生徒会長と風紀委員長の二人という大物の登場に多くの者が凍りつく中、元凶扱いされた遼は達也へと視線で助けを求める。この状況では、遼がいくら弁明しても信じてもらえそうに無かった。
そんな遼の視線に気づいたのか、達也が真由美と摩利の前へと歩み出る。
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
「悪ふざけ?」
「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為にと思って見せてもらっていたんです。その後、あそこに立っている矢重坂遼がCADを見てみたいと言って借り受けていたのですが、どうやらそれが誤解を生んでしまいました」
「本当なのね矢重坂くん?」
真意を問うように真由美は遼へと問いかけた。
「はい。達也の言っている通りです。これ、見せてくれてありがとな」
「ああ……」
先程のやり取りが嘘のように森崎という男子生徒へ遼はCADを返却する。森崎も、この状況では達也の話に乗るしかない。
どこかぎこちないそのやり取りに疑問を抱いた摩利は口を挟もうとしたが、それは隣にいた真由美に止められた。
「二人がこう言っているのだし、もういいじゃない、摩利? それに、
真由美のその言葉に少し思案する摩利だったが、すぐに肩の力を抜くと全員に聞こえる声で審判を下した。
「会長がこう仰られる以上、今回は不問としますが、魔法の不正使用、及びそう疑われるような行動は慎むように」
そう言って摩利が立ち去っていく中、真由美は立ち去る直前、達也と遼へ「貸し一つ」と言いたげな笑みを浮かべていた。
*
その後、去り際にCADを遼に取られた男子生徒が何やら捨て台詞を残していったが、それ以上のトラブルは無く、深雪は胸を撫で下ろしていた。
そんな深雪の姿に大事にならずに済んだと遼が一安心していると、エリカとレオの二人が詰めかけて来る。
「ちょっと、遼くんいつの間に移動してたの?」
「お前、さっきのどうやったんだ?!」
「いや、そんな大したものでも無いんだけど。それに、俺が動かなくても千葉さんが止めてたでしょ?」
「ふーん、分かるんだ……まあ、そうね。危なくCADを持ってない手を叩き落とすところだったわよ」
そう言ってエリカは伸縮警棒を取り出すと体を動かし足りないのか、軽くその場で何回か振っていた。
「それで、さっきのは一体なんだったの?」
逃がさないと言わんばかりにエリカは追求してくる。どうやら、話を逸らそうと試みたが失敗したようだ。
「分かったよ。とりあえず帰りながら説明するから」
仕方ないか、と考えながら達也たちにもそろそろ移動するよう話し、帰ろうとしたがその先に見知った顔を見つけた。
「こんなところで何してるんだ二人とも?」
一応、気になってほのかと雫に声をかけたが、当のほのかはどこか頬を赤く染めている。
何か嫌な予感がし、遼はどうにかその予感を回避しようと試みるもそれは的中した。
「遼さん、実はその……駅までご一緒してもよろしいですか!」
「……えっ?」
予想だにしていなかったほのかの言葉に遼の表情が固まり、なんとも言えない雰囲気が遼達を襲った。
*
ほのかと雫を含めた帰り道。遼は案の定、さっきの話題についての説明をエリカにさせられていた。
無論、他の面々もその説明を待っている様子。特にほのかが目を輝かせているが、そんな彼女の様子に遼はやや困惑気味だ。
「それで、さっきのはどうやってやったの?」
「さっきのはちょっとした歩法と魔法を応用した技で……皆は縮地法って聞いたことはあるだろ?」
「聞いたことはあるけど、まさかできるの?」
「いや、それは無理だって。まあ、限りなく似せることはできるけど」
「なんだ、できないんだ。ちょっと、期待してたんだけど」
私の期待を返せと言わんばかりに非難の声を上げるエリカ。
だが、他の面々は限りなく似せることはできるということに驚き、思わずツッコミを入れそうになった。
「達也は知ってるだろ?」
「ああ。何回か見せられたからな」
「もしかして、達也くんもできるの?」
「残念だけど俺にはできないよ」
「まあ、達也の場合はやらなくて正解だと思うけどな……」
もし仮に、突然達也が深雪の視界から消えたりすれば……そこから先は考えたくはない。下手をすれば、周囲一帯が凍りつくだろう。
「それで、話しは続くわけなんだけど。俺のは魔法で電磁波を利用して光を屈折させることで、周囲の景色に溶け込んでいるんだよ」
「周囲の景色に溶け込む?」
