グランブルーファンタジー クロスオーバーFエピソード集   作:第22SAS連隊隊員

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カイネの剣

【カイネの剣】

 

 

 

眉間に深い皺を刻みながら髭面の男が唸り声をだす。

 

「うーん、ダメだな……」

 

「今はリスクを取ってでもリターンが欲しいからな……」

 

隣に立つ金髪の女騎士もそう言って唸り声をあげた。二人は騎空士であり現在は騎空団結成以来の最大の危機に面していた。その危機とは……。

 

「懐はとてもじゃないが余裕が無い。このままだと今晩は晩飯抜きを覚悟しないとな……最悪、そこらへんにいる食えそうな魔物でもとっ捕まえて……」

 

「その時は調理は私に任せてくれ、腕を振るうぞ」

 

「い、いや、大丈夫だ。俺が作るよ。その時はあんたに材料確保をお願いしたい」

 

「そうか、残念だ……」

 

女騎士は少しだけ残念そうな顔を浮かべて肩を落とした。彼等が瀕している危機、それは懐事情だ。

この騎空団はとある理由から空域最大の勢力を誇るエルステ帝国から追われており、現在は逃亡生活を送りながら空の果てにあるといわれる幻の島イスタルシアを目指していた。

しかし、どんな形であれ生きていく上で金は必要不可欠だ。常に逃げ続ける必要があるため、ただでさえ消耗が激しいこの騎空団なら尚の事である。

 

「腕っ節には自信があるから、こう魔物とか危険生物の駆除とか……」

 

「それでしたら皆さんにピッタリなお仕事がありますよ~」

 

「うおっ、出たな!」

 

いつのまにかひょっこりと顔を出したのは、小柄な体型が特徴的なハーヴィン族の行商人シェロカルテだ。彼女はカタリナたち騎空団が行く先々に突然現れては突然消えるを繰り返す謎の多い人物である。

一体どうやって現れているのか? という質問をされたときは「神出鬼没ですから~」と言ってそれ以上は答えようとしなかった。騎空団の面々も段々と彼女の出現に慣れてきたこともあって、いつのまにか気にも留めなくなっていた。

 

「実はですね~この町で盗賊の一団が略奪行為を繰り返しているんですよ~。町長さんもかなり頭を悩ませていまして~」

 

「なるほど、それを俺たちに解決してほしいと」

 

「話が早くて助かります~。詳しい話は役場にいる町長さんにお願いしますね~。それでは~」

 

言うやいなや、シェロカルテはいつの間にか騎空団の前から姿を消した。普通ならば驚くのが当然だが、彼女との付き合いも長いこの騎空団は特に気にすることもなく役場へと足を向けていた。

 

 

 

商店をあとにした二人は町の役場に向かい、受付に「盗賊の件で町長に話がしたい」と伝えると直ぐに町長へと連絡が回った。役場の奥から現れた年老いた男は二人に頭を下げると「詳しい話はこちらで」と応接室へと案内する。

テーブルを挟んで向かい合ったソファーにそれぞれラカムとカタリナ、反対側に町長が座ると件の盗賊について町長が話し始める。

 

「奴らは数ヶ月前に現れまして、定期的に町に降りてきては略奪行為を繰り返しているのです」

 

「警備隊になんとかしてもらないのか?」

 

「ここは小さな町ですので警備隊の人数が少ないんです。彼等も周辺の魔物の討伐で手一杯でして……」

 

町長はなんとも困った顔になって項垂れた。

 

「一つ訪ねたいのだが、なぜ騎空団の集会場に他と同じように仕事として募集をかけないのだ?」

 

「まず、この島は滅多に騎空団の方々が訪れませんでして……それでもなんとかしようと募集の貼り紙を出したのですが……」

 

「出したけど?」

 

「それを見た盗賊団が「騎空団に何とかしてもらおうなんてふざけた真似はやめろ」と略奪だけではなく商店や家屋を滅茶苦茶にしたのです。そのせいで騎空団の方々に協力を仰ぐこともできなくなってしましまして……」

 

「酷い……」

 

今にも泣き出しそうな町長の言葉にカタリナとラカムが義憤に燃える。ここまで話を聞いて正義感の強い二人はもはや報酬のことなど二の次に、悪逆非道の限りを尽くす盗賊を是が非でも討伐すると心に誓っていた。

