ところ変わって男子側、現在サッカーの試合が行われている。
ボールを保持した八幡は、相手ディフェンスを躱しながら、左サイドをドリブルで駆け上がる。
数人のディフェンスを置き去りにしたところで、進路をゴールに向けて斜めに変更し、中へと切り込む。
すると、笑顔が素敵なイケメン、サッカー部の葉山隼人がゴールを背にして立ちはだかった。
「前の授業から思ってたけど、サッカー上手いね、比企谷くん。でも、サッカーは一人じゃ出来ないよ」
隼人はサッカー部だけあって、八幡に対して上手く間合いを取りながら守っている。
こうも下がり気味で守られては、フェイントをかけても意味はない。
隼人と一対一で対峙している間に、周りにいた隼人のチームメイトが二人、八幡にプレスを掛けてくる。
「さあ、三対一だ。どうする? 比企谷くん」
シュートレンジからはまだ少し遠いが、八幡は右脚を大きく引きながら左脚を力強く踏み出し、強引にシュートを撃とうとする。
対して隼人たち三人のディフェンスはシュートコースを塞ぐように体を動かし、八幡へと間合いを詰める。
「かかったな」ぼそっと呟くと、八幡は右脚の軌道を変えてボールを跨ぐ。そして右足の踵で止めたボールを、左足のインサイドで右斜め前に蹴り出した。蹴り終わった脚は右脚を前、左脚を後ろにして交差している。
「シュートフェイントからのラボーナ!?」
驚く隼人を置いて、ボールはスペースを走り込んできたサッカー部の戸部に渡る。
「天の道くん、ナイスパース!」
オフサイドギリギリを狙った絶妙なパスに、笛は鳴らなかった。
戸部はそのままフリーでゴールに向かうと、チャージしてきたキーパーを躱してゴールを決めた。
「やっベー! マジっべーわ! 天の道くんサッカーうますぎじゃん!」戸部が大袈裟に騒ぎながら八幡に駆け寄り、無理矢理肩を組む。
八幡はうざったそうにしながら、眉根を寄せた。
「天の道くんとはなんだ?」八幡が訊くと、戸部は「アダ名っしょー」とテンション高く答えた。
「まあ、お前の走り込みもなかなか良かったぞ。矢部」八幡は戸部の名前を間違えて覚えているようだ。
しかし、当の戸部はあまり気にしてないらしく豪快に笑っている。
「やるね、比企谷くん」相手チームである隼人も話しかけてきた。
「比企谷くんの傾向からして、パスはないと思ったんだけど……ちゃんと味方と足並み揃えることも出来るんだね」
「パスが必要な場面なら、パスくらいだす。むしろパスしかしないまであるぞ」
「うん、仲間と共に勝利を目指す。それこそがサッカーには大切なパーフェクトハーモニー、完全調和の精神だよ」
隼人がそこまで言い切ったところで、八幡の顔が不快そうに歪む。
「待て、なんだその気色の悪い言葉は。俺はただ、勝利への道を拓いてやっただけだ。完全調和などという妙な精神は持ってない」
「まあまあ、恥ずかしがらなくても良いじゃないか」
「恥ずかしがってなどいない」と八幡が返答すると体育教師のホイッスルの音が響いた。どうやら、試合終了らしい。
「天の道くーん、今日一緒に昼飯食べようぜ!」戸部が馴れ馴れしく八幡の肩を叩きながら言うと 「あ、良いねぇ。そうしようよ比企谷くん」と隼人も賛同する。
「……まあ、一緒に飯を食うくらい、構わないが」
渋々、といった雰囲気だが八幡が了承したところで、男性の体育教師から集合がかかった。
昼休み、教室のなかでは各々好きなグループを作り昼食に舌鼓をうっていた。
「つまり、結衣はワンちゃんを救けてもらったお礼がしたいと」
姫菜は弁当箱の中からエビフライを摘まみ上げながら、結衣に言葉を向けた。
少し真剣な表情で頷く結衣。
「車の上に乗っかったの? そんなんできんの?」
優美子はその救出劇の内容にどうも納得できない様である。
「うん、ホントに車の上にいたんだよ。肝心の瞬間は目ぇ瞑っちゃってて見てないけど」
結衣の言葉に「ふーん」と相槌をうつと、優美子は首を振って教室の中を見渡す。
すると、少し離れたところに、三人で固まって昼食をとっている八幡、隼人、戸部の姿が見えた。
「葉山くんたちと飯くってんね。仲良いのかな?」優美子はちょっと珍しい組み合わせだな、と思いながら呟く。
それを聞いた姫菜は「なにぃ! その組み合わせはノーチェックだったぁ! 掛け算が! 掛け算が捗るぅ!」と急にテンションを上げて叫んだ。
「海老名ぁ、趣味に口出しする気は無いけどさぁ、教室ではやめときなぁ」目を少し細めて注意する優美子。姫菜のBL趣味はあまり理解できないらしい。
「はや×はちなの? それとも、はち×はや?とべ→はや×はちなんてのも良いかも。くふふふふ」
怪しい目を光らせて不気味な笑い声を漏らす姫菜にドン引きする優美子と結衣。とりあえずこの子のことは放っとこう、と優美子は結衣の方に顔を向ける。
「んでぇ、お礼っつってもどうするつもりなん?」
「うーん、やっぱり食べ物とか定番かなあ」
