朝。寮の食堂には色とりどりの服装。十代の少女の香しい匂いで満ちあふれている。
いっぱいのお茶。清香の朝食後の息抜き。ボタンを一回押して湯飲み一杯分。
「ぷはーっ」
空になった湯飲みを返して自室に戻る。
ベッドにはうごめく人影。モニョモニョしていた毛布を勢いよく引っぺがす。ルームメイトが目をこすりながら大あくび。
「食堂、もうすぐ、しまっちゃうよ。たまには食べに行きなよ」
ルームメイトが起き上がる。冷蔵庫の前で清香と並んで立った。
「こっちのほうが合理的」
パウチ入りゼリー飲料。キュッと封を開けてグイっと飲み込む。清香にはラベルが貼っていない銀色のほうを投げ渡した。
「なに、その目」
「……たまには交換しない?」
「やだ」
才女は提案の断り方もはっきりしている。謎めいた黒髪を手早くまとめて編み込んでいく。アヤカ・ファン・デル・カンプ。母親が南アフリカ国籍の日系二世。日本と南アフリカの二重国籍で、本人は生粋の日本人だと言い張っている。
清香は銀色のパウチをつまみ上げると、やがて意を決して蓋をあけた。目を瞑って口に突っ込む。ズズズズ……、と中身を吸い上げる。
「うううう……マズい!」
涙を浮かべて舌を出した。自称天才が開発しているナノマシン入りゼリー飲料。
「舌がヒリヒリするぅー。お水お水っ!」
清香は顔を横向けて水道水をがぶ飲みする。ゼリー飲料は一度たりとて同じ味であることはなかった。漏れなくひどい味。自称天才は味音痴。すばやく報告メールを送信。
(人類が飲むには早すぎます。まる)
登校して教室に着いてもまだ舌がしびれていた。本音が心配そうに話しかけてきた。
「タバスコでも飲んだの~」
「いつもの新商品なんだけど、マズくってさぁ」
本音が「へえ~」と首をかしげる。清香もつられた。
(成分も効能もよくわかんない、怪しいゼリーなんだよね。健康被害が出てないのが不思議なくらい)
「なんでまた、マズいのによく飲むよねぇ~」
「おねーさんが報酬たんまり弾むよー、って」
「あのね~。相談があって。頼まれてくれないかな~」
「どんな? 宿題写すのはなしだよ」
「おねーさんとお話がしたいんだよ~」
清香は耳を疑った。うろたえた。笑顔がひきつった。
<天災おねーさん>は自称天才で頭が切れる。放浪癖がある。現在は五反田食堂の土蔵に下宿中。当時小学生だった五反田蘭に魅入られたとのこと。蘭ちゃんが好きだといってはばからない。なんて言うか、変人。大きな胸元が大好きでちいさいのもいけると公言する、変態。
本音の瞳をのぞきこむ。
「何も考えてないじゃない」
「つぶらな瞳って言ってよ~」
教室の壁掛け時計を一瞥。時間はまだ大丈夫。本音に携帯端末を渡した。繋がるかどうかは別として履歴から直通電話をかけてみた。
「繋がったよ~」
(ちょっと待て)
清香が電話すると繋がらないことのほうが多い。恨めしげな視線を送っても本音は気がついていない。どこ吹く風だ。
ワンティッツ、妹さん以外で検討の価値ありやなしや。
本音にしては簡潔に要件を伝える。清香は電話に出るよう求められたので、受け取った端末を耳にあてがった。
「検討の価値ありだね。もちろん動画で検討するからね。変形させたときの表情が重要なんだよ。恥じらいってやつ? 撮すのはどちらかだけじゃ駄目だよ。ちーちゃんなら破格で買い取るから。うん」
「相川、ホームルームを始めるから携帯をしまえー」
清香は震え声になった。「今声がしたね。ちーちゃん。織斑千冬のことだよ」
おねーさんのからかいに青くなった。どう考えても自殺行為。「減るもんじゃなし」おねーさんが茶化す。
(減っちゃう! わたしの
椅子にへたりこんだ。端末をしまいながら、清香はすがるように本音を見た。「ふーんふーんふーん」と脳天気な鼻唄に興じている。
チャイムが鳴ってすぐ、織斑先生が朝のホームルームを始めた。
「お前たち、ISスーツを持ってきたか?」
「はい!」「はいッ!」
谷本と一夏。同時に挙手。
「話せ」
「忘れました!」「持ってません!」
「馬鹿者」
織斑先生の呆れ顔。珍しい。クスクスと、笑いが広がる。
「谷本。予備のスーツを貸す。洗って返せ。……織斑。入学式の前に渡したはずだが」
「女子用だと思って実家に置いてきました!」
隣りで聞いていた山田先生、口元を隠す。目が笑っている。
「男子用の在庫がある。念入りに洗って返せ。今度の休みに自宅からスーツを取ってこい。必ずだ」
「わかりました!」
「昼食後、職員室に来い。昼休み中に専用機のフィッティングを済ませるぞ。筆記用具を持参しろ。ついでにスーツを渡す。谷本も一緒に来い」