 

「事情はわかった。だったら俺達がなんとかしてやるよ」

 

「困っている人は放っておけないからな」

 

「おお、本当ですか! ありがとうございます!」

 

一転して町長は明るい顔になり、二人に何度も頭を下げた。

 

「それでは早速ですが盗賊のアジトの場所について……」

 

 

 

それから一時間後、カタリナを先頭に騎空団の面々は山の中を進んでいた。既に山道は外れており文字通り道無き道を歩き続ける。

 

「んで、奴さんの規模はわかったのかい?」

 

「数は十数人ほどの集団でこの先の廃墟をアジトにしているらしい。そこ以外は雨風を凌げる場所は無いそうだ。定期的に略奪をしに町に降りてくるそうで、今日は一仕事終えたあとみたいだな」

 

「町に降りてくる頻度から考えて、帰った奴らはすぐに宴でも開いて略奪品を飲み食いしてんだろうさ。散々飲み食いしていい気になっているところを……」

 

「一網打尽ってわけね」

 

眼帯を付けた髭面の男の質問にカタリナとラカムが答え、締めの言葉を金髪の少女が代弁する。眼帯の男の名はオイゲン、金髪の少女の名はイオだ。

二人はラカムの騎空挺で待機していたところ、町から帰ってきたカタリナとラカムから実入りの良さそうな仕事を引き受けた旨を聞き、意気揚々と山賊討伐に加わった。

四人はアジトへの突入タイミング、戦闘時の立ち回りや役割分担を話しながら歩き続ける。しばらくしたところでカタリナが片手を上げて後ろの三人を制した。彼女の視線の先にはあちこちが苔むした石造りの廃墟がある。カタリナが振り返ると既に三人は戦う者の顔になっていた。

一行は背を低くし、岩陰や木の陰の隠れながら慎重にアジトに近付いてゆく。侵入者を知らせる鳴子や見張りがないか気を配りながら少しづつ目標に近付き、ついにアジトの壁に張り付いた。そのまま四人は壁と一体化するように張り付いたまま横歩きして、ついにアジトの出入り口である木製のドアに辿り着く。

先頭のカタリナが耳を傾けると、中から大勢の騒がしい声が聞こえる。恐らくは宴の真っ最中なのだろう、だとすれば絶好のチャンスだ。

カタリナは後ろの三人に向かって静かに頷く。意味を理解した三人はそれぞれの得物を握り締めると頷き返した。女騎士はドアノブに触れようと手を伸ばす。彼女の指先があと僅かでノブに触れるところで扉が吹き飛んだ。

一瞬なにが起きたのか理解できずカタリナ達は固まるが、頭の回転が戻ると同時に扉が吹き飛ばされた方を見る。そこにはもはや木片と化したドアを下にして、ドラフの男が気絶していた。

首を傾げたカタリナはドアのなくなった出入り口から顔を覗かせて中の様子を伺う。彼女の目には予想通り大勢の盗賊と、予想だにしない人物がいた。薄汚い格好をした盗賊の男たちが広間の中心で輪を作っており足元には略奪品の酒や食料が、その中央には両手に剣を持った一人の女性が、下着姿の女性が身構えている。

 

「この×××××どもが!! ×××××裏返して×××××にしてやろうか!!」

 

口にすることすら憚られるような罵詈雑言が立て続けに三つも彼女の口から吐き出される。吐き出す度に水色の下着が揺れた。

この時点でカタリナは何とも形容しがたい複雑な表情を浮かべ、何事かと中を覗いた続く三人も同じ表情になった。

 

「やっちまえ!」

 

盗賊の首領らしきドラフの男が怒鳴ると、彼の左右にいた二人の男が剣を構えて女に斬りかかる。対する女も両手のノコギリのような剣を構えて立ち向かった。

男二人が同時に剣を振り下ろす。女は両手の剣を交差させて受け止めると、それをあっさりと押し返した。盗賊の二人が大きく怯むと女はすかさず無防備な脇腹に一発ずつ蹴りを叩き込む。左右に蹴り飛ばされた男はその先にいた仲間を巻き込んで下敷きにし、動かなくなった。

その隙を突いて女の背後から斧を持った盗賊が襲い掛かり、無防備な彼女の背中目がけて振り下ろす。碌に手入れもされていないボロボロの刃が下着に包まれた柔肌に迫り、石畳の床にぶつかる。

