とうま1/2   作:通雨

6 / 12
6話

「とうま! とうま! とうま!」

 

 焦った様子で上条に呼び掛けるインデックス。

 上条はそれに応える様にインデックスの方を向いて目を開けた。彼女は上条の数歩後ろにいたので、残念ながら上条の目に自らの左手に充填されている気弾は見えていない。

 

「なんだよ? インデックス」

 

 呑気に答えた上条に、インデックスはちょいちょいと人差し指を向けた。

 

「ん? なんだ?」

「前! 前を見てみるんだよ、とうま!」

「前? ……って、なんだこりゃ!」

 

 膨れ上がった気弾は既に直径約3メートル程になっていた。

 はち切れそうな陰気が漏れ出して、見ているだけで不幸になりそうだ。

 

「ど、ど、どうすりゃいいんだ? インデックス!」

「と、と、とりあえず、真上に撃ってみるんだよ! 水平に放つのは危ないかも!」

 

 わかった、と頷いた上条は左手を天に掲げた。大玉の気弾がその動きに合わせて上条の頭上に移動する。

 気弾は圧力を増して振動し、その周囲に重圧を掛ける。撃ち手である上条すら、そのプレッシャーに膝をつきそうになった。

 

「うおおおおおっ!」裂帛の気合いと共に、上条が叫ぶ。「獅子! 咆哮弾!」

 

 轟っ!

 

 天に向かって放たれた気弾は、新種の打ち上げ花火の様に見えた。大気の壁を突き破りながら、ぐんぐん上昇していく気弾。

 それを呆然と見上げる上条の横で、インデックスは、「た〜まや〜!」と呑気に大声を張り上げた。

 こいつ結構余裕あるな、と上条はインデックスの横顔を見ながらそう思った。

 

「あっ!」突然何かに気づいた様な声を出すインデックス。すると、彼女は急にしゃがみ込んだ。

「どうした?」問う上条。

「とうま、右手上げといて欲しいんだよ。獅子咆哮弾は、重い気の塊だから、もうそろそろ落ちてくるかも」

「はあ?」

 

 疑問の声を上げつつも、上条は言われた通り右手の幻想殺しを空に向けた。

 それと同時に、それまで上昇していた気弾がいきなり方向転換して急落下してきた。

 

「うおっ! 本当に落ちてきた!」

「ちゃんと受け止めてね〜。落っことしたらどでかいクレーターが出来ちゃうんだよ」

 

 丁度垂直に放ったその気弾は、しっかり上条の真上に落ちてきた。

 重い陰気を放つ大玉を幻想殺しで受け止めて消し去る。

 不幸の塊を消した余韻だろうか、上条とインデックスの周りに爽やかな風がふわりと吹いた。

 

「おお……消せた」

「ナ〜イスなんだよ。あの大きさの獅子咆哮弾が落ちてたら、綺麗で長閑な公園に甚大な被害を齎したかも」

「他人事のように言ってるが、俺はお前のアドバイス通りにやっただけだぞ」

 

 公園の広場に突如クレーターなど現れたら、学園都市に怪奇現象の噂が流れてしまう、と、一瞬思った上条だったが、よく考えたらこの都市では能力者が何かしらの事件を起こすのは珍しくもなんともない。

 たとえクレーターが発見されたとしても、「ま〜た能力者がやらかしたか」と思われるのがオチだろう。

 

「まさかとうまの不幸パワーがこれ程とは思わなかったんだよ。私の獅子咆哮弾を大幅に上回る威力、やるね! とうま!」

 

 ビシィッとサムズアップして笑顔をみせるインデックス。彼女は別に揶揄っているわけでは無いのだが、そこはかとなく憤りを覚える上条だった。

 それにしても、上条の放った獅子咆哮弾は桁外れの大きさだった。幼少の頃より見舞われてきた不幸の数々は無駄では無かったのである。

 そして、そんなに大きな気弾を空に放ったからには、それが彼女の目に映るのも必然と言ってよかった。

 空に舞い上がる気弾を目にした彼女は、上条たちからは数キロ離れた場所にいたにも関わらず、持ち前の身体能力を駆使して殆どノータイムで上条達の背後に現れた。

 

「やってしまいましたね、インデックス。一般人に獅子咆哮弾を教えてしまうとは」

 

 背後から聴こえた、覚えのある声に驚いて上条とインデックスは素早く振り向く。

 果たして、二人の視線の先には、無表情で佇む神裂火織の姿があった。

 

「か、かおり、ご、御機嫌よう」

「御機嫌よう、インデックス。そして、さようなら」

 

 神裂は、どこから取り出したのか、左手にシャンプーの瓶、右手に櫛を構えた。

 まるでボクサーがステップを踏むように両足でリズムを刻みながら、インデックスを睨みつける。

 

