グランブルーファンタジー クロスオーバーFエピソード集   作:第22SAS連隊隊員

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今回は前話と同じくゼノギアスよりあのキャラクターの物語です。


欲動の拳

【欲動の拳】

 

 

 

目が覚めた時、彼は全てがわからなかった。

 

ここはどこだ?

 

いまはいつだ?

 

なぜ自分はここにいる?

 

考えても考えても分からない。ふと、彼は視線を降ろして自分の両手を見た。それが自分の手だと確かめるように、黒いグローブに包まれた一対の手を握っては開くを繰り返す。それを繰り返す内に、彼の胸の内である感情が湧き上がってきた。

心の奥底からまるで煮えたぎる熱湯の如くゴボゴボと湧き上がるモノ。破壊、殺戮、蹂躙、殲滅、虐殺……それは衝動であった。なんでもいい、破壊したい、殺したい、壊したい。

全身が震えるほどのその衝動を彼は抑える気にはならなかった。まるでそれに従うことこそが使命であるかのように彼は受け入れ、あっという間に胸の中を満たす。

不意に彼は足元を殴りつけた。ほんの少しでもこの感情を紛らわせようと振り上げた拳を躊躇うことなく地面に叩きつけ、拳を中心に大地が大きく陥没する。

地震と間違えるほどの凄まじい地鳴りが響き、辺りにいた鳥や動物たちが鳴き声を上げながら一斉に逃げ出した。

 

足りない――

 

拳を叩きつけた彼の胸中には虚しさが広がる。これは破壊ではない、殺戮でも、虐殺でもない、なんら意味のない行動だ。

自分の起こした行動が全く意味を成さないことに気が付き、一瞬だけ引いた衝動は先程よりも激しく沸き立つ。眼前で握った拳は衝動のあまり震えが止まらず、それは次第に全身へと伝播してゆく。

震えを誤魔化すように男は勢いよく立ち上がり、どこかへと歩き出した。目的などない、そもそもここが何処かもわからない。とにかく何処かへ辿り着ければそれでいい。そう思った男はゆっくりと歩き出した。

どうやらこの森は人の通りがあるらしく、樹木の間に道ができている。赤い男は道をひたすら歩き続けていた。進む先が森の奥なのか、それとも出口なのかはわからない。それでも何かがあるはずだと男は歩みを止めない。

どれだけ歩き続けただろうか、男の中で沸き立つ激情はすでに極限を迎えつつあった。ここでまた衝動のままに暴れても更に激情を募らせるだけだ。そう思ってなんとか抑えこんではいたがそれも限界がきている。

 

なんでもいい、この激情をぶつけられるものを――

 

せめて大型の動物でもいないのか。そう思って周囲を見渡したとき、彼の足元に矢が刺さった。同時に背後で茂みが動く。

 

「そこの男、動くな!」

 

ゆっくりと振り返る。声の方向にはボウガンを構えた男と、剣と槍を持つ三人の男がいた。

 

「ここは立入禁止だ。なぜここにいる!」

 

「先程の地鳴りについて貴様は何か知っているか? 正直に答えろ!」

 

三人の男はそれぞれの得物を構えながらジリジリと赤い男に近付いてゆく。

丁度いい。思わず男の口端が釣り上がった。

 

 

 

 

 

カタリナ達はこの島に眠るといわれる星晶獣を探していた。街で集めた情報によれば森を越えた先に星晶獣はいるらしい。

それを聞いた騎空団は迷うことなく森へと向かい、団長であるカタリナを先頭にひたすら歩き続けていた。

 

「まさかこんなに簡単に有力な情報が手に入るなんてな」

 

「有り難い限りだ。今後もこうだといいのだが」

 

カタリナの後ろを歩くラカムが上機嫌でそう言うと、彼女もまた機嫌良さそうに返答する。

 

「でも、帝国の連中も星晶獣を探しているみたいだし、やつらより早く見つけないと」

 

「また良からぬことを企んでいるんだろう。今回はことが起きる前になんとかしないとな」

 

