たった一人で世界を救う話 作:KiRIN(きりん)
第一話「職業適性審査」
海を見たことがなかった。
俺は海を見たことがない。
俺の友達も見たことがないし、妹も姉貴も父さんも母さんもお爺ちゃんもお婆ちゃんも見たことがない。
それどころか俺の住む街にいる人は、誰も海を見たことがない。
それは何故か?
海には怖い怪物――深海棲艦がいるからだ。
深海棲艦は恐ろしい力を持っている。
一番弱い奴でも大体戦車と同じくらいの装甲や砲弾を搭載している上に、兵器とはかけ離れた、獣の様な動きをするらしい。
だから現代兵器では先ず歯が立たない。
一体殺すのに大体向こうの十倍戦力が必要だと言われている。
それも一番弱い奴で、の話。
深海棲艦にはもっと強いのがいるらしい。
海底資源が使えない今、奴らを殺そうと思ったら資源不足で先にこっちが飢え死にしてしまう。
深海棲艦といえどミサイルを当てれば流石に死ぬらしいが、深海棲艦は小さく、しかも深海に逃げるせいでほとんど当てられない。
とはいえ深海棲艦は海でしか生息出来ないらしく、内地に引きこもることでなんとか人類は生き延びている。
人口は緩やかに減少している。
海が使えなくなったことで、発電施設や食料、資源、埋め立て地なんかが不足したせいだ。
だけどそれは本当に緩やかな減少で、少子化問題を少し悪化させた程度のものだったりする。
飢え死にしたり、戦死したりといった話はもうほとんど聞かない。
子供を産まなくなったり、病院に行けなかったり……そういう理由で人口は減っている。
とはいえこの人口の減少も、その内止まると思う。
地下開発や内部に畑を積んだ巨大飛行船の開発が進んでいるからだ。
宇宙開発も急速に進んでいて、もうすぐ宇宙からの太陽光発電だけで地球全てのエネルギーをまかなえるようになるのだとか。
そして何より、人類は『贅沢』を辞めつつある。
人類全員が慎ましく『生きるだけ』なら元々、何の問題もなかったのだ。
――ただ海が見えない。
それだけのちっぽけな問題を抱えながら、人類は深海棲艦との共存を果たしつつあった。
俺は海を見たことがなかった。
その理由は上記の通りだ。
そう、海を見たことがない
それなのにいつも海の夢を見る。
夢の中で、俺は浜辺に立っていた。
傍らには小さな女の子。
泥だらけで、オイルと磯臭い臭いがする、可愛らしい女の子。
彼女は俺を見ると、いつも必ず泣き出してしまう。
「やっと見つけた」
そう言うと、彼女は決まって笑う。
ああ、俺はきっとこの女の子が好きなのだろう。
たまらなく嬉しくなって、彼女を抱きしめたくなる。
だけどその願いは叶わない。
海から恐ろしい怪物が来て、彼女の上半身を持って行ってしまうからだ。
「あ、ああ――ああああああっ!」
血に染まる。
視界も俺の身体も、海でさえ。
次の瞬間目を覚まし――俺はいつも汗をぐっしょりかいている。
夢、というにはあまりにもリアルな感触。
女の子の匂い、表情、血の生暖かさ。全てが真に迫っている。
そして何より海だ。
俺は海を見たことがない。
テレビや絵なんかで見たことはあるから、どんな風景かは知ってる。しょっぱいだとか、途轍もなく広いだとか、浜辺には貝殻が落ちてるだとかの、本で得た知識もある。
それでもやっぱりそれは“知識”であって、体験したことではない。
それなのにあの夢で見る海は、本当に体験したかの様なリアルさがある。
太陽が反射して光る海、波の音、砂の上を歩く感触、海風の心地。今でもハッキリ思い出せるくらいだ。
俺は海を見たことがない。
だけどそう、俺はそう断言できないくらい、海を知っていた。
「朝飯の時間だゴラァ!」
センチメンタルなモノローグと、ついでに建てつけの悪いドアを全て吹っ飛ばしながら、女が俺の部屋に入って来た。
いや、蹴破って来た。
上は薄いTシャツ一枚、下はパンツ一丁という見た目をしている。
きっと痴女の精霊だろう。
怖い。
そうだ、もう一度海を見に行こう。
二度寝することにした。
「おい、朝飯の時間だ」
「ぜ、ゼットゼットゼット……」
「口で言うな!」
そう言うと女が、布団をひっぺがした。
露わになる俺の裸体。
そう、俺は全裸で寝るたちなのだ。
