とうま1/2   作:通雨

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8話

 小萌に書いてもらっておいた地図を頼りに、小萌の住むアパートに辿り着いたとうまとインデックス。

 そのアパートの外観は、最新科学の都である筈の学園都市に存在する住居としては、全くもって相応しくない。

 未来都市にポツンと取り残された昭和の遺物の様な建物。

 それは、築何十年経過しているのかもわからない程に劣化した木造建築だった。

 家賃は幾らだろうか、と益もない事を考えながら、とうまは小萌の部屋のドアをノックする。

 

「先生ーっ! インデックス連れてきましたよ〜、小萌先生ーっ」

「はいはーいっ、今開けますよ〜」

 

 頑丈だけが取り柄である武骨なデザインのドアを開けて小萌が顔を覗かせる。

 部屋着であろうピンクのパーカーを着た小萌は、ドアの前に立つとうまの姿を見た瞬間に、驚いて目を瞠る。

 

「なななっ、上条ちゃん! なんですかその煽情的な格好はっ、そんな露出狂みたいな格好する子に育てた覚えはありませんよ!」

「煽情的?」

 

 はて、と首を傾げるとうまだったが、自身の格好を改めて見回して、ああ、と頷く。

 神裂の七閃によって斬り刻まれたシャツは、確かに女性が着るには適さないかもしれない。

 彼方此方からとうまの白い肌が見えたり見えなかったりしている様は、煽情的といえば煽情的だろう。

 

「上条ちゃん! そんな服、着てちゃいけません! 先生のいらない服あげますから、さっさと着替えなさい!」

 

 小萌の剣幕に押されて、仕方なくとうまは着替える。

 しかし、小萌の言う『いらない服』は、はっきり言って時代遅れにも程があった。

 着替え終わったとうまは今、自身が生まれる前に流行った所謂『ボディコン』の黒いミニワンピドレスを着て、白いショート丈のテーラードジャケットを羽織っている。

 

「ふう、これで大丈夫です。今の上条ちゃんなら露出狂ではなく、ナウいヤングに見えますよ」

「小萌先生……『ナウいヤング』とやらは、今の学園都市に於いては流行遅れなんですよ。いや、もちろん学園都市の外でも流行遅れです」

 

 小萌は額の汗を手首で拭いながら言うが、とうまは不満そうだ。

 インデックスはそんなとうまを指差しながら、「と、とうまちゃん。か、可愛いんだよ、似合ってるんだよ。あははははははっ!」と大笑いしている。

 

「そもそもなんでこんな服買ったんですか小萌先生」

「いやあ、大人モードの時に着ようと思って衝動買いしたんですが、結局タンスに仕舞いっぱなしになってました。やっぱり衝動買いは良くないですねえ」

 

 てへへ、と誤魔化すように笑って後頭部を掻く小萌。

 まあ、ズタズタのシャツよりはマシか、と不承不承とうまは納得する。

 その後、とうまは小萌にスーパーのレジ袋を貰って、その中にシャツとズボンを詰めると、とぼとぼと自宅に帰っていった。

 

「こもえ〜、お腹空いたんだよ〜」

「よーし、じゃあ晩御飯はインデックスちゃんのためにお肉ともやし増し増しの野菜炒めにしましょうね」

 

 わーいやったー! と喜ぶインデックスを微笑ましく眺めながら、小萌は料理の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

「ダーリン、喜んでくれるかしら。ウフフフフ」

 

 常盤台中学の制服に身を包み、可愛らしいフリルのついたピンクのエプロンを着けて、御坂美琴は穏やかに微笑んだ。

 美琴は包丁片手に台所を陣取り、自慢の手料理を作っている……何故か、上条当麻の部屋で。

 美琴の料理の腕は人並み程度だ。

 しかし、有り余る財力を行使して集めた高級食材を、惜しみなく使用して作り上げたその料理の数々は、おそらく其れなり以上の美味を保証してくれるはずである。

 

「ダーリン、早く帰って来ないかしら」

 

 新婚の幼妻のような事を宣う美琴だが、もちろん彼女は上条当麻に訪問の許可など得ていない。

 電撃使いの頂点に立つ彼女にとって、ネットハッキングによって上条当麻の住所を調べる事も、施錠されたドアを磁力によって解錠する事も朝飯前なのだ。

 美琴は、丹精込めて作った料理をリビングのテーブルに並べていく。

 リビングにはどういうわけか床と天井に焼け焦げた跡があり、ベランダの窓ガラスは割れた跡をダンボールで補修されていた。

 ダーリンったらこんな部屋に住んでるなんて、一言私に相談してくれたらすぐに補修業者呼んであげるのに、と美琴は嘆息する。

 彼女がテーブルに料理を並べ終えると、丁度そこにとうまが帰宅してきた。

 

「あれ、なんで鍵開いてんだ? 締め忘れたっけ?」

「おっかえりなさーい! ダー、リ……ン?」

 

 出迎えた美琴の顔を見た瞬間、とうまの表情が凍りつく。

 そして、何故か美琴の表情も凍りつく。

 

