たった一人で世界を救う話   作:KiRIN(きりん)

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第二話「提督になった日」

 目が醒めると、俺はベッドに横たわっていた。

 家の物ではない。

 知らない天井だ、というやつである。

 

 冴えない頭を働かせて、気絶する前のことを思い出す。

 俺は機械の中で気絶したはずだ。

 誰かが発見して病院に運んでくれた、

 もしくはハッキングがバレて捕まった、

 考えられるのはこの辺か。

 いや、普通に適性のある職業が見つかって、その関係でここにいるということもあり得るか。

 

「お目覚めですか?」

 

 急に声をかけられた。

 ビックリして振り返ると、綺麗な女の人が立っていた。

 その顔には見覚えがある。

 名前は知らないが、政府が何かを発表する時、いつも偉い人の横に立っている秘書だ。

 するとここは、政府の建物なのだろうか。

 

「意識はしっかりしていますか?

 身体に何か不自由なところ、記憶が混濁している部分などがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」

 

 お姉さんを見たら身体の一部が盛り上がっちゃって、

 とか、

 僕の記憶が正しければ僕とお姉さんは恋人ですよね、

 とか言ってみたい。

 でも勇気が出なかった。

 童貞だからな。許してくれ。

 

「いえ、特に問題はありません。あの、でも、何でここにいるか分からないのですが……そもそもここはどこです?」

「ここは海軍の管理している病棟の一つです。何故ここにいらっしゃるかは、申し訳ございませんが、私の口から申し上げられません」

 

 海軍本部……

 何故?

 妖精さんによるハッキングは失敗した。

 それなら俺と海軍には、何の関係性もないはすだ。

 

「色々と疑問に思っていることと存じ上げますが、ご安心下さい。

 この後元帥様に謁見していただきます。その際、あの方からご説明があります」

 

 元帥というと、海軍で一番偉い人だ。

 そんな人が俺に用?

 益々分からない。

 

 体調が回復したことを告げると、早速元帥の所に連れて行かれた。

 通された部屋は、予想に反して小さかった。

 勝手にRPGに出てくる魔王の間みたいなのを想像してたから面食らった。

 

 それともう一つ驚いたことに、元帥は意外と若かった。

 若いといってももちろん俺より年上で、大体40代くらいだろうか。

 政府のお偉いさんが年寄りばっかりだから、元帥も年寄りだとばかり思っていた。

 ただやっぱりそれ相応の空気というか、威厳みたいなのを感じる。

 

 元帥はレポート用紙を片手に、俺に話しかけて来た。

 チラッと内容が見えたが、どうやら俺のことが書いてあるらしい。

 

「遠野総一郎君で間違いないね?」

「はい」

「私はこんな立場にあるが、まどろっこしい言い回しは好きではない。単刀直入に聞くが、君には不思議な力があるだろう」

 

 妖精さんのことだろうか。

 というかそれ以外ない。

 

 妖精さんのことはあまり言いたくない。

 理由は色々とあるが、どう考えても変だからだ。17にもなって「俺妖精が見えるんだよねー」はちょっと痛すぎる。

 しかし元帥さんは、もう事情を知っているらしい。

 聞く、というよりは確認だろう。

 ここに来て、誤魔化しは通用しなさそうだ。

 俺は素直に、首を縦に振った。

 

「見せてもらえないか」

「それは……構いませんが、どうやら僕以外の人に妖精さんは見えないみたいなんです」

「構わない。見せてくれ」

 

 言葉こそ頼んでる風だが、口調は威圧的だ。

 まあ向こうの方が圧倒的に上の立場にいるんだから、それが正しいんだけど。なんかこの人は好きになれない。

 そういうこともあってか、ちょっと迷ったけど、結局俺は妖精さんを呼び出した。

 

「……ふむ」

 

 元帥が何か、巨大なサンバイザーみたいな物をつけた。

 昔FPSで見た暗視ゴーゴルによく似てる。

 ……そうか。

 確かに妖精さんは目に見えないかもしれないが、熱探知とかなら見えるのかもしれない。

 考えたこともなかった。馬鹿だな、俺。

 

「何か命令を――そうだな、石を出すよう言ってくれないか」

「分かりました。えっと、妖精さん。石を出して」

 

 妖精さんはいつも通り気の抜けた返事をすると、石を出してくれた。

 

「分かった。もういい」

 

 もういい?

