船久保浩子はかく語りき   作:箱女

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―――――

 

 

 

 畳の上で iPadを眺め、うんうんと唸る眼鏡をかけた軽装の少女。すでに日は暮れ、縁側からは涼しい風が吹き込んでくる。岩手の夜は夏であれ冷える。残暑の季節にもなってしまえば、場合によっては長袖が欲しくなる日もあるくらいである。豊音が冬服を着ていた理由もこのあたりにあるのだろうか、と浩子は益もないことを考えてしまう。それもこれも健夜から取った牌譜の研究や赤木から出された宿題の答えが一向に出ないからである。答えの出ない問題というのは集中力を削り取ってしまう。イライラが募れば手に持っているものを放り投げてしまうかもしれない。そう思ってしまうほどに浩子は必死な目をしていた。

 

 「浩子ちゃーん、熊倉先生がそろそろご飯だってー」

 

 廊下に面した開いているふすまから豊音がぬうっと顔をのぞかせる。どう見ても顔の出てくる位置が高い。浩子はまだこの身長差に慣れていない。本来であればこんな感想は彼氏ができたときに使うべきなのだろうが、生憎と浩子は一人身である。それに豊音のサイズはもはやそれどころではないのだ。若干の気遅れをしつつ、浩子は立ち上がり豊音とともにトシのもとへと向かう。

 

 八畳の広さの部屋に長方形の脚の短い机が置かれ、それぞれ適当に座っている。テレビから最も離れた短い辺にはトシが座り、その左右の長い辺に健夜と豊音、健夜のとなりに赤木、豊音のとなりに浩子といった席順となっている。机のうえに並べられた料理の数々はトシが作ったものである。私も手伝ったんだよ、と豊音もはにかんでいる。となりに座ってみると思ったより顔が近い。脚が長いのか、と思い至って浩子は内心ほぞをかむ。体格やそれに類するものは言ってみれば天与の才に等しく、求めて得られるものではないという点ではオカルト能力と同じようなものである。浩子は努めて従妹の発育を考えないようにした。

 

 一行がどうして熊倉宅にいるのかといえば、お呼ばれされたからに他ならない。あの赤木・豊音・塞・胡桃の対局のあと、健夜と浩子、さらにはトシまで含めさんざん対戦を行った。その帰りにトシから夕飯くらい食べていきな、と誘われたのである。誘いを断る理由もないので一行は熊倉トシのお世話になることに決めた。結果的に一行は岩手に滞在する間、トシの世話になることになる。ちなみに豊音がいるのは下宿先がここだからである。

 

 「そういえば、浩子にこれからの話をしないといけないね」

 

 トシが食事をしながら口を開く。品を失わないのはどうしてだろうか。浩子は米を咀嚼している最中なので目で応じる。

 

 「とりあえず二学期の間は宮守に居てもらおうと思うんだけど」

 

 もぐもぐもぐもぐ。目を点にはしているものの顎は動きをやめない。口の中のものをごくりと飲み込み、ようやっと浩子は言葉を発した。

 

 「えっ、私、転校するんですか」

 

 「その辺の処理は私がやるけど大丈夫だよ、きちんと籍は千里山さ」

 

 はあ、と浩子は生返事を返す。浩子の知っている知識で近いイメージなのは留学だろうか。国内での留学など聞いたこともないが。豊音がとなりでにこにこと笑顔を浮かべている。休みが明けたらいっしょに登校だねー、だなんて言いたげだ。実際のところ浩子も学校に行くことはやぶさかではない。というか学校自体には通っておきたい。それはもちろん千里山であれば理想的ではあるが、今の事情を鑑みれば難しいだろう。それにしても、と浩子は思う。麻雀の練習はどうするのだろう、と。

 

 「基本は私と豊音で相手して……、しげる、お前は?」

 

 「熊倉さん!?私は!?」

 

 「……健夜までここに居座るつもりなのかい」

 

 「え、私も同行者のつもりだったんですけど……。ダメですか?」

 

 トシはやれやれとかぶりを振ってそれには応じない。こういう態度のときはだいたい許可が下りたのだと健夜は知っている。自然と笑みがこぼれる。

 

 「そうだな……、熊倉サン、あの白い髪のは今後どんな予定だ?」

 

 「シロかい?いずれプロになるよ。大学が先かはわからないけどね」

 

