グランブルーファンタジー クロスオーバーFエピソード集 作:第22SAS連隊隊員
【リベリオン】 後編
レンカは子どもが隠れそうな場所を探す。こういう時に隠れる場所といえばやはりどこかの家の中だろう。しかし、村中の家は扉が開け放たれており、試しに近くの家を覗いてみると中は見事に荒らされていた。
家具は噛み砕かれ木屑に、カーテンや衣服などは引き裂かれて布切れと化している。部屋の出入り口から誰かの片手が覗いていた。ピクリとも動かない。
眉間に皺を作って顔を引っ込めるとレンカは他に隠れるのに適した場所は無いかと考える。魔物は鼻も利くので家のどこかに隠れていてもすぐに見つかる。だとすればまだ扉が開けられていない家なら可能性はあるはずだ。
しかし、突然の魔物の襲撃にわざわざ扉を締め、鍵もしっかりとかけてから避難する人間がいるのだろうか。普通に考えればそんな律儀な真似をする人間はいない。
他に隠れられそうな場所は――レンカは走りながら他に可能性がありそうな場所はないか探すが、目につくのはどれもこれも荒らされた民家ばかり。レンカの中で焦りが積もってゆく。そして、レンカはある建物の前で足を止めた。
それは大きな二枚の扉が出入り口になっている村の倉庫だった。木製の扉には幾つもの引っかき傷や固いものをぶつけた傷が付いているが、開けられた様子はない。天井付近には通風用の小さな窓が左右に取り付けられており、何故か片方だけが開いていた。そしてその下には倒れた梯子が。レンカは迷わず倉庫の扉を叩く。
「誰かいるか? いたら返事をしてくれ!」
扉を激しく叩きながら中まではっきりと聞こえるようにレンカは大声で叫んだ。数回叩いてから反応を見るために扉に耳を当て、中に誰かいないか確かめる。微かな物音も逃さないように全神経を耳に集中させ中の様子を探る。
「その声……もしかして用心棒のお兄ちゃん?」
聞こえた。扉の向こうから声が確かに聞こえた。今まで積もっていたレンカの焦りが一気に吹き飛び、希望が生まれる。
「君に姉さんはいるか? 姉さんから君を探すように頼まれた! 他の人は既に避難している、あとは君だけだ!」
「お姉ちゃんが? うん! いま開けるね!」
扉のすぐ向こうで何かが取り外され、それが床に落ちる音が聞こえた。すぐに片方の扉が倉庫の方へ引かれ、太陽の光が暗い倉庫の内部を照らす。扉の向こうには泥だらけの少年が立っていた。
少年はレンカを見るなり目に涙を溢れさせ、抱きついた。レンカは少年を落ち着かせるように優しく頭を撫でる。
「怖かったよう……」
「もう大丈夫だ、君を必ず姉さんのもとに送り届ける」
あとはこの少年を避難させ、カタリナからの合図を待つだけだ。レンカは踵を返して少年と共に走りだした。
川沿いに走り続け、遂に村の出口が見えてくる。幸いにもここまで魔物とは出くわしていない、あとは脱出するだけだ。隣を走る息も絶え絶えな少年を励まし、レンカは最後のスパートをかける。出口まであと少しのところで舌打ちと共に神機を構えた。
どこからか嗅ぎつけたのか、物陰から数体の魔物が姿を現し、レンカと少年を取り囲んでいた。威嚇するように低い唸り声を上げ、一歩、また一歩と近付いてくる。どうやってこの状況を切り抜けるかレンカは全力で頭を回転させる。
優先すべきは少年を一刻も早く逃がすことだ、そのためには目の前の魔物の集団を何とかする必要がある。この程度の数ならレンカは問題なく片付けることができるが、恐らく魔物は少年を狙っているだろう。一体の相手している内に他の魔物が少年を襲うに違いない、それを何としてでも避けねば。
レンカは魔物の一匹、自分たちの進行方向に立ちはだかる魔物に狙いを定めた。なにも全て倒す必要はない、こいつだけを倒してあとは一直線に外へ向かえばいい。落ち着かせるように怯える少年の肩を叩き、静かに告げる。
