相川さんは秘密をもっている。   作:王子の犬

31 / 31
是以終局

 手を伸ばした先に携帯端末はなかった。

 動画を観ようとしたのに。

 チェーと、ぼやいた。

 身体をひねらないよう気をつけながら、隣のベッドを見やる。

 両腕を包帯でぐるぐる巻きになった女子がひとり。身を起こし、足指でリモコンを操作しようと格闘している。

 視線に気づいた。両肩を怒らせて抗議。

 

「何にもできないんだけどー」

 

 清香はシーツを引き、両足を見せた。白いギブスで固定されている。

 

「……かゆいんだよぅ。でも掻けないんだよぅ」

 

 クスンクスン……と泣きマネ。

 倒壊した守衛所で救助されてから、すでに一週間がすぎている。

 相川清香は両足を骨折。アヤカ・ファン・デル・カンプは両腕骨折。ともに重傷だが、いまのところ命には別状はなかった。

 ……清香だけは、発見時多量の出血により輸血をせざるを得なかった。

 また、非常に特殊な事例ではあったが、体内のナノマシン保有率が急激に低下したため、一時的に重体に陥っている。量子ナノマシン研究の第一人者である篠ノ之博士の尽力により、一命をとりとめていた。

 ナノマシンを失いすぎるだけでも命の危険があるなんて……と、覚醒後に聞かされて驚いたものだ。

 鼻を触ってみた。出血はなかった。当たり前だ。清香そのものは健康体なのだから。

 ……運動不足ではあったが。

 不意に、旅客機のエンジン音のような。

 窓の外へと注意を向けた。

 ISが、三機編隊を組んで飛んでいた。

 中央のISが教導機である霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)。左が蒼雫Ⅱ(BLUE TEARS-Ⅱ)。セシリア・オルコットのために、と英国から急きょ空輸された、蒼雫(BLUE TEARS)の改修機だ。

 そして、右が……右が……。

 

(あれー、あれぇー!?)

 

 ゴシゴシと目をこする。

 

「円盤!?」

 

 未確認飛行物体である。写真を取ろうと端末をかざしたが、なぜかカメラには映らない。しかし、肉眼には映っている。

 アヤカに気づかせようと急いた声を出す。が、アヤカは意図的に無視しているようだ。

 そのとき、入口の引き戸が開いた。

 

「失礼するぞ」

 

 担任の声に、清香はわたわたとしてしまった。

 携帯端末を隠そうとしたら手が滑った。

 

(うわーーん!!)

 

 すごい音がした。黒い画面に蜘蛛の巣が走っている。保護ガラスが割れてしまった。

 なんとも言えない微妙な雰囲気が漂う。清香は涙目だった。

 担任である織斑千冬が床に横たわった携帯端末を拾い上げて、枕元に置く。

 

「思ったよりも元気そうでよかったぞ」

「……ありがとうございます」

「一時はどうなることかと思ったが、な」

 

 清香は気の抜けた返事をした。

 

(先生は……気づいているのかな……)

 

 織斑千冬の次の言葉を待った。

 彼女は篠ノ之博士の唯一の友人。相川清香は出願の際、おねーさんを推薦者に選んでいた。よって、織斑千冬は清香とのつながりを知っている。

 

(わたしって、すごく怪しいんじゃ?)

 

「束に礼を言っておけよ」

「ここでおねーさんの名を。どうしてですか」

「……ナノマシンの件だ。ナノマシン欠乏症。あいつ、知らせたらすぐ病院に飛んで来たんだぞ」

 

 初耳である。

 五反田家の敷地内か、日帰りでタクシーが使える範囲内でしか移動しない人が、わざわざ学園くんだりまで訪れるとは珍しい。

 

「……おねーさんは何を」

「パウチを無理矢理……」

 

 目元が強ばっている。担任の表情を見て、察した。「針で体内に入れたとか」

 

()()()()()

「あー……ぁー……」

 

 振り返ってアヤカを睨みつける。集中治療室にいた時以外は、同じ病室にいたはずだ。当然知っていたよ、みたいな表情だった。

 おねーさんは頑なだった。

 初めて会ったその日。初期の形容しがたい味だった頃のパウチを、自ら口に含んで強引に飲ませられた。そう、あれを数に入れるならば、悪夢のファーストキスだ。硬いゲル状のゼリー飲料を強引に嚥下させられたのだった。

 

(おねーさんとは初めてじゃないけど、ぜぇーたいっ、数えるもんか!!)

