相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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倒壊下敷

 とてつもなく長いあいだ、重い静寂(しじま)のなかにいるような気がした。

 クルリ、クルリ、と。回りながら爆弾ビットが落ちていく。

 漣がアリーナ外に及び、閃光と大音響に湧き立つ。アリーナの外壁は、楔状の凹凸がはっきりと現れた。

 清香は急に生じた浮遊感よりも、眼前から消失した西風(ゼフィルス)の行方を気にかける。

 

「まァっズ」

 

 突如アヤカが立ち上がる。ひどく慌てた様子で手を伸ばす。

 

「外に出て!!」「なぁにぃ……」

 

 疑問の答え。空に生じた白い雲環。中心を黒い点が駆け抜け、大気の壁を破った。

 まるで稲妻を彷彿とさせるような大喝だ。鼓膜を突き抜き、肌が粟立つ。

 突如として脳の処理速度が飛躍的に向上。走り寄る友人(ルームメイト)の声が間延びして聞こえ、自分に向けられていると認識するまでとてつもない時間を要してしまった。

 ボーナスタイムが終わる。避けた天井が瓦礫に変わり、黒い大きな姿が現れる。

 

「……見つけた……」

 

 西風(ゼフィルス)搭乗者(パイロット)――――マドカが笑った。

 

 

 

▽▲▽

 

 

(く、苦しいっ……!!)

 

 清香は土埃を真っ向から被って何度も咳き込んだ。

 そして、ひどく足が痛い。身体も上手く動かせない。なぜか意識だけが明晰で、ナノマシンたちが知恵を結集して紅眼睛(レッド・アイ)をアリーナの外へ出そうともがいている。

 広い空を遮る障害物。大きなコンクリート片、半ばで折れた鉄筋が飛び出していた。

 外には出られない。杭で穿たれてしまったのか。首を振った。

 

(血は出てない感じだっ。めちゃくちゃ痛いけどもっ!)

 

 しかし、清香は楽観していた。アヤカがパワーグローブを嵌めたままなのだ。ISコアを埋め込むことでどんな重量物も片手で運べる、という優れもの。コストパフォーマンス最悪ではあったが。

 

「助けてー」しまりのない声だ。

 

 命を賭して守ったげる、とついさっき豪語した。ならば、正当な権利を行使しようではないか。

 首を回す。アヤカはすぐそばに立っていて、膝から血を流している。

 

「見つけたぞ」

 

 だが、彼女はまるで決闘の場面を再現しているかのように、西風(ゼフィルス)と対峙している。

 

「よこせ」

 

 と、西風(ゼフィルス)搭乗者(マドカ)が告げた。「私が乗ってやる」

 アヤカの様子がおかしい。「助けてぇーアヤカさァーん」清香はそれとなく言ってみたが、反応が返ってこなかった。

 

「……何のこと?」

「ナンバーツー。しらばっくれるなよ」

 

(何のこと?)

 

 清香が少し顎を傾け疑問を呈した。マドカは埋もれている清香を見つけ出し、教えてやる、と言わんばかりにアイコンタクトを送ってきた。

 

亡国機業(ファントム・タスク)実働部隊のナンバーツー。主流派(メインストリーム)、正真正銘の狂信者(キチ○イ)。アングルシーで、雲海のなかでご一緒したろう?」

「知・ら・な・い」

 

 マドカが顎で清香を指し示す。

 

「……こうしても?」

 

 マドカは西風(ゼフィルス)の手をかざし、レーザー・ガトリング砲を実体化させた。

 

(弟が遊んでた、おもちゃの銃みたい)

 

 夏場、祖母の実家に置いてきた弟たちが遊んでいた、水鉄砲のような外見だ。なんとなく眺めていると、レーザー・ガトリング砲の砲身が回転を始め、砲口が赤熱し始める。

 

「止めてっ!」

 

 アヤカがグローブを嵌めたまま、両手を広げた。清香のほうをチラリと見る。一瞬だけ逡巡する様子を垣間見せる。

 嫌な予感がした。

 アヤカが先ほど一瞬見せた冷ややかな眼差しで言い返したのだ。

 

「M。一般生徒の殺傷は許可されていない」

 

 冷淡な口調だ。再び聞いてもぞっとする。

 

「また、アリーナ外での破壊行為は作戦上禁止されている。懲罰対象である。アリーナ外に出た場合は速やかに撤退せよ。撤退だ、速やかなる撤退だ」

「……知るか。私は貴様の部下ではない」

「M!」

 

 たちまち、アヤカが大喝した。

 当のマドカはまともに聞く様子もない。クックックッ……と喉を鳴らしながら笑い、レーザー・ガトリング砲を量子化させ、瞬時に実体剣へと切り替えた。

 

(手品……じゃないっ。教科書に書いてあった、確か、高速切替(ラピッドスイッチ)だ!)

 

 切っ先が清香に向く。

 

「ナンバーツーという者があろうことか、重大な情報漏洩を許容するというのか? 狂信者(キ○ガイ)どもの法律……亡国機業(ファントム・タスク)の守秘規定に則り、ただちに始末するのが筋というものではないか?」 

 

 それが合図となった。

 

 「フッハハハハハ!!!」

 

 マドカが実体剣を清香に向けて振り下ろす。本当に楽しそうに笑っている。殺人に対して何の痛痒も感じていない表情だった。清香は顔を強ばらせたまま、剣の行く先を見つめることしかできなかった。

 実体剣が加速する。

 目を(つむ)る。走馬灯が走るや真っ先におねーさんを思い浮かべてしまった。次に蘭や弾、その次に祖父母の家に残した、年の離れた弟と妹。母と離別して、いなくなってしまった父。最後に友人たち。

 

(……あ、あれれー!?)

 

 騒然とするなか、いつまで経っても死が訪れない。清香は片方だけ目を開ける。

 

「言ったでしょ。助けるって」

 

 実体剣の切っ先をパワーグローブで受け止める友人(アヤカ)の背中が映っていた。

 

 

 

 

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