とうま1/2   作:通雨

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4話

「んで、あのステイルと神裂って人たちはなんでお前の事をイギリスに連れ去ろうとしてるんだ?」

 

 補習を終えた上条は、自身の通う高校の空き教室で、適当な席に腰掛けたインデックスに問いかけた。

 上条はインデックスの前の席に後ろ向きで座って居り、傍には小萌の姿もある。

 

「実は、私は必要悪の教会から逃げ出して来たんだよ」

「必要悪の教会、とは?」小萌が訊く。

「必要悪の教会は十字教に属する対魔術師のスペシャリスト集団だね。毒を以て毒を制すというか、魔術によって魔術師を制す組織なんだよ」

 

 インデックスは一旦言葉を切り、小萌に買ってもらったペットボトルジュースを飲んだ。

 

「そして、私はその必要悪の教会で魔道図書館としての役目を持っていたんだよ。いや、依然持っている、といった方が正確かも」

「魔道図書館? それって司書さんってことか?」

 

 上条は、大きな本棚の間を縫うように本の束を運ぶインデックスを想像した。

 

「司書が一人辞めた程度でわざわざ日本まで連れ戻しに来るほど人手不足なのか?」

「司書じゃないんだよ。私自身が魔道図書館なの」

 

 インデックスの答えに眉根を寄せる上条。対して小萌はピンとくるものがあったのか目を見開いた。

 

「知識が豊富な人を『動く図書館』なんて言ったりしますね」

「ビンゴなんだよ、こもえ。私は十万三千冊の魔道書の知識を持っている。言ってみれば私は、動く魔道図書館ってとこかも」

 

 やっと話が飲み込めた上条はポンと手を打つと、なるほどと頷いた。

 

「つまり、魔術の知識が豊富なインデックスを連れ戻す為に派遣されて来たのが、あの二人なわけだ」

「そういうことだよ、とうま」

 

 合点がいった上条は「わっはっは」と笑う。納得してもらえたと思ったインデックスもつられて「わっはっは」と笑う。

 

「お前が悪いんじゃねーか!」

 

 突然笑うのをやめた上条はインデックスに食って掛かった。

 

「そういう専門職っぽい人が急に辞めたら仕事場は混乱するに決まってるでしょーが! 事前に退職届だして同僚に引き継ぎ済ませるのは常識ですのことよ!」

 

 上条はアルバイトもした事はないが、その程度の一般常識はあった。小萌も「まあ、正論ですかねぇ」と呟いている。

 しかし、今度はインデックスの方が上条に食って掛かる。

 

「あのねぇ! そうは言うけど、退職届なんかだしたって受理されるわけないんだよ! とうまの言う通り、私の仕事は専門職も専門職、完全記憶能力を持つ私にしかできないの! 同僚に引き継ぎなんかできるわけないんだよ!」

 

 うがーっと吠えるインデックスに狼狽える上条。

 

「そ、それなら尚更、インデックスさんはイギリスに帰った方が良いのでは?」

 

 若干弱腰になりながら帰国を勧める上条だったが、そんな上条をインデックスはギロリと睨む。

 

「とうまは、いたいけな少女が青春を謳歌してはいけないと言うの? 毎日毎日、あの魔術はああだこうだ。この魔術の対策はどうだこうだ。明けても暮れても魔術魔術、日々是魔術、また魔術……」

 

 言葉を区切り一瞬俯いたインデックスは、勢い良く顔を上げると、拳を握り締めた両手を天に掲げて教室の天井を見上げながら叫んだ。

 

「私はグーグルじゃないんだよ! ヤンデックスでもないんだよ!」

 

 因みに、ヤンデックスはロシアの有名な検索エンジンであって、病んだインデックスの略ではない。

 

「まあ、インデックスちゃんの主張はよく分かりました。それで? インデックスちゃんはこれからどうするおつもりですか?」

 

 小萌が訊ねると、インデックスは徐ろに立ち上がり、天に向かって吠えた。

 

「私はこの日本で、食を制覇する! その為に私はイギリスを出てこの学園都市にやってきたんだよ!」

 

 どーんと宣言したインデックスだが、その内容は魔術だの必要悪の教会だのキナ臭い話題とはうって変わって、なんだか拍子抜けだった。

 

「食を制覇ってなんだよ。要するに日本食を食べに来たってことか? そんなもん、イギリスにだってジャパニーズレストランくらいあるだろ」

 

 魔術の組織から抜けて来たからには、その身に背負った重い過去だの事情だのあるだろうと想像していた上条だったが、思いのほかくだらないインデックスの目的にゲンナリしながら、彼女の相貌を見上げた。

 

「とうまはイギリスの食事情をわかってないかも。私はもう毎日毎日鳥の餌みたいな料理を食わされる日々には飽き飽きしてるんだよ」

「しかし、流通が進化した現代においてはイギリスの食文化も格段に向上したと聞きますよ。イギリスの料理が不味いというのは、外国人の偏見だという意見もあったりしますし」