 

 心を強くあろうと誓ったのを見越してか、織斑千冬が持っていた封筒を手渡してきた。

 重たい。中を開けると、課題だった。

 再び涙目になる。

 

「学生の本分は勉学だ」

 

 と明るく告げられる。

 

「高校生にとって一週間は長い。幸い、相川は両手が使えるからな。若者よ、ペンを持て。……だ」

 

 正論だとは思う。アヤカは課題を免れたと安心したのか、ずっとニコニコしているのがわかった。

 

「もちろん、カンプにもあるぞ」

 

 ほら、とアヤカの枕元にもタブレット端末を置いた。眼球で操作ができる優れもの。説明が進むにつれ、みるみるうちに顔色が悪くなっていく。

 

「音声でも操作できる。……ふたりとも、そういう目で見るな」

 

 学生の本分は、と繰り返した。

 織斑千冬が病室をぐるりと見回す。乱れたシーツを見つけて、直してから背を向ける。

 

「また来る。それまでに課題を埋めておけ」

 

 引き戸を開け放したまま、廊下に消えた。

 またエンジン音がした。円盤を探すべく振り向いて、視線に気づいたアヤカがすっとぼけた顔をしている。

 そして、生真面目に端末を起動させる。自動で流れ出した音声は、彼女の担任のものだ。

 清香は求められなかったからか、清香から怪我を負ったときの状況を一度も口にしていなかった。すべてアヤカが説明した。

 西風(ゼフィルス)と生身でやりあったこと。清香を害そうとしたから、とも。対物ライフルの件はさすがに言い逃れできなかっただろう。銃砲刀剣類所持等取締法――銃刀法に抵触して、退院後逮捕されるのでは……と訝った。

 清香に求められたのは、パワーグローブ借りっぱなしの謝罪。又貸ししたあげく、その相手が実戦で使用してしまったのだ。

 

(ヤバいんじゃないの)

 

 足がつく。

 ……足がつくといえば、リモコンはどこにいったか。

 

「リモコン、どこ」

 

 言うと、アヤカが足指でテレビのリモコンをつまみ上げ、器用に投げて寄越した。

 

「一個しかないから使い終わったから返しなさいよ」

 

 ちょうど膝上に落下した。無限で拾い上げて適当にチャンネルを押していく。

 

「こっちじゃなくて」

「退院したら取りに行こうか。お父さんの形見なんでしょ」

「……父は死んでないけど」

 

 離婚後、失踪同然に姿を消してしまっているが。

 第一、重すぎてパワーグローブがないと移動させることもできない。

 せめて電池を抜いておかないと……。清香は思った。また、壊れたに違いない。修理しなければ。

 一つ問題があった。

 部品を発注しようにもドイツ語が読めないので、おねーさんの力を借りなければならない。しかも工業用3Dプリンタで部品を削り出すので、結構高価なのだった。

 チャンネルをケーブルテレビの映画チャンネルに決めた。音量を調整したあと、リモコンをアヤカに投げ返す。

 

「あー……ごめん」

 

 が、彼女の手に向けたばかりに受け取り損ね、リモコンが床に倒れ伏した。アヤカが恨みのこもった目を向ける。

 清香はナースコールのボタンに視線をやるも、さすがに躊躇してしまった。

 またしても微妙の雰囲気になる。映画音楽が淡々と流れ、一五分ほど過ぎた。

 

「勝手に入っちゃうね~。戸が開いてたから~」

 

 静寂を破ったのは布仏本音だった。悩みなんて何もない脳天気な表情で手足を大きく振っていた。

 

「失礼する」

 

 本音とは異なる二つの声。ひとつは知っている。もうひとつは知らないような、聞き覚えがあるような。

 

「篠ノ之さん! ……と、そちらは」

 

(……銀髪の女子なんて知らないよー!)