「目の前の奴を倒したらまっすぐ出口へ向かうぞ。絶対に振り向くな」
少年は震えながらもなんとか頷き、何時でも走り出せるように身構える。少年の準備が出来たことを確認して、レンカは改めて自分たちを取り囲む魔物を睨んだ。相変わらずジリジリと詰め寄ってきているが、こちらの様子を伺っているのだろう、襲い掛かってくる気配はない。
三つ数えたらやるぞ――レンカの言葉に少年は再び頷く。魔物の輪がまた縮まった。
一つ――低い唸り声を出しながら魔物はこちらを威嚇している。レンカは瞬き一つせず、相手の動きを注視している。生唾を飲み込んだ。
二つ――魔物が足を踏み出した。レンカは神機を握り直し、足に力を込める。
三つ――鉤爪の生えた足が地に触れた。同時に青い影が疾走し一体の魔物の喉笛を深々と切り裂く。切り口から盛大に血が吹き出す。
「走れ!!」
倒した魔物が地面に倒れる前にレンカは叫んだ。少年は脱出に向けての一歩を踏み出し、眼前に叩き付けられた尻尾に驚いた。
レンカの行動を予想していたのか、脇に居た魔物がレンカと少年との間に尻尾を叩き付け、走ろうとしていた少年を阻んだ。それだけでなく、驚いた少年は尻餅をついてしまい、振り絞った勇気は粉々に打ち砕かれた。
「――ぁ」
少年の口から声なき声が漏れる。腰も抜けてしまったのだろう、目に涙を浮かべ、全身が震えていた。
レンカが少年を助け出すよりも一手早く魔物が彼に襲いかかる。次の瞬間には少年は鋭い爪で引き裂かれ、幾重にも並んだ牙で食い千切られるだろう。レンカはあらん限りの力で神機を振るうが、あと一手が間に合わない。少年に爪と牙が迫る。
一匹の魔物の背後から大きな氷塊が飛んできた。氷の塊はまっすぐ魔物に向かい、後頭部に命中し幾つもの破片となって砕け散る。氷塊の直撃を受けた魔物はそのまま地面に倒れ、何事だと他の魔物が振り返ると、轟音と共に胸に幾つもの穴が空いた。胸から血を吹き出して魔物が纏めて倒れる。
レンカと少年は何が起きたのかわからず、倒れた魔物たちを見て、次に氷塊が飛んできた方を見た。
「間に合った!」
「危ないところだったな……」
「二人とも、怪我はないか!?」
そこには杖を構えるイオと、膝立ちになって銃を構えるオイゲンとラカムがいた。レンカは大きく息を吐くと、自分と少年が無事であることを伝えるため大きく手を振る。その様子をみたラカム達は互いに顔を見合わせて頷くと、レンカの元へとやってきた。
「その子があの嬢ちゃんの弟か?」
「はい、今度こそ逃げ遅れはいません。あとは合図を待つだけです」
この少年を無事に脱出させれば今度こそ村人の避難は完了する。あとは湖に向かったカタリナからの合図があるまで、魔物を村に留めればいい。
腰が抜けた少年をなんとか立ち上がらせ、五人は出口へと向かおうとした。その足を阻むように地面が揺れる。
走りだそうとしたレンカ達は思わずよろめき、こんな時に地震か? と転ばないようにしゃがみ込む。しかし、揺れはその一瞬で収まり、誰も彼もが首を傾げて疑問の表情を浮かべる。
レンカが立ち上がろうとして再び揺れた、心なしか先程よりも揺れが大きい。やはり地震か? と確信を持ちかけたところでまたも揺れは収まった。
「もー、こんな時になんなのよ!」
たまらずイオが憤りの言葉を口にすると、まるでそれに応えるかのように三度大地が揺れる。今の揺れは間違いなく先程よりも大きい。
一拍の間を置いて規則的に地面が揺れる。その度に揺れは大きくなり、明らかに地震ではない。
「一体この揺れはなんだ……」
レンカが疑問をつぶやくと、急に辺りが暗くなった。曇ってきたか? とレンカは空を見上げるが、そこには薄い雲がまばらに浮かぶ快晴の青空が広がっている。頭上に疑問符を浮かべたのち、ハッとして後ろを振り返った。