盗賊の鳩尾には女の足がめり込んでいた。分厚い筋肉をものともせず、斧を躱した際に女が放った後ろ回し蹴りは見事に人体の急所を捉えていた。

女が足を引き抜くとドラフの男は両手で鳩尾を押さえ、呻き声を漏らしながら倒れる。倒れたあとはピクリとも動かない。

 

「その程度か!! ×××××のほうがまだマシだぞ!!」

 

再び罵倒が吐き出される。瞬く間に数人の仲間を倒された首領が怒りで顔を真赤にしながら怒鳴った。

 

「調子に乗るんじゃねぇ! ぶっ殺してやる!!」

 

遂に首領が腰から剣を引き抜いて雄叫びを上げながら女に襲いかかった。それに続けと言わんばかりに残った盗賊も一斉に襲いかかる。

――そこまでだ!!

出入り口で様子を伺っていたカタリナは、彼女のピンチに盗賊達の気をひこうと咄嗟に叫ぼうとした。喉まで上がってきた言葉は口から出るときには奇妙な吐息となって吐き出され、宙に虚しく消える。カタリナの見ている先では女が盗賊達を相手に大立ち回りを繰り広げていた。

次から次へと襲いかかる盗賊たちを蹴り飛ばし、殴り飛ばし、叩き潰す。まるで演劇の殺陣のように女は力強く、それでいてしなやかに四肢を振るい瞬く間に動く盗賊の数を減らしてゆく。

最後の一人の顔面に靴底を叩き込むと、盗賊はまぬけな声を上げて倒れた。大立ち回りを終えた女剣士の周りには酒や料理、それに加えて気絶した盗賊たちが散乱している。

と、女が振り返りながら剣を構えた。視線の先には出入り口に立つ鎧姿の女騎士カタリナが両手を上げて立っている。

 

「待ってくれ、私たちは盗賊の討伐に来た騎空団だ」

 

女はカタリナの頭からつま先まで視線を動かすと、彼女の整った身なりで盗賊ではないと判断したのか剣を下ろした。

一先ず落ち着いて会話ができる状態になったところでカタリナは両手を下ろして自分たちがここに訪れた詳しい理由を話し、盗賊たちの身柄を引き渡すために町まで護送しなくてはならないこと、盗賊は自分たちが倒した訳ではないので報酬をもらうべきはあなただと話した。

 

「報酬ならいらない。私はこいつらが連日大騒ぎしてうるさいから締めに来ただけだ」

 

「しかし……」

 

「気にするな」

 

「だが、私たちは何もしていない。それなのに報酬をもらうのは……」

 

「だからいらないと言っているだろ×××××が!!」

 

繰り返される押し問答に女の我慢が限界に達した。大声を上げて人前では決して口にしてはならない言葉を苛立ちと共に吐き出す。

罵声を浴びせられたカタリナは彼女の声量と言葉の内容に怯んでしまい「で、ではありがたく頂くとしよう」と思わず報酬の受け取りを了承してしまった。

それから騎空団と女は盗賊たちを縄で縛り上げ、逃げ出さないように全員を繋いでから気絶している盗賊を叩き起こし、彼等を連行してアジトを後にした。

 

 

 

「そういえばまだ名前を教えていなかったな。カイネだ」

 

「私の名はカタリナ、後ろを歩いているのがラカム、眼帯をしているのがオイゲンだ」

 

「イオだよ!」

 

お互いの自己紹介を忘れていた面々は、帰りの山道で歩きながら名前を教える。

数珠つなぎに連行されている盗賊たちは先頭を歩くカイネの存在がよほど恐ろしいらしく、誰ひとりとして妙な真似をせずに大人しく連行されている。

ふと、盗賊たちを監視するために最後尾を歩いているオイゲンが隣を歩くラカムに近付いて耳打ちした。

 

「なぁ、ラカム。あの姉ちゃんになんであんな格好しているのか聞いてくれよ」

 

「はぁ? 無茶言うなよ」

 

「こう、世間話しながらさりげなーくさ……」

 

オイゲンがラカムに無理難題を押し付けている最中に、イオがカイネに質問をした。

 

「ねぇねぇカイネさん。なんで下着みたいな格好しているの?」

 