「そっ。だから実際にはそこにいるし良く目を凝らせば違和感に気付く。けど、あの状況だとエリカや美月たちに注意が向いてたから、誰も気づかずに急に現れたように見えたってわけ」
「なるほど……凄いのね」
遼の説明に納得しながら、エリカたちはその技術を称賛する。
達也と深雪は以前に、この原理を遼から聞かされていたが、この場は友人が称賛されていることを喜んでいた。特に、ほのかからは尊敬の眼差しで見られている。
だが、そんな周囲の反応とは裏腹に遼の内心は穏やかではない。
(多分、会長には一部始終を見られてたな)
『射撃姫』の異名を持つ生徒会長である真由美なら、遠くから一連の出来事を見る事は造作もないだろう。
去り際に残した「貸し一つ」というのも、全てを知っていた上で見逃したと繋げれば納得がいく。
恐らく、達也もこの事には気付いているとは思うが、今の自分たちにできる事は何もない以上、気にしても仕方がなかった。
一人気難しい事を考えていたせいか。ふと、遼が視線を感じると隣を歩いていたほのかが心配そうにこちらを見ていた。
「どうかしたんですか、遼さん?」
「いや、結局魔法を使ってたわけだから、会長たちを誤魔化せて良かったなって」
実際は誤魔化せて無いが、それをほのか達に教える必要はない。教えたところで、皆の不安を煽るだけだ。
ほのかの心配を払拭し、何やら別の話題で盛り上がっていた達也たちの中に遼も混ざっていく。
「今度は何の話をしてるんだ?」
「お兄様が私のCADを調整してくださっているという話を今していたところです」
「CADの調整か……俺もやって貰おうかな」
「悪いが頼まれてもやらないからな」
「いや、いくらなんでも即答しなくたっていいだろ。何? お前は深雪専用のエンジニアでも目指してるの?」
「そんな、私専用だなんて……言い過ぎですよ遼さん」
否定の言葉を言いつつも何故か遼の言葉に深雪が頬を赤らめ、照れ始めたところで達也は慌てて否定した。
「そういうつもりで言ったんじゃない。お前の使う魔法は少し特殊だから俺の手には負えないだけだ」
「分かってるって。ちょっと冗談で言っただけだからさ」
少しからかうだけのつもりだったが、深雪の反応でこの場の空気が変な方向へと向き始めた為、遼は慌てて誤解を解き始めた。
「遼さんも、深雪さんも充分凄いけど、達也さんも凄いんだね……うちの学校に一般人って少ないのかな?」
「魔法科高校に一般人はいないと思う」
そんな、ほのかの呟きに返した雫のツッコミが変な方向へと向かっていた空気を元に戻した。
*
友人たちとの賑やかな時間から数時間後。自宅へと帰っていた遼は小型の仮想型ディスプレイ端末で、ある人物と連絡を取っていた。
「すいません。連絡が遅くなってしまって」
ディスプレイ上に写るのは細身の老人。既に齢八十は越えているだろうが、その姿からは実年齢程の老いは感じられない。
「いや、気にしなくて良い。入学したばかりでは連絡をするのも大変だろう」
「お心遣い感謝します」
老人の気遣いに遼は頭を下げ感謝の意を示す。自身にとって恩人であるこの老人を前にした遼の態度は普段と違い、その所作の一つ一つに老人への尊敬が見られる。
「それで、彼等の様子はどうかね?」
「特にこれといった変わりはありません。今のところは何事もなく学校生活を送っています」
実際のところは十師族である七草に目をつけられたかもしれないが、真由美個人に目をつけられただけの可能性もあるため、ここではあえて報告は避けた。
「では、君の方はどうかね」
「私、ですか?」
予想だにしていなかった問い掛け。
だが、老人の問い掛けが堅苦しいものを要求している訳ではないことはその表情を見ればわかる。
「まだ、慣れてはいませんが……とても楽しく感じています。あの二人といると退屈しませんから」
毎日がトラブル続きでも、それは平穏な世界でのものだ。そこに、命のやり取りは無く、気を張り巡らせる必要もない。
数年以上前の自分を取り巻く環境と比べれば、天と地の差があるほどだ。
だが、それでも拭い切れないものはある。
「ですが、自分のような何にもなれない『半端者』がいて良いのか……とは、常に考えています」
「まだ、消えることはないか?」
「はい」
「そうか……だが、魔法には無数の可能性がある。君のいう『
「肝に命じて置きます、九島閣下」
その言葉を最後に二人の通信は終了する。
普段は感じない緊張感から解放され、ほっと息をつきながら、遼は先程の言葉を思い出していた。
「大きな力、か」
噛み締めるようにそう呟きながら遼は、やはりあの方は凄いな、と改めて実感した。