 

 小萌が首をひねりながら、諭すようにインデックスに言うと、インデックスはチッチッチと舌を鳴らしながら人差し指を立てて横に振った。

 

「こもえが言ってるのは外食産業の話でしょ。私が住んでた寮では毎食のようにフィッシュ&チップス。寝ても覚めてもフィッシュフィッシュフィッシュ&チップスチップスチップス! 寮母の奴! あからさまに手え抜きやがって、たまにはタルタルステーキくらい食わせろってんだよーっ!」

 

 うがーっと吠えるインデックス。小萌はなにやら地雷を踏んでしまったようだ。

 とりあえず落ち着かせようと小萌はインデックスの肩を優しく叩く。

 

「まあまあ、あまり興奮しないでください。ところで、今日泊まるところはあるんです?」

 

 小萌が穏やかな声音で言うと、インデックスは首をぐいっと上条の方に向けた。

 インデックスのガラス玉のような瞳で見つめられてたじろぐ上条。

 

「とうま、出来ればとうまの家に居候させてほしいんだよ」

 

 まるで敬虔なシスターが神に祈るように両掌を合わせて、上条に頼むインデックス。

 しかし、年頃の男女が二人きりで同棲というのは、やはり教師として小萌には受け入れられない。

 

「上条ちゃんの家で居候というのは問題があります。行くところが無いなら私の家に来ますか? 狭いですが来客用のお布団くらいはありますよ」

「ほんとう? 良いの? こもえ!」

 

 小萌は行く宛の無い子供を、まるで野良犬や野良猫を拾ってくるかのように保護するという変な癖を持っているので、行く宛の無いシスターさんくらい居候させても特に問題は無いのである。

 晴れてインデックスの居候先が決定したところで、丁度上条の真上に設置されていた蛍光灯から、何故か急にガタっという音が鳴った。

 インデックスや小萌が、すわ何事かと思う暇もなく、天井から蛍光灯が上条の頭上に落ちてくる。

 

「危ない!」というインデックスと小萌の言葉が異口同音に重なる中、上条は心得たもので、落ちてきた蛍光灯を「とうっ!」と気合いの声を発しながら両手で柔らかく受けとめた。

 

「だ、大丈夫ですか、上条ちゃん」心配気に小萌が訊くと、上条はどうって事もないという風に「ええ、大丈夫です。この程度の不幸、俺にとっては日常茶飯事ですから」と応えた。

 

 実際上条は、慣れたように上履きを脱ぐと、机に上って天井に蛍光灯を設置し直した。

 その際に軽く蛍光灯に故障はないか確認したが、特に壊れた所は見当たらない。

 故障したわけでもない蛍光灯が落ちてくるとは、不幸少年の面目躍如である。

 

「とうま、今のはなに? まるで蛍光灯が落ちてくるのを予知してたみたいなんだよ」

「予知とかそんなんじゃねえよ。ただ、俺はこの幻想殺しの影響で、生まれついての不幸体質なんだ。この程度の不幸、簡単に回避できないと命がいくつあっても足りないんだ」

 

 右手をインデックスに見せながら、そういう上条。対してインデックスは瞳を煌めかせながら、上条に詰め寄った。

 

「素晴らしい! 素晴らしい不幸体質なんだよ、とうま! とうまの類い希なる不幸パワーなら、きっと最強の獅子咆哮弾が完成するかも」

「おう……そんな風に不幸を褒められたのは初めてだ」複雑な思いで顔を引き攣らせる上条だった。

「とうま、獅子咆哮弾、教えてほしい?」

「むう……」

 

 にやにやと意味深な顔で訊ねるインデックスに、上条の不幸察知センサーが反応する。

 しかし、獅子咆哮弾は是非とも習得したいものだった。御坂対策としては勿論のこと、手から気弾が出る技というのは男の子のロマンなのだ。

 だってかっこいいんだもの。

 

「ただし、教えるにはひとつ条件があるよ」

「じょ、条件?」

 

 ほら、やっぱり。うまい話のウラにはいつだって不幸が潜んでいるのだ。

 

「条件は、私を追って来たあの悪い魔術師たちを撃退すること。とうまのその不思議な右手と、最高の不幸体質があれば、魔術師、恐るるに足らずなんだよ」

 

 上条は迷った。ステイルとかいう大男は小萌先生が瞬殺していたが、もう一人の神裂とかいうウエスタン侍小町は、でかい刀を持っていた。

 銃刀法違反じゃないか、せめて木刀にしろよ。あの刀で切り刻まれでもしたらたまらないぞ。上条の心は揺れる。

 

「とうまの不幸パワーなら絶対すごい威力の獅子咆哮弾が撃てるのにな〜、私も見たことがない、完成された獅子咆哮弾が撃てるかもしれないんだよ〜」そう言ってインデックスは握手を求めるように右手を差し伸べた。