海を見ているのが夢だと分かったのも、夢の中の俺が服を着ていたからだったりする。全裸って凄い。僕はそう思った。
「朝飯の時間だ」
「それは朝から性的に俺を食べるって意味でしょうか……?」
「馬鹿なこと言ってんな! とっとと降りてこい」
そう言うと女――もとい俺の姉貴は、部屋を出て行った。
時計を見ればもう朝の8時。
流石にそろそろ部屋を出よう。
俺たちの両親は、遠くへ行って働いている。
今の時代好きな場所で自由な職に就く、なんてのはない。政府が決めた『その人に合った最適な仕事』にみんな就いている。
超わかり易い例を出すと、マッスルなナイスガイの脳筋男がシステムエンジニアを目指すより、建設業をやらせた方がいい、みたいな。
感情とか抜きにしたら、そっちの方が効率がいいのは、まあ、なんとなく分かる。
俺の両親も例に漏れず、父さんはネジを作る工場、母さんは木を切る仕事をしているというわけだ。
両親がいないでどうやって子供達が生きていくのかっていうと、その辺は全部学校がどうにかしてくれる。
学生の内はみんな、寮で過ごす。
学生寮と言っても、マンションみたいな所に、家族単位で暮らす感じだ。
洗濯とか掃除とか、ある程度の家事は自分達でやらないといけないけど、学校側がやってくれることは沢山ある。不便な所はもちろんあるけど、生きて行く分には何一つ困らない。
リビングに行くと、姉貴が新聞を読みながらトーストをかじっていた。
姉貴の対面には、妹が座っている。
妹は相変わらずの無表情で、ひたすら、もしゃもしゃと野菜を咀嚼していた。別に普通の食事風景なのだが、何故かずっと見ていたくなる。
「おはよう諸君!」
右手を上げて陽気な朝の挨拶。
それを受けて妹は「おはよう諸君」と、まだ眠いのか気の抜けた声で挨拶を返してくれた。返してくれたところ悪いが、俺は一人だから“諸君”ではないが。
姉貴の方はというと、ツカツカとこっちに歩いて来て――俺の頭にゲンコツを落とした。
「なんでお前はまだ全裸なんだ!」
し、しまった!
たしかに俺は服を着ていなかった。
なんとかごまかさなければ。
「……いやこれは、馬鹿には見えない服を着てるんだ」
「なんだそうだったのか。いやよく見れば、服を着てたな。はっはっはっはっ」
「そうだろう? まったく、姉貴はうっかり屋さんだな」
姉貴が笑った。
俺も笑った。
「早く着替えてこい」
「はい」
再びゲンコツを落とされた俺は、大人しく自分の部屋に戻った。
「妖精さん」
「はいよー」
ドアをしっかり閉めてから、虚空に向かって呼びかける。
いつも通り気の抜けた声を出しながら、妖精さんが現れた。
俺には『妖精さん』が見えた。
ずっと昔から……少なくとも物心ついた時からは。
近くに妹と姉貴がいたことは幸いだった。
小学校に入る前には、妖精さんが俺以外の人間には見えないことに気づくことが出来た。
妖精さんは便利だ。
もちろん限界はあるが、頼むと大体のことをしてくれる。
今もこうして俺の服を作って着させてくれた。
「ありがとう、妖精さん」
「おやすいごようさー」
やっぱり気の抜けた挨拶をして、妖精さんは何処かへ消えてしまった。
妖精さんのことについては、俺もよくわからない。
前にちょっと調べてみたけど、童話チックな感じの妖精さんとか、逆に妖精は実話怖い存在で、元ネタは云々……みたいなのしか出てこなかった。
自分にしか見えない不思議な存在。ちょっと不気味だけど害はない、というか便利なことしかないから大丈夫だろう。
リビングに戻って朝食を食べた。
姉貴はメガネをかけてまた新聞を読んでいた。
妹は――何してんだこいつ。なんか割り箸を瓶に入れて、変なタレに漬けてる。
俺が見ていると、何を勘違いしたのか若干ドヤ顔しながら、妹が話しかけてきた。
「兄さん、これは何をしてるんだと思いますか?」
「割り箸を拷問してる」
「外れです。というかどんな物騒な発想してるんですか……
まあいいです。
これはですね、ふっふっふっ。メンマを作っているのです。こうやって作るのだと、ネットに書いてありました」
「そっか」
よく考えたら俺に妹はいなかった。
誰だこいつ。
メンマ職人か?
