とうま1/2   作:通雨

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1話

 学園都市は治安が悪い。それはもう石を投げればチンピラに当たる、風が吹けばチンピラが儲かるといったレベルである。

 そして今日もまた、スキルアウトという学園都市の教育システムから逸れたチンピラに、囲まれる少女がひとり。

 

「や、やめてください」

「やめてって言われてやめるようじゃスキルアウトやってねんだよ」

 

 男五人で一人の少女を囲む、男の風上にも置けぬ様な連中である。流石はスキルアウトだ。

 そんなスキルアウトに割り込む、ツンツン頭の少年がいた。

 

「やあやあ、待たせて悪かった。行こうか、カバ子さん」

 

 ツンツン頭の少年こと、上条当麻は少女の腕を取ると、スキルアウトを押し退け、スタスタと歩き去ろうとした。

 

「待てよ、テメエ」

「なんだよ、俺の恋人に何か用か? 他人の彼女に手を出そうなんて肉食系通り越して肉食動物だぞ。ライオンかお前らは、いや、ライオンじゃ格好よすぎるな。ハイエナだハイエナ」上条は早口で捲し立てた。しかし、スキルアウトにも反論がある様だ。

 

「恋人どころか、お前ら初対面だろ」

「な、なにを……」上条のこめかみに冷や汗が流れる。

「カバ子なんて名前の女がいるかぁ!」

「か、椛の花にちなんで名付けられたかもしれないだろうが! 全国のカバ子さんに謝れえ!」

「私も流石にカバ子はないと思います」

 

 救けたはずの少女にまで否定され、顔を引き攣らせる上条。

 こうなっては仕方がない、と上条は少女をかばう様に立ち、両手をゆらりと身体の前に構えた。その姿はまるで、何かの武道の達人に見えた。

 

「無差別格闘上条流、奥義!」

 

 徐ろに叫んだ上条に、スキルアウト達は怯む。喧嘩上等のスキルアウト達も、武道の流派だの奥義だのという言葉には恐怖を覚えるのだ。

 

「敵前! 大逆走!」

 

 技の名前を言うと共に振り向いた上条は、少女をお姫様抱っこの体勢で抱き上げると、一目散に逃げ出した。

 その速さたるや、スプリントのトップアスリートさながらであった。

 

「……に、逃げやがった!」

 

 突然の逃走に唖然としていたスキルアウト達は、どんどん遠のく上条の背を目で追うことしかできなかった。

 夜の街を1キロメートル程、人間離れした身体能力で疾走する上条。原付バイクくらいなら追い越せそうなスピードである。

 

「はっはっは! 上条さんの逃げ足は、往年のカール・ルイスよりも速いですのことよ!」

「カール・ルイスはチョイスが古くないですか? 最近のヤングにはピンと来ませんよ」

「じゃあ、サンダーなんちゃら!」

「それを言うなら、なんちゃらボルトでは?」

 

 それにしても上条に抱えられたこの少女、なかなか余裕がある。

 そんなとぼけたやり取りをしながら高速で移動する二人の数メートル前に、突如、サンダーボルトが迸った。

 

「うおっ!」落雷による発光の眩しさに目を閉じながら、急ブレーキをかける上条。

「きゃっ!」少女は急制動に驚きの声をあげ、上条に抱きついた。

 

 少女を抱えたまま呆然と立ち尽くす上条の前に、地獄の悪鬼が姿を現す。

 

「ねえ、アンタ、その子どういうつもり?」

 

 地獄の悪鬼こと、学園都市の頂点に立つ超能力者の一人である御坂美琴は、上条が抱えている少女を指差しながら底冷えするような声音で訊ねた。

 

「浮気かコラァァァアアア!」

 

 電撃使い御坂美琴の大声と共に、数条の落雷が彼方此方に連続して走る。

 轟っ! 轟っ! 轟っ!

 この世の終わりかと見紛う程の光景に上条は恐れ慄く。

 

「うわあああっ!」

 

 少女を道路に立たせて、右手をフリーにした上条は、その特殊な力が宿った右手で我が身に迫る美琴の雷を打ち消す。

 

「ちっ、私の能力を無効化する、その厄介な右手は健在なようね」

 

 美琴の言う通り、上条の右手、『幻想殺し』は超能力を打ち消す力を持っている。

 その力で美琴の、雷神も裸足で逃げ出す電撃攻撃を防いだのだ。

 

「いきなり何すんだよ! ビリビリ中学生!」

「アンタが浮気なんかするからでしょうが」

「浮気ってなんだよ、俺とお前は恋人でもなんでもないだろ」

「こ、恋人じゃないですってぇ……アンタ、初対面の時、私のこと恋人扱いして、スキルアウトに啖呵切ったじゃないの! 俺の彼女に手を出すなって!」

 

 上条の傍らに立つ、名も知らぬ少女は合点がいったのか、ポンと手を打つと「いつもそのパターンで人助けしてるんだなあ」と呟いた。

 