そう言って二人は表情を引き締めた。街で星晶獣に関する情報を集めている際に帝国もまた星晶獣を探してこの島に来ている、という話を聞いたのだ。

帝国はこれまで幾度も星晶獣を使って島一つを滅ぼしかねない事件を起こしており、その度にカタリナたちがすんでのところでそれを食い止めてきた。今までは辛うじてなんとかなったが、そんな幸運が何度も続くわけがない。今回こそは帝国の野望を事が起きる前に阻止してみせる。そんな決意を胸に騎空団は森を進み続けた。

ふと、カタリナの鼻を澄み切った森には似付かわしくない臭いが刺激する。不快感を催す鉄錆の臭い、今まで何度も嗅いだことがある臭いだ。

 

「ルリア、ラカムから離れるな。ラカム、周囲に注意しろ」

 

「あいよ」

 

先程とは打って変わって緊張を孕んだ鋭い声でカタリナは言った。団長の変化の意味を即座に理解したラカムは、愛銃をいつでも撃てるように引き金に指を掛け、神経を尖らせて周りの状況を探る。

最後方のルリアとビィは黙って頷くとラカムのそばに近寄り、妙な音や気配がないか注意しながら彼の背中に付いた。しばらく歩くと生い茂る草木がなくなり、まるで広場のように開けた場所に出た。カタリナはそこにある物を見て顔をしかめる。

 

「ラカム、来てくれ。ルリアはどこかに隠れていてくれ」

 

後ろから二つの返事が聞こえると、ガサガサと草木をかき分けてラカムがやってきた。カタリナは顎で広場の方を指すと、その方向を見たらカムも同様に顔をしかめた。

ちょうど円形の形になっている広場には、惨殺された帝国兵の死体が転がっていた。草が生えた地面は血と肉で斑模様に染まっており、辺りには臭いを嗅ぎつけた虫たちの耳障りな羽音が聞こえる。

 

「随分と乱暴な殺され方だな……」

 

ラカムは死体の一つに近寄ると見える範囲でどのような状態になっているのか調べる。片足と片腕がそれぞれ一本づつ千切れており、着ている鎧は何かで殴られたかのようにへこんでいた。辺りの草木には赤い血や肉片が飛び散っており、殺害時の凄惨さを嫌でも想像させる。

 

「大型の魔物にでも襲われたか?」

 

「いや、それはないな。この森には大きくても人間大の魔物がせいぜいと聞いた」

 

「じゃあ、そいつが恐ろしく力が強かったとか?」

 

「いくらなんでも人間大でそれはおかしい……そんなヤツが居たらとっくに討伐隊が組まれているはずだ」

 

「だよなぁ……」

 

ラカムの疑問をカタリナは否定すると改めて死体を調べる。千切れた腕や足の断面をよく見ると、それは引き千切ったというよりは何かの拍子に千切れたという方が近い状態であった。あちこちが窪んだ鎧の方も調べると、へこみの中央にはいずれも奇妙な模様が付いていた。まるで横に並べた棒を押し当てたかのような、等間隔のへこみが付いている。

この模様になにか意味があるのかもしれないとカタリナは頭を捻る。さきほど彼女は「この森に大型の魔物はおらず、力も常識の範囲内だ」と言った。だとすればこの惨殺現場を作り出したのは自分たちと同じ人間と考えるのが自然ではないだろうか。

全てのへこみの中央についている奇妙な模様も、何か武器を使ったと考えれば納得がいく。しかし、今まで様々な武器を見てきた彼女もこのような痕がつく武器は思い浮かばない。少なくとも剣や斧のような斬る武器では無いことは確かだ。

腕を組んで眉間に皺を刻み、難しい声を上げながら唸っていると、彼女の隣でじっとへこみを見ていたラカムが何かに気が付いた。

 

「なぁ、カタリナ。このへこみだが……」

 

ラカムは握り拳を作るとそれを鎧のへこんだ箇所に当てる。すると、拳はへこみを中心にぴったりと収まった。難しい顔をしていたカタリナの表情が一転して驚愕に凍りつき、額から一筋の冷や汗を流す。