 「じゃあそいつに受験勉強とかいうのは必要か?」

 

 「いらないだろうね。大学リーグにしろプロリーグにしろあの子を放っておいてはくれないよ」

 

 「なら決まりだ。それに小鍛治サン入れて五人でやるといい」

 

 「しげるはどうするんだい?」

 

 「……観光でも行ってくるさ」

 

 たしかに浩子の目から見ても小瀬川白望は強かった。打ち筋はスタンダードなものだったのだが、時折立ち止まって悩むことがあった。実際に対局しているときには気付かなかったが、後ろについて見てみるとよくわかる。彼女が悩んだ末に出した結論は必ず正解となる。それは攻撃的な意味でも守備的な意味でも変わらない。機を見るに敏というものを突き詰めた感じだろうか。それは浩子がこれまで見てきたオカルトとは趣向を異にしており、対策というものを立てようがない種類のものだった。単純に地力に上乗せできるタイプのもの。まさか心理を掌握して悩ませないようにするなどといった芸当をやるわけにもいかない。白望自体の傾向を研究して対応するのが浩子にできる限界だった。そんな白望が練習に加わってくれるのであれば、これは手放しで喜べることである。

 

 「あれ、そういえば熊倉センセさっき言うてましたよね? “私と豊音で相手する” って」

 

 「言ったねえ」

 

 「豊音さんは受験とかしないんですか?」

 

 「そういえば私、村に帰らなきゃいけないのかなあ」

 

 思い出したように豊音がつぶやく。彼女の事情を浩子は知らない。

 

 「ああ豊音、せっかくだから言っておこうか」

 

 トシが彼女の言葉に返す。豊音は首をかしげている。トシの目は宮守の部員たちに投げかけられるとき、どこか優しげである。品のいい振る舞いと分け隔てのない思いやりからの行動は、彼女の周囲の人間から高い評価を得ている。しかし部員たちに向ける目と比べるとどこかが違う。今、トシは豊音にそのやさしい視線を向けている。

 

 「非公式ではあるんだけどね、豊音、プロから誘いが来てる」

 

 浩子はほう、と片眉を上げる。言わずもがなインターハイはそのときの高校生の、特定の分野における優秀な選手だけが出場を許される大会である。それはもちろん麻雀に限らずさまざまなスポーツにおいても同様であり、その競技のプロのスカウトが見に来るということでもある。そのなかでも特に優秀であったり、あるいは鍛えれば花開く可能性を感じる選手は、そこをきっかけにプロ入りを打診される。そこから先はスカウトを受けた選手によって反応が変わるが、重要なのは “声がかかること” である。それはその道で生きていけるだろうとの評価を得たということと同義だ。

 

 「えっ、でも私たち二回戦でやられちゃったし……」

 

 「スカウトの目も節穴じゃないんだ、見ればわかるんだよ。それよりどうする?」

 

 「いろいろ話を聞いてみないとわからないけど、前向きに考えてみます」

 

 知り合いがプロになる可能性を手に入れた瞬間はとてもあっさりしたものだった。浩子のイメージでは、プロになるというのは学校で名前を呼ばれるための場所まで用意して、いざ名前を呼ばれたら仲間や恩師と涙を流して喜ぶ、みたいな映像が見られるものだと思っていた。ちょうど浩子の頭にあったのは甲子園で活躍した選手である。でも現実はこんなもので (あるいはこの場が特殊なのだろうか) 、けっこう無感動なものなんだなあ、と独り言ちる。さて思い返してみれば、浩子の周囲はプロだらけになっていた。

 

 

―――――

 

 

 

 南の空を覆っていた雲はどうやら東へと流れたようで、空には星が輝いている。大阪と比べて岩手の空はきれいで、空にはこんなに星があったのかと思うくらいにたくさんの光がある。風は少し冷たいくらいで、湯上りの火照った肌を冷ますにはちょうどいい。庭に面した廊下のガラス戸を半分ほど開けて、浩子は畳の上にうつぶせで寝そべっている。首の下には高さを調節するために座布団を二枚敷き、両の手は iPadの操作に使われている。

 