 帰っていいということだろうか。

 

「遠野君」

「はい」

「君は『提督』だ」

 

 どういう意味やねん。

 そう言われても、少しもピンとこない。

 さっきからこの人、言葉足らず過ぎだろ。

 誰ださっき「元帥が全部説明してくれる」とか言った女は。

 お前か。

 美人だから許す。

 

「あの、お話が見えてこないのですが」

「……」

 

 おいおい、今度は無視だよ。

 と思ったら、ちょっとしてから元帥が口を開いた。

 

「艦娘、という存在を知っているかね」

「いえ、知りません」

「だろうね」

 

 じゃあ聞くな。

 

「深海棲艦と同じくらいの強さを持つ兵器だ。しかも深海棲艦と違い、陸を歩ける」

 

 元帥はかんむす? を“兵器”と呼んだが、話を聞く限り、深海棲艦と同じように半分生き物だそうだ。

 しかも人間と酷似しているらしい。

 そんなのがいたら話題になりそうだが……一度も耳にしたことがない。

 情報規制がされているんだろう。

 

「艦娘は会話ができる。ただし会話が出来るだけで、言うことを聞くわけじゃない。人間に興味がないのだろうな」

 

 人間と深海棲艦は敵対している。

 それに対して、艦娘は中立、ということか。

 あまり好意的ではないようだが。

 

「だが例外がある。艦娘はある特定の人間にのみ興味を示す。興味を示すというより……崇拝すると言った方がいいか。どんな命令にも絶対的に従い、自分が死んでも構わないとすら感じているようだ」

「……」

「その人間を私達は『提督』と呼ぶ。そう、君のことだ」

 

 話の流れ的に、なんとなく気がついてた。

 いきなり艦娘の説明をするなんて、俺と関わりがある以外ない。

 

「我々は提督を探していた。職業適性審査――アレは提督を探すという意味合いが大きい。提督の周りには、必ず妖精がいる。故にあの装置は本人の能力を測ると同時に、妖精を感知しているのだ」

 

 それでか。

 妖精さんがハッキングする時「分からない」と言っていたのは。

 妖精さんを見つけるための機械なんだから、妖精さん対策がされていて然るべきだ。

 どんな技術を使っているのか知らないが、妖精さんが対応に困る物なのだろう。

 

 しかし、俺はこれからどうなるのだろうか。

 俺にしか操れない艦娘は、深海棲艦と同じくらいの強さだという。

 今の人類の戦力に艦娘が加われば、この戦争を終わらせることが出来るかもしれない。

 それなら当然、このまま海軍に加わり、深海棲艦と戦う日々を送るという流れになりそうだ。

 

「君は深海棲艦との戦争をどう見る?」

「どう見る、ですか。早く終わってくれればいいな、と思いますけど……」

「違う。そういうことではない。言葉通りに。危険だとか、怖いだとか、直感的でいい」

 

 そう言われても、だ。

 昔と違って、今はそんなに深海棲艦のことが取り沙汰されることがなくなった。

 海を放棄したことで、争わなくなったからだ。

 

「最近話を聞かなくなったんで、ちょっと……」

「そう、それが正解だ。我々は最早、深海棲艦と戦ってはいない。

 世界は今、平和なのだ」

 

 平和、か。

 確かにそうかもしれない。

 変な言い方だが、深海棲艦のおかげで、人類同士での争いは目に見えて減った。

 その上深海棲艦とも戦わなくていいと来たら、これはもう平和と言えるかもしれない。

 

「確かに艦娘がいれば、深海棲艦を滅ぼせるかもしれない。

 だが確証はない。

 更に『困難』は『進化』を招く。我々が深海棲艦を追い詰めることで、奴等は進化し、陸に上がってくるかもしれない」

 

 触らぬ神に祟りなし、ということだろう。

 なるほど、一理ある。

 人類は深海棲艦に負けた。

 だけど奴等は海から上がってこれない。

 人類は陸、深海棲艦は海。

 住み分けすればいいじゃないか。

 

「じゃあ俺はどうなるんですか?