 

「まさか……腕力だけで?」

 

「中心の模様に指の一本一本がピッタリと嵌った。恐らくは手甲も付けてないだろう」

 

「……ありえない」

 

目の前の事実を拒絶するようにカタリナは首を振った。自らの拳を武器として戦う者は当然ながら存在する、鍛え抜かれたその一撃は下手に武器を持った人間よりも遥かに強い。しかし、幾らなんでもこれは異常だ。

帝国の最新技術で鍛造された鋼鉄の鎧を素手で殴って変形させ、それどころか人間の四肢を引き千切ることが出来る者が存在するというのか。そんな人間が実在するとしたら、それはもはや化物と呼ぶべきである。

 

「ともかく、この森にはそいつがまだいるはずだ。もし出くわしたら……」

 

「逃げるしかないな」

 

カタリナとラカムは向き合って無言で頷く。二人はルリアとビィが隠れている木陰に戻ると惨殺現場を避ける道を通り、先程よりも更に慎重に森の中を進む。

森の更に奥へと進んでいると先頭のカタリナが何かに気が付いた。一瞬遅れて後ろのラカムとルリアも気がつく。背の高い木々の向こうから煙が空へと昇っていた、それも一つや二つではなく幾つも。

 

「あの煙……」

 

「帝国の奴ら、だろうな」

 

「みんな、気をつけろ。恐らく帝国軍の野営地が近いはずだ」

 

小さな声でカタリナは注意を促すと、後ろの団員達は無言で頷く。出来る限り物音を立てないようにゆっくりと歩みを進め、やがて森が終わり広大な平原にでた。

緑色の草の絨毯が一面を覆う平原には幾つものテントが張られており、その中で一際大きなテントの上には帝国の国旗が描かれた旗が風に揺れていた。

 

「やはり……帝国の野営地か」

 

木に隠れながら平原に作られた野営地の様子を騎空団は伺う。予想が当たったカタリナは険しい表情を作った。

 

「どうする?」

 

「……もしかしたら星晶獣に関してなにか情報が掴めるかもしれない。どうやら今は人が出払っているようだ、潜り込んで情報を探そう」

 

「あいよ」

 

カタリナは少しだけ考えてそう言った。恐らくはここを星晶獣探索の拠点としているのだろう、よく見ればテントの脇にはシャベルを始めとした遺跡発掘にでも使うような道具の数々が置かれている。圧倒的な数を誇る帝国軍ならば自分たちよりも手広く探索を行っている、それは即ちそれだけ情報が集まりやすいということだ。

森から平原の野営地に移り、カタリナ達は物陰に隠れながらテントの間を移動する。どうやら人は殆どいないらしく、話し声や気配は全く感じられない。

 

「ついてるな、帝国軍のやつらが全くいない」

 

「本当に人っ子一人いないな……」

 

ルリアに抱きかかえられたビィが嬉しそうに小声で言うが、ラカムは逆に余りの無人状態に疑問を感じ始めていた。いくらなんでも見張りも立てずに星晶獣の調査を行うのはおかしい。カタリナも同じ疑問を抱き始めたとき、遠くから何かの叫び声が聞こえた。

カタリナ達は咄嗟に身を隠し、自分たちの存在が知れたか? と焦燥する。だが、帝国兵の気配や足音は一向に聞こえない。カタリナが顔を少しだけ出して辺りの様子を伺うが、やはり誰もいなかった。

 

「私達ではないのか?」

 

「みたいだな……」

 

「この奥に何かあるのでしょうか?」

 

大人二人が首を傾げているとルリアが疑問を口にする。彼女が向いている方向は確かに叫び声が聞こえた方向だ、もしかしたら何かあるのかもしれない。そう思ったカタリナはラカムたちを率いて再び前進を始めた。