 浩子が考えているのは赤木から出された宿題のこと。どうして魔物は麻雀を打っていると言えないのか。今日、姉帯豊音と対局してそのとっかかりをつかんだような気がしていた。だからそこから思考を進める。彼女もいわゆるオカルト持ちであり、その能力の全貌は今日一日だけでは解明しきることはできなかった。だが、他家のリーチ (今日の対局に限って言えば、浩子以外は全員知っていたため被害を受けたのは浩子だけである) に対して追っかければ、確実と言っていいほど先手を打った人から一発で和了る能力と、鳴いて単騎待ちにすれば高確率でツモる能力はハッキリと見て取れた。彼女の打ち方はそれらの能力を前提として形成されている。

 

 それは、浩子が初めてオカルト能力持ちとぶつかって思ったことにまで遡る。“これを麻雀と呼んでいいのか” 。そのころの純粋な腹立たしさは、麻雀とより深く関わっていくようになって薄れていき、そのうちそういったものが存在していてもおかしくないのだと思うようになった。否、思うことを余儀なくされた。環境がそうさせたのである。浩子は小さなころから麻雀と親しみ、またある時を境に急に達者になった身近な従姉もいたから同い年にそうそう負けるようなことはなかった。中学のころにも全国大会に出場している。ただ、どうにも上に上り詰めていくと、いるのである。程度に差こそあれ、常識から外れた位置にいる麻雀を打つものが。さんざ虐げられてきた浩子はそれらを打ち倒すために情報を集めるようになった。内心でそんなもの麻雀ではない、と思う気持ちも浩子の戦い方でオカルトを倒せるようになるころにはすっかりと消えていた。

 

 ならばもし、彼女たちの打ち方を規定するそのオカルト能力がなければどうなるのか。馴染んだフォームを崩した魔物は果たして麻雀を打てるのか。だが、その答えはすぐには出しようがない。なぜなら浩子はそんなもの持ち合わせていないし、封じる技術もない。ただそれは非常に面白い可能性を孕んだ考えである、と浩子は考えた。

 

 ( 魔物級は能力が強すぎるぶん、それに振り回されてるっちゅうことか……? )

 

 もしそうであるならば、たしかに麻雀を打っているというよりは打たされている、と言ったほうが適切だろう。ああ、と浩子は思い出す。あの大星淡も自身の能力を持て余しているフシがあったな、と。神代小蒔は居眠りさえしなければ脅威ではない。ならば天江衣も、そしてあの宮永照も、何らかの形で弊害が起きているはずだ。いや、宮永照は打点上昇のために手が重くなるという弱点がはっきりしているものの、それを誰も打ち破ることができなかったと言うべきか。

 

 そこまで考えて、浩子は思考をはたと止める。

 

 ( ってことは、うちがたどり着くべき場所っていうのは…… )

 

 浩子は赤木の出した宿題の意図をはっきりと汲み取った。本人から確認こそとっていないものの、間違いないと確信している。そうして赤木が指し示した場所は、今の浩子からは想像もつかない地点であった。自分が本当にそれを実行できるのか。あの人たちはそれを意図して実行しているのか。()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()など。

 

 つまり魔物の手足を縛ってこちら側の土俵に勝負を持ち込むのだ。そのために何が必要になるのかは正直言って浩子にはまだ見当がつかない。赤木と健夜の言葉がふと頭に浮かぶ。“まずはやり方から” 。となればあの二人との対局にそれを実現させる鍵が隠されているはずだ。あのつかみどころのない雲のような闘牌。あのような打ちまわしは浩子にはできない。だが仮にあの立場に立ったとして、その利点は何なのか。赤木と健夜の位置から見た対局者はどう映るのか。課題が突然に立ち上がる。靄に包まれていた視界が開け始める。しかし見えた景色は圧倒的に不親切で険しい道だった。

 

 

 浩子は今、赤木の前に座っている。豊音を当然のように下宿させているだけあって、トシの家もかなり広い。純和風の造りはその身に流れる日本人の血のせいか、とても落ち着くものである。木と紙で成り立つ家。その一室で浩子は赤木と対面している。

 

 「赤木さん、この間の宿題はわかりました。でもその先ってどないすればいいんですか」

 

 赤木はとくに答えを確認するでもなく、浩子の言葉をただ聞いていた。浩子がこの答えにきちんとたどり着くことをあらかじめ知っていたような、そんな様子だ。すこしだけ満足そうに右の口の端を上げると、こう切り出した。

 

 「じゃあ、ひろ、いいか?二つめだ。打牌って何だ?それを考えてみろ」

 

