相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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暴風圏内

 ますます大きくなっていく銃撃音。

 相川清香は(かす)かにため息を漏らす。

 

「――どうしよう、かな」

 

 紅眼睛(レッド・アイ)の攻撃は、陸にいる即応制圧部隊に向けられていた。

 片や集団戦闘に慣れたIS群。片や協力のカケラも見せない襲撃者たち。数の論理からすれば、統制のとれた制圧部隊が勝つに決まっている。

 紅眼睛(レッド・アイ)の右腕から小さな爆発が起きる。破損部分の切除(パージ)だ。

 地面に転がった銀色の金属杭は、ねじ曲がり、能力を発揮できなくなっていた。

 攻撃の対価――使用不能となった多銃身機関砲(GAU-8/アヴェンジャー)二門が放棄されていた。

 

 ――――ふたつ。

 

 残存するラファール・リヴァイヴ・クァッドファランクスは、防楯を前面に突き出したまま身を強ばらせた。同時に、紅眼睛(レッド・アイ)の右腕、外部装甲が完全に砕けて剥離する。本来の腕。その腕が握る巨大なアタッチメント。拳そのものが武器だ。搭乗者の叫びがアリーナに伝播する。

 

「紫電改、急降下、行けぇッ!」

 

 ほぼ同時に紅眼睛(レッド・アイ)が地面を強く踏む。拳が防楯の中心へ吸い込まれた。

 コンマ数秒後、クァッドファランクスの装甲が波打つ。無数の皺とヒビが形成される。はっきり目で見えるほどの衝撃だった。

 さらに、もう一歩踏み出す。クァッドファランクスの装甲が破断し、内部骨格に致命的な損傷が発生する。

 吹き飛ばされながら、部品が散り散りに飛んでいく。その間、ISコアはただ、ただ、搭乗者の生命を守ることのみを優先した。

 轟音と閃光。攻撃が次の段階に転じた合図だ。

 打鉄高機動型、重装ラファール・リヴァイヴ・カスタムによる射撃が一斉に開始されたのだ。

 

 ――――次は、これとこれ、だよね。

 

 相川清香は、紅眼睛(レッド・アイ)の首を振り向けようとはさせなかった。

 ハイパー・センサーの位置情報。アリーナ内の全ISがどこで何をしているか、意識下への展開を終えている。紫電改の約七五度からなる急降下突撃をはっきり認知していた。何度目かの打撃戦で紅眼睛(レッド・アイ)が射撃武器を持たないことは明らかだった。加えて弾幕射撃への抵抗もない。その証拠に、装甲の性能に任せて防御行動すらとらなかった。

 ゆえに、急降下突撃は成功する。ランチャー・レールの先端。プラズマ光を発生する長刀が、紅眼睛(レッド・アイ)の背中を貫いた。

 腹部からランチャー・レールが突き出ている。有人機ならば即死ものである。生体保護を優先して外部骨格の稼働をやめるものだ。しかし、無人機は異常を是とした機体。

 清香にとって、紅眼睛(レッド・アイ)()()()()()()()()()()()だった。そして、何が致命傷で、何がそうでないか。体内で蠢くナノマシンが記憶している。武器はあるよんっ♪ ――原初の因子が囁く。

 頭部がクルリと一八〇度回転する。紫色の機体を視認し、紅い瞳を点滅させた。

 紅眼睛(レッド・アイ)が肩を軽くふるわせた。歯車が回転する。顎と鼻の部分が消え、奥から球形の金属がせり出す。

 カチカチという音。

 胴体を引き裂かんと長刀を握りしめていたはずの紫電改が、胴を折り曲げる。

 またしてもカチカチ、と明滅した。紫電改がランチャーから手を離差ざるを得なかった。搭乗者は理解できないという表情だ。強ばったまま身体が横回転し、脚をすくわれたように地面へと叩きつけられる。

 

「なぜ――」

 

 という顔だ。気圧の急激な変化。紅眼睛(レッド・アイ)はランチャー・レールが刺さったまま脚を踏み出す。理解不能という顔つきへの嘲笑――口だった場所から白い蒸気を吐いた。

