たった一人で世界を救う話   作:KiRIN(きりん)

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第六話「大井からの情報」

 次の日。

 吹雪と加賀二人は、仕掛けた網を回収しに行った。

 現在時刻は午前十一時。

 昨日、深海棲艦と遭遇した時間よりもだいぶ速い。

 

 これは深海棲艦のデータを録る為だ。

 江ノ島鎮守府付近の海にいるのは、一番弱い駆逐艦イ級だけなのか。

 あるいは時間ごとに違う編成で来るのか。

 もしかすると、あの時間帯にしか出現しないのかもしれない。

 

 ……とまあ、こんな風に色々可能性を考えてみても、結局本当のところはどうか分からない。

 

 事実を突き止めるには、データが必要だ。

 その為に、時間を散らしてもらった。

 これからも二人には、色んな時間帯に抜錨してもらうだろう。

 

 それに、今日は収穫初日だ。

 初めて魚を食べるなら、お昼時がいいだろ?

 

「提督、お時間よろしいですか?」

「どうした」

「ちょっとした情報の提供です。感謝して下さいね」

 

 大井には、海に出ずここにいてもらった。

 昨日の感じなら、海に出るのは吹雪と加賀で十分そうだ、と判断したからだ。

 それなら今は、陸を開拓してもらう仕事をしてもらいたい。

 だが、作業をする前に、何か話しがあるらしい。

 

「提督は、政府の管理から外れた農村があるのをご存知ですか?」

「いや、知らないな」

「ちっ。まったく、無知な人ですね」

「太ももむちむちな人に言われたくない」

 

 ひっぱたかれた。

 場を和まずためのちょっとしたジョークなのに。

 

「真面目に聞いてください。いいですか?」

「はい」

「これは、私が旅をしている最中に出会った人達の話ですが――」

 

 大井の説明によれば、政府の管理が届かない海沿いに住んでる人達がいるらしい。

 当てられた職業を嫌がった人達の集まりだそうだ。

 まあ、気持ちは分からないでもない。

 よく父さんと母さんも職場の愚痴をこぼしてた。

 向いてる職場と、やりたい事は必ずしも一致しない、という事だろう。

 

 彼らは、所謂文化的な暮らしから大分外れた暮らしをしているらしい。

 畑を耕して、森の恵みをもらうような、

 江戸時代の農村と言われて、俺達が想像するような暮らしだ。

 

 昔、割り振られた職業が嫌で、辞めちゃう人はいないのかな、なんて考えたことがある。

 実際先生に聞いてみたことがあるけど、その時はやんわりと「居ないよ」と言われた。

 しかし、実際には居たというわけだ。

 

「世間の情報の提供や簡単な力仕事をする代わりに、何度か寝る場所や食べ物を提供してもらいました。提督も、彼らの力を借りてはどうですか?」

「いいな。農業の経験者が手を貸してくれるなら、心強い」

 

 経験と知識こそ、今の俺達に最も必要なものだ。

 それを補えるなら、是非そうしたい。

 こちらから提供する物も、艦娘のマンパワーだったり、妖精さんが作る物だったり、色々とある。

 だけど、問題が一つ。

 

「その人達は、今もそこにいるのか?」

 

 海軍は、俺を探してるはずだ。

 管理から外れた、外部と連絡を取っていない村。

 理想的な立地だ。

 いかにも俺が身を隠しそうな場所である。

 俺が海軍なら絶対に探索するし、後顧の憂いを断つ為にも、拘束するか解散させてる。

 

「絶対、とは言い切れません。けれど多分、残ってるはずよ」

「どうして?」

「その村々には、強力な後ろ盾があるからです」

 

 意味が分からない。

 大井の話を聞いた限りでは、その村に住んでる人達は、日本で一番立場が弱いはずだ。

 少なくとも、海軍の圧力を退けられるような印象は受けなかった。

 

「二隻の艦娘が、村々を守っているんです」

「艦娘、か……」

 

 そうか。

 そうだったな。

 艦娘は、一人いればパワーバランスを崩すほどの力を持ってる。

 彼女達が関わってるなら、海軍も迂闊に手は出せないだろう。

 しかし同時に、艦娘が関わっているからこそ、海軍が手を出してきそうな気もする。

 艦娘がいる場所こそ、俺がいそうな場所だから。

 

「それはないと思いますよ。村を守ってる艦娘は、とっても強いですから」

「そんなにか?」

「そんなにです。あの二隻は、艦娘の中でも頂点に位置する方達ですので。

 加賀さんや私も強い方だけど、あの二隻は桁が違うのよ」

 

 たった二隻で海軍が躊躇する強さ、か。

 仲間になってくれたら心強いな。

 

「武力だけじゃありません。元帥の一人が手を回して、裏からも保護しているんです」

「元帥が?」

「はい。海軍も一枚岩ではありませんから」

 

