ですから、今回はものすごくどうでもいいような話にしてみました。
要らねーだろ。冗長だろ。誰得だよ。と思う方もいらっしゃるでしょう。次で跳躍します。ここは我慢。
駅。清香は腕時計に目を落とす。
ランチには少しばかり早い。改札を通って商店街を目指す。
道なりに並ぶ若い女性たち。目指す場所には古びた看板。
清香は肩にかけたトートバッグを下ろす。「五反田食堂」の文字。暖簾を確かめ、来た道を振り返る。顔を戻して店に入った。
「いらっしゃいませー」
威勢の良い声。赤い髪の店員が振り返る。見たことあるような。目をゴシゴシこすってから凝視してみた。
「……って、キヨか。ひっさしぶりだなー」屈託のない笑顔。こいつ知ってる。
「弾くん」
常連客で経営が持っているようなレトロ食堂。若い女性が列に並ぶような店ではなかった。
清香は弾と挨拶を交わす。
「ちょっと見ないあいだにかっこよくなった?」
「キヨこそ可愛くなったじゃん」
サラッと言う。清香は照れてはにかんだ。弾はこういうやつだ。
(友達に借りたんだけどね)
セットアップはアヤカから。大きな帽子はセシリア。靴とトートバッグは清香の私物。
清香は店の奥に進む。母屋に進んで弾の両親にあいさつ。五反田食堂の看板娘とその旦那。弾の顔立ちは看板娘から、細く引き締まった体型は親父さんの遺伝。
弾のことだ。深く考えずにお小遣い稼ぎのつもりでアルバイトしているのだろう。
(だけど、ちょっと鈍いんだ)
まさか繁盛につながるとは。店から弾の声。「蘭は土蔵!」
「ありがとー!」
靴をもって勝手口へ。柊の葉がチクチクする。小径を伝って裏へ回る。
土蔵。日当たりが悪い。
建て付けの悪い扉を開け、勝手に上がる。階段をあがって二階へ。
赤毛を目にした。兄と同じ髪の色。背を向けて机に向かっている。
手前には丸いちゃぶ台。積み本とたくさんの化粧品。真ん中にゲーミング端末。細長い白と紫の塊が蠢いている。跨いで蘭の元へ向かう。
「蘭ちゃん。こんにちは」
「相川先輩。こんにちは。お久しぶりです」
挨拶。蘭が頭を下げる。
「テスト勉強?」
「受験勉強です」
蘭は受け答えがはっきりしている。手応えのない
清香は受験先を聞く。「IS学園」という回答。超がつく難関。おまけにほぼ女子校。「今の学校と変わりませんから」地元のお嬢様学校。制服が可愛い。
蘭は目を細めてちゃぶ台のあたりを指さした。
「IS学園受験専門の家庭教師が転がっていますから。そこに」
「……いたんですね」
清香は嫌そうに姿を認めた。
「わかってて無視したね」面倒そうな雰囲気を匂わすおねーさん。
まずい、と清香はおねーさんに要件を伝えた。リモコンを取りに来た。
すかさずトートバッグから青っぽい人形を出す。ダイカスト製のアンティーク。大きい大人のおもちゃ。実父から譲り受けた。
蘭が押し入れを開けて、山型の金属塊をちゃぶ台に移した。二本のレバーが印象的。
おねーさんが立ち上がってしゃべり出した。苦労話を自慢したい年頃。
清香は話半分に聞き流しつつ、真ん中のつまみに手を掛ける。回そうとしたら腕をつかまれた。
「おねーさん?」
「部品取り寄せに二ヶ月かかったんだよ。また壊すつもりなのかな?」
つまみが老朽化。回したら取れて、中の歯車まで欠けた。清香が壊したのだ。
「お父さんの形見でしょ。大事に扱おうか」
「父は死んでません。お金に困ったら売りなさいと言われてもらったものです。どう扱うかは私が決めますが」
「部品を発注するとき、たっ……おねーさんは調べたんだ。
時価推定三〇万円。Z80マイコンで動く鉄○。世界限定一〇〇台生産。東ドイツの玩具会社でベルリンの壁と一緒に倒産済。
国内で部品を扱っていないから、壊れたらまたドイツの会社に発注して削り出してもらわなきゃいけないんだよ。君、また壊したら代金はどうするつもりなんだい」
言葉につまる。蘭がやんわりと「博士の研究を手伝えばいいでしょう?」と助け船を出す。
ゼリー飲料を思い出し、口のなかに今朝の味が広がる。
とっさに清香はその場を取り繕った。
「おねーさんのおかげで直ったんだし、せっかくだから動かしてみよう」
「動くんですか?」
蘭の疑問。
当然だろう。二本の操縦桿がそびえ立つ。大人の夢がつまった山型リモコン。
リモコンだけが実物大である。清香は裏蓋を開けて電池を確かめる。
「おねーさん、勝手に弄りました?」
「軽量かつ大容量化と言って欲しいね」
本来は単一電池が六本必要。電池ボックスに電子工作の痕跡。単一電池の形をした樹脂ケース。
おねーさんは腕を掴んだままだ。耳許に顔を近づけささやく。
「候補の件。感謝してるよ」
「……初耳です」
清香はついつい率直に答えた。
「ワンティッツ候補の件。
君のお友達からいくつか動画が届いててね。残念ながらちーちゃんの分はなかったけど、副担任の先生だっけ? 血液か皮膚のサンプル取ってきてくんない? おねーさんの研究に役立てようと思うんだ」
危険な雰囲気。蘭には聞こえないようにヒソヒソ。「でしたら、蘭ちゃんの遺伝子サンプルは取らないんですか」清香の反撃。
「!!!」
君、とおねーさんに叱られた。おねーさんの顔が真っ赤。コトの始まりから終わりまで想像してしまったかのよう。「で、できるわけないじゃないかっ」と
一回り年下の女子に欲情する、変態。
清香は気を取り直して操縦桿を握った。
ポーズ。
音声。
ゆっくりと歩行。
近年のロボットに慣れた身としては残念な仕様。どちらかと言えばおねーさんが興奮している。
つまみを元に戻した。おねーさんに修理の礼を言い、人形をビニールクッションで来るんでトートバッグへ戻した。山型リモコンを持ち上げ、「重っ」再びちゃぶ台に置く。
「台車を貸そうか? 耐荷重二〇〇キロの」
おねーさんの申し出。
先ほど蘭が運んだときは軽そうだった。おかしい!