 亡国機業(ファントム・タスク)は用心を怠らなかった。崇明航空基地には甲龍の整備経験を持つ者がいる。シュヴァルツェア・レーゲン戦で傷ついた外部装甲を修理する際、人民解放軍は新式装備を惜しげも無く提供した。

 すなわち、()()である。

 紅眼睛(レッド・アイ)が姿勢を変えると同時に、打鉄高機動型の一機が盾を構えて間に割り込んできた。第二の矢として急降下したが、不可視の攻撃を受ける仲間を助けようとしたのだ。

 しかし、その勇気ある行動は徒労に終わる。盾一枚では紅眼睛(レッド・アイ)の拳に耐えきれなかったのである。

 

 ――――みっつ、よっつ。

 

「ハハ……」

 

 頭上から哄笑。瞳を輝かせるのは、マドカ。面白い手品でも見たかのように唇を歪めている。燕二〇改の挟撃をいなしながら、二体が屠られる様を面白がっていたのだ。

 

(ああ――――ッ!!!)

 

 清香の意識がマドカへと逸れる。

 面識があった。実技試験の前日。確かに遭遇している。

 入試の映像。ありえない動きをしていた自分。あれ(激突)をキスと言って良いものか。とはいえ、つまり……清香は彼女の(かたち)を知っている。

 

(?)

 

 マドカは地面を見るよう指し示す。バイザーから垣間見える唇が、よそ見するな、と動いた。

 絶妙のタイミングで行われた、重装ラファール・リヴァイヴ・カスタム四機による投網(とあみ)。粘性を持った網目が外部装甲に絡みつく。もがけもがくほど吸着していった。

 燕二〇改二機も呼応して上空から同様の網を投下する。うち一機の投網は西風(ゼフィルス)が斬り払った。

 投網が派手に誘爆。無論、西風(ゼフィルス)に被害はない。

 網に爆薬が練り込まれていたのだろう。網を切り離すべく西風(ゼフィルス)が降下したとき、重装ラファール・リヴァイヴ・カスタムが蜘蛛の子を散らすように距離をとっていた。

 閃光、続く轟音。爆炎が立ち上る。煙のなか、なおも紅い瞳は点滅し続ける。

 投網の粘糸はすべて爆発に至らなかった。撚り合わせた糸がばらけて装甲の隙間へと浸透する。

 清香は、ロボットの大きな手では細かい作業はできない、と考えていた。土いじりを実際にやってみて、うまくいかなかった体験から来ている。とりあえず「殴る」「掴む」「蹴る」しかできない。山型リモコンが操る、超合金製のロボットと大差ない、という認識だ。

 カチカチ、と瞳を明滅させる。

 紅眼睛(レッド・アイ)は首を動かして周囲を見渡した。

 重装ラファール・リヴァイヴ・カスタムは顔面と正対しない。散開しながら次の手を打とうとしているに違いなかった。

 清香は、頭のなかに浮かぶいくつもの声に耳を傾けた。

 

 ――――落ち着いた、悪く言えばぼんやりとした言葉。自信たっぷりに剣呑とした声。慌てながらも必死に考えをまとめる声。べらんめえ調なのに理路整然と筋道だった声。つっけんどんな声。いろんな声。

 

「どうしよ~」と常に困惑していた自分とは、明らかに異なる意識に驚いてさえいた。ナノマシンの囁きは、それぞれの素体が持っていた人格的特性をも複写している。

 

(うんうん。そうだね)

 

 清香は言った。

 

「ネバネバは本体にはほとんどくっついていない。だから、大丈夫。何も気にせず、爆発しても構わず、気にせず行こう」

 

 今頃アヤカは独り言にギョッとしているだろう。彼女の姿を思い浮かべて笑みをこぼす。

 清香は周囲の状況を確認した。炎が立ちこめるなか、銃撃は続いている。

 西風(ゼフィルス)は、マドカはある一点を見つめている。

 

 清香は思った。マドカが視線が指し示す方角に違和感が……。

 

(あれれ、だいじょーぶだよね?)

 

 ピットの方角。闇のなか、ISの青い足先が露わになる。

 白煙が立ち上った。

 清香は、激しく憤る、怨讐に満ちた蒼い瞳に貫かれた――。

 

 

 

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