 海軍に協力する必要はないみたいですけど……」

「今まで二人、世界中で提督が見つかった」

「は、はあ」

 

 俺の質問を無視して、元帥は話し始めた。

 俺の他にも提督がいる。

 考えてみれば当たり前だ。

 提督と艦娘の関係性とか分かってるんだし、それどころか妖精さんを探知する機械とか作っちゃうくらいなんだから。

 ただ二人ってのは、思ってたよりかなり少ないな。

 

「今からずっと前、そして別の国での話だ。

 最初の一人は艦娘を率い、海を取り戻すために戦った。海を取り戻すには至らなかったが、いくつかの海底資源を持ち出すことに成功したそうだ」

 

 取り戻す所まではいかなかったのか。

 いや、それも無理はないか。

 世界で最初の一人ということは、前例がないということだ。

 きっと艦娘の使い方とか、妖精さんのこととか、よく分かってなかったのだろう。

 実際俺だって、さっきまで妖精さんが二人以上出せることを知らなかったわけだし。

 

「二人目はどうなったんです?」

「――二人目は、艦娘の力を使い、暴虐の限りを尽くした」

「えっ?」

「艦娘は深海棲艦と同じ力を持つ。それを個人が持てばどうなるか、想像がつかないじゃないだろう」

 

 俺は日本で生まれたから銃を持ったことがないが、民間人でも銃を持てる国では、初めて銃をもらった喜びで発砲してしまう事件が起きるそうだ。

 確かに俺も祭りの景品でエアガンを貰った時、友達の背中に向けて撃ったことがある。

 兵器を持てば、人間は使いたくなってしまう。

 

 そして艦娘はたぶん、世界最強の兵器だ。

 深海棲艦が陸に上がれたら、人類は滅んでいただろう。

 そして艦娘は陸に上がれる。

 つまりはそういうことだ。

 

「地獄はそこから始まった。

 一人目の提督は真面目な男だった。しかしある時、こう思った。真面目に働いている自分は戦いばかり、何もいいことはない。それどころか「もっと戦え、海を取り戻せ」と小言を言われる日々。

 一方もう一人は、艦娘の力で女を好きに連れ去ったり、豪華な食事を用意させたり、自由な生活をしている。こんなの不平等ではないか、とね」

「じゃあ……」

「ああ。一人目の提督もまた、ある日を境に人類の敵となった。過去の海軍は深海棲艦と艦娘、二つの強大な敵を相手にしなければならなくなった。それも民間人に知られないように、だ」

 

 当時まだ人類が海に根ざしていた頃。

 深海棲艦によって恐ろしい数の人が死んだらしい。

 同等の力を持つ艦娘が陸で暴れればどうなるか、考えなくても分かる。

 

「同族嫌悪か、二人の提督は互いに争い出した。最後には一人目の提督が勝ったが、満身創痍だったらしく、海軍はこれを討伐。以降我々はこの事を世界に隠しにしてきた」

 

 そう言うと元帥は懐から――銃を取り出した。

 

「それはこれからも変わらない。艦娘は必要ない。そして個人が持つには、あまりに大き過ぎる力だ。故に君には、死んでもらう」

 

 咄嗟に逃げ出そうとする俺を、美人秘書が背後から羽交い締めにした。

 クソッ、こいつ無駄に力つええ。

 最近の秘書って格闘技も嗜んでるのか。

 

 元帥の言いたいことは分かる。

 これに関しては、向こうが100正しい。

 艦娘は個人が持つには行き過ぎた力だ。

 だけど俺は死にたくない。

 理屈とかじゃない、本能だ。

 家族に会いたいし、友達と話したいし、童貞だって捨てたい。

 まだここで、死ぬわけにはいかない。

 

「妖精さん!