 大きい組織を運営すれば、絶対に派閥のような物が生まれてしまう。

 規律の厳しい海軍も例外ではなかったのだろう。

 

 しかし、元帥はあいつ一人じゃなかったのか。

 安心した。

 と、同時に、色々な疑問が湧いてきた。

 俺は、海軍についてほとんど何も知らない。

 深海棲艦と同じく、目下最大の敵なのに。

 

「大井は、海軍についてどのくらい知ってる?」

「そう、ですね。基本的な事は抑えています。ただ、詳しい情報はちょっと……」

「知ってる範囲でいい。教えてくれないか」

 

 俺の問いに、大井は何やら悩み出した。

 言い難いことがあるんだろうけど、さっぱり予想がつかない。

 海軍と艦娘の関係は、あまり良いとは言えない。

 それなら、何か喋って不都合になる事なんてなさそうなもんだが……はて。

 

「まあ、いいか」

 

 考えるのがめんどくさくなったのか、結局大井は話し始めた。

 

「海軍には五人の元帥がいます。

 彼らはそれぞれ独立して動いて、派閥を形成しているんです」

 

 どうして最高幹部たる元帥が五人もいるのか?

 他の元帥が死んだ時のリスク軽減や、

 より多くの意見を出すためだとか、

 有事の際の対応のし易さとかの理由らしい。

 他にも色々あるらしいが、結局の所は『通例五人だから』の一言に集約される。

 大井はそう締めくくった。

 

「一人は過激派で知られる人で、提督を殺そうとしたのはこの人ですね。性格ややり方は、知っての通りです」

 

 あいつが過激派だと聞いて安心した。

 アレで穏健派とかだったら、いよいよ終わってる。

 

「安心して下さい。ちゃんと穏健派の元帥もいますよ。

 この人は『軍』というよりは『政府』寄りの人で、市民の平和な暮らしを最優先にしています。

 提督殺害の件には強く反対してくれたらしいですよ」

 

 一枚岩ではない、と言っていたが、俺を殺すという行動方針は変わらないと思ってた。

 だから正直びっくりしたが、悪い驚きじゃない。

 むしろ心強いくらいだ。

 コンタクトを取れれば、力になってくれるかもしれない。

 

「次の元帥は、なんて言ったらいいのか……武闘派? の元帥もいます。

 彼は主に、川や湖を通して上がってくる深海棲艦の駆除を受け持ってるそうですよ。

 提督の殺害には賛成しているみたいで。敵が多いですね」

 

 本当にな。

 正直一人でも手が余るってのに。

 

「もう一人の元帥は、よく分かりません。部下もほとんどいない上に、派閥もない。元帥が集まる会議にも出席しないそうです。

 存在自体が怪しまれていますが、他の元帥曰く『海軍になくてはならない人であり、彼を元帥の座から外す事はない』そうですよ。

 提督の敵か味方かは、もちろん不明です」

 

 謎の元帥、か。

 かっこいいじゃないか。

 厨二心をくすぐる。

 是非とも会ってみたいものだ。

 俺のことを殺そうとしなければ、の話だが。

 

「最後の一人は、国交を得意とする元帥です。

 こんなご時世ですから、武器の輸入は欠かせません。その辺りを、全て取り仕切っています。

 提督の殺害には反対していますね。

 というかまあ、この元帥は提督の味方ですよ」

「どうして?」

「ええっと……。

 これ言っていいの?

 まったく、もうちょっとしっかり指示よこしなさいよ」

「どうした?」

「な、なんでもありませんよ……おほほほほ」

「いや、なんかあるだろ、どう考えても」

 

 鈍感系主人公ではないのだ、俺は。

 流石に何かあると気付く。

 大井の口ぶりからして、その元帥と大井は知り合いなんだろう。

 そして多分、俺について何か言われているのだ。

 今更敵だとは思わないが、出来れば事情を知りたい。

 

 元々隠し事が嫌いな性格なのか、

 あれこれ愚痴をこぼした後、大井は口を開いた。

 

「彼女、赤城元帥は――艦娘なんです」

 

 

   ◇

 

 

 俺が産まれるずっと前から、艦娘はいた。

 ある者は旅に出て、

 ある者は人の世に溶け込み、

 そしてある者は、こう考えた。

 

 ――提督が産まれた時、海軍は障害になるのではないか、と。

 

 いっそのこと殲滅してしまおうか。

 最初はそういう意見も出たらしい。

 しかし海軍がいなくなれば人口が減り、提督が産まれる確率も減る。

 それなら海軍に入り込み、提督が見つかった時、共存出来るよう誘導しよう。

 ということになったそうだ。

 

 その派閥の中で、最も成功したのが赤城だ。

 実際、元帥にまでなっている。

 