「ちょ、兄さん。何ですかその可哀想なモノを見る目は」
「うん。いや、いいんだ。強く生きて下さい」
「なんで他人行儀!?」
「兄さんは応援してるぞ」
「あっ、でも味方してくれはするんですね」
「陰ながら」
「表に出てきてください!」
言われた通り、俺は一旦家を出た。
二、三分そこで時間を潰して、また家に戻る。
「言われた通り、表に出てきたぞ」
「物理的!」
何がツボに入ったのか、メンマ職人は目の前で笑い転げ始めた。
もうこいつは放って置こう。
食事を再開すると、今度は姉貴が話しかけてきた。
「ん、そういえば聞いたか?」
「何を」
「今日は職業適性審査があるらしいぞ」
「えっ、やだー。朝ごはん抜けば良かったー」
「身体測定を受ける女子か!」
「いてっ!」
姉貴が肩をグーで殴ってきた。
メンマ職人のツッコミと違って物理的だから困る。
「肩の骨が折れた……!」
「もう片方も折ってやろうか?」
「かかって来いよ、姉貴! 銃なんか捨て肩が千切れるほど痛いです!」
ちょ、えっ?
姉貴に掴まれた肩が曲がってるんだけど。
なんか渦巻き貝みたいになってるんですけど。
耳を当てたら海の音がしそうな感じなんですけど。
「五分経てば治る」
「ちょっと本格的なカップラーメンかよ」
どんな力の加え方したらそうなるんだ。
しかもあんまりいなくないし、普通に指も動く。
ぐにゃぐにゃの腕で指を動かすと、なんか気持ち悪いな……
朝飯を食い終わったら、もうすぐ家を出る時間だ。
姉貴はまだ授業まで時間があるけど、高校生の俺と中学生の妹はもう出なくちゃいけない。
俺の場合準備は妖精さんがしてくれるから楽ちんではあるけど。
「おい、二人とも」
家を出る時、珍しく姉貴が玄関まで来た。
いつもはリビングから「行ってこーい」って言うだけなのに。
「どんな職業に就こうと、困ったら姉貴が助けてやる。だから安心して行って来い」
柄にもなく、姉貴が急にこんなことを言い出したのには訳がある。
さっきも言った通り、今日は職業適性審査があるからだ。
――職業適性審査。
一年に一度行われる、子供の職業を選ぶための審査。
身体能力とか頭脳、後はまあ先生から聞いた素行なんかをデータにして、過去の例からその人間に合った職業を選ぶ。
小学一年生の子供に何かしらのスポーツをやらせても、能力が成熟していなさすぎて才能があるかないか分からないように、ある程度成熟していないと適正のある職業も測れないそうだ。
じゃあ何歳になったらしっかり測れるのかと聞かれると、それは人によるとしか言えない。
だから毎年審査を受けて、適正のある職業が決まらなかったらまた一年、学生生活を送れる。
ただし決まってしまうと、即座にその職場に送られてしまう。
身体を使う系の職業なら学校で勉強せずトレーニングした方が、職人系なら現場に出て学んだ方が効率いいからだ。
だから今日、いきなり就職、なんて事も大いにあり得る。
それともう一つ。
ぶっちゃけこっちがきつい。
頭脳や身体能力が一定に達していなかった場合、学校から強制退学させられてしまう。