野営地の奥に進むにつれて徐々に叫び声が大きくなってくる、次第にそれが大勢の人間が発する声だとわかった。カタリナ達は顔と気を引き締めると得物に手をかける。

テントの一つに隠れるとカタリナは出入り口の幕を少しだけ開け、進行方向の様子を確認した。そして自分が見た光景に絶句する。

 

 

 

帝国軍の野営地では大勢の兵士が一人の男に襲いかかっていた。兵士たちは剣や槍、斧や弓矢などありとあらゆる武器を構えて男に殺到する。一見すれば大勢が一人を嬲り殺しにしているようにしか見えないが、それはすぐに間違いだと気がつく。

兵士たちが殺気立って得物を構えるなか、その男だけは悠然と佇んでいた。手に武器は持っておらず両腕をゆるりと垂らしたままどこか退屈そうな顔をしている。

一人の帝国兵が剣を振りかぶって赤い男に斬りかかる。雄叫びを上げながら男に向かって突撃し、間合いに入ったところで剣を振り下ろした。太陽の光を受けて輝く銀の刃は放物線を描いて明後日の方に飛んでゆく。男はいつの間にか繰り出した裏拳で剣を圧し折っていた。

いきなり武器を破壊され呆然とする帝国兵の首を赤い男は掴んだ。帝国兵は真ん中から折れた剣を落とし、空いた両手をバタつかせてもがく。

 

「ふん」

 

男が帝国兵を掴んでいる右手を微かに捻った。ゴキリ、と嫌な音がして帝国兵はバタつくのをやめ、両手が力なく垂れ下がる。赤い男は息絶えた帝国兵をゴミでも投げ捨てるように乱暴に放り投げた。その隙を狙って男の背後から槍を持った帝国兵が突きを繰り出す。空気を切り裂きながら放たれた鋭い一撃は男の後ろ首を捉え、数本の赤毛を宙に散らした。

帝国兵が自分の槍が外れたことを認識する前に、その首筋に蹴りが叩き込まれる。明らかにおかしな角度に首が曲がり、回し蹴りの勢いに乗せて赤い男は一回転する。足首に帝国兵を引っ掛けたまま周囲の他の兵士を巻き添えにし、更に一回転する。

兵士数人を足首に引っ掛けているにも関わらず、赤い男は事も無げに兵士達をまとめて蹴り投げた。その先にいた他の帝国兵を巻き添えにし、何人もの兵が地面に倒れる。

 

「つまらん……この程度か」

 

赤い男は腹立たし気に拳を握り締め歯軋りする。先程からどれだけの殺戮と破壊を撒き散らしても一向に自分の中の衝動は収まらない、数ばかりの連中を相手にしても収まるどころかますます衝動は膨れ上がってゆく。

どこか、どこかに自分を満たしてくれる奴はいないのか。男がそう思いながら目の前の兵士の頭を叩き潰したとき、突如として地鳴りが響き渡る。

辺り一面が揺れ動き、男も帝国軍も何事かと動きを止めた。数十秒のあいだ揺れ続け、やがて平原の一部に亀裂が入った。しかし、亀裂は地割れや陥没を起こさず逆に隆起した。地層が一気にせり上がり天高く突き上げられる。地面から現れたのは全身が鋼鉄で造られた人型の星晶獣であった。

突如として現れた星晶獣に誰も彼もが唖然としていた。山の様に大きな鋼鉄の巨人はその手に巨剣を握り締め、赤い瞳を光らせながら自身の足元にいるアリにも等しい人間たちを見下ろす。

 

「これが探していた星晶獣……」

 

帝国兵の誰かがつぶやいた。静まり返った世界にそのつぶやきは水面に落ちた一滴が波紋を生むように、あっという間に伝播してゆく。やがてざわざわと静寂の代わりにざわめきが辺りを埋め始めた。

 

「お前は強いのか?」

 

赤い男が楽しげに尋ねる。返答は巨剣の一振りであった。騎空挺すら容易く両断できそうな刃が振り下ろされる。

轟音と共に大地が割れた。地割れに何人もの帝国兵が悲鳴を上げながら飲み込まれ、巨剣の一撃から逃れられた他の兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。

