相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

28 / 31
なんだか週末のほうが危なそうな気がしたので投稿。


過誤再々

 

「……は?」

 

 声音から察するに理解できないといった風情。

 

「ソレ、本気で言ってる?」

 

 何度も頷いた。アヤカは清香のほうを見向きもしなかったが、息づかいで意図を察したようだ。

 

「イ・ヤ・ダ。ソレ契約違反じゃん。操縦代わるってことの意味、きちんと理解してる?」

 

 今度は清香のほうが理解できずにいた。

 契約? 何それ……、と。

 

「契約を放棄するってことはつまり、私が、今、ここで、あんたを、処分する、ってことになるんだけど?」

 

 首を左右にぎこちなく、それでいて大げさに振るので精一杯だ。

 

「アイキルユーアンダスタン?」

 

 さらなる追撃。脅しの意味合いで用いられ、それでいて決して本気で使われることない文句だ。アヤカが面倒を嫌がる性分のためか、気が進まない様子ではあった。

 

「こ……コロ……何なのぉ……」

 

 彼女の眼球だけが清香を見据えた。瞳の輝きが普段と異なる冷淡さに彩られている。汗がどっと吹きこぼれた。

 

「契約が有効なあいだは、私たちが、あんたを守ったげる。私が死んでも代わりはいる。けれど、契約が破棄されたら、私は、私たち(亡国機業)の正義を貫く」

 

 正義のなかには、清香が死ぬことも含まれていた。

 

「いい? 大前提。ロボットがリモコンで操作できるってこと。知ってるのは、上と私ともう一人の護衛だけ。それ以外はみんな無人で動くと本気で信じこんでいる。リモコンだと知ってるなかで、遠隔操作できるのはあんただけ。篠ノ之束が()()()()()()()()()と思ってんの」

 

 とてもマズいゼリー飲料を毎日欠かさず飲んでいただけだ。手違いだらけだったが、恩義は感じている。

 

「私が言いたいのはね。少なくとも、立て替えてもらったことに恩を感じるなら、死ぬ気でガ・ン・バ・レ」

 

 立て替えたとはすなわち、清香の母がこさえた浪費の代償を指す。両親が離婚した直接の原因であり、清香が家出同然に上京した真の理由でもあった。

 

「もうひとつ。一番重要。ロボットは必ず持ち帰るの。失敗したら私もアンタも上も、みんなバッドエンドだから」

 

 聞き返すのをためらうほど悲しげな物言いである。

 引くに引けない状況に陥っていることだけは理解できた。気合いを入れ直そうと両頬をたたく。

 しかし、紅眼睛(レッド・アイ)は傷を負いすぎている。再生する怪物(シュヴァルツェア・レーゲン)と戦ったときと同じ過誤を犯しつつあった。

 

 

 

▽▲▽

 

 

 

 稚拙な太刀筋である。

 しかし、一度ならず二度、刃を届けていた。

 刃と身体を一体とし、推力で以て突き掛かる。届きさおすれば臓物を引き裂かん勢いで傷口を縦に広げる。

 優雅を是とするセシリア・オルコットの戦い方とは似ても似つかぬものだ。

 清香は投げ出したくなる気持ちをこらえ、悪鬼羅刹と化した彼女と正対した。同時に背景として映る制圧隊の様子をも捉える。弱気になっていた間、降下した西風(ゼフィルス)が屠っていた。動けるラファール・リヴァイヴ・カスタムが二機まで落ち込み、駆逐型も残り二機まで減っている。

 

(引き時だ……)

 

 アヤカが示した、正義は達せられたのではないか。

 

(だけどロボットは飛べない。壁をよじ登って、走って逃げなきゃなんないんだ)

 

 幸い両脚と左腕、PICは使える。

 だが、無事で済む気がしない。爆弾ビットが浮遊し、熱線を照射する機会を窺っているのだ。

 

(何かで気をそらさなくちゃ……)

 

