相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

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一矢報酬

「今に助けが来るから! あきらめずに祈ってなさいよっ!」

 

 アヤカの絶叫。巧みに剣先を裁きながら、足下の瓦礫を投射する。

 まだ、脱出の障害である引っかかりを取り除くことができていない。

 アヤカが【M】と呼称したパイロットが勝ち誇るように哄笑した。

 

紅眼睛(レッド・アイ)を呼び寄せてみろ! でなければ死んでしまうぞ!!」

 

 ……その通りだった。清香は吹き荒ぶ小石を避けるべく顔を伏せた。足を引っぱる……が抜けない。

 

(早く、早く、早くしなきゃ!)

 

 生身でISと戦う。極めつきの無謀。授業の最初に、織斑千冬自身がそう断じた。

 IS自体が巨大であるためか。アヤカはMの視線や声音、予備動作のひとつひとつを観察し、回避している。立ち位置が右へ、右へと少しずつずれていっていた。

 目的は地面に転がる対物ライフル。当然、有効打にはなり得ないが、一矢報いることができるかもしれない。

 清香にはなぜか、彼女の意図を理解することができた。ナノマシンが思考と認識を補佐しているためだ。

 

(早く、早く、早くしなきゃ! もっと、もっと、もっと速く!!)

 

 いずれ友人(アヤカ)は殺されてしまうだろう。護衛(アヤカ)としての目的を達成する。直後に清香自身も死ぬ。

 そんな未来は嫌だ。もっと楽しいことがあるはず。悲しいことも、辛いことも。

 

(速く、速く、限界を超えて――――)

 

 清香は深呼吸をする。

 一年以上もの長い時間をかけ、摂取し続けた無数のナノマシン。人知の(ことわり)を超え、認識を超えた世界で格闘させるための術でもあった。

 清香がやろうとしているのは、自らをISへ、演算装置の制御器へと近づける行為だ。

 ――適性が他人よりも低い?

 ――わたしを助ける?

 冗談じゃない。死んじゃったら何にも残らないじゃん。清香は独語する。

 

「痛みなんて構うもんか」

 

 認識のギアを上げる。

 より深淵に没入する。

 紅眼睛(レッド・アイ)のパラメータ。壊れているところをショートカット。

 一気にエネルギーを注ぎ込む。

 紅眼睛(レッド・アイ)基礎(ベース)を作ったのは篠ノ之博士だ。篠ノ之博士と寝食を共にしてきて、彼女の癖や嗜好を熟知している。

 お気に入りのルートパスワードですらも。

 鼻から紅い液体が滴り落ちた。

 ナノマシンを使って紅眼睛(レッド・アイ)を構成する組成(ロジック)を組み替える。卑怯だ、チートだと笑うだろうか。だが、力は使う時に使うものだ。少なくとも、清香はそれなりの代償を支払っている。

 

 ああ、血管が、また、切れた。

 

 ボタリ……。ボタリ……。ボタボタボタボタ。

 

 実体剣を受け損ねたアヤカが腕を押さえている。これまで一度も見せたことがない、苦悶の表情。

 いくら経験値があっても、人体はもろい。圧倒的な質量の差を埋めることはできない。

 西風(ゼフィルス)は投げつけられた瓦礫を容易く弾いた。

 残念そうに舌打ちするアヤカの姿があった。後ろ姿を見入っているうちに、心の奥底へと徐々に炎が燃えさかっていく。

 ――超えた。

 紅眼睛(レッド・アイ)がアリーナの天辺に手を掛けた。次の行動。足をかけ、チラリと地面を一瞥する。悔しげにうつむき唇を噛む姿(セシリア)

 彼女は紅眼睛(レッド・アイ)の操縦者を知らない。一生抱え込む秘密になるに違いない。

 前を向く。

 

 ――きた。

 

 清香は目を瞑った。イメージを形作る。

 無数の計器群。真っ黒な空間のなかで、そこに置かれたモニター。英数字が踊り、記号がひしめき合う。

 巻紙礼子によってたたき込まれた操縦の基礎だ。現実とは、電気信号によって生み出されたもの。

 まるで夢をみるように。

 遊戯(ゲーム)に興じるかのように。

 

「もう限界か? 情けない。ISが無ければただのヒト、か」

 

 アヤカが膝をつき、Mを睨みつけている。

 

「その両腕。使い物にならなくなったか。もろいな、人体とは」

 

 グローブを死守するように覆いかぶさる。

 これは芝居だ。マドカは決定的な思い違いをしている、という前提で成り立っている。

 

「ちょうどいい。……斬り落としてしまえ」

 

 ――――頭にキた。

 

「……ん?」

 

 マドカが、何かに気を取られて振り向いた。

 そして、凍りつくように動きを止めている。

 肌がヒリヒリと痛い。震動で小石が踊っている。

 一分、二分、ずっと続いている。

 ズシン、ズシン、と大きな音を立てて近づいてくる。

 ガニ股気味に歩く巨体。壊れた右腕を天にかざし、紅い眼鏡を明滅させる。

 

 いけ。

 

 そうだ。

 

 背負っていた機械獣が右腕に絡みつく。黒い装甲が溶けだした。

 融合し、機械獣の形を残したまま、合体。

 シールドエネルギーをバイパス。成功とともに耳を覆いたくなるほどの雄叫びを挙げる。

 マドカが実体剣を構え直した。紅眼睛(レッド・アイ)に向けて接近。残り五〇メートルほどの場所で動かなくなった。

 対峙し、互いににらみ合う。互いに円を描くように走り出した。

 

 五分?

 それ以上?

 

(もっと、もっと、もーっと!!)

 

 眼球では姿を捉えられなくなるほどに速く。

 流れ出る血の勢いも増していく。出血しすぎて少し肌寒い。

 

「行け、ロボ!!」

 

 独語とともに直線軌道へ切り替わる。ほんの一瞬、清香の瞳は拳が届く瞬間を捉える。脳内のイメージに過ぎないのかもしれなかったが、清香にはそれで十分だった。

 紅眼睛(レッド・アイ)は勢いづいたまま、超音速で西風(ゼフィルス)ごと海へと躍り出て、消えた。

 清香はふと血だまりに気づいて、何度も目を瞬かせる。

 とんでもなく大量に見えた。足を引き抜こうとしたが、まだ抜けない。

 

「あー、あー」

 

 友人(アヤカ)を呼んでみるが、彼女もまた両腕骨折の重傷だったような……。

 

(血が、足り、ない、や)

 

 今度こそ本当に、清香の目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 




次回、エピローグ。
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