「時間が惜しい。どちらか選べ」
「こっちで」
差し出された二枚の札。一方には打鉄のイラスト、もう一方はラファール・リヴァイヴの札。清香は目を泳がせてから左の札を取る。
なんとなく日本製のほうが扱いやすい気がした。説明書が日本語だったような。
織斑先生が持参したクリアファイルの中身を机に広げる。書類がいっぱい。清香が怯む。「全部書くんですか?」無言でうなずく織斑先生。
搭乗計画作成。直筆のサインが必要、と法律で決まっている。
「うわーん」
「泣くな」
打鉄の使用許可証の裏にもう一枚。大きな文字で「改造申請書」とある。
「カスタマイズできるんですか?」「あったほうがいいだろ?」
すべてサインし終えて書類を戻す。織斑先生がパラパラとめくって目を通す。席を立ち、事務員にファイルを渡して後処理を託す。戻ってくるや「ついて来い」と一言。
見慣れぬ場所に案内された。奥にいる少女の姿になんとなく見覚えがある。全身青色のつなぎに身を包み、両手で交互にまんじゅうを頬張っている。「あまーい。うまーい」布仏本音のだらしないほっぺ。入学式のときより表面積が増えている。
「布仏」
まんじゅうへ伸ばした手を引っ込めた。ゆっくり首を曲げて織斑先生を見つける。あわてて菓子箱を後ろに隠す。口元にあんこがついていた。
織斑先生の視線移動。ばれた。本音が肩をすくめ、不問のうちに袋へ戻す。
「仕事だ。わかっているな」
「なんの?」
事情をのみこめないのはむしろ清香のほう。入学のしおりについてきた制服類のカタログ。一年生はつなぎの購入は任意選択で、二年次から整備科コースを選択する場合は二学期の終わりに買うのが常だという。
本音がへらへら笑う。まんじゅうの代わりにスケッチブックが出てきた。
織斑先生がテーブルの前に立つ。先ほど清香が選んだ札を置く。
「布仏に希望を伝えろ」
「打鉄をどんな風にカスタマイズするかってこと~」
「私はレンダリング端末を借りてくる。戻ってくるまでにまとめておけ」
「はーい」
織斑先生の姿が消える。清香は本音の隣りに座った。
本音のA3ヨコのスケッチブック。一枚めくると打鉄のスケッチがでてきた。ボールペン画。結構うまい。
おおざっぱな希望で良いらしい。清香は話を進める前に確かめた。
「これって五日後に向けた話?」
「そう。超特急で改造しろって無茶言ってるけど、設備持っててできちゃうんだよ~」
わかった。清香は黙ってうなずいた。
さっそく希望を伝える。肌が外から見えないように。手も足も顔も全部。
空の紙コップを逆さまにしてみせた。こんな感じに覆って欲しい。
「視界がとっても悪くなるよ~。エネルギーシールドで防げるから覆っても意味ないよ?」
「わかってる。でもでも、セシリアさん怖い」
次の希望。装甲について。
「傾斜をつけるの? 弾丸の種類によっては意味ないよ? 重くなるだけだよ?」
「わかってる。どっちかっていうと厚着したほうが硬そうに見えるから」
武器について。刃物不要。自動照準できる砲を一門。できるだけ大きいの。
「打鉄のブレードは結構攻撃力が高いよ? 普通みんな装備してるよ?」
「刃物は閉所でなきゃ使えないよ。今日の見たでしょ」
清香が首を振る。
追加注文。できるだけ重たい金属塊がほしい。
「何に使うの?」
「投げる」
シャープペンシルでサラサラとスケッチ。何カ所か指摘してデザインを変更。消しゴムで消して書き換える。
そうこうするうちに織斑先生が戻ってきた。
「終わったみたいだな。よろしい」
分厚いノートパソコンを広げる。見るからにゲーミング端末。キーボードライトつき。自称天才のおねーさんの部屋にあった端末とギミックがよく似ている。
隣りに靴箱くらいの大きさの箱を置いた。ケーブルで繋ぐ。外部GPUと言うそうだ。
織斑先生のIDでログイン。画面が出てきたら本音が代わって操作。マウスクリックで色々選んで一五分ほどで設定終了。
レンダリング結果。織斑先生が心配そうな顔。
底が深いバケツを頭からかぶった感じ。背中にはロールケーキみたいなボックス。拡張領域には金属塊を入れた。
「どうやって見る」
「レーダーっぽいので。銃構えるの見たら失神しちゃうかもだから」
織斑先生が額に手を当てた。「いいのか?」「本人の希望を尊重しようよ~」
すかさず「送信しますか?」ボタンを押す。
ピットに移動してできあがるのを待つ。織斑先生は次の仕事があるのか、使い終わった端末を持ってどこかに行ってしまった。
監視の目がなくなるや、本音がまんじゅうの箱を取り出す。お茶サーバーで紙コップに緑茶を注ぎ、一杯二杯と飲む。
本音の特技について聞く。ISビルダー世界選手権なる世界規模の模型競技会。優秀賞を取った。「これ」とチラシを渡される。佳作以上の名前がずらり。日本人だけ探す。優秀賞のところ。ちょっと大きな文字で布仏本音。佳作には日本人男性とおぼしき名前がいくつか。ほかに女性がひとり。織斑マドカという名前。