 元帥の銃を消せ!」

 

 妖精さんには物を作る力がある。

 そしてそれとは反対に――物を消す力もある。

 元帥の手から銃が消えた。

 次は後ろの秘書だ。

 

 妖精さんの力で、秘書の背中に土嚢を積んでもらった。

 背後から「ウッ」という悲鳴が聞こえてくる。

 それでも秘書は手を離さなかったが、さっきより明らかに拘束する力が弱まった。

 俺は一旦前に引っ張ってから……思いっきり後ろに体重をかけた。

 狙い通り、秘書は重さに耐えきれず、床に叩きつけられた。

 

「動くな!」

 

 ドアから、ライフルを持った軍人が何人も入って来た。

 次から次へと、ご苦労なことだ。

 もうちょっと仕事サボってもいいのよ?

 しかしいかに妖精さんといえど、あれだけの銃を全部一気に消すのは厳しいかもな。

 それなら。

 

「妖精さん、俺の足元の床を消してくれ」

 

 次の瞬間、俺の体が浮遊感に包まれた。

 床がなくなり、下の部屋に落ちたのだ。

 降りた部屋の天井が思ったより高くて、着地する時足が痛かったが、幸い折れてはないらしい。問題なく動けた。

 念のため妖精さんに天井を塞いでもらってから、辺りを見渡す。

 

 ここが何処だか分からない。

 建物のどの辺に自分がいるかもそうだし、

 この建物が何処に建っているのかも。

 とはいえ軍事施設なら、外には車があるはずだ。妖精さんは車は作れないが、車の鍵なら作ることが出来る。

 

「妖精さん、この壁を消してくれ」

「構わないとも〜」

 

 とにかく外だ。

 まっすぐ進んでいけば、いつか絶対に外に出るはず。

 一つ、二つ、三つ――いくつもの部屋をくぐり抜けて、俺はようやく外に行き着いた。

 ここが地下であることも懸念したが、どうやらちゃんと地上に建っていたらしい。

 いたらしいのだが、その外が問題だった。

 戦車と戦闘用のヘリ、完全武装した兵士達が周囲を取り囲んでいる。

 

「オイオイオイ……死んだわ俺」

 

 さっきまでは生きたいだの家族に会いたいだの、その辺の理由で対抗する気満々だったが、これだけの戦力をそろえられると、もうそんな気すら無くなる。

 茫然としていると、後ろから声をかけられた。

 そこにいたのは、やはりというべきか、元帥様御一行だ。

 

「無駄な抵抗はやめた方がいい」

「……海軍には絶対服従する。艦娘も、絶対に俺に近寄らせない。だから殺さないでくれ」

「機転が利くな。だがダメだ」

 

 ダメか、そうか。

 まあダメ元で言ってみただけだ。元から上手く行くなんて思っちゃいない。

 ただこれ以上俺に出来ることもない。

 詰み、というやつだ。

 

 元帥が俺に銃を向ける。

 まるで映画のワンシーンのように。

 躊躇なく、元帥は引き金を引いた。

 

 ――だが銃弾は俺に当たらなかった。

 

 元帥の射撃の腕が悪かった訳じゃない。

 いや実際どうだか知らないが、とにかく今は俺をちゃんと捉えてたと思う。

 なら何故俺が無事かというと、

 止めたのだ。

 銃弾を。

 

 上から降って来た女の子が、人差し指と親指で、銃弾をつまんでいた。

 

「ッ!」

 

 女の子を見た瞬間、元帥の顔色が一変した。

 同時に、周りの兵士達が一斉射撃した。

 ライフルの発砲音と強いフラッシュライトで、何も分からなくなる。

 ただ確かなことが一つ。

 銃弾はただの一発も、俺に届かなかった。

 

「これで終わりですか?」

 

 やがて銃声が止んだ。

 周りの床や壁は崩壊しているのに、俺の周りだけ綺麗なままだ。

 何故か?

