学校が夏休みに入った上条は思う存分惰眠を貪っていた。
そんな上条の住む学生寮、オートロックなんて洒落たものは付いていないが、玄関のドアの鍵は流石に学園都市製だけあって防犯レベルが高い。
しかし、ドアからカチャカチャと音が聴こえること数十秒、ガチャリ、と鍵がはずれると、間をおくことなくドアを開け、「上条ちゃ〜ん、馬鹿だから補習で〜す!」と声を上げながら、上条の担任である月詠小萌が入室してきた。
小萌はランドセルが似合いそうな、まるで少女の様な容姿をしているが、年齢は不詳だ。とりあえず酒とタバコは合法的に摂取できるらしい。
お兄ちゃん朝だよ、とかいうセリフがとってもしっくり来そうな態度で上条に近付いた小萌は、まだ目を覚まさぬ上条の肩を揺さぶる。
「上条ちゃ〜ん、朝ですよ〜、起きてくださ〜い」
上条は、せっかくの夏休みだというのに自分の眠りを妨げるのは誰だ、と疑問に思いながら寝ぼけまなこで上半身を起こした。
「こ、小萌先生? 何故ここに小萌先生が」
「上条ちゃんは馬鹿だから夏休みも補習なのですよ」
「馬鹿なのは認めます。補習と言われれば受けるのもやぶさかでは無い。しかし、何故生徒の部屋に不法侵入してやがりますか。電話で伝えりゃ良いでしょ、電話で」
正論を言われた小萌は肩を竦めてそっぽを向く。そしてあらぬ方向を見つめて、たそがれた様子で話し出した。
「昨日、先生は同僚が主催した『夏休み突入記念、当分ギャーギャーうるさい生徒共と顔を合わせなくて済むぜパーティー』に出席したのです。まあ、パーティーとは名ばかりのただの飲み会なんですが」
「なんですか、その教師の本音だだ漏れのパーティーは」
「主催者の名前は念の為ふせておきます」
「それが良いでせう」
上条も小萌も腕組みしつつ頷く。教師ってストレスたまるのだ。
「そのパーティーで、先生は瓶ビールを12ダースほど飲んだのです」
「12ダース!? 12本で1ダース飲んだのではなく、12ダース飲んだんですか!? 12の二乗!?」
小萌の酒豪っぷりに恐れ慄く上条。小萌の小さな体で12ダースも飲んで平気なのか、謎である。
「だ、大丈夫なんですか? 小萌先生」
さすがに心配になった上条が訊ねると、小萌は右手で額を抑えながら顔を顰める。
「12ダースはちょっとはしゃぎ過ぎましたね〜。二日酔いになってしまいました」
上条は、なんだか話の雲行きが怪しくなってきたぞ、と不幸の前触れに気づく。
「ところで上条ちゃん、朝っぱらからピッキングで押し入られて、上条ちゃんは怒りを感じていますね?」
「まあ、多少の苛立ちは覚えてますが。というか、ピッキングなんかできるんですか、先生は」
「乙女のたしなみです」
「峰不二子みたいな乙女ですね」
はっきり言って小萌は、峰不二子とは似ても似つかぬ体型であるが。
「怒り、苛立ちとは、それ即ち闘気。二日酔い解消のため、上条ちゃんの闘気、いっただっきま〜す!」
そう言うと、小萌はポケットから五円玉を取り出し、右手の人差し指と中指の間に挟む。
そして、五円玉の穴が、上条に向けられた。
「無差別格闘月詠流!」
ちなみに、無差別格闘月詠流とは、上条が無差別格闘上条流を修得していると知った小萌が、なんだかカッコいいからと真似して作った流派である。
「よい子の体操第一! 邪! 悪! 病! 痛! 魔!」
小萌は五円玉を持った右手を、五芒星を象るように動かした。その様はまるで陰陽師か修験者のようだ。
「月詠五円殺!」
「のわーっ!」
上条が体に纏っている苛立ちの闘気が、五円玉の穴へとどんどん吸収されていく。
それに伴って小萌の顔色が良くなる。どうやら二日酔いが治っているようだ。
そして、変化はそれだけではなかった。殆ど小学生のようだった小萌の体格がぐんぐん伸びて、大人のレディの物へ成長したのだ。
フリースのマキシ丈ワンピが膝丈程度に、余り気味だった胸部がぱっつんぱっつんになった。今なら峰不二子も気取れそうである。