入試の話を振る。本音はどうやら推薦入試の模様。一般入試の話をすると食いついた。清香は得意になって話し込む。
一時間もかからずに作業が終わった。まんじゅうは本音のおなかへと消えて跡形もない。
「頭が糖分を欲しているんだよ~」
清香の視線に気づいて言い訳をする。残っていたお茶をグビッと飲み干した。
カスタマイズし終えた打鉄を着装。視界は抽象化した映像と記号のみ。外の風景がどうなのか。別に相手の顔が見えなくったっていい。眼球から脳神経に流れ込む、膨大な情報。初心者である清香が仕分けるには技量も経験もない。とすれば余計だと思う情報は削ぎ落とす。
歩く。走る。転ぶ。転ぶ。「あれ?」
(実習と感覚が違う)
装甲をたくさん後付けした。慣性制御できるも質量増大は無視できない。
通信回線から別の声だ。織斑先生が再び戻ってきた。
「布仏、相川の資料だ。使え」
と勝手に個人情報を渡している。身長、体重、そのほか諸々が白日のもとに。「入試の実技試験結果だ」織斑先生が心配を見越して言った。
入試。VR模試ではCランクだった。血液検査によればISのナノマシンと親和性が良くない、親和性が悪い体質だとか。でも、入試は通った。疑問が湧き起こる。
資料をみた本音が驚く。「Aランク」と感動しているようだ。少し早口になっている。
(は? Aランク!?)
元家庭教師、自称天才のおねーさんに実技試験突破を危ぶまれた。IS側を弄ってある程度適性値を向上する裏技があるそうだが、清香の体質的にそれが通じないと太鼓判を押されていた。
何かの間違いじゃないか。何度も確認するが、資料を撮影した写真を見せられては納得せざるを得ない。
なおも最後の抵抗を試みる。
「Aランクならラクショーだね~」
「待って待って、誰かの結果と間違えてない? 私、血液とVRの適性値がCだったんだもんっ」
「まったまたー」
謙遜だと思われているようだ。入試のときのことを思い出す。
学科試験が終わった日。実技試験の前日に清香は頭を打っていた。道が乾いていたので走って帰ろうとしたら、曲がり角の出会い頭で人とぶつかった。
「ガ○プラ!」「プラモがどうした?」
手提げ袋から白黒の箱が、エコプラが見えたのだ。スカートをはいていたのでぶつかったのは女の子のはず。織斑先生似の小柄で気が強い雰囲気。
清香は尻餅をついて頭を打った。女の子のほうは背中のリュックがクッションになって無事。ただしリュックの中身が身代わりに。「MG」と書いてあったような。助け起こそうと屈んだら突然身を起こしてきた。互いの顔面が衝突。歯と歯が当たって激痛に涙が零れた。唇を切って血がダラダラ。おそらく唇同士も衝突したに違いない。
入試時の映像が流れる。まちがいなく清香本人。織斑先生が「担当が違うのでその場にはいなかったが、こいつは本物だ」などと口走る。記憶にございません。
「やめて、見ないでー」
最後の捨て台詞だけは覚えている。恥ずかしい。夢のなかだと思ってクサイ台詞を吐いてみたなんて言えない。少なくとも入試のコンディションは良くなかった。てっきり自称天才のおねーさんのおまじないが効いたのだと思ったぐらい。「痛いの痛いのトンデケー」が本当に効くんだと。
「相川」
「はい?」
「その機体は五日後まで占有できる。布仏にオートバランサーを調整してもらえ。一年にしては腕が良い」
「すみません。織斑先生は指導していただけないのですか?」
「これ以上は手が回らん。代わりに先生役ができそうなのを連れてきた」
先生役? 清香は首をかしげた。他のクラスのクラス委員って暇なわけないはず。
「相川がよく知っているやつだ」
「……準備できました」
不機嫌な感じの声。ものすごく聞き覚えがあるやつだ。
「織斑先生に教えるよう頼まれました。短い間だけどよろしく」
【バケツなんか被って、バカなんじゃないの】
ゆったりとした口調とおしとやかな仕草。一方、通信文では罵倒。
「一年四組。アヤカ・ファン・デル・カンプだ。彼女もAランクだ。お前たち、相部屋だろう?」
織斑先生が愉快そうに言う。
(ISに乗るつもりはないって初日に言い切ってたじゃんかぁ……)
【廊下で織斑先生に拝み倒されたの。皆が見ていたのよ、断れるわけないでしょ】
「あとは任せる」
今度こそ本当に織斑先生がいなくなる。
ルームメイトは腰に手を当てて、厳しい口調で告げた。
「基本動作と基本戦技、教えるから。速成教育だから厳しくやるけど。いいでしょ? 軍隊よりはいくらかマシよ?」
(うわーん……)
有無を言わせぬ口調。本音の鼻唄を聞きながら、清香は半ば混乱しながら、うなずく以外の術を持たなかった。