 その答えは、女の子の手の中にあった。

 無数の銃弾が握られている。

 床にも落ちているところを見ると、はたき落した物もあるのだろう。

 

「――特型駆逐艦1番艦、吹雪だな?」

 

 吹雪と、そう呼ばれた女の子は、しかし訪ねた元帥の方を見ようともせず、俺の方を見てにっこり微笑んだ。

 

「やっと見つけました! 司令官!」

 

 呑気だなー、発言が。

 後ろで苦い顔してる元帥との対比がえらいことになってる。

 いやでもホント、見つけてくれてありがとうございます。

 あとちょっとで死んでわ。

 

「それで、何をすればよろしいですか? 司令官」

「えっ、ここで俺に振る?」

「もちろんです。私達艦娘は、司令官のご命令とお命が最優先ですから!」

 

 艦娘――やっぱりか。

 これだけの力を持ってるのなんて、深海棲艦か艦娘しかいない。

 いやでも、思ってたより人間ぽいな。

 

「相手は駆逐艦だ。これだけの戦力があれば殺せるだろう。私ごとでいい、撃て」

 

 そんなことを思っていると、後ろで元帥がトランシーバーに向かって物騒な指示を出していた。

 どんな指示をしたのか、具体的な所は聞こえなかったが、直ぐに分かった。

 外にいるヘリとか戦車がこっちに照準を向け始めたのだ。

 俺を殺すためなら殉職も辞さないって?

 もう、元帥ったらご立派だなー。

 

「ど、どうしよ……」

 

 膝がガタガタ震えてきてら。

 一回助かると思ってからまた死にそうになると、恐怖が二倍だ。

 どうにかしないと。

 

「吹雪! ……であってるよな?」

「はい! ワシントン条約下で設計された――」

「今自己紹介はいいから!

 後ろからめっちゃ狙われてるから! 危機感持って!」

「分かりました。吹雪、頑張って危機感を持ちます!」

「よーし、大体君の性格を把握して来たぞ」

 

 こいつ、さては馬鹿だな?

 

「それで吹雪、ここにいる全員(・・)を砲撃から守ることは可能か?」

「頑張ります!」

「答えになってないっ!」

 

 ここに至って、頑張るのはもう大前提だよ!

 

「司令官、先ずは妖精さんにお願いして、吹雪の武装を出してもらっていいですか?」

 

 なに、妖精さんそんなこと出来たの。

 妖精さんを見ると、任せろと言わんばかりに親指を立てていた。

 早速妖精さんに命じると、妖精さんを新しく呼び出す時のような、俺の中の“何か”が引っ張られる感覚があった。

 今まで物を作ってもらう時、こんなことはなかったのに。

 やはり艦娘用の装備は別格なのだろうか。

 

 妖精さんが吹雪の腕の周りを飛び回ると、おもちゃの砲台みたいなのが出来上がった。

 あんなので大丈夫だろうか。

 正直かなり頼りなく見えるが。

 

 戸惑う俺を予想に、

 吹雪は手際よくその辺に転がっていた瓦礫や弾丸なんかを砲台に詰め込んだ。

 

「司令官、耳をお塞ぎ下さい」

「えっ」

 

 直後、周りのヘリや戦車が遂に発砲した。

 凄い衝撃だった。

 それこそ、さっきのライフルがおもちゃに見えてしまうくらいの。

 少なくとも、俺が体験した中じゃダントツで一番だ。

 だがそれ以上に、吹雪の砲撃は別格だった。

 吹雪が撃った瞬間、周りの空気が揺れるのが目で見えた。

 

