冬から春へと季節が変わり、新たな一年の始まりを告げる四月。
雲一つ無い青空と満開に咲き誇る桜に包まれる中、一人の少年がベンチに座り紙媒体の本を読んでいた。
色素の抜けた灰色の髪に風で散った桜の花びらが乗っているが、少年はその事に気づくことはなく、それほどまでに読書へと没頭している。
電子書籍が主となった現代で紙媒体を使うものは少なく、余程のコレクターぐらいなもの。その上、少年の顔立ちは整っており、読書をする姿はさながら一枚の絵になるようだ。その為、ベンチに座っている少年の前を通る同じ制服を着た先輩であろう少女達は声をかけるか迷い、少し思案するもどこか声をかけてはならないと感じ、そのまま立ち去っていく。
そんな状態が少しばかり続く中、少年は急に読んでいたページに栞を挟むと本を閉じる。
耳を澄まし、僅かに聞こえるのは自分へと近づく規則正しい足音。そんな事ができる人物をこの場では少年は一人しか知らなかった。
「久しぶりと言うべきか、遼」
「そうでも無い気がするけど。まあ、久しぶり達也」
付き合いの長い友人、司波達也と挨拶を交わした少年、
「以外と来るのが早いんだな。まだ式典まで時間はあるだろ?」
「深雪が新入生答辞を務める関係上、その打ち合わせがあるんだよ。その付き添いだ」
「あー、そういうこと。流石は深雪、入試で一位をとるなんて凄いな」
「ああ、自分の事のように嬉しいよ」
そう言って達也は無表情を崩して微笑む。
彼の妹である深雪は誰もが認めるであろう美しさを持つが、達也は兄弟であるものの至って特徴のない平凡な容姿だ。別段、容姿が整っていない訳では無いが、常に無表情であることが彼をパッとさせない。
だからといって、もっと表情を豊かにしろと言うのは彼にとっては酷なものだが。
「後で、おめでとうって言わないとな」
「そうしてくれ。深雪もきっと喜ぶ」
深雪の実力を知っているだけに、遼は新入生総代となったことにあまり驚くことはない。だが、それと喜ぶのは別だ。自分にとって最も付き合いの長い友人が入試成績一位というのはやはり嬉しいものがある。
それから、二人は最近の近況について少しばかり話していたが、突然遼が表情を僅かに歪めた。
二人の前を通っていった数人の女子生徒の背中に視線を向ける遼の表情からは呆れと怒りが見える。遼がそんな表情を浮かべる理由はいくつかあったが、最たるものは彼女達が口にした言葉だ。
『あの子、ウィードじゃない?』
『こんなに早くから……補欠なのに張り切っちゃって』
『所詮、スペアなのにね』
遼と達也は今日、同じ国立魔法大学付属第一高校に入学するが、二人は対等ではなかった。それを表すように、遼のブレザーの左胸にある八枚花弁が達也のブレザーには存在しない。その意匠から遼達、一科生はブルーム。達也達は花の咲かないウィード等と言う蔑称で呼ばれてしまう。この目に見える明確な差が本人達に優越感と劣等感を感じさせてしまっていた。
遼からすれば、学校の定める評価基準等はその生徒を必ずしも正しく評価できているものではない。自分達の定める基準以外の部分に目を向けず、目に見えない……いや、見ようとしないというのはあまりにも馬鹿馬鹿しかった。
だが、悲しくもここは魔法科高校。全ての評価は魔法力で判断されてしまう。その考えがまかり通る以上、生徒達の中に優劣による差別意識が芽生えるのは何らおかしくは無いことだ。
「はぁ……目に見えるものでしか判断できないってのも考えもんだな、ほんと。これ、深雪が聞いたらあいつら氷像に変わるんじゃないか?」
「冗談でも笑えないな」
「いや、冗談ってわけでもないけど」
冗談。と、達也は言っていたが遼は冗談で言ったわけではない。あの、兄思い(それ以上だが)の深雪が聞けば怒り狂う……普段のおしとやかで淑女のような装いからは考えられないが、充分にあり得そうな話だ。
「答辞、楽しみだな」
「そうだな」
その会話を最後に、それ以降二人の間には会話はなかった。二人の間に沈黙が流れるも、気心が知れている二人の間に気まずさはない。時間を潰す為、互いに紙媒体、携帯情報端末で読書をしていたが、二人の読書は長くは続かなかった。
「新入生ですね? もうすぐ入学式の始まる時間ですよ」
本へと落としていた視線を上げた先に遼達が目にしたのは、左胸に花弁が存在する制服に身を包んだ品のある小柄な美少女。だが、二人の目を引いたのは彼女の容姿ではなくその手につけられたブレスレット型のCADだ。
CADは魔法師にとって魔法を早く行使するために必要なものではあるが、魔法科高校では原則として生徒会や風紀委員等の組織に所属している生徒しか常に持つことはできず、通常はCADを預けて置かなければならなかった。
つまり、目の前にいる女子生徒がそのどれかの組織に属していること明白。誰も入学初日からそんな人に目をつけられたくはないだろう。その上、遼は目の前の女子生徒の素性を知っているだけにすみやかにこの場から離れようと考えていた。平穏な高校生活を送るなら極力関係は持ちたくない相手だからだ。
だが、そんな考えも空しく女子生徒は二人へ微笑む。
「私は第一高校の生徒会長を務めている七草真由美です。ななくさと、書いて七草と読みます。貴方達の名前は?」
「自分は、司波達也です」
「
「司波……えっ?! あなたがあの司波くん?」
「先輩が言うあのというのが誰を指すのかは解りませんが、恐らくはそうかと」
「今、先生方の間では噂になっているのよ。入学試験、七教科平均、九十六点。その上、平均点が七十点に満たない魔法理論と魔法工学で満点。前代未聞の高得点だって」
「満点って……凄いな。俺には真似できない」
真由美の言葉に遼は驚愕と称賛がない交ぜになった表情で隣の達也へと視線を向ける。本来ならもっと驚く所なのだが、達也の優秀さを知っている遼には達也ならあり得るという先入観があった。
一方で、真由美と遼から称賛の眼差しを向けられる達也はその称賛を素直に受け止めてはいなかったが。
「ペーパーテストの成績です。実技の成績が良くなくては意味が無いですから」
「そんなこと無いわよ。少なくとも、そんな凄い点数、私には真似できないわ」
「会長の言うとおりだ。謙遜しないで少しくらい喜んでも良いんじゃないか? てか、この話で深雪と口論になったろ?」
恐らく(ほぼ確実に)、敬愛する兄の入試成績に関する情報を入手したであろう妹が、新入生総代について口論(深雪が一方的に)となるのは容易に想像できた。
達也のことだから上手く宥めたのだろうが。
「はぁ……お前は何でもお見通しなんだな」
「まっ、付き合いは長いからな」
自信があるようにそう言った遼に、付き合いが長いのも考えものだなと達也は考えていたが、遼が知るよしは無い。
達也と遼がそんなやり取りをしているの微笑みながら見ていた真由美だったが、遼の持つ本を見て驚いた。
「矢重坂くんは普段から紙の書籍で読書をしているんですか?」
「はい。やっぱり、読書っていったら紙じゃないとしっくり来ないんですよ……おっと、達也、もうそろそろ移動した方が良さそうだ」
腕時計で時間を確認すると既に式典まで三十分を切っていた。
「そうだな……そろそろ時間ですので会長、失礼します」
「時間みたいなんで、失礼しますね会長」
「ええ。二人ともまたお話しましょうね」
二人はそう言って真由美に背を向けると入学式の会場である講堂へと向かっていった。