「あ! あの構えは、洗髪香膏指圧拳 !」

「さいふぁつへんごうしあつけん? なんだそりゃ、インデックス」

「洗髪香膏指圧拳とは、特別な漢方液を配合したシャンプーで頭を洗いながらツボ押しする事により、相手の記憶を奪うという伝説の魔拳、もとい、魔術なんだよ!」

「いま思いっきり魔拳って言ったな。やっぱり拳法なんじゃねーか」

 

 半目でインデックスを睨む上条。そんな二人のやりとりを無視して、神裂はインデックスへと飛び掛かった。

 

「記憶を失いなさいインデックス! そして、純粋で可愛らしかったインデックスよ帰って来い!」

「なんの! とうまガード!」

 

 サバンナの肉食動物の様な機敏な動きで襲い掛かる神裂に対し、インデックスは素早く上条の背中に回り込んで隠れた。

 勢いよく飛び出した所為で神裂の技は止める事が出来ず、上条はインデックスの代わりにシャンプーで洗髪されてしまう。

 洗髪、すすぎ、乾燥まで要した時間は瞬き一回ほどの一瞬。その手際は正に魔術と言ってよかった。

 

「ああっ! 大事な何かを忘れてしまった気がする! ここはどこだ! 俺は誰だ!」

「可哀想なとうま、記憶を失くしてしまったんだね」およよ、とハンカチで目元を拭うインデックス。しかし、その目から涙は一滴も流れていない。

 

 記憶を失い混乱する上条だったが、たまたま両手で頭を抱えた事により右手の幻想殺しが作用し、すぐに記憶を取り戻す。

 

「な、なんという恐ろしい技だ……一瞬自分が誰なのかすらわからなくなってしまったぞ」

「身を呈してその子を庇うとは、見上げた自己犠牲ぶりですね。上条当麻」

 

 身を呈して庇ったというよりは、インデックスに無理矢理身代わりにされたといった方が正確である。

 

「へっへーん! とうまには獅子咆哮弾を教えるかわりに、かおり達を撃退してもらう約束をしてるんだよ! 行けーっとうま、かおりをやっつけちゃえ!」

「うぅむ、あまり気は進まんが、そういう約束をしたのは事実。手合わせ願おうか、魔術師」

 

 上条は半身の構えをとって神裂に対峙した。乗り気では無くとも、上条は約束は守る男なのだ。

 

「成る程、インデックスを連れ戻すには貴方を倒す必要があるわけですね。しかし、どういうカラクリかわかりませんが、私が放った洗髪香膏指圧拳の効果が失われている様子。私が調べた所、貴方の能力は女性に変身する能力らしいですが、もうひとつ超能力を持っているのですか?」

「とうまの右手は幻想殺しっていって、魔術を打ち消す力を持ってるんだよ!」インデックスはまるで自分の能力であるかの様に、自慢気に言った。

「ば、馬鹿、インデックス! そういうアドバンテージになりそうな情報は黙っとくもんなのに!」

 

 焦る上条に対して、神裂は合点がいった様子で頷く。

 

「心配は無用です。幻想殺しだかなんだか知りませんが、その右手は私へのアドバンテージにはなり得ない」

 

 神裂は右足の大腿筋に力を込めると、爆発的に地面を蹴って一足飛びに上条へと接近した。

 そのスピードたるや、アクセル全開のF1カー並みである。

 神裂は拳が届く距離まで間合いを縮めた所で、突きのラッシュを上条に見舞った。しかし、上条も何もせずに打撃を受けるほど呑気ではない。

 直ぐさま火中天津甘栗拳で応戦し、神裂と拳を合わせてラッシュを相殺する。

 両者の拳がぶつかり合い、骨が軋む様な音を立てた。

 

「くっ、やっぱりアンタも火中天津甘栗拳が使えるのか」上条は一端バックステップで距離を取り拳を抑えて呻いた。

「火中天津甘栗拳? 何を言っているのです? 私は甘栗拳など使っていない。この拳速は私の素のスピードです。さらに言うなら、これでも手加減しています」

 

 神裂の意外な言葉に驚いて目を見開く上条。確認する様にインデックスの方を見ると、彼女は目を閉じて頷いた。

 

「とうまに言ってもよくわかんないかもしれないけど、かおりは聖人なんだよ。偶像理論による、神の子を模した身体的造形と魔術的記号を持つものを所謂『聖人』と呼ぶんだけど、聖人は皆、神の力の一端を振るう事が出来るんだよ。とにかくめっちゃ肉弾戦が強いと理解すればいいかも! この程度の知識は、はっきり言って基礎教養の部類かも!」

 

 そっち系の世界の住人であるインデックスにとっては基礎教養でも、こっち系の世界の住人である上条にとっては初耳にも程があった。

 しかし、とりあえず神裂火織がシンプルに強いのだということは理解できた。

 

「つまり、俺がヤムチャだとするなら、相手は孫悟空という事か……」

「孫悟空? 斉天大聖に喩えられるとは光栄ですね」

 

 神裂はジャパニーズサブカルチャーに疎かった。上条のジャンプ少年的喩えは全く通じていないが、斉天大聖だろうがカカロットだろうが上条が圧倒的に不利なことには違いない。