 

 箒が身体を壁際に寄せる。後ろを歩いていた少女に道を譲ったのだ。

 彼女の腕には鉄十字章。背筋を屹立させ、ベッド脇にたどり着いた。

 

「初めまして。私はラウラ・ボーデヴィッヒ。三日前、一年一組へ転入したばかりだ」

 

 握手を求められ、ようやく彼女が小柄だと知った。

 

「よ、よろしく。は、はじめまして。()()()()()()()()()()()()()です」

 

 自分で言っていて前後が分からなくなってしまった。

 

「気を遣おうとしてくれたことに感謝する。日本語の読み書きは得意だ。普通に話してくれて大丈夫だ」

 

 怖ず怖ずと握手すると、和やかに破顔する。

 明らかに日本人ではない外見。オッドアイの美少女に見つめられて、清香はなんとか間を持たせようと頭を働かせる。

 

「ど、どこから」

「前にいたのはドイツ。ドイツ連邦軍(Bundeswehr)<黒ウサギ隊>(シュヴァルツェ・ハーゼ)ならびに<魔女中隊>(hexe)を兼務、……することになった。現在の階級は()()

 

 軍? 大佐? 清香は聞き慣れぬ言葉に混乱する。

 

(中学生くらいの美少女が軍人で大佐! どーなってるのー!!)

 

 真っ先に中二病を疑ってしまう。

 ラウラ・ボーデヴィッヒの言うことは真実なのだろうか。

 清香は助けを求めて戸惑いの瞳を本音と箒に向ける。

 

「電話だぞ」

 

 箒は壁にもたれかかるのをやめて発した。

 蜘蛛の巣だらけになってしまった携帯端末に注意を向けると、画面にはなんと――五反田弾――という氏名があった。

 

(だ、弾くん!?)

 

 確かに弾には連絡先を伝えてはいたが、実際にかかってきたのは初めてだ。もしや、おねーさんが彼に伝えたか? いやいや、そんなこと気にも留めない人だ。

 清香はおそるおそる通話ボタンに触れる。頭を必死に巡らせ、ナノマシンを使い、弾との会話を何万通りもシミュレートしてしまった。

 

『あなたの目の前にふたりの女性がいます』

 

 だが、受話器の向こうの声は女のものだ。真面目な口調だが、何処の誰かはっきりとわかった。

 

「おねースァン」

『あなたの目の前にふたりの女性がいます』

 

 こちらの声を無視して繰り返してきた。もう一度呼びかけるとまたしても無視したあげく、同じ言葉を繰り返した。

 

「三人いるけど……」

『いいえ。ふたりです。モブキャラは勘定に入れません』

 

(モブ……?)

 

 ヘラヘラと締まりの無い笑みを浮かべる本音。おねーさんの反応はない。

 箒を見る――息づかいが荒くなった。

 続いて、ラウラ・ボーデヴィッヒを見る――息づかいが荒くなった。

 

(と、すれば。篠ノ之さんとラウラ、さん?)

『あなたの目の前に……ハァハァ……ふたりの女性がいます』

 

 正解らしい。おねーさんが荒い息づかいで繰り返す。

 

『あなたにチャンスをあげましょう。チャンスです』

『チャンス?』

 

 問い返すと、電話越しの相手が説明しようと焦って早口になった。

 

『海に落としたのはアレですか? それと、こっちですか? あのねえ、死にかけていた君にナノマシンを直入れしてあげたんだから、君はその対価を支払うべきなんだよ。支払うべきなんだよ。おねーさんの唇はタダじゃないんだから』

 

(忘れようとしていたのに――!)

 

 しかし、清香は怒りを心の中に留めた。 

 おねーさんは清香がどんなに怒っても、まったく、何も、みじんたりとも気にする人間ではなかった。ヒトとしてものすごく器が小さいのだ。

 しかも、大声を出すと傷に響く。

 

『じゃあ、仕切り直し。……あなたにチャンスをあげましょう。チャンスです』

「どんな?」

『ワンティッツです。君のはゼロティッツ(価値なし)

 

 おねーさんの口調に吹き出したくなるのを懸命にこらえた。

 本音が察してしまったのか、すかさず携帯端末をビデオカメラ代わりにして構えている。

 

『あなたが好きなのは、大きなおっ○いですか、それともささやかな……小さなお○ぱいですか。どちらでもないは認めません』

 

(え、今? 無理だよ――――)

 

 しかし、織斑千冬の提言を思い出してしまう。

 

(こんなのがお礼? うわぁ――ん!!)

 

 清香は心に滂沱の雨を降らせながら、一方の胸元へと恐る恐る手を伸ばした。

 

 

 

(終)




是を以て終局とす。

これまでご拝読していただいた皆様ありがとうございました。

何かありましたら感想欄かメッセージにどうぞ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。