魔法科高校の半端者   作:エアリエル

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入学編 Ⅲ

 入学二日目の朝。

 遼はいつもより早く起きると手早く身支度を済ませ、制服の姿でマンションを後にしていた。始業まではまだ充分に余裕があるが、遼がこんなに早く家を出たのには別に理由があったからだ。

 遼が向かった目的地は家から三十分程の距離にあり、緩やかな長い坂道の先にある。普通に歩けば時間がかかるが、そこを遼は魔法を駆使しながら疾走していく。

 使用している魔法は自身の加速力を上昇させるシンプルな加速魔法と、地面を蹴る強さによって空中に飛び上がらないよう上向きへの移動を抑える魔法の二つ。

 トレーニングが目的なら一定の速度を維持しながら走るために減速の魔法も同時に使うが、生憎と遼はトレーニングの為に走っているわけでは無い。

 できる限り早く目的地へと着くことを考えての魔法の行使。五分ほど走り抜けたところで遼は坂を登り終えた。

 

「結構……距離あるんだな……」

 

 だが、最近少しトレーニングをサボり気味だった為か、登り終えた遼の息は上がりその顔には疲れが見えた。

 こんなことならあの二人のトレーニングを見習って日頃からサボらずにやっておくべきだったか、と若干後悔しながら遼は視線の先にある寺へと歩みを進める。そうやって山門をくぐり抜け境内へと足を踏み入れ……咄嗟に遼は上半身を後ろへと傾け、遼の上半身があった場所に蹴りが放たれた。

 

「俺は達也と違ってトレーニングを受けに来たってわけじゃないですけど。八雲さん」

「そう言いながら、僕の蹴りを簡単に避けるなんて。やるね、遼くん」

 

 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべる僧侶、九重八雲に遼は苦笑いを浮かべながら周囲を見渡し、いるであろう達也と深雪を見つける。どうやら、朝の稽古は既に終わったらしく達也たちは休憩しているようだった。

 

「朝から鍛練なんて良くやるな。俺なんかまだ眠いんだけど」

「その状態で師匠の蹴りを避けれる方が凄いと思うが」

 

 未だ眠気が抜けないのか、欠伸をしながら近づいてくる遼の自分を棚上げにした言葉に達也は呆れたように返した。

 

「おはよう深雪」

「おはようございます遼さん。こうして朝の稽古に顔を出すなんて珍しいですね」

「入学したわけだし、たまには顔を出そうと思ってね」

 

 深雪の言うとおり、遼は滅多に朝の稽古に顔を出すことはない。

 以前に何度か二人に連れられ参加したが、「俺じゃ、相手になりそうにない」といって参加するのを止めた。本人曰く、自分には性に合わないらしいが、それでも加減していたとはいえ八雲の蹴りを避けている時点でその体術の高さが伺える。

 

「そうですか……でしたら、久し振りにお兄様と手合わせをしてみてはどうですか?」

「俺が? いやいや、相手にならないって! てか、二人とも俺が接近戦得意じゃ無いの知ってーーっ?!」

 

 背後から忍び寄る気配。気がつけば近くに座っていた達也がいなくなっていたことに気付き、遼は慌てながら体を反転させ、両腕を頭上で交差した。

 骨が軋むような鋭い衝撃が両腕に響くのを感じながら、達也の繰り出した手刀を遼は防ぐ。

 

「今のは防がれないと思ったんだが」

「危ねっ! 殺す気かよ!」

「この程度じゃ死ぬとは思えないな」

「いや、防いでなかったら大怪我すんだろ!」

 

 交差している両腕に力をこめ、達也の体を押し返すと、遼は右足で達也の左脇腹目掛けて蹴りを放つ。

 だが、その蹴りは達也に当たること無く空を切る。後ろに飛び退くことで距離をとった達也に対して遼は制服のブレザーを脱ぎ捨て構えをとった。腰を低くして油断無く構えを取るがその表情には余裕はない。

 