 赤城には備えがあった。

 提督が見つかった時、穏便に海軍に引き込む用意が出来ていたんだ。

 

 外交に強いとされている赤城は、海軍で最も交渉に長けている。

 その赤城が偶然提督を発見し、説得。

 結果、無事仲間に引き込むことが出来ました、という筋書きだ。

 提督の力を力を使って海軍の味方をすれば、説得力も出ただろう。

 

 しかし俺は、赤城が予想してなかった形で発見されてしまった。

 しかも海軍の人間が直ぐ側にいる状況で。

 更に運の悪い事に、俺を最初に発見した元帥は、急進派のあいつだ。

 赤城が事態に気がついた時には、俺は処刑一歩手前、加えて家族はみんな殺されていた。

 

 だが不幸中の幸いに、吹雪が来てくれたお陰で俺は生き延びた。

 赤城は方針を変えて、海軍に留まり、俺をサポートする事にしたらしい。

 俺が街で指名手配を受けてなかったのは、そのおかげだ。

 

 提督の価値は、俺が思ってるより高いらしい。

 日本国内はもちろん、存在が発覚すれば、海外からも手が伸びる。

 他国の人間に殺されるならそれでもいいが、誘拐されれば不味いことになる。

 国民に艦娘の存在が知られるのもよくない。

 だから秘密にしておこう、と赤城が上手く持って行ってくれたそうだ。

 

 その上赤城は、何人かの艦娘を既に見つけて、保護していた。

 大井もその一人だ。

 本当なら全員俺の元に送り込みたかったそうだが、艦娘の力は赤城が動く上で必要になるし、あまり大きく動いてしまうと他の元帥に気取られかねない。

 だからとりあえず、知識が多く、それなりに強い大井だけを、ということになった。

 

「ご友人である飛鳥さんも、赤城さんが保護しています。

 とりあえず、提督の関係者だからと言って、拷問されたりすることはないと思いますよ」

「そう、か。それは良かった」

 

 ああ、本当に良かった。

 心の何処かで、ずっと不安だった。

 俺の居場所を知ってるんじゃないかって疑われて、あいつが何かされるのを。

 だけど、その心配はないらしい。

 良かった……本当に。

 

「ただ、赤城さんは心配していました。

 提督を見つけた急進派の元帥。名前を『須田(すだ)(みなと)』と言うんですが、彼の行動がおかしい、と」

「おかしいって?」

「彼にしては手緩過ぎるんです。

 最初に会った時、彼は提督に艦娘やその力のことを説明しましたと聞いていますが。

 普段の彼なら、そんなことはせず、さっさと殺していたはずです」

 

 確かに。

 悪役がベラベラと喋るのはこの世の常だが、それはフィクションの世界の話だ。

 あんなに長々と説明せず、さっさと撃てば――いや、そもそも俺が寝ている時に殺すことだって出来たはずだ。

 何か狙いがある、のか?

 提督の力を利用して、何かしたいとか。

 あるいは俺の家族を殺すまでの時間稼ぎ――の線もないか。

 あの時はまだ吹雪もいなかった。艦娘がいなければ、俺は何の力もないただの高校生だ。時間稼ぎをする意味も感じない。

 分からないな。

 

「赤城から、何かアドバイスは貰ってないのか?」

「私が受けた指示は『提督の助けをしてあげて下さい』、だけです。期待しても、具体的なことは特にないわよ」

 

 ないのかよ。

 いや、仕方ないか。

 向こうはこっちの具体的な情報を知らないだろうからな。

 

「色々と脱線したけど、話を戻すわよ。とにかく、その農村達は安全を保障されてるの」

「ああ。そういえば、最初はそんな話だったな。だけど……」

「元帥達の話は終わりです!

 私はもう、これ以上何も知りませんから。お話し出来ることもありません。

 気になるのは分かりますけど、今は飲み込んで下さい。何も考えずに行動することは愚かですが、分かりもしないことを考え続けるのも同じくらい愚かです」

「いや、だけどさ」

「提督」

「……分かったよ。元帥達の話は終わりだ」

 

 大井に言われた通り、元帥達のことは一旦脇に置いておく。

 不満がないわけじゃないけどね。

 赤城のこととか、もっと色々聞きたい。

 俺はだいぶお世話になってるみたいだからな。

 

「提督は、農村についてどう思われますか?」

「行くメリットは大きい。

 だけど同時に、危険性もある」

「まあ、そうでしょうね」

 

 今回、俺は情報を聞いただけだ。

 赤城のことも、村のことも。

 判断材料は、少ししかない。

 

「行こう。大井が安全だって言うなら、それを信じるよ」

 

 俺は、大井のことを信頼してる。

 だから大井が信頼してる赤城も信頼することにした。

 その赤城が守ってるなら、その村だって安全だ。

 うむ、素晴らしい三段論法である。

 

 

   ◇

 

 