不満を口にすると、おねーさんが清香を見た。
「パワーグローブ貸そうか? おねーさんがいつも使ってるやつ」
「それ、ISコア入りじゃないですかー。敷地から持って出た途端、盗んだ疑惑で特殊部隊が突っ込んでくるやつですよねー」
四六七個あるISコアのうちのいくつかはおねーさんこと、篠ノ之束博士が所持していた。そのうち一個を重量物運搬目的で使っていたのである。
やりとりを眺めていた蘭が苦笑い。「アニキさんを呼ぶってのはどうです?」
「アニキ? あの人は~」
蘭はアニキの顔を知らないはず。上を向いて考え事。前を向くと、蘭と目が合った。キラキラ。昨日のセシリアと同じ目をしている。重大な勘違いをしているに違いない。
「蘭ちゃん。蘭ちゃん」
手招きする。「どうしました?」「あのね」そっと耳打ち。
「え!?」
清香は笑顔でうなずく。「アニキは女性なんだよ」
江戸落語にありそうなべらんめえ調。もちろんわざと。理詰めで動く慎重派。冷静沈着、常に先を見越して行動する。国内海外問わず様々な重化学プラントを飛び回る女性技師。休職中に家庭教師のアルバイト。清香はその縁で知り合った。
携帯端末を触る。検索してアニキの居所を探す。やっと見つけたメール。「連絡がほしい」とある。続く文面にさっと目を通す。アニキから頼まれごとだ。彼女は恩人ゆえ応えてやらねば女が
清香はリモコンとパワーグローブを交互に見た。
「あのー、警察に連絡を取るとかできませんか?」
しばらくクラス対抗タッグマッチの練習が続く。今日を逃すとリモコンを持って帰れない。配送業者を使うのも考えたが、リモコンが重すぎる。貧乏性の身の上。送料を節約したかった。
「じゃあ、おねーさんが骨を折ってあげよう」
「裏を感じるのでそういうのはいーです」
即答。蘭が袖を引っぱった。
「ちょっとちょっと。先輩」清香が耳を傾ける。「博士は社会人アピールがしたいんですよ。聞いてあげないと、ヘソ、曲げちゃいますよ」
面倒そうな雰囲気を察する。
清香は言われたとおりに態度を変えた。
「まだ時間があるので」
「君ねェ、おねーさんを誰だと思ってるんだい」
「元家庭教師。自称天才の自称博士。なんで博士。を自称してるんですか」
常々疑問に思っていたことだ。
「おねーさん、ちゃんと博士号取ったから。確かにISでは博士号は取らなかったけど、他ので取ったんだ。せっかくの機会だから、疑り深くていつまで経っても信じようとしない君の前で証明してみせようと思ったのさ」
「へえ……」
「興味ないって顔してるね!? おねーさんについてきたまえ」
▽▲▽
タクシーでデパートに直行。支払いのとき、チラリとブラックカードが見えた。
大きな建物を見上げる。アヤカが行くとか言ってなかったか。
香油のにおいが立ちこめている。清香が連れられた先は化粧品売り場だった。
右を見ても左を見ても四〇から六〇代の麗しい奥様方がいっぱい。
おねーさんは張り出されたポスターの前に立つ。「これがたっ……おねーさんの研究成果だよ」と自慢げだ。
店内掲示のポスター。そのモデル。
ドイツ連邦軍が誇る美人過ぎるISパイロット【マレーネ・ディートリッヒ】。映画女優と同性同名。現役ISパイロットのなかでも最高齢の五七歳。最終階級
清香は沈黙した。ポスターの女性はどう見ても三〇歳くらい。いや二〇代後半に見える。半信半疑でおねーさんを見た。
子供と大人の顔が交互に浮かぶ。画像加工? 首を振る。
「おねーさんが作った化粧品を使ってISに乗れば、若返る、のさ」
もはや若返りの秘薬扱い。現実味のなさ。
清香は隣の蘭を見た。蘭も半ば信じていない様子。ふたりの表情に気づいておねーさんがつけ加えた。
「どうして化粧品とか聞かないの?」
また始まった。どうしても聞いて欲しい様子。こういうときだけ童女の瞳。
ヘソを曲げられると困る。清香は半ば諦めた顔つきで言葉を絞り出す。
(おねーさん、友達いないもんなぁ……)
蘭と顔を見合わせて、互いに肩を落とした。
ここまで。
次は相川さんが出てきません。
ここにいない誰かのお話。