そこには民家の屋根を越えるほどの巨体を持った魔獣が佇んでいた。威厳を感じさせる光沢を放つ岩のような鱗を全身に纏い、睨むことも唸ることもせずに、ただただ高みからレンカ達を見下ろしている。
「こいつぁ……」
「魔物たちのボスだな……」
オイゲンとラカムの言葉を肯定するように、村のあちこちから魔物が姿を現した。レンカ達には目もくれず魔獣の元へと集まり、まるで畏れと敬意を抱くように頭を垂れる。
魔獣はレンカ達を見据えると天を仰ぎ、蒼穹に響き渡る雄叫びを上げた。川の水面にさざ波が生まれ、木々の葉は揺れ、驚いた動物たちが我先にと逃げ出してゆく。魔獣の咆哮が幾重にも反響し、山々の向こう側まで木霊した。
すると、山の一つから赤い光が打ち上げられる。うねる尾を引きながら青い空をまっすぐ昇り、やがて上昇を止め、赤い光を発しながら宙を漂う。湖に向かったカタリナからの合図だ。
それが狼煙となったのか、長のもとに集まった魔物たちも続くように雄叫びを上げ、レンカ達に殺到する。
「この子を頼む!」
レンカは少年の背中を押してイオに任せ、当のイオは黙って頷くと、少年の手を引いて迷うことなく村の外へと向かった。二人の背中を見送り、気を引き締めて振り返る。複数の魔物が自分たちに向かってきた。
神機の柄を引いて、戻す。するとレンカの神機は鍔の部分から黒い筋肉のような物が飛び出し、大振りな刃は鍔の下へ、代わりに大口径の砲が装着され、一瞬にして大剣は砲へと姿を変えた。間近でそれを見ていたオイゲンは感心するように口笛を吹き、ラカムは一瞬驚いて、次に楽しげな笑みを浮かべた。
三つの銃口が迫り来る魔物に向けられ、火を噴く。二体の魔物は胸から血を吹き出し、一体の魔物は砲から放たれた火球が直撃し、上半身が黒焦げになって倒れた。
対処が間に合わなかった数体の魔物が、爪を振り乱しながら三人に襲いかかる。レンカは再び神機の柄を引くと砲は収められ、浅葱色の大剣が展開される。まるで巻き戻し映像のように一瞬にして神機は元の姿へと戻った。
剣を構えてレンカは戦列の前に出て、先頭を走る魔物に狙いを定めた。右足の踏み込みに合わせて腕を精一杯伸ばし、神機を振るう。爪がレンカに届く前に、鋭い切っ先が魔物の喉を横一文字に切り裂き、赤い噴水が盛大に吹き出す。
得物を振り切った直後の隙を狙ってレンカの左右から魔物が襲いかかるが、爪を振り下ろす前に顎の下に穴が空き、揃って地面に倒れる。半開きになった口から血が流れだした。
「若いの、あんまり無茶するなよ!」
「援護は任せろ!」
「助かりました!」
レンカは助けてくれた二人に礼を言い、間髪入れずに襲ってきた次の魔物に刃を突き立てる。
そこからはレンカが前衛を、ラカムとオイゲンの二人が後衛を担当し、迫り来る魔物を次から次へと返り討ちにしてゆく。やがて魔物の数が半分ほどに減り、とうとう痺れを切らしたのか、魔獣が再び雄叫びを上げた。
二度目の咆哮に大地と空が震え、レンカ達は思わず耳を塞ぐ。魔獣は荒く息を吐き出すとレンカ達に向かってきた。
「レンカ、お前はあのデカブツの相手を頼む! 周りの雑魚は俺達に任せろ!」
「アイツにとっちゃ俺達の銃は豆鉄砲みたいなもんだ! お前だけが頼りだ!」
言いながら二人がまたも一匹ずつ仕留めた。二体の魔物が地面に倒れる。
レンカは柄を引いて神機を銃形態に変形させ、魔獣の顔に狙う。やや上に向けて引き金を引くと銃口から火球が放たれ、放物線を描いて魔獣の顔に直撃した。魔獣は歩みを止めてその場に立ち尽くす。
「……」
やったか? などとは微塵も思わない。どれだけの効果があるのか? レンカは気になっているのはその点だった。
まさか今の一撃であの魔獣を倒せるとは露程にも思っていない、だから砲の一撃がどれだけ通用するのか調べる必要があった。魔獣の顔は火球が爆発した際に生じた煙で覆われており、どうなっているかわからない。レンカは息を飲んで相手の出方を伺う。