「なんでうちに居るんだ! ビリビリ中学生!」

「……誰よ、アンタ……」

 

 はあ? なに言ってんだコイツ、と一瞬とうまは訝しんだが、よく考えればとうまは美琴に対して女の子に変身した姿を見せたことがなかった。

 美琴は血走った眼を見開きながらとうまを睨む。

 その額には、小さな鬼のツノの様なものが生えている。多分、見間違いではない。

 コイツ、俺を別人だと思ってやがる、早く説明しないと電撃が放たれるぞ、と若干焦りながらとうまは美琴に語りかけた。

 

「ビリビリ、落ち着け。俺だよ、俺」

「面と向かってオレオレ詐欺? バカじゃないのアンタ。つーかアンタ女の子じゃない」

「いや、違う違う。俺だよ、上条さんだよ」

「上条? ダーリンと同じ苗字……という事は」

「そうそう」

 

 とうまは、わかってくれたか、と安堵する。

 しかし、美琴はますます眼を血走らせた。白目の部分が真っ赤に充血して、比喩ではなく鬼の形相に見える。

 

「ダーリンと同じ苗字だなんて! ダーリンの嫁だとでも言うつもり!?」

「ちっがーう! なんでそうなる!?」

 

 とうまは左手に提げたスーパーのレジ袋をブンと振って叫んだ。

 その中身はとうまの制服だが、そんな事を知らない美琴はさらに誤解を深める。

 

「食材片手にダーリンの部屋を訪ねるだなんて! 手料理を振る舞うつもりなのね!? そうはさせるかーっ!」

 

 美琴は全身に紫電を纏い、右手から電撃を放射した。

 とうまは後ろ手に、左手でドアノブを掴んでドアを開け、部屋の外にその身を退きながら、右手の幻想殺しを美琴の方へ掲げる。

 バリバリバチバチと五月蝿い音を立てながらとうまのその身に迫る電撃を、幻想殺しが打ち消した。

 

「ほら、ほら! 見たろビリビリ! 今、電撃消した! 幻想殺し、右手が、俺の!」

 

 焦り過ぎて言葉がカタコトになってしまうとうま。

 しかし、美琴はまだ納得しない。

 

「右手の能力までお揃いだなんて、どれだけ私を嫉妬させりゃ気がすむのよーっ!」

 

 美琴のツノがにょきりと伸び、とうまの部屋に電撃の閃光が煌めく。

 それを見た瞬間、とうまはドアをバタンと閉めて、逃走を開始した。

 逃げるとうまを追いかけて、美琴が部屋から飛び出してくる。

 

「待てコラァァァアアアッ!」

「ビリビリのアホーっ! 頭いい癖に、肝心なとこで察し悪すぎんだろーがーっ!」

 

 うわーん、と近所迷惑な大声を上げながら、とうまと美琴の追いかけっこが始まった。

 

 流麗で力強いストライド走法を見せるとうまに対して、美琴は磁力を駆使して空を飛びながら追いかける。

 時折美琴から放たれる電撃を、とうまはまるで背中に目が付いているかの様に察知して、横に跳んで回避したり、振り返って幻想殺しで打ち消したりしながら走る。

 

「なんで俺、ビリビリに追いかけられなきゃならないんだ! ちくしょう不幸だ! 獅子咆哮弾!」

 

 とうまは走り続けながら、左手だけ美琴に向けて、気弾を放つ。

 しかし、焦って撃った獅子咆哮弾は直径五十センチほどの小さな気弾だった為、空を飛ぶ美琴には容易く避けられる。

 

「私のダーリンに手ぇ出すんじゃないわよ! この泥棒猫!」気弾のお返しとばかりに、美琴は右手から電撃を連続で放った。

 

 轟っ! 轟っ! 轟っ!

 

「うわああああっ! 高位能力者が暴れてるぞおおおおっ!」

「ひいいいいぃっ! 高位能力者の痴話喧嘩だああああっ!」

 

 道行く人々が、迸る電撃を目にして逃げ惑う。

 突如目前で始まった地獄の様な光景に、皆、恐れをなしている。

 

「ビリビリーっ! 無関係な人々に迷惑をかけるなーっ!」

「私を気安く、ビリビリって呼ぶんじゃねーっ!」

 

 じゃあ、そうやってビリビリすんの止めろっ! とうまは内心でそう叫びながら、さらに速度を上げて走る。

 繁華街を抜けてとうまが辿り着いたのは、インデックスに獅子咆哮弾を教わったあの公園の広場だった。

 インデックスが掛けた人払いの魔術の効果が残っているのか、それとも単に時間的問題か、広場に人影はなかった。

 とうまはざざーっと砂煙を上げながら急停止し、美琴の方へ振り向く。

 それを見た彼女も、ある程度距離を置いて地面にストンと着地した。

 

「やーっと観念する気になったぁ?」

 

 美琴は歪な笑顔を浮かべてとうまを見遣る。三日月型に裂ける様に開かれた口元は、狂気に彩られていた。

 一触即発の雰囲気漂わせる彼女の周囲では、放電によって生じた火花がバチバチと音を立てている。

 

