左右を確認し、「関係者以外通行禁止」と書かれた扉を開けた。くぐって、使われていない格納庫を抜けた。地下へ入り、階段を上り下り。肩を寄せ合ってふたり通行できるかどうかの路を抜ける。壁の鉄ばしごを伝う。行き止まり。もう上れない。

 

「……確か」

「行けそう……?」

 

 黄色と黒の虎テープ。カチッと音がして樹脂のフタが開いた。現れたボタンを押す。

 明かりが漏れ、扉が開いた。

 先に上り終えたアヤカが手を差し出した。そのまま引き上げられ、地面に寝転ぶ。雑草のにおいがした。何かが灼けるようなにおいもうっすらと漂っている。

 アヤカが草むらをかきわけてボタンを押す。

 

「行こう」

 

 どこへ。清香は外の空気を吸いながらつぶやく。

 

▽▲▽

 

 第三アリーナに背を向けて遠ざかっていく。

 先を行くアヤカは無言だ。外に出るまでは時折気遣ってくれたが、今はない。背中を見つめたまま、土を踏み固めた通路をまっすぐ歩いて行く。

 五分ほど経過しただろうか。

 守衛小屋があった。見覚えがある。避難命令が出ているためか、今は無人だ。一人分の机にモニターとキーボード、マウスがあった。デスクライト周りに文房具立てと飲みかけのマグカップ。ボールペンがキャップを外したまま転がっていた。

 椅子に座って体重を背もたれへ預けた。足音に耳を澄ませて振り返る。

 窓と逆側にロッカーが並んでいて、アヤカはその一つを無言で開けた。

 

「は?」

 

 ゴトン。机におかれたのは一挺の銃。授業で触りだけ習って、少しだけ見たような気がする。戦車とか装甲車を相手取るときに使うもの。

 指さしながら、恐る恐る振り返った。

 

「対物ライフル。あんたはこっち」

 

 もうひとつゴトン。机がたわむ。……山型リモコン。

 

「昨日返すって言ったでしょ。だから、今返すの。……悪い?」

 

 少し苛ついた口調。手にはパワーグローブ。

 清香は対物ライフルと山型リモコンを交互に見た。

 

「繋がらないよ――っ」

 

 頭を抱える。極めて難問だ。ごめんなさい、答えがわかりません。

 ぺこんと頭を下げた。

 アヤカが腰に手を当てながら、清香を見下ろす。

 

「お仕事っ!」アヤカが鋭く、叩きつけるように言い放つ。

「誰の……?」清香が首をかしげる。

 

 指を突きつけられる。指先が陽光できらめく。爪に塗られたトップコートに気がついた。

 

「あんたの。何度かオータムに頼まれて()()()()でしょ? つい最近だって()()()でしょ」

 

 巻上礼子(アニキ)とキスしたあと。胸ポケットの紙片が入っていて、新しいVRのログインIDと初期パスワードが書かれていた。ふたりきりで秘密の練習。巻紙が家庭教師だったころ、一緒に遊んでもらった覚えがあったから。

 

「で、でもっ」

 

 ゲーム画面と同じだ。記号とパラメータを表示した計器類。敵を示す形に向かって意識を向ける。教えられたとおり、つまみを回し、リモコンを握って集中する。

 リモコンでVR上のIS(記号)を動かしていただけなのだ。大して上手くもなく、中ボスとおぼしき相手と戦ったら負けた。柔道の一本背負い。お見事。

 

「……銃なんか持ってっ。だったら何なの、アヤカだって意味わかんないっ」

 

 アヤカはパワーグローブをつけたまま対物ライフルを片手で持ち上げた。弾装を組み付け、トリガーを見つめてからグリップを握る。

 ロックがかかっていることを確認。壁に銃を立てかけ、予備弾装を並べた。作業を終えて振り返った。

 清香の前に立つ。

 

「相川清香」

 

 フルネーム。キョトンとして、次の言葉を待っていたら、「――……んぐっ」

 何度瞬きしても現象は同じ。混乱だ。彼女はそんなことをするキャラ(人柄)ではないはずだ。

 顔を離そうとしたら舌先を口腔にねじ込まれた。隙間から入り込んだ空気が混ざり合い、泡になった唾液を流し込まれる。

 唇同士が離れ、アヤカはせいせいしたといわんばかりの表情。

 

「私のお仕事は亡国機業(セイギノミカタ)。アンタのお仕事はすべてのIS()を倒すこと」

 

 未だ混乱する清香の手を取り、リモコンのつまみを握らせる。パワーグローブでがっちり掴まれて抵抗する術がなかった。

 1ch、2ch、3ch……。最後まで回しきる。

 

(なにっこれぇ――……)

 

 ナノマシンだ。

 清香の身体のなかで蠢く、無数のナノマシン。毎日欠かさず摂取し続けた、マズいパウチ入りゼリー飲料。

 

(うわーんっ。なになにっ。……すっごく! すっごくっ!)

 

 身体が熱い。どんどん熱が高まって素肌に汗が伝う。ヤバい。なんだかものすごくヤバい。

 トロンとした瞳。向けられたアヤカが一言を。

 

「ナノマシンはIS因子を記憶する。特定のタンパク質の形式・特徴を保存するの。IS因子を記憶するには、唾液腺から分泌されたタンパク質が必要。だから……」

 

 最後の言葉まで聞こえなかった。別の感覚に飲み込まれていたから。

 かつてないほど明晰な思考。清香のなかには何者かが発した情報が跳ね回る。

 

 ――――開発コード、青騎士。

 ――――初期コード、白騎士 バージョン2。

 ――――紅眼睛(レッド・アイ)、接続プロセス開始。

 ――――ISコア、親機搭載、オーケイ。

 ――――処理中……

 

 

 ――――処理完了。

 ――――ISコア、アクティベート(認証しました)遠隔操作(リモートコントロール)開始。

 

 

 

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