どうやってさり気なく聞き出そうかと考えていたオイゲン、彼から無茶を言われたラカム、更にはカタリナ、オマケに盗賊たちも幼い魔道士の言葉に一斉に吹き出した。

文字通りの直球の質問、幼い子どもだからこそできる純粋な疑問から来る好奇心に成人たちは完敗した。

当のカイネは特に怒る様子も気を悪くした様子もなく、淡々とイオの質問に答える。

 

「ああ、これか。話すと長くなるが私の体は魔物取り憑かれていてな。これ以上の侵食を防ぐために出来る限り体を日光に晒したいんだ」

 

「大変だね……」

 

「なに、もう慣れたものだ」

 

カイネが激怒してイオに罵声を浴びせるのでは、と大人達は心配したがそれは杞憂に終わる。

これをキッカケにイオはカイネと町に辿り着くまで楽しげに世間話を続けるのであった。

 

 

 

町に辿り着いた一行は住民から盛大な歓声を浴びた。

もはや打つ手なしと半ば諦めていたところに現れた騎空団、その騎空団が人々を苦しめていた盗賊を遂に懲らしめてくれたのだ。

盗賊を引き渡すために憲兵団の駐屯地に向かう道中でカタリナ達に町民から感謝と賞賛の言葉が雨あられのように降り注ぐ。

 

「ありがとう!」「貴方達は英雄よ!」「いくら感謝しても足りないよ!」「神は我々を見放さなかった!」

 

まるで凱旋する英雄のような扱いに騎空団のメンバーは恥ずかしそうに町民たちに手を振る。盗賊たちは項垂れてトボトボと、先頭のカイネは感謝や賞賛に特に興味無さそうに歩き続けた。

やがて駐屯地に辿り着くと既に連絡が回っていたのか憲兵が敬礼でカタリナたちを迎える。

 

「今回の盗賊の討伐、誠にありがとうございます! 本来ならば我々がなすべきことでしたが、貴方達には本当に感謝しています!」

 

「事情は聞いた。報酬はあいつらに渡してくれ。私は必要ない」

 

「よろしいのですか?」

 

「構わん。私はこいつらがうるさいから締めただけだ」

 

わかりました。と出迎えの憲兵は言うと盗賊たちを駐屯地の中へと誘導し、カタリナに今回の報酬について話し始めた。憲兵の口から聞いた内容にカタリナは笑顔を浮かべる。

 

「申し訳ありません。我々としてもこれが出せる精一杯の額でして……」

 

「いや、構わない。それだけあれば次の島に向かうには十分だ」

 

町を救ってくれた英雄たちに十分な礼が出来ないことが心苦しい憲兵は何度も頭を下げる。それに対するカタリナは気にしないでくれ、と言わんばかりに手を振った。

その横でカイネはもう用事が済んだと判断したのか、無言で踵を返すと来た道を戻ろうとしていた。黙って去ろうとする彼女にイオが気が付き声をかける。

 

「カイネさん、待ってください!」

 

呼び止められたカイネは足を止めるとイオに向き直る。

 

「よかったら私達と一緒にイスタルシアを目指しませんか?」

 

「イスタルシア……空の果てにあるという幻の島か」

 

「もしかしたら、カイネさんに取り付いている魔物をなんとかできる方法があるかも」

 

帰りの道でカイネとの仲を深めたイオは、彼女の体に取り付いている魔物をなんとかできないかと事情を聞いてからずっと考えていた。

もしかしたらイスタルシアに何かあるかもしれない。確証など何処にもないが、このまま何もしないよりはマシだ。そう考えた幼い魔道士は女剣士を自分たちの騎空団に勧誘する。

 

「……いいのか、私などが一緒に行っても?」

 

「私は大歓迎です! 他の皆もカイネさんみたいな強い人ならきっと喜びますよ!」

 

「……それならお前たちに付いて行くとしよう」

 

それを聞いたイオは手を上げて喜び、何事かと近づいてきたカタリナたちにカイネが仲間になってくれることを嬉しそうに話した。カタリナ達もイオ程ではないにせよ新しい仲間が増えたことを喜び、カイネを歓迎する。

 

「早速ですまないが、俺達は出来る限り早く次の島に向かいたいんだ。明日の朝にはここを出発する予定だが、大丈夫か?」

 

「問題ない。荷物も殆ど無いからな」

 