「ふむ、やはり上条ちゃんの闘気は素晴らしいな。二日酔いも完全に治ってしまったよ」
心なしか肌ツヤも良くなった大人小萌は、口調まで大人っぽくなっている。
「そりゃ良うござんしたね」
反対に上条はぐで〜んと突っ伏していた。闘気を吸収されて、起き上がるのも億劫なようだ。
小萌は闘気吸引体質という特殊な体質を持っていて、他人の闘気を吸収して体調不良を回復し、さらに大人体型に変身する事ができるのだ。
「さあ、上条ちゃん、さっさと起きて学校へ行く準備をしたまえ」
「他人の闘気奪っといてその言い草は無いのでは?」
「ふむ、では闘気の御礼に月詠小萌特製チャーハンを作ってあげよう。よくよく考えれば私も朝御飯を食べていないからな、一緒に食べようか」
美人で大人な女教師と一緒に朝御飯というのは、なんだか幸福なのでは、と勘違いしそうになるが、食材は上条持ちである。やっぱりプラスマイナスで言えばマイナスだ。
まあ、今さらこの程度の不幸を嘆いていても仕方ない。上条はとりあえず身嗜みを整えようと洗面所に向かう。
その間に小萌は冷蔵庫から野菜とウインナーと卵を取り出して調理を始めた。
まな板の上で適当に切り揃えた後、フライパンに油を引き、火の通りにくい野菜から炒め、白米、卵、ウインナーなどを順次加えていく。充分に炒めたところでラー油を足して完成だ。
月詠小萌特製チャーハンは至極簡単適当な調理であった。
洗面所での用事を済ませ、制服に着替えた上条が、四つ足のローテーブルを布巾で拭いていると、突如ベランダ側の窓がガッシャァァアンと盛大な音を立てて割れた。
「うわ!」上条は両腕で防御しながら怯む。
窓を割った張本人である白くて丸いクッションボールの様なものは、ボヨンボヨンと上条の部屋を跳ね回り、中央で停止した。
「どうした! 上条ちゃん!」
すわ、敵襲か、と焦った小萌が上条のそばに近寄る。
「わ、わかりません。この、白いボールが突然飛び込んできて……」
上条が小萌に言うと、「白いボールとは失礼な」とクッションボールが声を上げた。
ボールが喋った! 驚いた上条と小萌はクッションボールを凝視する。
よく見れば、白いボールだと思っていたものは白いシスター服を着て丸まっている少女だった。
にょきん、しゃきん、と四肢を伸ばし、立ち上がった白いボール改め白いシスター少女は満面の笑みを浮かべて、神に祈るように手を組んだ。
「お腹減ったんだよ。ご飯をくれると嬉しいな」
少々唖然とした小萌であったが、数秒で気を取り直し、「チャーハンで良いかい?」と呟いた。
三人揃ってチャーハンをかき込みながら自己紹介したところ、シスター少女はインデックス=ライブロラム=プロヒビットラムという名前らしい。
「とうまとこもえ、だね。私のことはインデックスと呼んでほしいんだよ」
「それで? インデックスちゃんは何故上条ちゃんの部屋に飛び込んで来たんだい?」
小萌は慌ただしくチャーハンを食べ続けるインデックスに質問する。
「実は、私は悪い魔術師に追われてて、逃げる為に咄嗟にこの部屋に飛び込んだんだよ」
「待て、インデックスとやら。悪い魔術師というのは何かの比喩か?」
オカルトっぽい右手と変身体質を持ちながらも、学園都市の科学の子である上条は、魔術師などという単語を聞き逃せなかった。
「そのまんま、魔術師だよ。魔術を使う人のこと」
「そう言われてもな、魔術なんて胡散臭いもの、簡単に信じることは……」
上条は胡乱げにインデックスを見る。傍らの小萌も、どうやら魔術師などという超常の存在を信じることは出来ないらしい。
「う〜ん、じゃあ、チャーハンの御礼に、ひとつ魔術を見せてあげるんだよ」
大量のチャーハンを完食したインデックスは、ちょいちょいと手招きしてキッチンに向かう。
上条と小萌がついていくと、インデックスは懐ろから取り出した、燃え種となる枯れた草木をフライパンに放り込み、それに火をつける。