そして強制退学させられた学生は、誰でも出来る――例えば清掃やお弁当のタンポポを乗っけるみたいな――職業に就かされる。
優秀じゃないやつは育てる価値なし、ってことだろう。
中には例外もある。
適正のある職業が見つかったとしても、本人の能力がかなり高ければ、育てる価値ありとみなされてそのまま学校に通えたりとか。
なんにせよ、大学まで行けるのはほんの一握りのエリートだけだ。
ちなみに姉貴はそのエリートだったりする。今は大学四年生で、このままいけば院にも行けるかもしれない。
一方俺は――そんなに優秀な方じゃない。
とはいえ落ちこぼれって訳でもない。中の中の上くらいはあると思う。
スポーツの方は、上の中くらいはあるつもりだ。
よっぽど変な職業に就かされることは無いと思う。
それに我が家きってのスーパーエリートである姉貴が、面倒を見てやると、そう言ってくれてる。
まあだから、何も心配することはない。
どうせ今更ジタバタしてもしょうがないことだし、どーんと行けば良いのだ。
「じゃ、行ってきます」
「行って参ります!」
俺たちはいつも通り――登校路を歩き始めた。
◇
「おはよう、諸君」
挨拶しながら教室に入る。
普段と変わらない、穏やかな教室。
だが次の瞬間――その平穏は破られた。
「伏せなさい!」
「ッ!?」
考えるより先に、身体が動いた。
近くにあった机の下に飛び込む。
「敵はどこだ!?」
「あっ、うん。その辺とかじゃない?」
迫真の演技をしたのに、帰ってきた返事はしょぼくれてた。
机を出て、悪友の頭を小突く。
「なんで振ったお前が飽きてるんだよ!」
「いやさ。雑に振ったボケにそこまで全力で乗っかられてもね。そのー……なに? 先を考えてなかったのよ」
「考えてなくてももっとあるだろう!」
「例えば?」
「た、例えばだと」
そうだな……
「敵は四時の報告から来てるわ! あたしが引きつけるから――後は分かるわね?」
「ふんふん。今のは私のパートね。それで?」
「ば、馬鹿野郎! みんなで故郷に帰るって約束したじゃねえか!」
「ほおー。そこから?」
「あたしも出来れば帰りたかった。でも、気づいちゃったんだ。自分より大切なモノの存在に。だからみんなは、生きて」
「盛り上がって来たわね。続きをお願い」
「それが馬鹿だって言ってんだ! 俺だって――っていつまでやらせんだよ! 演劇部か、俺は! 朝のちょっとしたノリが稽古に早変わりだよ!」
怒涛のツッコミに手をウィンクもしながら「ごめんごめん」と言っているのは、俺の悪友である
もうすぐで色々見えちゃうってくらい、限界まで制服を着崩した格好をしている。
しかし本人曰く、校則は破ってないらしい。
先生に何も言われないところを見ると、本当なのだろう。
校則にも穴はあるんだよなあ……。
そのまま雑談していると、チャイムが鳴って先生が入って来た。
今日は職業適性審査があると伝えてから、体操服に着替えて体育館に集合だと。
毎度のことながら、制服で来た意味ねえじゃん。
「着替え手伝ってやろうか?」
「あら、いいの? 悪いわね――ってなるわけないでしょ!
セクハラするな!」
「ち、違う!