そんな中で赤い男は鋼鉄の巨人を見上げていた。ようやっと自分が求める者に出会えたことが嬉しいのか、口端は笑みで釣り上がっていた。巨人が剣を持ち上げ今度は左腕を振りかぶる、鋼の拳が大地に突き刺さった。

大地に深々と黒鉄の腕が突き刺さり大量の砂埃が舞い上がる。あたりは靄がかかったように薄くボヤけ、空から降り注ぐ太陽の光が僅かに遮られる。巨人は先程放った一撃の手応えを確認しているのか、微動だにしない。

ふと、砂埃を突き破って巨腕の上を何かが駆けてゆく。腕の根本、すなわち巨人の本体へ近づくに連れてその姿が見えてきた。紅の髪を揺らしながら真っ直ぐに巨人へと向かう者、赤の男は獰猛な笑みを浮かべながら巨人に迫っていた。

肩の辺りで男は跳び、巨人の真上を取る。黒鉄の星晶獣は頭を動かして男を見上げた、鋼鉄の脳天に踵落としが叩き込まれ、巨体が大きくぐらついた。

赤い男は踵落としを決める際の反動を利用してもう一度跳躍し、今度は巨人の頭に踏み付けの連打を繰り出した。金属が叩かれる甲高い音が連続して響き渡る。

バランスを崩したところに更に追撃を受けて鋼鉄の星晶獣は大きくよろめくが、すんでのところで転倒を免れる。一通りの攻撃を終えて着地した男はその様子を見てフンと鼻を鳴らした。

 

「さすがに頑丈だな、では、これはどうだ?」

 

紅い男は両腕を顔の前で交差させると両拳に黒い光が集まり始めた。次第に光は拳を覆うほどに集まり、それに合わせて男の髪が逆立つ。両腕の交差を解いて男が跳んだ。

巨人の胸の高さまで跳躍した男は腕を振り被り、鋼鉄の胸板に拳を叩き込んだ。繰り出された拳から黒い輪が広がり、金属と金属がぶつかり合うような轟音が衝撃と共に平原に木霊する。男はそこから殴打の乱撃を星晶獣に容赦なく浴びせ、拳が叩き付けられる度に黒い波紋が広がりさながら演武の一幕のような光景であった。

何打目かの拳を叩き付け、赤い男はトドメに両腕を前に突き出す。二輪の黒い波紋が両手から放たれ巨体を叩き、波紋が収まると同時に男は再び大地に降り立った。

男の猛攻を受けた星晶獣は沈黙を守っている。しばらくのあいだその場に立ち尽くしていたが、やがて変化が現れた。瞳から赤い光が消え、持っていた巨剣が手から離れ地面へと落下してゆく。切っ先が剥き出しの大地に突き刺さった。

やがてゆっくりと巨体が傾き、鋼鉄の巨人は背中から倒れ始めた。鋼の巨体が耳障りな金属音を軋ませながら時間をかけて傾き、地面に倒れると同時に凄まじい衝撃と地響きが辺りを襲った。周囲の森から動物たちが鳴き声を上げながら駐屯地から離れてゆく。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

一部始終を見ていたカタリナ達は言葉を失っていた。

なんだこの光景は? 自分たちは夢でも見ているのか?

今、目の前で起きた光景の余りの非常識さにこれは夢なのかと思い込む。鼻を刺激する血の臭いがそれを否定した。

カタリナの脳裏にはこの野営地を訪れる前に森で見た惨殺現場の光景が過ぎっていた、恐らくは素手で殴り殺されたであろう手足の千切れた帝国兵の死体。鎧に付いたあとから実行犯は人間の手によるもの。間違いない、それはアイツだ。

どうやらラカム、ルリアとビィも彼女と同じ答えに辿り着いたらしく、その目は驚愕と恐怖に染まっていた。

殺される――そう直感した彼女たちは物音を立てないようにゆっくりとテントの出入り口から離れようとする。こちらを見た赤い男と目が合った。

一行が逃げようとテントを出た瞬間、何かが弾ける音と共に彼女たちが隠れていたテントがいきなり崩れた。何事かと振り返った騎空団が見たものは、掌で石を弄ぶ男の姿が。

 