織斑先生が次の話題に移った。初めてのIS実習について。プリントを配布した。
清香は受け取ったプリントを眺める。C班。どの班も班長の記載なし。
「A班は私が指導する。B班は山田君だ。C班は……そうだな」
織斑先生がひとりの生徒を見つめる。
「オルコット。班を任せたいが、できるな?」
「もちろんですわ。織斑先生」
セシリアが流ちょうな日本語で応じる。にっこりとした笑みがキラッと光る。しかし次の言葉で笑顔がわずかに曇る。
「ISの展示飛行をやってもらいたい。基本戦技だ。できるな」
織斑先生の確かめる目つき。セシリアが二つ返事で承諾する。
(……何だろう)
清香は首をひねった。セシリアにとって入学して初めての飛行だ。代表候補生となれば国家の威信を背負っている。英国の実力を見せつけることこそ彼女の留学の目的ではないか。
「任せた。詳細は山田先生に聞け」
「かしこまりました。山田先生、よろしくお願いいたします」
ちょっとした礼儀を忘れない。貴族のたしなみ。優等生の鑑である。
▽▲▽
午後の授業はアリーナでの実習。フィールドに集合するも一夏とセシリアの姿がない。山田先生が手をたたいて生徒の注意を引く。
点呼。頭上からしきりにキュインキュイン、という音。気になるので空を見上げる。二つの影。セシリア・オルコットと織斑一夏が手を振って合図している。
「準備ができたようですね。織斑くんはこっちに降りてきてください。ゆっくりでいいですから。オルコットさんはこちらが合図をしたら基本戦技の展示飛行をよろしくお願いします」
(んんん??)
清香は隣りの本音を小突く。セシリアを指さして質問。
「なんか見たことあるような、ないような。なんて言うんだっけ、オルコットさんのIS」
「えっとね~」
と口にしつつ本音がとっさに胸をガード。「チェっ」大きな胸元に悪戯しようとしたのがばれた。本音は笑顔を崩さずにひそひそ声で話した。
「あっれぇ~? ブルー・ティアーズ、じゃ、ないなあ」
本音がゴシゴシと目をこする。
「わたしの記憶が正しければB3、ブラック・バーン・バッカニアだよ、あれ。装備がちょっと、うぅん、めちゃくちゃ後付けしてる~」
そのあと本音の瞳孔が開いた。突然覚醒して早口になった。びっくり。
英国は現在、メイルシュトローム・マークⅢを正式採用しているそうだ。
本音曰く、英国ISの系譜は次のような感じだという。
・メイルシュトローム (英国産一号機。第二世代機。解体初期化済)
・メイルシュトローム・マークⅡ (半露出型装甲に対応、解体初期化済)
・メイルシュトローム・マークⅢ (不具合が多発したマークⅡの改修型)
・メイルシュトローム・マークⅣ (第三世代機。ギリシャに売却。コールド・ブラッドに名称変更)
・メイルシュトローム・マークⅤ (マークⅣの発展型。第三世代機。BT計画一号機。別名BTⅠ<サイレント・ゼフィルス>)
・ブラック・バーン・バッカニア (マークⅣと同時期に開発。新設計の第二世代機。B3と呼称されることも)
・BTⅡ <ブルー・ティアーズ>(バッカニアの発展型。第三世代機)
・BTⅢ <グレート・パンジャンドラム> (新設計。一号機、二号機の装備が搭載できる。大幅なコストダウンに成功)
「へぇー詳しいね」
「えへへ~」
本音が照れながら頬をかいた。どうやら好きなことにだけ情熱を注ぐタイプらしい。
しばらくして一夏がおっかなびっくりとした風情で着地する。本音が指さした。
「白式。倉持技研の第三世代機だよ~」
えっへん、と胸を反らす。清香は素直に相づちを打った。
本音が前を向く。清香が追従すると、山田先生が両手を交互に振る姿が見えた。
「オルコットさーん。よろしくおねがいしまーす」
展示飛行が始まった。セシリアのB3は背中に二つの巨大な筒を背負っている。動き出すにつれてキュインキュインという音が大きくなっていく。装甲の隙間という隙間からうっすら白い蒸気。排熱に無理があるらしい。
セシリアの真剣な面持ち。
歩く。走る。飛ぶ。武器を出す。瞬時に切り替え。近接ショートブレード、投擲用短槍と手斧。
続いて銃火器の切り替え。BK27
さらにレーザー兵器まで。
目にもとまらぬ鮮やかさ。涼しい顔つき。
山田先生の解説。「オルコットさんのIS搭乗時間は二二〇〇時間なんですよ」
(あわわわ……)
清香の顔がだんだん青白くなっていく。五日後には三つ巴のバトルロイヤル。セシリアはあえて実力の片鱗をさらけ出したのだ。
(IS怖い! 戦い怖い! セシリアさんが怖いよーっ!)
訓練機で戦いに臨む。初心者は間違いなく瞬殺だろう。実習のあいだ、清香はずっと身震いが止まらず困り果てた。