 

 悪魔の囁きは、時として天使の歌声に聴こえるものだ。

 上条はインデックスの右手をガシッと掴むと、「わかった、インデックス。悪い魔術師からは、俺が守ってやる!」と意気込んだ。

 上条当麻は小学生の頃、本気でかめはめ波を練習したことがあるのだ。戦闘民族上条当麻は、気弾とか打ってみたいのだ。

 

 傍らでその様子を見守っていた小萌は、人が騙される瞬間を目の当たりにした気がしていた。

 しかし、これも上条ちゃんにとっては良い経験か、と黙認する。

 危なくなったら手助けしてあげようと決意して、小萌は腕を組んで頷いた。

 

 

 

 

 

 ところ変わってとあるビルの屋上。そこでは悪い魔術師こと神裂とステイルが、何やら相談をしていた。

 

「くっ、まだ頭がぼんやりするよ。魔力を根こそぎ奪われたみたいだ」

 

 ステイルは頭を振ってボヤいた。インデックスが火中天津甘栗拳を披露した時に言っていたが、気と魔力は地域的な言葉のズレでしかない。

 ステイルは小萌の闘気吸引によって、魔力が枯渇していた。

 

「とりあえず、貴方が気絶している間に、あの子と共にいた女性たちについては軽く調べておきました」

 

 神裂はそう言って、二枚の資料をステイルに手渡した。ステイルは重い頭に片手を当てながら、その資料を読み始める。

 

「なになに、月詠小萌、年齢ヒ・ミ・ツ(ハート)。職業、教師……おい、ふざけてるのかい、これ」

「少なくとも私はふざけてなどいません。その資料は然るべき所から入手したものです」

「しかし、あの月詠とかいう少女は明らかに僕より年下だったが、教師というのはどういうことだ」

「貴方は気絶していたので見ていないのでしょうが、私が見た彼女は、明らかに私より年上に見えましたよ。おそらく、超能力か何かで少女の姿に変身しているのでしょう」

 

 神裂の考察は勿論間違っていた。正しくは、その体質によって大人に変身できるというのが、小萌の能力である。

 教師である小萌の能力については、残念ながら資料には載っていなかった。

 

「もう一人の方は……上条当麻? おい、今度こそふざけてるだろう、これは何だ」

 

 ステイルは資料の左上、本人写真欄を指差す。そこには、先程の少女によく似てはいるが、明らかな別人が写っていた。そもそも性別が違う。兄妹か何かだろうか。

 

「それも、ふざけてなどいません。能力欄を見てください」

 

 言われてステイルは能力欄に目を走らせる。そこには、『原石・男女変身(メタモルフォーゼ)』と記されていた。

 

「男女変身(メタモルフォーゼ)、だと? つまりあの女は、本当は男?」

「彼女、いえ、彼が着ていた制服は男物でしたから、おそらく元の性別は男性でしょうね」

「しかし、奴は僕のイノケンティウスを完全にではないといえ散らしたんだぞ。僕の予想では念動力者か何かだと思うんだが」

「超能力者の事情には明るくないのでわかりませんが、もしかしたら、彼には隠された能力があるのやもしれません。何にしろ、インデックスは彼らを仲間に引き入れる可能性がある。気を引き締めることです」

 

 ならばこの資料は熟読しておくべきだろう、そう思ったステイルは再び上条当麻の資料に目を通す。

 

「む、備考欄をよく読んでみれば、男女変身というのは水を被れば女に、お湯を被れば男になる能力らしいぞ、これはもしや……」

 

 ステイルはそう言いながら、神裂の顔を見遣った。

 神裂は目を細めて、ステイルを睨む。

 

「すまない。『あの事』は禁句だったな」睨まれたステイルは冷や汗をかいて謝罪した。

「……男女変身なる能力が、もしも『あの呪い』に依るものならば、彼にはもう一つ能力があっても不思議ではないでしょうね」

 

 神裂はその手に愛刀である七天七刀を握りしめた。

 早くインデックスを取り戻さなければ、大変なことになってしまう。

 神裂の胸裡には多大な焦燥感が去来していた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、上条とインデックスは仲良く下校していた。

 小萌はまだ仕事があるとのことなので、とりあえず上条の家に帰り、獅子咆哮弾の修業をした後、上条がインデックスをその居候先である小萌の家に送り届けるということになっている。

 

「とうま〜、獅子咆哮弾の修業は辛く厳しいんだよ〜。とうまに耐えられるかな〜」

「舐めてもらっちゃあ困るぜ、インデックスさん。上条さんは無差別格闘上条流の正当後継者だぜ。辛い修業もどんと来いだ!」

 

 その辛さが、予想外の内容であることを、まだこの時の上条当麻は知る由もなかった。

 

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