「ああ、分かったよ。こうなったらやってやる」

 

 半ば思考を放棄し、遼は眼前の相手に集中する。

 微笑みながらこっちを見ている深雪と、興味深そうに見物する八雲の視線もあって遼は達也との稽古に興じるのだった。

 

 

 *

 

 

 朝の稽古を終え、遼たちは一度達也が制服に着替えるため彼等の自宅へ寄り、三人は通学の為に四人乗りのリニア式小型車両『キャビネット』に乗り込んでいた。

 涼しい顔で達也と深雪が乗り込む中、遼が疲れきったように背もたれに寄りかかる。

 

「これから学校だってのにあんなに本気でやる奴があるかよ……それに、なんでお前は全然疲れて無いんだよ」

 

 げっそりした顔で非難するようにそう言う遼の向かいに座っている達也の表情からは疲れが見えなかった。

 自分が来る前から八雲と稽古をしていたというのに余裕そうな表情をされると、少なくない自身の体力が無いように実感させられてしまう。

ある程度は鍛えていたはずだったが、足りなかったか。

 だが、遼のその言葉を達也は否定した。

 

「お前を相手にして疲れて無いわけ無いだろ。それに、俺はお前に有効打を一撃も当ててないんだぞ? 俺としてはまた相手をしてくれると助かるが」

「お兄様と遼さんの組み手は本当に凄かったです!」

 

 達也からはまた相手をしてくれと頼まれ、深雪から称賛された遼は困ったように苦笑いを浮かべる。

 

「そうでもないって。俺は意識をほとんど防御に割り当ててやっとお前についていけてるだけだし」

「全部防御か。お前の見立てだと俺との体術の技量の差はどれくらいなんだ?」

「達也を十だとすれば俺は良くて七ってところだな。でも、お前は攻防に半分ずつ意識を割り振ってるから俺が防御に全て集中させれば何とか相手になるって仕組みさ。まっ、反撃はほとんどできないけど」

 

 もし仮に達也が攻撃に意識をもっと割けば、遼は反撃することもできずに防戦一方となっただろう。

 だが、防御に集中している時点で遼に敗北はない。持久戦になれば怪しいが、負けなければ遼としては満足だった。

 

「意識か……」

 

 そう言って達也は少しばかり黙り込む。深雪を守るために体術を八雲から習っている達也にとって遼の言葉は自身の技量を向上させるアドバイスになったのかもしれない。

 自分が少しでも二人の役に立てれば幸いだと考えながら、遼は「着いたら起こしてくれ」と言って睡魔に身を委ねた。

 

 

 *

 

 

 入学二日目、といっても授業は無くオリエンテーションだけな今日は帰るタイミングも自由。その為、どう過ごすかは自由なのだが、クラスが同じだった深雪と共に行動していた遼は朝の稽古とは別の理由で疲れていた。

 

「まさか、俺まで敵視されるとは……」

 

 当然のように深雪から声をかけられ一緒に行動していた為、深雪とお近づきになりたい同じクラス(主に男子から)の嫉妬の視線を浴びせられたのだ。

 その上、昼には達也と昼食を共に食べたい深雪をクラスメイトが相席を狙って二科生と相席するのは相応しくない等の下らない事を言って邪魔を始めてしまう。

 その際、同じ一科ではあっても深雪達の味方である遼が遠回しにクラスメイト達へ苦言を呈したのだが、逆に遼へ矛先が向く始末だ。

 その後、達也と昼食を食べることのできなかった深雪の機嫌を何とか取り戻すために奔走していた為、肉体的疲労に加え精神的疲労が遼を襲っていた。

 

「その上、これだもんな」

 

 そして、時は放課後に移り、今まさに遼の前でクラスメイトと達也の友人達が火花を散らしていた。

 

「すいません遼さん。今日は色々と御迷惑をお掛けしてしまい……」

「いや、深雪が謝ることじゃないって。悪いのは強引すぎるクラスメイトの方だし。だろ、達也?」

「ああ、遼の言うとおりお前のせいじゃない」

 