「助かるよ、それじゃあ明日の朝……」

 

ラカムは明日の早朝に町の騎空挺発着場で待ち合わせることをカイネに伝えると、了解したカイネは今度こそ来た道を戻って行った。

 

 

 

カイネが寝床にしている山小屋に辿り着いた時には、既に夕方になっていた。

小屋に入るとカイネは剣を置いて直ぐに火を起こし、以前捕らえた猪の肉を包丁で適当に切り落とす。それを串に刺して火にかざし十分に加熱されたことを確認すると勢い良く齧り付いた。

数本の串焼き肉を食べ終える頃には太陽は完全に姿を隠し、代わって月が空に昇り始める。カイネは火を消すと大あくびを一つしてベッドに向かい、薄汚れた毛布を被って眠りに付き始めた。

 

――今日は面白いことがあったなぁ。

 

「前からうるさくて仕方なかったからな」

 

――それにしてもまさかお前さんがあいつらと一緒に行くなんてな。明日は雪が降るか?

 

「黙っていろ」

 

――ケケケ。で、どうするんだ? イスタルシアだっけか、そこに行って俺とお別れするつもりかい?

 

「さぁな、それはこれから考える」

 

――まぁ、当分は退屈はしなくてすみそうだ。これから何があるのか考えただけでもワクワクする。

 

「うるさいぞ。私はもう寝る」

 

――じゃあ俺も寝るか。おやすみ。

 

カイネは自分の体に取り憑いている魔物、テュランにそう言うと今度こそ眠り始めた。先程まで彼女の内でやかましく喋っていたテュランも彼女と同じく眠りにつく。

 

 

 

翌朝、カイネは夜明けと共に目覚めた。ベッドの上で伸びをしてから小屋を出ると、昇り始めたばかりの太陽の光を全身で浴びるために両腕を大きく広げた。山の間に顔を出した太陽から光が降り注ぎ、水色の下着に包まれた彼女の身体を照らしてゆく。

こうして日課である日光浴をしっかりと終えたカイネは小屋に戻り、扉を閉めると中央で腕組みして仁王立ちした。立ったまま部屋を見回す。視界に映るのは生活に必要な最低限の物しか置かれていない薄汚れた殺風景極まりない部屋だ。

 

「よし」

 

カイネは息を大きく吐くと壁に掛けてある麻袋を手に取り、荷造りを始めた。とは言っても持っていくものは無いに等しく、彼女は剣の手入れ道具や代えの下着と包帯を片っ端から乱暴に袋に詰めてゆく。

最後の包帯を袋に放り込んだところで麻袋の口を締め、念のために忘れ物がないかもう一度部屋を見回すと、ベッド脇の小さなテーブルで視線が止まる。木製のテーブルの上には押し花の栞が置かれていた。

ゆっくりとテーブルに近付き栞を手に取る。栞の白い押し花はまるで先ほど作られたかと思うほど瑞々しさを感じさせる。包帯に包まれた指先でそっと花を撫でると、この栞を作ったときの光景が脳裏に蘇り始める。

あれはこの世界に来て数週間が経ったころだろうか。ようやっとまともに寝泊まり出来そうな山小屋を見つけて一息ついたところで気が付いた。ふと頭に手をやると何かが落ち、落ちたものを拾ってみるとそれは白い花弁だった。

ハッと気が付いて髪に挿している花を慎重に外し、目の前に持ってくるとカイネは愕然とした。白い花が萎れ始めていたのだ。大切な人からもらった思い出の花、このままでは完全に枯れてしまう。だからといってカイネには花に関する知識は何も持っておらず、そもそも植物はいずれ枯れる運命にあるためどうすることも出来ない。

打つ手が無いことを悟ったカイネの気持ちはどこまでも落ち込んでゆく。その気持を紛らわせるために、そして何よりもこれからの生活に必要な物を買うため麻袋を持って町へと降りることにした。

カイネが町を訪れたが住民たちは特に気にすることもなく何時も通りの生活を送っている。まるで下着姿の女の存在が当たり前のように振る舞い、奇異や興味の視線を向ける者は殆どいなかった。

それは彼女がたびたび町を訪れては資金を稼ぐために魔物退治の仕事を引き受けているからだ。始めこそ下着姿の女に町の人々は面食らったが、圧倒的な強さで魔物を蹴散らし町の平和と治安を守ってくれる彼女を人々は受け入れ、いつの間にかカイネの存在が当然となっていたのだ。