 詳しく知らないが、フレアという兵器がある。

 誘導ミサイルを墜とすための物らしい。

 吹雪がしたのは、それに近いことだろう。

 強すぎる力で射出された瓦礫や弾丸は、ほとんど粉に近い形で外に出された。それらがミサイルや砲弾に当たり、誘爆させた……んだと思う。

 専門家じゃないから分からん。

 とはいえもちろん爆風はこっちへ来るし――誘爆せずこっちへ飛んで来た物もある。

 吹雪はそれを、自分の身体で止めてみせた。

 ところどころに小さな怪我さえ負っているものの、目立った傷はない。

 

 これが艦娘。

 世界の覇者、深海棲艦と肩を並べる存在。

 そして、俺の味方。

 

「ご命令通り、司令官と他の方々をお守りいたしました!」

「ありがとう、吹雪」

 

 俺がそういうと、吹雪はまるで褒められた犬みたいに身体を震わせた。

 喜びを全身で表現してる、って感じだ。

 

「司令官のお役に立てて、とっても嬉しいです!」

「よし、吹雪。もうひと仕事だ。俺をここから連れ出せるか?」

「もちろん出来ます! ではこちらの椅子にお座りください!」

 

 部屋にあった椅子の中から、一番上等そうなやつを選んで俺に渡してくれた。

 なにをするつもりかまったく分からない。

 しかし逆らう意味も特にないので、素直に椅子に座ろう。

 

「それじゃあ行きますよ、司令官!」

「へ?」

 

 吹雪は椅子ごと俺を持ち上げて――空に向かってぶん投げた。

 

「ぎょへええええええ!」

 

 助けてくれてありがとう!

 しかし恐怖の方が圧勝!

 怖え!

 地上に戻ったら覚えてろよ!

 もう、あれだ。俺の足の臭いとか嗅がせてやるからな!

 

「横に失礼しますね」

 

 吹雪が肘掛に飛び乗って来た。

 桃◯白みたいなやつだな。

 

 空高く射出された俺。

 下の人間や建物が、どんどん小さくなってく。

 空から見て分かったか、あの施設は海から近い森の中に建ってたみたいだ。

 海から近いといっても、空から見た時であって、砲弾などは届きそうもない位置にあるが。しかし海からほど近いお陰で、民間人が近寄って来ないんだろう。秘密の施設を建てるには、うってつけの場所だ。

 

 やがて椅子と俺と吹雪の仲良し三人組は頂上に達し、一旦止まった。

 当然、次は急降下が始まる。

 俺は椅子に座ってる――というか最早、背もたれにしがみついていた。

 

「よっと」

 

 地面に落ちる寸前。

 吹雪は先に降りて、

 落ちてくる俺をキャッチしてくれた。

 過激な空の旅を支えてくれた偉大なる椅子先輩に感謝しながら、地面に降り立つ。

 足がふわふわしているが、歩く分には問題なさそうだ。

 

「助けてくれてありがとう、吹雪」

「いえ! 司令官のご指示が良かったお陰です!」

 

 指示……なんかしたっけ。

 助けてくれとか、なんとかしてくれとか、具体的なことは何一つ言ってなかった気がする。

 無能もいい所だった。

 

「お次は何をしましょうか、司令官!」

「次、か」

 

 これからどうしよう。

 自分が置かれた状況は、なんとなく分かってるつもりだ。

 

 俺は政府から追われる身になった。

 今までの生活を捨てて、

 何処かに逃げて、

 正体を隠しながら生きなきゃいけない。

 吹雪以外の艦娘も見つけた方がいいのだろう。

 

 じゃあ具体的にどうすればいい?