「あの時は、お前を救ける為に一芝居打っただけだ」

「お芝居だろうがなんだろうが、あの日あの瞬間、私の胸に電撃が駆け抜けた」

 

 それ、ただの自家発電じゃないのか、と上条は思った。

 美琴は、左手に提げた鞄から、数枚の書類を取り出すと、上条に突きつける。

 

「さあ、この書類にサインしなさい! 結婚するわよ! ダーリン!」

「誰がダーリンだ! 大体、俺もお前もまだ結婚できる年齢じゃないだろ」

 

 上条が言うと、美琴は呆れたようにため息をつく。

 

「大丈夫よ、私達の年齢でも結婚できる国はあるわ。国籍を変えて、結婚しろコラァァァアアア!」

 

 いきなり血相を変えて、美琴が上条に迫る。それを見た上条の行動は迅速だった。

 傍らの少女を抱きかかえ、またもや逃走を開始する。続、敵前大逆走である。

 

「上条さんは大和魂を持ってますよ! 誰が国籍変更なんかするか!」

「あのー、私のことは放っておいてくれれば良かったのでは?」

 

 名も知らぬ少女はそう言うが、あの場に置き去りにすると、スキルアウトが追いついてくるかもしれないし、思い詰めた美琴が何かしでかすかもしれない。放っておくことなどできなかった。

 

「ダーリン! 浮気は駄目だっつってんだろうがァァァアアア!」

 

 美琴が紫電を纏いながら追従してくる。なんでこんなことになったのかと悩みながら、上条は行く先もわからぬままに駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 電撃と磁力を併用してビュンビュン飛び回りながら攻撃してくる美琴。

 そんな彼女からの逃走をなんとか成し遂げ、名も知らぬ少女を無事に女子寮へ送り届けた後、疲労困憊の上条は、自宅へとたどり着いた。

 ベッドに腰掛けた上条はその右手をまじまじと眺めながら嘆息する。

 この右手さえなければ、自分はここまで不幸ではなかったんじゃないか、幻想殺しが自分の幸福を打ち消しているのではないか、答えの出ない自問に、上条の気分が落ち込んでいく。

 そもそも、上条は生まれついての不幸少年であった。上条が歩けば棒に当たるし、上条が泣きっ面をさらせば蜂の大群が押し寄せる。

 二度ある不幸は三度あるし、三度目の正直は一生こない。仏の顔も一度目から憤怒バリバリクライマックスだ。

 上条は例によっていつもの様に、「不幸だ……」と呟いた。

 幼い頃より頭上に不幸の星が輝いている上条当麻、ついたあだ名は厄病神。

 同年代の子供たちから、からかい気味にそう呼ばれるのならまだしも、分別のついた大人達までもが彼の事を厄病神呼ばわりし、あろう事か己の不幸すら上条少年のせいだと八つ当たりし始めた。

 これに黙っていられなかったのが少年の父親、上条刀夜である。

 上条刀夜は、オカルトじみた周囲の妄言から息子を逃すため、上条当麻を科学の都『学園都市』に送る事を決意した。

 しかし、その前に当麻自身の力でその身に降りかかる不幸を避ける力をつける必要がある。

 刀夜のアイディアは明快にして単純だった。

 

ーー体を鍛えて物理的に不幸を回避すれば良いじゃないかーー

 

 その日から、上条当麻の修業が始まった。

 当麻の為に刀夜が考案し、様々な武術、武道、格闘技を取り入れて興した流派、無差別格闘上条流を修得、研鑽する日々が、徐々に少年を強靭にしていく。

 修業を積むこと数年、歩けば当たる棒を砕き、押し寄せる蜂の大群を殲滅し、二度ある不幸を三度避け、三度目の正直が来なくとも四度目に挑み、仏の顔もぶん殴る事が出来る様になった。

 そして、上条親子は修業の総仕上げとして伝説の修業場『呪泉郷』へと赴いた。

 怪しい中国人ガイドに連れられてたどり着いた呪泉郷は、小振りな泉がパッチワークの様に幾つも隣り合っていて、その泉には足場となる様に先端を切り取られた竹が林立している。

 この、呪泉郷での修業を終えれば、晴れて免許皆伝、学園都市へ向かう事が決定していた上条当麻は、意を決して呪泉郷の泉に切り立てられた竹の上に跳び乗った。

 

「勝負だ! 親父!」

 

 血気盛んな当麻に、刀夜も呼応する様に竹の上に立つ。

 

「さあ、当麻! 今日こそ父を超えてみよ!」

「修業開始アルよ〜」

 

 中国人ガイドのとぼけた声と共に、ぼわーんという間延びした銅鑼の音が響く。

 

「せやーっ!」裂帛の気合いで、当麻は刀夜に跳びかかる。

 

 右脚による跳び回し蹴りは、上段を狙うと見せかけて器用に変化し、刀夜の軸脚を刈る様な角度で放たれた。

 