カイネは店に入ると山のように積まれた商品の陰から小柄な影がひょっこりと顔を出す。

 

「おやおやカイネさん~今日はお買い物ですか~?」

 

「ああ、少し生活用品をな……」

 

突然現れたハーヴィンの商人、シェロカルテに特に驚くこともなくカイネは何を買いにきたのか伝える。シェロはカイネがこの世界に来てからもっとも世話になっている人物であり、仕事の斡旋や彼女が必要としているものの仕入れなど数を上げればキリがない。彼女の存在がなければ間違いなくカイネはこの世界での生活に困っていただろう。

シェロは商品の影に手を突っ込むとカイネが欲している物を次々と取り出して並べた。それに対してもカイネは突っ込むこと無く代金を聞くとシェロから言われた額の代金を払い、並べられた商品を片っ端から麻袋に突っ込んでゆく。

その様子を見ていたシェロは顔なじみの様子が何時もと違うことに気が付き、朗らかな声で尋ねた。

 

「カイネさん、どうかなさいましたか~?」

 

「……なんでもない」

 

「そうはいっても、顔は正直ですよ~」

 

「なんでもないと言っているだろこの×××××!!」

 

カイネの罵詈雑言もどこ吹く風。と言わんばかりにシェロはにこやかな笑みで彼女を宥める。カイネが落ち着きを取り戻したところでシェロは改めて何があったのかを聞くと、カイネはポツポツと落ち込んでいる理由を話した。

 

「なるほど~大切にしているお花が傷んでしまったのですね~」

 

「生花だからな……どうすることもできん……」

 

「だったら一つ提案が~」

 

言うやいなやシェロは懐から紙紐が付いた細長い厚紙を取り出し、それをカイネに渡した。

 

「その花をこの栞に押し花にするのはいかがでしょうか~。少なくともこれ以上傷むことはなくなりますよ~」

 

「……押し花か」

 

大切な人からもらった花を押し花にする。カイネは一瞬躊躇したが、これ以上傷ませてただのゴミにするよりは遥かにマシだと判断し、シェロの提案を受け入れることにする。

後日、月光草の花をシェロの元に持ってきたカイネは彼女に手伝ってもらいながら、なんとか押し花栞を完成させた。出来上がった栞をまじまじと見つめていると、シェロがいつもとは違う笑みを浮かべていることに気がつく。

 

「……何がおかしい?」

 

「いえ~カイネさんにも乙女チックな面があるんだな~と」

 

「黙れ×××××!!」

 

カイネの罵詈雑言もシェロには通用せず、彼女はいつもどおりのにこやかなを笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

過去の回想を終えるとカイネはふっと笑い、麻袋の口を開けて栞を丁寧に袋に仕舞う。

今度こそ荷造りを終えたことを確認すると袋をしっかりと締め、出入り口へと向かう。扉に手をかけると最後にもう一度だけ振り返り今まで過ごした部屋を眺めた。ひとしきり眺めると、未練を断ち切るように勢い良く扉を開けて勢い良く閉めた。

山小屋を出たカイネは町の騎空挺発着場にいた。交易品や様々な物が搬入される空の玄関では多くの騎空挺が離着陸している。

まるでカイネの旅立ちを見届けるかのように背後から一陣の風が吹き抜け、彼女の髪を揺らす。カイネは空を見上げた。

青い空を背景に太陽から光が降り注ぎ、その下を鳥の群れが鳴き声を上げながら通りすぎてゆく。これから自分はあの鳥の様に大空を飛ぶのだ。未知の体験に否が応でも胸が高鳴る。

 

――さぁて、この先には何があるのやら

 

「さぁな、それをこれから確かめるんだろ」

 

――それもそうだな

 

ケケケとテュランは彼女の内で楽しそうな笑い声を上げる。カイネはそれに呆れつつも微かに笑みを浮かべた。

さぁ、いよいよ旅立ちの時だ。カイネは大空への一歩を踏み出した。




という訳で、今回はニーアよりカイネが登場です。
ニーアの二週目以降の戦いは本当に心苦しかった……。特にロボット山のボスと砂漠の狼の戦いはやりきれない気持ちになりました。
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