俺はただ、お前があんまりにも頭が悪いから、着替えも一人じゃ出来ないと思ってだな……完全に善意だ」
「悪意じゃない。あたしが思ってたより数段悪意じゃない。
つーかあんた、スカートの脱がせ方とか分かるわけ?」
「ふっ。誰にモノを言っている」
「えっ、分かるの?」
「ヒント:童貞」
「分からないんじゃない! 無駄にカッコつけんな!」
「飛鳥ちゃん。男の子には、カッコつけないといけない時があるんだよ」
「急に第三者っぽく喋るな! 思いっきりあんたのことよ!」
話していると、時間になってしまった。
飛鳥が慌てて更衣室に向かう。
俺も俺で、手早く着替える。男子ってこういう時楽だ。
体育館に行くと、酸素カプセルみたいな機械が数台並んでいた。
あれが適正のある仕事を見つけるためのマシーンだ。
男子と女子で時間帯が分かれてる。
先に女子がやって、次は男子。
教室で待たせてくれればいいのに、何故か寒い廊下で待たされてる。
この辺は昔から変わらない。
女子が終わって、やっと男子の番になった。
入れ替わりで女子が出て行く。
女子の団体とすれ違う時――襟を誰かに引っ張られた。
の、喉がとても痛い。釣られる魚の気持ちが分かった気がする。次から夢に魚釣りが追加されたらどうしよう。
「ちょっとこっち来なさい!」
「行く! 行くから離せ! このままじゃクビだけが行っちゃうから。ディラハンになっちゃうから」
俺の小ボケにも耳を貸さず、慌てた様子で俺を廊下の脇に引きずり込んだ。
流石に尋常ではない。
……いや、分かっていた。
今日この日、こいつがこんな風になるってことは。原因は一つだけだ。
「あたしの職業が決まった」
「……そうか」
これしかない。
つまり、こいつとの学生生活はもう終わり。
もしかしたら俺も一緒の職業に適性があるかもしれないが……そんなのは何万分の一以下の確率しかない。
しかし何も、今生の別れという訳じゃないだろう。
会う頻度は減るが、プライベートで会うことは出来る。
だけど飛鳥は、首を横に振った。
「あたしの職業先は海軍なの。明日から――ううん、今日からかもしれない。海軍学校に行かなきゃいけないの」
驚愕した。
たった二文字じゃ表せないほど、俺は衝撃を受けた。
海軍――今の時代、その言葉の意味する物は大きい。
昔のように人間相手なら、ただ物騒なだけ。平和ではないが、あり得る範疇だ。
しかし今は深海棲艦がいる。
人類は海を諦めたわけじゃない。
今も世界中で、深海棲艦を殺す手段が考案され続けている。
それに確かに、奴等は海にしか生息できない。
でもそれは“今は”という話。
確証があるわけじゃないし、本当に海にしか住めないのだとしても、突然変異して上陸してくるかもしれない。
深海棲艦がどこから来たのか。
生態系、体の仕組み。
人類が深海棲艦について分かってることは、驚くほど少ない。
そんなまだまだ分からないことだらけの深海棲艦を調べて、対策を立てているのが海軍だ。
大袈裟じゃなく、人類の救い手になっている。
当然所属している人間は、超の付くエリートしかいない。
それこそ姉貴を超えるレベルの。
プライベートな時間なんて、あるわけがない。
それなのにこいつが――海軍?