「そんじゃ……クッキー缶でも買いに行く?」
「……いや、出来れば手作りかなあ、なんて」若干、縮こまりながら言う結衣。
「手作りかあ……おお、じゃあ明後日の家庭科とか丁度良くね?」
優美子が言うと、結衣は次の家庭科の授業内容を思い出す。次の家庭科は調理実習を予定している。
その調理テーマは『お弁当』となっていて、これは、高校に入学して給食が無くなった生徒たちに対して、偶には自分で弁当を作る習慣を付けよう、という家庭科教師のありがたい配慮である。
「確かあれってコンロの台数の関係で三人一組っしょ? 天の道には、料理出来ない奴二人と組ませんの」
「ふんふん、それで?」興味深げに優美子の話を聞く結衣。
「そしたら絶対まともな弁当なんか出来ないじゃん? そこに現れた結衣がお礼っつって自分の弁当と交換してやんの」
「おお! なんかそれデキる女っぽいし!」
「でしょ〜? いやぁ、でも、結衣が料理できる人で助かったし」
三人組なら自分と結衣と姫菜で組もうと思っていた優美子は、安堵した様子だ。
「え? あたしお料理とかしたことないよ」結衣は小首を傾げて言った。
「え? 手作りでお礼ってことは料理できるんじゃないの?」優美子も小首を傾げて返す。
「いや、まあレシピ見ながらやればお料理くらい出来るかなあって思って」
結衣は料理を結構軽く考えていた。
「あー、レシピ見りゃ簡単な料理くらいならいけるか。海老名もいるし」
「いや、私も料理はあんまり得意じゃないよ」
BL妄想状態から正気に戻った姫菜が言うと、優美子は頭痛を抑えるようにこめかみを揉んだ。
彼女たちはこの間まで中学生だったのだ。料理をする機会など、余りなかったのである。
『偶には自分で弁当を作る習慣をつけよう』という家庭科教師の思惑は、彼女たちの様な生徒の為なのかもしれない。
「メニューは失敗しないようなもんを選ぼう。そんで、天の道は失敗するようなメンバーと組ませなきゃね」
「とべ→はや×はちで行こうよ! とべ→はや×はちの初めての共同作業だよ!」
姫菜の妄言は置いておくとしても、確かに戸部と隼人は料理とか出来なさそうな気がする。
ていうか、男子高校生なんて皆料理下手でしょ、と楽観視した優美子はよく通る大きな声で「葉山くーん」と呼びかけた。
気付いた隼人が優美子の方に顔を向けると、彼女はちょいちょいと手招きしていた。
隼人は、何か用かな? と優美子たちの方に歩いていく。
「どもどもー、悪いね食事中に」
「いや、もう食べ終わったから構わないよ。なに? 三浦さん」
「同級生なんだから呼び捨てで良いよ。なんなら優美子って呼んでくれても良いし」
「うーん、じゃあ優美子って呼ばせて貰おうかな。俺も隼人で良いよ」
「おっけー隼人」
優美子の隣で話を聞いていた結衣は戦慄を覚えた。いくらクラスメイトとはいえ、初めて言葉を交わした異性をいきなり名前呼びというのは、中々ハードルが高い。
自分なら恥ずかしくて、可愛いアダ名でもつけてお茶を濁すだろうな、と結衣は思った。
なお、名前呼びとアダ名呼び、どちらがハードルが高いかは意見がわかれるところである。
「あんさ、隼人は天の道と仲いいの?」
優美子に問われた隼人は、少し考えるような素ぶりで八幡の方へ目を向ける。
「うーん……仲が良い、とは、まだ言えないかな」
これから仲良くなれれば良いなとは思ってるけど、と展望を語る隼人に、我が意を得たりといった顔をする優美子。
「じゃあさ」
「とべ→はや×はちで組むべきだよ! これは運命! いや、天命と言っても過言じゃないよ!」
「ちょっと海老名黙れし」
いきなり話に割り込んできた姫菜に、手刀を入れて黙らせる優美子。隼人は突然迫ってきた姫菜に驚いている。
「あー、あの、葉山くん。今度の家庭科の調理実習なんだけど、戸部くんと比企谷くんを誘ってくれないかな」結衣は掌を合わせて、遠慮がちに頼んだ。
「比企谷くんを? ああ、まあ良いかな。戸部とは元々組もうと思ってたし。調理実習みたいな共同作業なら比企谷くんとも仲良くなれるかもな」
隼人の『共同作業』という言葉を聞いた瞬間、姫菜は幸せそうな顔で机に突っ伏した。彼女の机の上にあった弁当は優美子がさっと横に避けてやっている。ナイスフォローだ。
「んじゃあ、そういうことで頼むし……ちなみにだけど、隼人って料理得意?」優美子が重要なところを訊く。
「料理? あんまり料理とかしないからなぁ。少なくとも得意とは言えないな」
「おっけーおっけー、じゃあ、天の道が他の人に誘われないうちに誘っといてね」
「ああ、わかったよ」
隼人は、優美子たちには何か妙な思惑があるんだろうな、と推測したが、とりあえず詮索はしないことにした。
八幡と仲良くしたいと思っているのは事実であるし、調理実習のグループに誘うくらい、何も問題は無いと思ったのだ。
優美子の策は着々と進行していた。しかし、その策が始まる前から破綻している事は知る由もなかった。