「ついてねーな、本当に」

「ああ?」

 

 とうまは不敵に微笑んだ。

 美琴にはその笑顔の意味がわからない。首を傾げて睨むが、とうまは左手の掌を広げて美琴に向ける。

 

「オマエ、本当についてねーよ!」

 

 インデックスは言っていた。『とうまなら、完成された獅子咆哮弾を撃てるかも』と。

 獅子咆哮弾は不幸であればあるほど威力が上がる技だ。

 不幸に見舞われて、『気が重く』なればなるほどに、それに比例して『気弾も重く』なり、威力が上がる。

 今日のとうまは最高に不幸だった、いや、もとい、最低に不幸だった。

 朝起きてから事件の連続。起き抜けに小萌先生に闘気を吸引された事から始まり、インデックスだのステイルだの神裂火織だの、果ては御坂美琴だの、数々の人間たちがとうまに不幸を齎してくる。

 今なら……最低に『気が重い』今なら、『完成された獅子咆哮弾』が撃てる。

 とうまには、確信に近い予感があった。

 

「ビリビリ、逃げるなら今の内だぜ」

 

 とうまの陰気が周囲の大気を揺らす。凄まじい威圧が、離れた所にいる美琴にまでプレッシャーとして届く。

 とうまの体内で膨れ上がった不幸な闘気が、爆発的にその左手に集約された。

 

「獅子! 咆哮弾!」

「くっ!」

 

 とうまがその技の名を叫ぶと共に、巨大な気弾が放たれた。

 美琴は、その気弾の圧力から逃れようと、空を飛んで後ろに退がる。

 

 しかし、気弾はほんの1メートルほど飛んだところで、ぼとりと落ちて地面に着弾した。

 ずど〜ん、と微妙にコミカルな音を立てて、広場に五メートル程の大きさのクレーターが出来る。

 予想外の獅子咆哮弾の軌道に、とうまは「あれ?」と疑問の声を上げた。

 

「……で? これがなんなわけ?」美琴は飛びさがった分、前進し直して言った。

「……ははは……はは……さらばだビリビリーっ!」

「待てやコラァァァアアア!」

 

 追いかけっこが再び開始された。

 

 

 

 

 

「おっふろっ! おっふろっ!」

「おっふろっ! おっふろっ!」

 

 晩御飯を済ませた小萌とインデックスは、洗面器片手に手を繋いで、スキップしながら最寄りの銭湯へと向かっていた。

 昭和の遺物たるアパートには、部屋に風呂なんて付いていないのである。

 

「こもえー、ジャパニーズセントーではお風呂上がりに牛乳を飲むのが作法って聞いた事あるんだよ。牛乳買って欲しいんだよ」

「ちっちっちっ、インデックスちゃん、その情報は間違っているのです」

 

 小萌は一本立てた人差し指を振りながら、舌を鳴らして言った。

 

「淑女が銭湯でお風呂上がりに飲む物と言えば、コーヒー牛乳。これ以外に無いのです」

「コーヒー牛乳? それってカプチーノみたいなもの?」

「ノンノン、カプチーノと一緒にしてもらっては困るのです。コーヒー牛乳はより洗練された淑女の飲み物なのです」

「おーっ! なんだかわかんないけど凄いんだよ!」

 

 小萌とインデックスは、「コーヒー牛乳っ♪ コーヒー牛乳っ♪」と声を揃えて言った。

 二人は人種は違うが、側から見ると仲の良い姉妹のようだった。

 一見妹に見える小萌の方が、大分年上の様ではあるが。

 尚も手を繋いでスキップしながら銭湯に向かう二人。

 しかし、インデックスは突然、何かに気づいた様にその歩みをピタリと止めた。

 

「あらら? どうしたんです、インデックスちゃん」

 

 小萌は怪訝そうに、インデックスの視線の先を見る。すると、一匹の黒猫がその目に留まった。

 

「猫ちゃんですね。そういえば、イギリスでは黒猫は幸福の象徴なんでしたっけ?」

「ねこ……ちゃん? あの子、猫ちゃんって言うの?」

 

 猫を知らない? と、小萌は少々驚く。この少女は青春を謳歌する為に日本に来たと言っていたが、猫すら知らないほどに世間知らずなのか。

 必要悪の教会とやらはこの子にどんな生活をさせていたのか、と憤りを覚えた小萌だった。

 

「あの子……猫ちゃんを観てると、なんだか胸がドキドキするんだよ」

「成る程、それは乙女のトキメキなのです」

「乙女のトキメキ?」

「ええ、乙女が可愛い生き物にトキメくのは、自然な事ですよ」

 

 小萌は、まるで聖母の様な優しい笑みでインデックスを見つめた。

 

「そういえば、今日は九時から、テレビでワンニャン映像大特集があるのです。銭湯から帰ったら、一緒に見ましょうね」

「わーいっ! なんだかよくわかんないけど、こもえと一緒にテレビ観るのは楽しみなんだよ」

 

 インデックスは、満面の笑みで頷いた。

 いつの間にか黒猫は、二人の前から去ってしまっていた。

 

 

 

 

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