やがて、魔獣が顔を激しく振って煙を四散させると、眼下のレンカを睨みつけた。その顔に煤は付いているが、傷は全く見当たらない。
お返しと言わんばかりに魔獣が身を捻り、それに合わせて長大な尾がしなる。何が来るか悟ったレンカ達は咄嗟に地面に伏せ、次の瞬間には彼らの頭上を大木のような尾が掠めていった。
数匹の魔物を巻き添えにしながら、尾は建ち並ぶ家々を薙ぎ払い、一瞬にして数軒の家を木屑の山に変えた。一回転した魔獣は尾に付いた木屑や血肉を払うように振るい、まだ生きているレンカ達を見て忌々しげに唸る。
「ブラストがダメなら……!」
銃が通用しないならば後は大剣による斬撃しかない。神機を剣形態に戻し、魔獣へと一直線に向かう。助走の勢いを付けて大地を蹴り、レンカは跳んだ。魔獣の正面を取ると跳躍の流れに乗せて体を捻り、神機を振るう。痺れるような硬い手応えが返ってきた。
レンカの一撃は鱗に覆われた右腕に阻まれていた。助走と跳躍の勢い、捻りとレンカの膂力が合わさった渾身の一撃は、鱗を僅かに傷つけるだけに終わる。歯を食いしばり、レンカが悔しげな表情を浮かべた。
魔獣が下に腕を振るうと、神機で触れていたレンカは勢い良く地面に向けて落下する。空中でなんとか受け身を取って着地すると、その隙を狙って魔獣が鉤爪を振り上げる。
レンカは咄嗟に神機を構えると、鍔の左右に装着されていた板が正面で合わさり、小さな盾となる。足腰に力を入れて踏ん張るが、それも虚しく盾越しに襲いかかってきた衝撃に吹き飛ばされた。
一瞬宙を飛び、その次に地面を何度も転がる。視界が二転も三転も変わり脳が激しく揺さぶられた。もはや上下左右の間隔もわからなくなったところで、ようやく回転が終わった。
「レンカ!!」
「しっかりしろ、大丈夫か!?」
銃声と咆哮に混じって、ラカムとオイゲンの声がやけに遠くから聞こえた。未だに揺れる頭と視界を引きずりながら、レンカはなんとか立ち上がる。見れば魔獣はまだ生きている自分を狙って、再び歩き出している。
ここであの魔獣を止めなければ、自分の後ろにいる大勢の村人たちは一人残らず食い殺されるだろう。それだけは絶対にさせる訳にはいかない。あの土砂降りの日に目の前で起きた虐殺を、誰一人として救うことが出来なかった惨劇は二度と見たくない。
頭を振って無理やり意識を覚醒させる。たとえどんな絶望な状況であっても、諦めることは許されない。自分は人を喰らう荒ぶる神々を喰らうもの――ゴッドイーターなのだから。
「こんな状況……覆してやる!!」
強い意志をもってレンカが叫ぶ。まるでその叫びに応えるように魔獣が吼えた。
「逃げてたまるか!」
柄が折れてしまうのではと錯覚するほどに神機を両手で力強く握り締める。
「生きることから、逃げてたまるか!!」
振り被り、前を見据えた。
「そう……決めたんだあああああぁぁぁぁぁ!!!」
ポンチョに隠れていた首の痣が広がり、右頬を覆うほどになった。レンカは大地を蹴って魔獣へと再び疾走する。その行く手を阻まんと魔物が立ちはだかるが、二つの銃声のあとに揃って倒れ伏す。
「いけ、レンカ!」
「行ってこい!」
ラカムとオイゲンの間を走り抜け、魔獣を自分の間合いに捉えた。
魔獣が動く。鋭い鉤爪が生えた右手を繰り出し、向かってくるレンカを引き裂かんと薙ぎ払う。爪が触れる直前にレンカは跳んだ。右足を深く踏み込み、膝を畳んで力を溜め、それを一気に解き放つ。蒼いポンチョと黒髪が風に揺れ、その下を鋭い爪が風を引き裂きながら通り過ぎてゆく。レンカは魔獣の眼前を取った。
両手で握った神機を突き出す。速さと跳躍の勢いが乗った一突きは魔獣の上顎を口内から捉え、無防備な内側から貫いた。そしてその先にある物に深々と突き刺さる。