「どこへ行く」

 

次はお前たちの背中だ。男の目はそう言っていた。

カタリナとラカムは愛用の剣と銃を素早く引き抜くとルリアを庇うように前に出る。それを見た男は凶暴な笑みを浮かべ、石を投げ捨てた。そしてゆっくりとカタリナ達に近付く。

 

「それ以上近づくな」

 

ラカムは銃口を躊躇うことなく赤い男に向ける。すでに引き金に指はかかっており、後はほんの少し力を込めるだけで銃弾は男に向けて放たれる。だが、当の赤い男は自分に向けられた銃など特に気にも留めず一歩、また一歩と近付いてきた。

 

「もう一度言うぞ。それ以上、近づくんじゃねぇ」

 

今度はゆっくりと、よく聞こえるようにラカムは警告する。しかし、やはり男は歩みを止めない。後ろにいるカタリナは小声で「万が一の時は構わず逃げろ」とルリアとビィに言った。

 

「最後の警告だ。それ以上、来るな。そこで、止まれ!」

 

怒鳴るようにラカムが叫ぶ。男の顔にも動きにも変化は無かった。ラカムは舌打ちすると悪く思うなよ、と胸中で呟き、引き金を引いた。

発射された弾丸は真っ直ぐ赤い男の額に向かって飛翔する。現実では一秒にも満たない極めて短時間の出来事だが、極度の緊張と焦燥から体感時間が限りなく引き伸ばされたラカムにとっては、遥かに長い出来事のように感じられた。

あと僅かで鉛の弾が男の皮膚を貫き、頭蓋を砕いて中の脳漿をかき混ぜながら赤い男を死に至らしめる。突然、男は右腕を横に伸ばした。

 

「……?」

 

外れたか? と胸中でラカムは焦るが、即座にそれはありえないと否定した。この至近距離で外すことなど余程のアクシデントでもない限り考えられない。

ふと、男は伸ばしていた右腕をゆっくりと顔の前に持ってくる。手は拳握っており小指、薬指、中指を除いて拳を解いた。

 

「これのことか?」

 

男が人差し指と親指で摘んでいたもの、鉛を球体に固めた黒い物体、それはまさしくラカムは撃った弾丸だった。ラカムが驚きの余り目を見開き、口からタバコが零れ落ちる。

 

「返すぞ」

 

赤い男は再び拳を握ると、何故か親指をラカムの方に向けた。よく見れば拳は親指ごと握り込まれている。親指が弾かれた。

硬い音がした瞬間にラカムの手から銃が弾かれた。くるくると宙を回転しながら持ち主の手元から離れ、離れた場所に落ちる。思わずそれを目で追ってしまったラカムは、赤い男から目を離してしまったことを思い出し前を見る。殺意に満ちた双眸がそこにあった。

男は左手の裏拳をラカムの横腹に目がけて振るう。鉄製の胴鎧がひしゃげ、ラカムの長身が吹き飛ばされた。地面を数回転がってようやく止まるも、ラカムはうつ伏せに倒れたまま動かない。

カタリナは愛用の剣を迷うことなく赤い男の首目がけて突き出した。彼女の全身全霊を込めた神速の一突き、視認することすら困難なその一撃はあっさりと黒い手に掴まれる。カタリナの表情が固まった。

 

「素早いな、だが……」

 

男はゆっくりと首を前に戻し、カタリナを見据える。彼女のこめかみから一筋の冷や汗が流れる。頬を伝い、顎先に球体を作った汗はやがて重力に負け、カタリナの顎を離れて地面へと落ちてゆく。一粒の汗が大地に吸い込まれる前に、彼女の側頭部に蹴りが叩き込まれた。