 どこか申し訳なさそうにする深雪に達也と遼はフォローをいれるが、目の前の状況はあまり芳しくない。

 達也と帰りたい深雪をクラスメイトが引き止め、難癖をつけていたのだがその理不尽な言動に美月やエリカにレオと呼ばれる体格の良い男子生徒が切れ、互いに一歩も引かない状況となっている。

 相手のクラスメイト達の中にほのかと雫がいることに遼は若干気になったが、表情から巻き込まれただけのように見え、一先ず二人の事は置いてこの場をどう切り抜けるかを考えた(考えても無駄な気はしていたが)。

 そんな中、ヒートアップする論争で遂にクラスメイトの(名前は知らないが昼に遼を睨んだ)男子生徒が切れる。

 

「うるさい! 他のクラス、ましてやウィードごときが僕たちブルームに口出しするな!」

 

 遂に差別用語まで口にする始末。

 無論、この言葉で美月達が切れるの言うまでもない。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点でどれだけ優れているというんですかっ!」

 

 売り言葉に買い言葉。相手の挑発に乗ってしまった美月の言葉に遼はまずいことになったと思い、隣にいる達也へ目配せをした。達也も同じ事を考えていたのか、遼の目配せに頷く。

 最悪の事態……それを想像し実力行使もやむ終えないと遼は美月達を壁にスッと足音も立てず、誰にも気付かれること無く移動する。

 遼が一人、誰にも気付かれることの無い中でも口論は続き、遂にクラスメイトの男子生徒が挑発に乗ってしまった。

 

「だったら教えてやる!」

 

 怒りに身を任せ、特化型のCADを引き抜きレオへと向けようとする。攻撃力を重視した特化型ではただの怪我ではすまないだろう。

 

「お兄様!」

 

 深雪が思わず声を上げるが、達也は動くことは無い。無論、反応できなかったわけでも、諦めたわけでもなかった。

 ただ、()()必要がなかっただけだ。

 

「えっ?」

 

 男子生徒はCADを取り出したであろう右手をレオに向けるが、その手にはCADは握られていない。

そこにあるはずのCADが存在しない。男子生徒や、今まさに動こうとしていたレオやエリカが驚く中、一人の生徒が呆れたように声を発した。

 

「CADを取られるなんて魔法を使う以前の問題だろ」

「なっ?!」

 

 心底呆れたようにそう言い放った遼の右手には男子生徒のものであろう小型拳銃型のCADが握られている。

 

「いくら優秀だとしても、CADを取られてちゃ世話無いな」

「同じ一科生であるお前が二科生の肩を持つのか!」

「いや、肩を持つ持たない以前の話じゃないか? ただのクラスメイトと、付き合いの長い友人。天秤にかけるまでもない」

「くっ……!」

 

 至極真っ当な理由を叩きつけられ、男子生徒は反論ができない。それ以前に、CADを取られたという時点で男子生徒は遼に敗北していたのだ。

 誰もが予想だにしていなかった状況にこの場が沈黙に包まれるが、それは思わぬ人物によって破れた。

 

「騒ぎがあったって聞いたのだけれど、これはどういう状況かしら」

 

 沈黙を破ったのは生徒会長である七草真由美。状況を把握するべく彼女は達也たちへと視線を向け、ある一点で止まる。

 

「矢重坂くん。それはどういうこと?」

 

 右手に持つ特化型CAD。それは遼のものでは無いが、この場で真由美がその事を知るはずもなく、一人だけCADを持っているのはあまりにも怪しすぎた。

 真由美の隣に立つ女子生徒、風紀委員長である渡辺摩利もその視線を鋭くして遼を見ている。

 

「もしかして、俺が疑われてる?」

 

 巻き込まれるとは思っていたが、まさか自分が容疑者となるとは予想しているはずもない。

 まさかのとばっちりに遼は今日何度目かの溜め息を着いた。

 

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