魔獣は神機を根本まで咥えたまましばし立ち尽くし、レンカがそれを捻って引き抜いた。浅葱色だった大剣は血に濡れて赤く染まっており、魔獣に与えた一撃の重さを物語っている。
それが切っ掛けとなったのか、直立していた魔獣の体が微かに揺れ、やがて大木が倒れるようにゆっくりと巨体が傾く。レンカは魔獣の鼻先を蹴って宙に飛び、難なく着地した。一拍遅れて魔獣の巨体が地面に叩き付けられ、地震と勘違いするほどの揺れが辺りを襲う。
「……終わったか」
オイゲンの呟きを肯定するように魔獣の口から夥しい量の血が流れ、あっという間に赤い水溜りを作った。受け皿となる大地から零れた赤い血は、川に混じって赤い筋を描く。
ラカムは懐から信号銃を取り出すと、空に向けて引き金を引く。銃口から赤い光が撃ち出され、ラカムの遥か頭上を漂うように青い空を背景に爛々と輝く。
しばしの間を置いて、カタリナ達が居るであろう山の中腹が光った。すると快晴だった空を厚い雲が覆い、まるで雷のような音が空から叩き付けられる。
レンカがいきなり空を隠した雲に驚いていると、ラカムがある一点を指差していた。革手袋に覆われた指の先を見ると、レンカは曇り空が映る金色の瞳を驚きで見開いた。
雲の中から黒い翼龍が姿を現した。顔と腕には拘束具の様に赤いベルトが幾重にも巻き付けられており、それを解こうともがいている。やがてベルトが龍の力に負け、顔の拘束が解かれた。黒い龍は雲を震わせるほどの雄叫びを上げる。
龍の口から青い光が漏れだし、それは見る見るうちに大きくなってゆく。龍の顔が光で見えなくなるほどに輝いた時、それは一本の光柱となって吐き出された。光の柱はまっすぐ山に降り、爆ぜた。一瞬遅れて爆音がレンカ達の元へと到達し、更に遅れて地面が揺れる。しばらくして揺れは収まると、今度は地面から微かな振動を感じる。
「急げ、洪水が来るぞ!」
ラカムの言葉にハッとしたレンカは急いで村の外へと向かう。村を出て避難場所の岩場に辿り着くと、村人たちが岩陰を出て同じ方向を見つめていた。その先は言うまでもない。
騎空団、村人、そしてレンカの見ている目の前で村は濁流に飲み込まれ、全てが押し流されていった。
それから村人達の大移動が始まり、山奥から街に辿り着く頃には夕方になっていた。
街に着いたカタリナは、突然やって来た大勢の村人に驚いている衛兵に村で何があったのか全てを伝えた。更に驚いた兵士は慌てて上司に報告に向かうと、しばらくして上官らしき衛兵と整った身なりの初老の男が現れる。
初老の男はカタリナから村での出来事を簡潔に聞くと、続いて長老に話を伺う。しばらくのやり取りの末、長老の口から、村人は街の集会場に一時避難することが告げられた。
「騎空団の方々、あの村を魔物の襲撃から救ってくださって本当にありがとうございます。本来なら長である私が直ぐにでも警備隊を派遣できるように動くべきでしたが……」
「お気になさらずに、山奥にいつまでも籠っていたのは私達の意志です。あなたの責任ではありませんよ」
長老に言葉に少しだけ心が晴れたのか、街長の顔に僅かな安堵の色が浮かんだ。街長は「今日中に片付けなければならない仕事がある」と言って、今後の詳しい話は明日に持ち越された。
村人たちが集会場へ向かう光景を、石段に座ってレンカは眺めていた。少なからず犠牲は出てしまったが、結果的に大勢の人々を助けることが出来た。これもあの騎空団のお陰だ、感謝してもしきれない。
レンカが胸中で騎空団に感謝をしていると、長老がやって来た。
「レンカさん、本当にありがとうございました。あなたが居てくれたお陰で大勢の村人が救われました」
「いえ、俺だけの力じゃありません。あの騎空団が助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか……」