 打牌。それは麻雀における基本動作のひとつである。なにかを手に入れたらなにかを手放さなければならない。それがツモによるものであっても鳴きによるものであっても変わりはない。打牌とは何か、と問われればそれ以上の答えが浩子には浮かばない。もし仮に捨牌という言い方であるならば、それは相手の手を推測する手がかりとなるものである。しかし打牌とは牌を切る行為そのものを指す。その行為自体に意味があるのだろうか。赤木の宿題は相も変わらず浩子を悩ませた。

 

 

―――――

 

 

 

 すこし遠くに目をやれば山の緑が空の青に映えている。風はそよそよと心地よい。あと一週間は続く夏休みを岩手の学生も満喫しているようだ。浩子は現在、豊音とともに住宅街を抜け、トシの家から最寄りの駅まで来ている。目的は待ち合わせである。駅で待ち合わせというのは学生として正しい振る舞いではあるが、貴重な夏休みに呼び出してやることが麻雀なのだから色気もなにもあったものではない。

 

 豊音の服装はどうしてだろうと不思議に思うほど真っ黒で、だから浩子は駅に向かう道すがら聞いてみた。ちなみに浩子自身はどちらかといえばタイトめな服装を好む。こだわりの色などはとくに意識したことはない。

 

 「私、背がおっきいからあんまりサイズが合うのがないんだよー」

 

 今後一生ぶち当たることのないであろう悩みに、浩子は共感してあげることはできなかった。それは大変ですね、となんとも適当な返事を返すのが精一杯であった。そうこうしている間に待ち合わせ場所である駅に近づいてきた。予定の時間よりも少し早めに出てきたこともあって、まだ白望は着いていないようだ。豊音がじゃあちょっと待とうね、とやさしく声をかけてくる。大阪に比べれば過ごしやすい気温だったので、とくに浩子も苦に思うこともなかった。

 

 電車が右から来て停車し、左へと進んでいく。岩手のなかでも田舎に分類される宮守高校の近くは、駅があけっぴろげである。駅の入り口から反対側の景色が当たり前のように見ることができる。さきほど来た電車の姿がプラットフォームから完全になくなると、ひどくゆっくりと歩く白い髪の少女が目についた。豊音がそばにいると気づきにくいが、白望も女子としては背が高い。それに昨日は制服で気づかなかったがかなりスタイルがいい。千里山で対抗できるのは清水谷先輩だけやな、と浩子は冷静に分析した。すこし悲しくなった。

 

 白望は移動している最中にちらりとこちらを見やり、浩子と豊音の姿を確認した。しかし確認しただけでとくに歩く速さを変えたりはしなかった。同じ駅で降りた人全員に追い抜かれ、やっとこ白望が改札口から出てきた。おはよ、と簡潔に挨拶を口にする。浩子も丁寧に挨拶を返した。豊音はすごいよー、時間通りだよー、と白望をなで回している。抵抗もせずされるがままなので、浩子はそうされるのが好きなのだろうかとその情景を眺めていた。

 

 「……今日は、誰が来るの?」

 

 「来るのはシロだけだよー。みんなはお勉強もあるし」

 

 「えっ、小瀬川さんも勉強ありますよね?」

 

 「こう見えてもシロってすっごい頭良いんだよー。いっつも一番とかなんだー」

 

 「……要点だけ押さえればそこまで難しくない」

 

 てっきりその立場には臼澤さんや鹿倉さんが立っているものだと思い込んでいた浩子はこっそり驚いていた。人は見かけによらないというが、それには振る舞いまで含まれるんだな、と若干失礼なことを思っていた。

 

 「豊音、いっこ聞きたいんだけど」

 

 「なあに?」

 

 「昨日の男の人はいる?」

 

 「赤木さん?朝ふらっと出かけちゃったからわからないかな」

 

 「そう」

 

 「でもなんで……、って、あっあっ、シロ、そういうこと!?」

 

 「いや、まーじゃ」

 

 「だよねだよね!シロもお年頃だもんね!」

 

 「……ダル」

 

 