 

 それが分からない。

 だってそうだろう。

 いきなりこんな風に外に放り出されて、どうしろっていうんだ。

 脱獄系のドラマとかみたいに、閑散とした村でバイト暮らしをするとかすればいいんだろうけど、生憎とそんな場所にはまったく心当たりない。

 そもそも移動するにしたって、電車とかの公共機関を使っていいんだろうか。

 監視カメラとかで見つかったらアウトだ。

 

 もし最高の幸運が重なって、人がほとんどいない場所でバイトでも始められたとする。

 だけどその後、俺はずっと、買い物に出たり人と話すたびに、怯えなきゃいけない。

 そんな生活に耐えられるか?

 無理だ。

 外に出なきゃいけない用事は吹雪に任せれば……いや、吹雪も顔が割れてたな。

 俺の事情を聞いた上で、助けてくれる協力者なんて、そう都合良く現れるわけがないし。

 

 協力者?

 そこまで考えて、ようやく俺は思いついた。

 海軍はまず何を考える?

 隠れたがってる俺を、見つけることだ。

 最も有効な手段は協力者――つまり人質を使うことだ。

 人質、俺にとって大事な人。

 家族だ。

 

 さっき銃を向けられた時とは質の違う、変な汗が流れた。

 

「吹雪!」

「はい!」

「俺をおんぶして移動することは出来るか?」

「えっ、司令官のお身体に触れていいんですか!?」

「どんどん触ってくれていい」

「そ、それじゃあ出来ます!」

「やってくれ」

「分かりました。それじゃあ吹雪、行きます!」

 

 威勢のいい掛け声を上げながら、吹雪は掴んだ。

 ……俺の服の端を。

 いや、それで移動したら俺の服だけが飛んでくから。

 こんな森の中で上裸で放置されるから。

 

「吹雪、ちょっと失礼するぞ」

「ひゃい!」

 

 強引に吹雪の背中に飛び乗った。

 歳下の女の子の背中に乗っかるなんて、我ながら情けない格好だと思うが、仕方ない。

 

 俺はスマホの地図に現在位置と自分の家の場所を貼って、吹雪に見せた。

 今更だが、スマホから逆探知されるという可能性もあるか。

 機内モード――いや、念のため電源を切っておこう。

 

 吹雪は俺を乗せて、自宅に向かってくれた。

 とんでもない速度で。

 車よりも何倍も早い。

 当然俺への負担も凄かったが、我慢だ。

 流石に目は危ないので、途中で妖精さんにゴーグルを出してもらったが、そのくらいだ。一度も止まらず、街の近くまで来た。

 

 ここより先は人目に着く。

 だけどここから家まで、俺の足で走るにはちょっと遠い距離だ。

 そこで俺は、下水道に目をつけた。

 マンホールの蓋は重いが、吹雪なら難なく開けられる。

 臭い防止のガスマスクと、視界を良くするためのヘッドライトを妖精さんに出してもらって、下水道に入った。

 

 吹雪は身体能力だけでなく、動体視力まで桁外れだった。

 視界が悪く、道が複雑で、しかも障害物の多い下水道の中を外と変わらない速さで走り抜けてくれた。

 

 妖精さんと吹雪のおかげで、普通では考えられない速さで家の近くまで来れた。

 

 問題だったのは、マンホールから出る時だ。

 女の子がマンホールから出てくるだけでも変なのに、男を背負ってたら、俺だったら間違いなく通報する。

 そこで妖精さんの力を借りた。

 妖精さんは他の人に見えない。

 その特性を利用して、外に出てもらい、人気のない出口を見つけてもらったのだ。

 

 俺の家は学生寮の5階にある。

 吹雪に抱えてもらって一気に飛んでしまおうかとも思ったが、まだ海軍の手が伸びてないのなら、今は静かに行動した方がいい。

 というわけで、普通に5階まで上がることにした。

 エレベーターはどう考えても使わない方がいいので、徒歩で。

 緊張のせいか、浮遊感のせいか、実は疲労が溜まってたのか知らないが、階段を上るのが重労働だった。

 よっちらこっちら歩いて、ようやく愛しの我が家にたどり着いた。

 

「……ふぅ」

 