「甘いわっ!」刀夜は軸脚への蹴りに合わせる様に跳んで避けると、ついでとばかりに当麻の顔に蹴りを放つ。

 

 対して当麻も、右手でカチあげる様に刀夜の蹴り脚を払った。

 刀夜は払われた脚の勢いを利用してくるくると後方抱え込み宙返りをしながら、離れた竹へと跳び移る。

 

「アイヤーっ! まるで中国雑伎団的親子アルな!」

 

 ガイドの驚愕を置き去りに、上条親子は竹をピョンピョン跳び移りながら闘う。

 時には拳を、時には蹴りを、相手と語らうが如く繰り出し続ける上条親子。

 長く続いた一進一退の攻防であったが、天才的格闘センスを持つ当麻の右拳が、ついに刀夜の顎先を捉えた。

 三半規管を揺らされた事により、刀夜は竹の上でよろめき、足を滑らせる。

 なんとか右手で竹を掴み、落下は防いだものの、組手の続行は出来そうにない。

 

「大丈夫か! 親父!」

「う〜む、齢十二にして父を超えるとは、天晴れだ! 当麻」

 

 当麻は刀夜がかろうじて掴んでいる竹の、隣の竹に跳び移ると、その左手を慎重に差し伸べた。

 

「組手はお前の勝ちだ、当麻」にっこりと微笑みながら当麻の手を掴む刀夜。

 

「親父……」

 

 当麻は感動に打ち震えながら、喜びを噛み締める。

 しかし、刀夜は意外と負けず嫌いなところがあった。突然、当麻の腕を引っ張ると、泉の一つに放り投げる。

 

「組手はお前の勝ちだが、勝負はまだまだ負けんぞ〜!」

 

 どぼ〜ん、と間抜けな音を立てながら泉に叩き込まれた当麻を見て、ガイドが悲鳴をあげた。

 

「アイヤーっ! 言い忘れていたが、この呪泉郷の泉には、ひとつひとつに悲劇的伝説があるアルよ。今、その子が浸かった泉は、娘溺泉と呼ばれていて、昔、若い娘が溺れたという伝説があり、以来その泉に浸かった者は……」

「え?」刀夜の頬を冷や汗が伝う。

「ぶはっ! 何すんだ親父!」

 

 当麻の文句の叫びは、十二歳ながら其れなりに声変わりを済ませたはずの彼にしては、驚きのハイトーンだった。

 

「え?」当麻が疑問の声を上げるが、その声もまるで少女の様だ。

「娘溺泉に浸かった者は皆、娘になてしまうよ。まあ……お湯をかぶれば、元の性別に戻れるアルよ……水をかぶると、また、娘になるアルけど、そんなに……悲観することないアル」

 

 ざば〜ん、と泉からあがったツンツン頭の少女は幽鬼の様な表情で

 

「ないのかあるのかどっちなんだ」と呟きながらガイドに詰め寄った。

「ないアル、ないアル。わっはっは」

 

 のん気に笑いながらそう言うガイドを見て、少女は言った。

 

「今なら、お前のツボをついて、その体を爆砕出来そうだ」

「わはははは、そんなこと出来るわけないアル。ないアルよ〜」

 

 呪泉郷に、ガイドの笑い声と、少女の「不幸だーっ!」という叫びがこだました。

 

 

 

 

 

 それから幾年の時が経ち、学園都市の高校生となったとうまは、冷たいシャワーを浴びながら右手を見つめた。

 幻想殺しの力は、呪泉郷の呪いを打ち消すことが出来なかった、というわけではない。

 しっかりちゃっかり打ち消していたのだ。右手だけは。

 少女となったとうまが両掌を合わせると、右手の方が少しでかい。そう、右手だけは男のままなのである。

 

「幻想殺しよ、何故お前だけ助かっちゃってるんだ。全身打ち消せよ、上条さんが上嬢ちゃんになっちゃったじゃないか」

 

 溜息を吐きつつ、項垂れる。冷たかったシャワーがだんだん温まり、お湯になると、上条の性別が元の男に戻った。

 

「うーむ、いつまで経ってもこの変身体質には慣れんな」

 

 上条はシャワーを止め、湯を張った浴槽に入る。

 くつろぎながら、今日の御坂の事を思い出していた。

 いきなり結婚がどうしたこうしたと言い出した御坂美琴。このままでは本当に結婚させられるかもと、戦々恐々とする上条。

 美琴に、無差別格闘上条流の技はあまり通用しない。美琴が本気を出すと、全方位遠距離ビリビリ攻撃が牙を剥くのだ。

 いくら幻想殺しで打ち消してもきりがない。そして、上条には遠距離から攻撃できる手段など無いので一方的に攻撃されっぱなしだ。

 いつか気絶させられ、勝手に拇印をとられ、国籍を変えられ、結婚させられるかもしれない。

 早急に、何か遠距離攻撃を身に付けなければならない。

 打倒御坂美琴を誓いながら、上条は幻想殺しを握り締めた。

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