「……は?」
声音から察するに理解できないといった風情。
「ソレ、本気で言ってる?」
何度も頷いた。アヤカは清香のほうを見向きもしなかったが、息づかいで意図を察したようだ。
「イ・ヤ・ダ。ソレ契約違反じゃん。操縦代わるってことの意味、きちんと理解してる?」
今度は清香のほうが理解できずにいた。
契約? 何それ……、と。
「契約を放棄するってことはつまり、私が、今、ここで、あんたを、処分する、ってことになるんだけど?」
首を左右にぎこちなく、それでいて大げさに振るので精一杯だ。
「アイキルユーアンダスタン?」
さらなる追撃。脅しの意味合いで用いられ、それでいて決して本気で使われることない文句だ。アヤカが面倒を嫌がる性分のためか、気が進まない様子ではあった。
「こ……コロ……何なのぉ……」
彼女の眼球だけが清香を見据えた。瞳の輝きが普段と異なる冷淡さに彩られている。汗がどっと吹きこぼれた。
「契約が有効なあいだは、私たちが、あんたを守ったげる。私が死んでも代わりはいる。けれど、契約が破棄されたら、私は、
正義のなかには、清香が死ぬことも含まれていた。
「いい? 大前提。ロボットがリモコンで操作できるってこと。知ってるのは、上と私ともう一人の護衛だけ。それ以外はみんな無人で動くと本気で信じこんでいる。リモコンだと知ってるなかで、遠隔操作できるのはあんただけ。篠ノ之束が
とてもマズいゼリー飲料を毎日欠かさず飲んでいただけだ。手違いだらけだったが、恩義は感じている。
「私が言いたいのはね。少なくとも、立て替えてもらったことに恩を感じるなら、死ぬ気でガ・ン・バ・レ」
立て替えたとはすなわち、清香の母がこさえた浪費の代償を指す。両親が離婚した直接の原因であり、清香が家出同然に上京した真の理由でもあった。
「もうひとつ。一番重要。ロボットは必ず持ち帰るの。失敗したら私もアンタも上も、みんなバッドエンドだから」
聞き返すのをためらうほど悲しげな物言いである。
引くに引けない状況に陥っていることだけは理解できた。気合いを入れ直そうと両頬をたたく。
しかし、
▽▲▽
稚拙な太刀筋である。
しかし、一度ならず二度、刃を届けていた。
刃と身体を一体とし、推力で以て突き掛かる。届きさおすれば臓物を引き裂かん勢いで傷口を縦に広げる。
優雅を是とするセシリア・オルコットの戦い方とは似ても似つかぬものだ。
清香は投げ出したくなる気持ちをこらえ、悪鬼羅刹と化した彼女と正対した。同時に背景として映る制圧隊の様子をも捉える。弱気になっていた間、降下した
(引き時だ……)
アヤカが示した、正義は達せられたのではないか。
(だけどロボットは飛べない。壁をよじ登って、走って逃げなきゃなんないんだ)
幸い両脚と左腕、PICは使える。
だが、無事で済む気がしない。爆弾ビットが浮遊し、熱線を照射する機会を窺っているのだ。
(何かで気をそらさなくちゃ……)
もしくは、死兵と化したB3を大破に追い込む。とてつもなく難しいことに思えた。今のセシリアは自爆すら厭わないだろう。
(考えなくっちゃ)
セシリアが気勢をあげ、瞬時多段加速を仕掛けた。
清香は反復横跳びの要領で小刻みに瞬時加速を繰り返させた。変化の徴候を捉えて壊れた右腕を持ち上げる。舌打ちが聞こえ、ガリガリガリ……という擦過音が響く。衝撃の理由を探る前に、蹴りを繰り出し、避けられたと悟った。
「仕留め損ないましたわ……」
飛び退いたB3のつま先から刃が突き出ている。
隠し武器だ。ここへ来て、セシリアの近接格闘技術が向上している。エースになり得る人材が実戦経験を積み上げる。強敵が戦闘中にレベルアップする姿に戦慄した。
対して、清香がレベルアップするには道具が必要だ。経験値がなくとも道具を揃えさえすればよい。強そうな女子の唇を無理矢理奪う。……鉄火場では無理だ。
(詰んだぁ――)
(逃げる条件を満たせばいいんだ。可能性を増やすにはっ)
清香は撤退の意志を知らせようと命令系を探る。だが、打鉄にはあった会話機能がどこにも見当たらなかった。
(なんでっ)
爆弾ビットのひとつが熱線を放ってきた。地面へ拳を叩きつけ、衝撃で浮き上がった土埃で威力を減殺する。
白い煙が真横に流れた。冥い眼光が一本の線となり、残像となった。
清香は
とっさに両腕で腹部の破孔を覆い隠す。視聴覚系の感覚接続を断ち切り、爆発に備えた。
清香の元にまで大音響が伝わった。続いて足元が微震動でざわつく。即座に系統接続を再開し、目と耳、損害を確かめる。
今度はわずかな損害にとどまった。装甲の外側が少し溶けただけだ。
セシリアの機体は立ち上がろうとして、上手くいかず何度も膝をついている。爆弾ビットを脚で押し込もうとしたらしい。ISの
センサーで周囲の状況を確かめる。そばにもう一機分のIS反応がある。
四つ足の機械獣だ。彼女もまた後ろの両脚先が完全に消失していたのだが、懸命に立ち上がろうともがいている。
清香は
(ノイズ……?)
肌が粟立つような
「……足らない……」
口の端をつり上げ、言い方に恣意的な傾向が現れている。清香が視線を追いかけると、機械獣の胸部に吸い込まれる。
やがて、