ずっと昔から友達だった飛鳥が。
どうしても言葉が飲み込めない。
話を聞いても、頭に吸収できず、落ちていってしまう。
「放課後、話をしよう」
だから俺は、そう言って誤魔化した。
飛鳥の方を見向きもせずに、体育館に戻ったんだ。
何を言えばいいんだろうか。
それだけをずっと考えていたら、いつのまにか俺の順番になっていた。
「
政府の人に名前を呼ばれて、機械の中に入る。
何かを調べているのだろう。
赤と青の光が、俺の体を包んだ。
その時、不意に閃いた。
閃いてしまった。
状況を悪化させてしまうかもしれない。
バレたら大変な間に合うだろう。
でももしかしたら、この状況をどうにか出来るかもしれない。
「妖精さん」
「はいよー」
俺の問いかけに、いつものように気が抜けた声で妖精さんが答えた。
「この機械にハッキングして、俺の適性職業を海軍にしてくれないか」
◇
物を出すとか、作り変えるとか。
妖精さんの力は基本万能だ。
食べ物とか生き物は出せないけど、それ以外の事は基本何でもできる。
それとあまりに大きいもの、複雑なものも厳しいらしい。
昔バイクを出して欲しいと言ったら「むりだお」と言われたことがある。
「うーん。出来るかな〜?」
分からない。
妖精さんがこう言い出したのは初めてのことだ。
いつも「出来る」か「出来ない」かの二択だった。
機械が複雑すぎるのか、あるいはセキュリティシステムか何かが強いのだろうか。でもそれなら前のように無理だと言いそうな気もするが……はて。
「頼む」
「いちおーやってるわー」
妖精さんが機械に触れると、先ほどとは明らかに違う、規則性のない起動音が鳴り出した。
ただそれも束の間のことで、直ぐに元の一定的な機械音に戻ってしまう。
「むりだわー。これ一人じゃむりなやつだわー」
「一人じゃ無理?」
「しかり。もういち妖精を要請するであります」
もう一人妖精を出す……そんなこと、考えたこともなかった。
「もう一人出せるの?」
「なんかこう、念じれば。たぶんいけるで」
「なんで関西弁?」
ともかく、言われた通り念じている。
妖精さん、もう一人出てきて。
……。
………。
ん?
なんか物凄く身体の力が抜けていく。
身体の内側が引っ張られて抜けていく、みたいな感覚だ。立っていられないって程じゃないけど、汗がにじむ程度には疲労感がきた。
こんなこと、今まで妖精さんを出すときはなかったのに。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃーん。お呼びかおーい」
“ポン”という音と共に、妖精さんが出てきた。
いつも出てくる気の抜けた妖精さんと違って、なんかオラついてる。
出てきて早々、俺のほっぺた引っ張ってるし。
妖精さんにも個性があったのか……知らなかった。
「いきなりだけど、この機械にハッキングできる?」
「さあ? しかし頼まれちゃしかたねー。やったるぜ」
「お、おう。ありがとう」
今度は二人掛かりで、機械にハッキングし始めた。
さっきよりも大きい音が機械から出始める。
これはイケるか……?
「無理だわ、これ」
「ふた妖精じゃちょっとねー」
無理だった。
使えね、こいつら。
何が万能じゃい。
「後何人いれば出来そうだ?」
「そだねー。あとさん妖精いればオールグリーン」
あ、あと三……
さっきの感じだとキツイな。
だけどやるしかない、か。
俺はまた念じ始めた。
するとまた、俺の中身が引っ張られ始めた。
さっきよりも数段強い力で。
「……あっ」
するりと。
俺の体内から“何か”がごっそり持ってかれた。
目の前には――三人の妖精さん。
最初に出した二人と合わせて、三人の妖精さん。
失敗した。
俺は、失敗したのだ。
一人目の妖精さんを出すときは、俺は少しも疲れなかった。
しかし二人目の妖精さんを出すときは、かなりの疲労を覚えた。
それなら三人目はもっと疲れるはずだし、四人目五人目なんて、到底むりだ。
ちょっと考えればわかるはずだったのに、焦るあまり、俺は見落としていた。
次の策を考えなくてはならない……そう思ったが、次の瞬間、膝が折れた。
ドッと汗が噴き出てくる。
立ち上がろうとしたが、それどころではなかった。
筋肉が異常なくらい痙攣してる。一気に全身が筋肉痛になったみたいだ。
いや筋肉どころか、骨や関節すらもズキズキと痛む。
喉が干上がり、肺がひっくり返ったように痙攣しているせいで、呼吸もままならない。
そして何より――眠気だ。
痛みが気にならないくらい眠い。
俺はあっけなく、意識を手放した。