 もしくは、死兵と化したB3を大破に追い込む。とてつもなく難しいことに思えた。今のセシリアは自爆すら厭わないだろう。

 

(考えなくっちゃ)

 

 セシリアが気勢をあげ、瞬時多段加速を仕掛けた。

 清香は反復横跳びの要領で小刻みに瞬時加速を繰り返させた。変化の徴候を捉えて壊れた右腕を持ち上げる。舌打ちが聞こえ、ガリガリガリ……という擦過音が響く。衝撃の理由を探る前に、蹴りを繰り出し、避けられたと悟った。

 

「仕留め損ないましたわ……」

 

 飛び退いたB3のつま先から刃が突き出ている。

 隠し武器だ。ここへ来て、セシリアの近接格闘技術が向上している。エースになり得る人材が実戦経験を積み上げる。強敵が戦闘中にレベルアップする姿に戦慄した。

 対して、清香がレベルアップするには道具が必要だ。経験値がなくとも道具を揃えさえすればよい。強そうな女子の唇を無理矢理奪う。……鉄火場では無理だ。

 

(詰んだぁ――)

 

 紅眼睛(レッド・アイ)が無双して、よしんば全機撃退できたとしてもその場で力尽きたらバッドエンドである。

 

(逃げる条件を満たせばいいんだ。可能性を増やすにはっ)

 

 清香は撤退の意志を知らせようと命令系を探る。だが、打鉄にはあった会話機能がどこにも見当たらなかった。

 

(なんでっ)

 

 紅眼睛(レッド・アイ)は無人機である、という信仰。受信のみでき、清香から発信するための通信機能がまるごと削られていた。

 爆弾ビットのひとつが熱線を放ってきた。地面へ拳を叩きつけ、衝撃で浮き上がった土埃で威力を減殺する。

 白い煙が真横に流れた。冥い眼光が一本の線となり、残像となった。

 清香は紅眼睛(レッド・アイ)を振り向かせる。腰を回したところで、嫌な響きが生じた。折れ曲がった装甲が内側の可動部に食い込んでいた。動ききらぬまま、爆弾ビットを抱えたセシリアの像が迫る。

 とっさに両腕で腹部の破孔を覆い隠す。視聴覚系の感覚接続を断ち切り、爆発に備えた。

 清香の元にまで大音響が伝わった。続いて足元が微震動でざわつく。即座に系統接続を再開し、目と耳、損害を確かめる。

 今度はわずかな損害にとどまった。装甲の外側が少し溶けただけだ。

 セシリアの機体は立ち上がろうとして、上手くいかず何度も膝をついている。爆弾ビットを脚で押し込もうとしたらしい。ISの右脛(みぎすね)から先が消失していた。

 センサーで周囲の状況を確かめる。そばにもう一機分のIS反応がある。

 四つ足の機械獣だ。彼女もまた後ろの両脚先が完全に消失していたのだが、懸命に立ち上がろうともがいている。

 再生する怪物(シュヴァルツェア・レーゲン)と対峙したときがそうであったように、機械獣には紅眼睛(レッド・アイ)を確実に撤退させるような役割が与えられているのではないか。

 清香は紅眼睛(レッド・アイ)を立ち上がらせ、機械獣の前脚を裏返す。紅い瞳で肉球を凝視したあと、確信めいた様子で担ぎ上げる。

 

(ノイズ……?)

 

 肌が粟立つような(さざなみ)が生じた。清香が瞬きし終わったとき、西風(ゼフィルス)が右手で機械獣の前脚をつかんで立っている。左手で浮遊していたはずの爆弾ビットを握っている。

 

「……足らない……」

 

 口の端をつり上げ、言い方に恣意的な傾向が現れている。清香が視線を追いかけると、機械獣の胸部に吸い込まれる。

 やがて、西風(ゼフィルス)がぐるりと辺りを見回す。フッとある方角で止まる。清香が意図を解したとき、西風(ゼフィルス)が爆弾ビットを無造作に放り捨てた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。