「はっはっは、謙遜なされるな。ところでこれからどうするおつもりで? やはり村人達と共にこの街に……」
「いえ、俺は旅に出ようと思います」
長老が言い終える前に、レンカはハッキリと自分の意志を伝えた。長老は少しだけ驚くと、次いで穏やかな口調で「そうですか」とだけ言った。
しばらく二人は集会場へ向かう人々を眺めると、やがて長老がレンカに深々と頭を下げ、村人たちの列に加わった。長老の姿は直ぐに見えなくなり、レンカは視線を人の列から街並みに向ける。
夕焼けで赤く染まった世界を見ると、一日の終わりが近付いていることを実感する。レンカは大きく息を吸い込み、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。肺の中の空気を全て吐き出したところで、背後に人の気配を感じて振り返った。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
そこにはタバコを咥えたラカム、その後ろにはカタリナ達がいた。レンカが敬語で労いの言葉をラカムに送ると、彼はなんともむず痒そうな顔を浮かべた。
「よせよ、あんだけタメ口で会話したんだ。お互い堅苦しいのは無しにしようぜ」
「……そうだな」
「そうそう、それでいい。これからどうするんだ? この街に住むのか?」
「いや、旅に出ようと思っている」
「旅か。どこか目指す場所があるのか?」
「いや、特に考えていない。宛のない旅さ」
そう言ってレンカは自嘲気味に肩を竦める。ラカムは顎に手を当てながら何かを考えており、やがて意を決したように口を開く。
「なぁ、よかったら俺達の騎空団に来ないか?」
「……いいのか?」
「特に行き先があるわけじゃないんだろ? 旅は道連れとか、袖振り合うもとか言うし、ここで会ったのも何かの縁だ。あんたさえ良ければこっちは大歓迎だ」
見ればカタリナ達は何かを期待するような眼差しで自分を見ている。確かに特に目的もない旅だ、レンカはふっと顔を緩めると右手を差し出す。
「だったらそうさせてもらう。よろしく頼む」
「おう、そうこなくっちゃな!」
ラカムは差し出されたレンカの右手を勢い良く掴むと、そのまま上下に振って乱暴な握手をした。新たな騎空士の入団にカタリナ達は歓迎の言葉を投げかけた。
翌朝、レンカは夜明けとともに目覚めた。まだ寝ている村人たちを起こさないように静かに起き上がり、足音をたてないようゆっくりと出入り口に向かう。扉の脇に立て掛けてある何重にも布が巻かれた自分の神機を手に取ると、ドアノブに手をかけて静かに捻った。扉を開ける直前にレンカは振り返る。
先程まで自分が寝ていた場所、その隣には昨晩、遅くまで話していた姉弟が今もすやすやと寝息を立てて眠っている。レンカは小さく笑うと扉をゆっくりと開け、そっと集会場を出て行った。
外は顔を出したばかりの朝日が昇り始める時だった。半分だけ顔を出した太陽の光が、レンカの金色の瞳を刺激する。目を細めて顔を半分だけ手で覆い、目が光に慣れたところでそっと手を下ろす。
新たな一日の始まりを告げる朝日は、黒獅子のアラガミを激戦の末に討伐して迎えた朝を思い出す。彼らと彼女らは元気にしているだろうか? とレンカは心配するが、直ぐにそんな心配をする自分に笑ってしまう。
そんなことを考えなくても大丈夫、共に戦った仲間なのだから、どれだけ強いかはよく知っている。むしろ、そんな心配をしていると「余計なお世話だ」と銀髪の先輩神機使いから言われるだろう。
レンカは昇り始めた朝日をしばらく眺め、やがて騎空挺の発着場に向けて歩き出す。まるで彼の旅路を祈るように、風が吹いてさざ波が立つ集会場の傍の池で、一輪の蓮華が朝日の中で花開いた。