 

「ところで上条当麻、貴方の男女変身(メタモルフォーゼ)なる能力、もしや呪いの類いではありませんか?」

「ん? 確かに俺の変身体質は呪泉郷の呪いによるもんだが、何故それを?」

 

 神裂の突然の質問に疑問を覚えながらも素直に答える上条。

 その言葉を聴いたインデックスは、え? と戸惑いの声をもらした。

 

「とうまの変身って、呪泉郷の呪いだったの? それってたしか、かおりもおんなじ」インデックスがそこまで言ったところで、神裂がギロリと彼女を睨む。

「おっと、これは禁句だった」慌てて口をつぐむインデックス。

 

 尚も睨んでいる神裂からインデックスは目を逸らし、下手な口笛を吹いている。

 神裂はひとつ嘆息すると、上条に向き直った。

 

「上条当麻、聞いた通り、私も同じ呪泉郷の呪いに悩む者です。貴方がこの件から手を引くと言うならば、同じ呪いに悩む者同士のよしみで、見逃さぬ事もない。さあ、どうしますか上条当麻」

 

 そう水を向けられた上条だったが、元来義侠心に溢れた少年である。

 一度守ると約束したものを、ハイそうですかと見捨てることはできなかった。

 

「そう言われてもな、もう獅子咆哮弾も教わっちまったし、俺はインデックスを守るよ。そう決めた」

「……残念です。では、ここからは手加減できません……Salvere000!」

 

 叫んだ神裂の右手が刀の柄を掴んでブレた様に見えた瞬間、上条は持ち前の危機察知能力で横に跳んで回避する。

 しかし、それでも完全には避けきれずに、上条の制服のシャツに数条の切れ目が走った。

 

「なっ、なんだ今の技は! 刀の射程外なのに斬られた!?」

「これは、七閃! 神速の居合いによって射程外の相手に七合の同時斬撃を叩き込む……ように見せかけて実は、隠し持ったワイヤーで相手を攻撃するという暗器術の一つなんだよ!」

 

 上条の疑問の声に即座に答えるインデックス。早々にタネをバラされた神裂は舌打ちするが、たとえバレていても支障はない。

 

「言ったはずです、貴方の右手はアドバンテージになり得ないと。魔術は消せても、ワイヤーは消せないはずだ!」

 

 その通り、上条にはワイヤーを防ぐ手段はない。仕方なく必死の体捌きで七閃を避け続ける上条だったが、その回避は殆ど紙一重であった。

 徐々に切り刻まれていくカッターシャツはもう学校には着ていけそうもない。そういえば、今朝にも一枚、燃えて台無しになったシャツがあった。

 己の不幸を見越して替えのシャツは多めに買ってあるが、残りはあと何枚だったか、と結構呑気なことを考えている上条だった。

 

「もう、このシャツは着れないな……不幸だ……不幸だ……ほんっとうに不幸だぜ!」

 

 徐ろに左手を神裂に向けた上条は、そう叫びながら獅子咆哮弾を彼女に撃った。

 不幸である事に掛けてはエキスパートを自負する上条当麻にとって、不幸を形にした魔術である獅子咆哮弾を習得する事など、朝飯前なのである。

 さりとて神裂もさる者で、自身に向かって来る気弾をさっと避けると、上条の方へ全力疾走で近付いて左の上段蹴りを放つ。

 ワイヤーによる七閃ばかり警戒していた上条は、突然の奇襲に面食らったが、なんとか右肘を蹴りに合わせて防御した。

 蹴りの勢いがつき過ぎたのか、神裂はくるりと半回転してその背中を上条に見せてしまう。

 本来ならば、上条にとっては反撃のチャンスだった。

 しかし、上条はその背中を見た瞬間に唖然として固まった。

 

「……正々堂々とした男ですね、上条当麻。背中を見せた相手に、攻撃はできませんか?」神裂は首だけ見返りながら、横目で上条を見遣った。

「いや、正々堂々っつーかなんつーか、そんな背中、攻撃できるわけないだろ」

「む? どういう意味です?」

「そんな……ざっくり穴の空いたシャツなんか着て! 露出狂かお前は!」

「な!? 誰が露出狂ですか!」

 

 上条の言う通り、神裂のシャツにはざっくり肩甲骨の辺りに大きな穴が開いていた。

 前から見れば普通のTシャツに見えたが、後ろから見ると、なんだかネックストラップ型のビキニに見える。

 

「裾縛りのヘソ出しルックくらいなら、まあファッションとして理解できるが、背中にそんな大穴が空いてるとはなぁ。やはり露出狂……」

「今朝の女教師といい、貴方といい、そんなに私を露出狂扱いしたいのか……この格好には、意味があるんだよ……背中の穴にだって、意味があるんだよぉぉぉおおお!」

 

 激昂して叫ぶ神裂に対してインデックスは、「かおり〜、私はわかってるんだよ〜」と間延びした声で呟いた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。