フライパンの上で火が燃え上がった。まるでフランベだ。
「おお、火がついた」驚く上条。
「いや、この火はこれでつけたんだよ」
インデックスの右手には百円ライターが握られていた。
なんだライターか、と呆れる上条を無視して、インデックスは火の中にこれまた懐ろから取り出した栗を放り込む。
「栗?」上条が首を傾げる。
「さてお立ち会い。この火中の栗、火傷せずに拾って見せるんだよ」
「危なく無いかい?」小萌が止めようとするが、インデックスはそんな小萌を左手で制す。
「まあ、見ててほしいかも」
すうっ、と少し深く呼吸したインデックスは、気合いをいれて魔力をためる。
「火中天津甘栗拳!」
技名を叫んだインデックスはその右手を超高速で火中の栗に繰り出し、無傷で栗をひとつ拾った。
「おお! 本当に火傷せずに栗を!」
見事な手技に、小萌はパチパチと拍手する。
「いや、その程度なら俺でもできるし、そもそも、それって武術じゃないのか?」
なんとか拳とか言ってるし、と上条は眉根を寄せた。
「ふふん、気功を扱う拳法は、それはもう魔術といっても過言では無いんだよ。専門的な話になるけど、気功術でいう気と魔術でいう魔力は地域的な言葉のズレでしかなく、どちらもオドを扱う技術と捉えれば、小源を活性化して拳速を上げる火中天津甘栗拳は立派な魔術、かも」
インデックスの言うことはよくわからないが、もっと派手なものが観れると期待した上条は拍子抜けだった。
そんな上条のシャツに、フライパンから燃え上がった火の粉が着き、あっという間に火がついた。
「あちゃちゃちゃちゃちゃっ!」
「上条ちゃんっ!」
小萌が大急ぎで水道の蛇口をひねり、上条に水をかける。
水をかけられたことで火は消えたものの、案の定女の子に変身してしまうとうま。
「なっ! とうまが女の子になった!? 面妖な!」
女の子になったとうまにインデックスが驚いていると、フライパンの火をついでに消していた小萌の方も、ちょうど闘気のチャージが切れたようで、ぷしゅる〜っと間抜けな音をたてながら子供の姿に戻った。
「こ、今度はこもえが子供に!? やはり面妖な!」
恐るべし学園都市。これ程見事な変身を魔術で再現するには、それなりに大規模な魔術結社の財政が極貧に傾くレベルの、高価な礼装が必要である。
「これが噂の超能力ってヤツなの? 凄いんだよ」
「いや、これは俺の体質だ。水をかぶると女になるんだ」
「私も、ただの体質です。闘気を吸収すると成長するのです」
「体質!? そんないい加減な!」
「魔術なんていい加減なものを信じてるヤツに言われたくないが」とうまが冷静に突っ込む。
「魔術はいい加減なものじゃないもん! よ〜し、じゃあとうまに何か一個魔術を教えてあげる。感謝するといいかも」
「そう言われてもなぁ、さっきの栗拾いくらいなら俺でもできるし。もっと、かめはめ波とか波動拳みたいな、派手なヤツはないのか?」
今は女の子に変身しているが、とうまは元来男の子。そういうなんとか波みたいなのは大好きである。
「なるほどなるほど。それならとうまにピッタリの魔術があるんだよ」
「俺にピッタリ?」
「朝っぱらから素性もよくわからないシスターさんに窓を割られたり、ご飯をたかられたり、とうまはかなりの不幸少年とみたんだよ」
「う〜む、反論できん」
正直言えばお前が言うなと言いたいところだが、不幸であることにかけては定評のあるとうまには言い返す言葉がなかった。
「不幸な少年にピッタリな、不幸であればあるほど威力が上がるというかめはめ波的な魔術、その名も、獅子咆哮弾」
「おお! なんだかカッコいい!」
とうまが褒めると、目を閉じて頷くインデックス。
とうまは御坂対策の為に遠距離攻撃を覚えたかったので、かめはめ波的魔術である獅子咆哮弾は、本当にそんな魔術があるなら是非とも修得したいものだった。