 熊倉宅で行われた女性だけの麻雀は、途中に休憩をはさみながら陽が傾くまで続いた。実力で遥かに上回る人々に囲まれた浩子の戦績はひどいものであった。小鍛治健夜、熊倉トシの両名は言うに及ばず、現役高校生ではあるもののプロ予備軍たる姉帯豊音、小瀬川白望の力も相当のものだった。麻雀は運に支配される競技であるがゆえに浩子の調子がいいときももちろんあったが、間の悪いことにその局には健夜がいたためことごとく二位が精一杯だった。それでも強者との対戦は学ぶことも多く、実りのあるものだったと言えるだろう。自分が非番のときにはどうにか豊音の能力を封じられないかと頭をひねってみたが、今日一日では成果は得られなかった。それどころか豊音にはまだ隠し玉があることが判明した。

 

 麻雀は深みに嵌まれば嵌まるほどに、頭を使うことを強要し、神経を削る。そのことからか、やたらと麻雀打ちには甘いものを好むものが多いという噂が立っている。実際のところは個人の嗜好によるため、ひとくくりに甘いものが好きだなどと言うことはできないが、現時点で浩子はなんだか糖分が欲しかった。時刻は三時を過ぎたところである。ガラッと玄関の戸が開く音がして、足音とともに現れたのは赤木だった。朝の出がけのときにはスカスカだったカバンがなにやら重みを増しているように見受けられる。赤木はそのカバンを部屋の隅に置き、対局が見える位置に座り込んだ。

 

 「しげるくん、次から入る?」

 

 「……気分じゃないんで」

 

 「そう」

 

 健夜との短いやり取りを聞いて、浩子は内心安堵する。場合によっては赤木・健夜・トシ・浩子なんて卓が立ちかねないのだ。勝利条件を飛ばないことにしたって難易度が高すぎるといってもいいくらいだろう。そんな恐ろしい考えを頭から追い出し、目の前の場へと意識を集中する。いくら赤木が入らないといったところで、現在の相手は健夜にトシに豊音である。これまで経験した中でも最高峰のレベルの卓だ。自分より格上しかいない。そうやって浩子が集中し始めたところで白望が赤木へと声をかける。

 

 「…………あの、質問があるんですけど……」

 

 赤木は無言で続きを促す。

 

 「昨日の一局目、打ち方に変な感じがして」

 

 赤木はその問いに対して一言だけ返した。

 

 「相手を知らなきゃ始まらねえだろ?」

 

 それで質問にはきちんと答えたと言わんばかりに、赤木の視線は雀卓の方へと注がれている。白望のこれまでの経験則からすると、相手を知ることと最善ではない打ちまわしをすることは結びつかない。彼女にとっては腑に落ちないまま赤木と離れることとなるが、それは後のプロ雀士・小瀬川白望を形成する大きな要因となる。インターハイの先鋒として戦い抜くことも一般からすれば手の届かないような領域ではあるが、そこよりも遥かにレベルの高い戦場があることをまだ小瀬川白望は知らなかったが、それはまた別のお話。

 

 

―――――

 

 

 

 昨日の食卓より一人増えた夕飯は賑やかなものだった。白望は積極的に場を盛り上げるタイプではないが、人に構われる雰囲気のようなものを持っている。豊音の笑顔は昨日と比べて二割増しくらい輝いており、ことあるごとに白望に話しかけている。健夜も負けじとさまざまな話題を振っては笑ったり撃沈したりと百面相である。こういった騒がしい情景を浩子は懐かしいと感じていた。千里山の先輩が引退して、まだ二週間も経っていないというのに。どうやら自分の思っていた以上に先輩方は精神的な支柱になっていたようだ、と浩子は苦笑する。ひょっとしたら赤木についてこなければずっと気付かなかったのかもしれない。

 

 白望は今日泊まることになっており、豊音の部屋に三人分の布団が敷かれている。お誘いを受けた浩子はすこしだけ気後れもしたが、ガールズトークも面白そうなのでお言葉に甘えることにした。修学旅行というわけでもないのに (熊倉トシは学校の先生でもあるが) 、こそこそとする秘密の話はとても楽しいものだった。秘密の話は秘密であり、以下の会話はそこに分類されなかったものである。

 

 「そういえば小鍛治プロはどうして東京に行ったんだろうねー?」

 

 「ああ、ラジオの収録らしいですよ」

 

 「インハイレディオかぁ。あれ面白いよねー。シロは知ってる?」

 

 「……知らない」

 

 「じゃあ明日いっしょに聞こうねー」

 

 夜は更けていく。

 

 

 

 

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