 慣れた我が家のはずなのに、何故か緊張してしまう。

 少し深呼吸してから、俺は家のドアを開けた。

 

「え?」

 

 ドアを開く音と同時に、銃声が鳴り響いた。

 だがそれは、俺に向けられた物でなかった。

 

 目の前で姉貴と妹が――銃殺されていた。

 

 そうだ。

 少し考えれば分かることじゃないか。

 俺には提督の資格があった。それなら俺と血が近い人間も、その資格を持つ可能性が高い。

 それなら海軍は、殺そうとするはずだ。

 俺の邪魔が入る前に、手早く。

 

 ここに来るのが、ほんの少し、後10秒でも早かったら間に合ってた。

 家族のことをもう少し早く思いつく、

 人の目なんか気にしないでマンションまで飛んで来る、

 疲れてても頑張って階段を登る。

 どれか一つでいい。

 なんて事のない努力、偶然で、俺は間に合ったのだ。

 

 テーブルの上には、手付かずの料理が三人分置いてあった。

 考えなくても分かる。

 俺を待っていたんだ。

 忙しかったとはいえ、何か一言「今日は帰るのが遅くなる」と連絡しておけば、二人はサッサと夕食を食べて、部屋で休んでいただろう。

 そしたら発見が遅れて、まだ生きていたかもしれない。

 俺なんかを、待っていなければ……

 

 いやそもそも、俺が変な正義感を振りかざして、友達を助けようとしなかったら、初めから何もなかった。

 

 俺のせいだ。

 俺の、せいだった。

 二人が死んだのは、何もかも、俺のせいだ。

 

「君は……」

 

 たった今、二人を殺した兵士四人が、俺を見た。

 こいつらは仇だ。

 俺の手元には、吹雪という、最強の兵器がある。

 命令一つで、こいつらを殺せるだろう。

 

 だけど、出来なかった。

 

 だって兵士達の顔には、悲しみと困惑しかなかったんだ。

 きっと彼らは末端で、具体的な事は何も知らされてないのだろう。

 ただ命令に従っただけだ。

 その証拠に、自分が殺したとはいえ、そのことを悔いているのが伝わってくる。二人の身内であろう俺を見て、同情さえしているようだった。

 この人達に命令を下した元帥も自分の命をかけて、世界を、国を、人を守ろうとしていた。

 ここで復讐心のままこの人達を殺したら、前にいた提督と同じだ。

 だけど、俺の心の中には、確かに黒い物が渦巻いていた。

 この感情を明確に表すことは出来ないが、胸が張り裂けそうだ。

 

「吹雪。ここから俺を連れ出してくれ。誰もいない場所に……連れて行ってくれ」

「……かしこまりました、司令官」

 

 吹雪は俺を抱えて、何処かに走り出した。

 そこからのことはよく覚えていない。

 

 兵士達が何か叫んでいたする、

 街の人たちが俺を見て何か言っていた、

 そういう風に感じたが、それについて何も考えられなかった。

 

 ただ気がつけば、俺は何処かの浜辺で蹲っていた。

 

 きっとこれが自分と関係のない、映画か何かの世界だったら、俺はもっともらしい顔で「海軍が悪いように見えるけど、実際正しいよな」なんて言ってただろう。

 しかしこれは、現実として、俺の身に起きたことだ。

 

「司令官……」

 

 吹雪が心配そうに声をかけて来た。

 どうしてかは知らないが、その声が引き金になった。

 一気に感情が溢れた。

 

「どうしろって――どうしろって言うんだよ!

 世界最強の兵器が使える唯一の存在だなんて急に言われて、命狙われて、家族まで殺されて、なのに誰も悪くないって!

 俺は誰に文句言ったらいいんだよ!

 これからどうすればいいんだよ!

 俺にどうしろって言うんだよ!

 こんなの、どうしようもないないだろ……」

 

 

 

 

 その日俺は提督となり、同時に家族を失った。

 そして生まれて初めて――海を見たのだ。

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