すんでのところで彼女は首を捻って直撃を避けるが、それでも凄まじい衝撃が彼女の脳を激しく揺さぶる。一瞬だけ宙を舞った彼女は受け身も取れずに地面に倒れ、盛大に嘔吐する。

 

「カタリナ、ラカムさん!!」

 

「二人とも大丈夫か!?」

 

ルリアとビィは悲痛な声で呼びかけるがラカムは倒れたまま答えず、カタリナは全身を震わせながら嘔吐が続いている。ザッ、と土を踏みしめる音が聞こえた。ルリアはビィを抱きしめて小さな悲鳴を上げる。

 

「抵抗しないのか? つまらん」

 

ルリアとビィの前に立つ男は心底失望したように吐き捨てた。

 

「なら、一思いに殺してくれる」

 

男は黒いグローブに包まれた右手をゆっくりとルリアに向けて伸ばす。青い髪の少女と小さな竜は目を固く閉じ、無駄だと分かっていても自分に迫る死から目を背ける。

黒い指先があと少しで少女の首に触れる。次の瞬間には少女の命は小枝でも折るように容易く奪われるだろう。

助けて――少女が掠れるような声で祈った。

 

「う、うううううぅぅぅぅ!!」

 

男が手を引っ込め、両手で頭を抱えた。まるで激しい頭痛に襲われたかのように髪を振り乱して悶えている。男の様子がいきなり変わったことにルリアとビィは何が起こったのかわからず、呆けたように見ていた。

 

「覇空戦争……星晶獣……そうか、そういうことか……思い出したぞ……!」

 

赤い男は苦しげに呻きながら何かに気がついたようだ。先ほどとは打って変わって殺意に満ちた眼差しでルリアを睨んでいる。

 

「貴様……星の民だな?」

 

「……どうして、それを……」

 

「俺を、イスタルシアに……星の島に連れて行け……」

 

「え?」

 

男はルリアに命令した。自分たちを殺すために近付いてきたかと思えば突然苦しみだし、今度は自分の正体を当ててみせた。挙句の果てに自分たちが目指す場所であるイスタルシアへ連れて行けと命令し、訳のわからない事が立て続けに起きてルリアの頭は今にもパンクしそうだった。

 

「そこまでは……お前たちに……手は出さんと……約束しよう……」

 

「ふ、ふざけんじゃねぇ! 誰がお前の言葉なんか信じるか!」

 

男が地面を殴りつけた。拳が大地にめり込み、クレーターと地割れを作り出す。

 

「もう一度だけ言うぞ……俺を、イスタルシアに連れて行け。俺は、そこに行かなくてはならない」

 

「わ、わかりました!」

 

「る、ルリア!?」

 

この期を逃さんとばかりに少女が声を張り上げる。理由は分からないが、目の前の男は何が何でも星の島に行かなくてはならないらしい。そして、その手段はいまこの場にいる騎空団に頼るしか方法がない。

男は恐らく自分たちを殺してイスタルシアへ向かう手段を失うのは絶対に避けたいはずだ。だとすればカタリナとラカムの二人を救うチャンスは今しかない。

 

「あなたをイスタルシアまで連れて行きます。ただし、そこに付くまでの間、カタリナ達には絶対に手を出さないと約束してください!」

 

「ああ、約束しよう……俺も星の島へ向かう手段を失うのは御免こうむる……」

 

ルリアの予想通り、男はイスタルシアへ向かう方法が失われることを避けたがっていた。これで一先ずの安全は確保できた。

ちょうどその時、激しく咳き込む声が聞こえルリアとビィが声のした方を見れば、ラカムが脇腹を抑えながら何とか立ち上がろうとしていた。カタリナもようやく嘔吐が収まったらしく、脂汗を流しながらも命に別状は無さそうだ。

二人の無事を確かめる事ができ、ルリアは思わず盛大に息を吐き出す。幾分か落ち着いたところで自分を睨む男と改めて対峙した。

 

「あなた……名前は?」

 

「イド……それが俺の名だ」

 

赤い男は、イドは欲動を意味する自分の名を告げた。

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