 遠くから、黒い太陽が近づいてくる。

 それは海と空しか見えないこの景色の中で、酷く歪に見えた。

 真っ青なこの世界に、一滴だけインクが落ちた様な。

 強烈な違和感を覚える。

 だが同時に、それは小さな汚れだが、拭っても拭いきれない様な、確かな存在感を持っていた。

 ――否。

 黒い太陽ではない。

 あれは――

 

「しれいかーん!」

 

 大量の魚が詰まった網を持った吹雪だった。

 

「ふぶきー!」

 

 こっちも叫び返すと、吹雪は大きく手を振った。

 その後、跳んだ。

 距離にしておおよそ200メートルはあったが、そこは艦娘だ。

 羽根が生えてない生き物じゃありえない様な軌道を描いて、吹雪は俺のすぐ近くに着地した。

 

「えげつねえ程取獲れたな」

「はい! 大漁です!」

「どうやら、警戒心が薄いようね」

 

 次いで着地した加賀が、そう言った。

 人類が手を引いた事で、天敵がいなくなったのだろう。

 警戒心も薄いし、数も増えた。

 入れ食い状態だ。

 

「しかし、初めて見たな。生きてる魚」

 

 一応、内地にもまだ、魚の養魚場はある。

 しかしそこで作られた魚のほとんどは、大金持ちの手に渡ってしまう。

 ごく稀に一般にも流通するが、手が出せる様な値段じゃない。

 いやどっちにしろ、生きてる魚を見る機会はほとんどない。

 

 一匹網から抜いて、手にとってみた。

 小さな体からは想像もできないくらい、力強く暴れている。

 

「す、すげえ」

 

 生きてる魚手に持ってるよ、俺。

 川魚ならともかく、海の魚だぜ?

 日本で何人の人間が体験したことあるか……。

 

「提督」

「ん?」

「1日の漁でこれだけ獲れてしまいましたが、明日からも続けますか?」

「ああ、確かに」

 

 俺の想定では獲れても四、五匹だった。

 しかし実際獲れた量は、推定100キロくらいある。

 生け簀か何か作って保存できれば、漁に行くのは一週間に一度で済みそうだ。

 どちらにせよ、深海棲艦の偵察をしないといけないから、海に出る必要はあるが。

 

 早く食べてしまいたいが、その間に網の中の魚が死んでしまってはもったいない。

 生け簀を作るのが先か。

 いや、必要な分だけ取って、とりあえず網ごと海の中に突っ込んでおけばいいのか。

 早速、吹雪と加賀に伝えた。

 これでひとまず安心だ。

 

「よし。それじゃあ早速、調理に取り掛かるか」

「はい! がんばりましょうね、司令官!」

 

 まな板と包丁は既に用意がしてある。

 妖精さんに頼んで、泥抜もした。

 

「……」

「ど、どうしました?」

「冷静に考えたら、魚のさばき方が分からん」

 

 無言で大井に頭を叩かれた。

 いや、だって……。

 すまん。

 

「もう。貸して下さい。私がやりますから」

「……はい」

 

 おずおずと包丁を渡す。

 ま、まあ男子台所に入るべからずとも言うしな。

 仕方ない。

 仕方ないことだから。うん。

 

「ちゃんと見てて下さいね。次はやってもらいますから」

「……うっす」

 

 仕方なくなかった。

 

「で、今日は何を作るつもりなんですか?」

「揚げ物でも作ろうかと……あの、ほら。僕が食べられるようにした野菜もあるんで、纏めて揚げちゃえばいいかなって」

「悪くないですね。欲を言えば天ぷら粉……ううん、小麦粉と片栗粉でもあればもっといい物が作れましたけど、まあいいでしょう」

 

 調味料がないせいで、どうしても単調な料理になってしまう。

 食べ物は贅沢品とはいえ、いつか解決したい問題だ。

 とはいえ、実はこれについては目処が立ってる。

 その内に解決できるだろう。

 

「妖精さん、油を出して」

「はいよー」

 

 妖精さんは油は出せる。

 片栗粉や小麦粉は出せない。

 その辺の線引きは謎だ。

 ただなんとなく、本来作れないはずの艦娘の艤装が作れた時みたいに、油は軍事的なことにも使うから作れるのかな、と予想している。

 

 鍋に油を注いで、火にかける。

 ……しまったな。

 竃は火をつけるまでに、時間がかかる。

 事前にやっておけば良かった。

 いや、待てよ。

 

「妖精さん」

「はいはい。なんじゃろいな」

「“熱”を作ることってできる?」

「まあ、できるでしょうな」

 

 妖精さんが鍋の上を飛び回ると、一瞬で油が熱を帯びた。

 弾けるような心地いい音が、鍋の中から聞こえてくる。

 流石は妖精さんだ。

 

「準備出来たぞ」

「あら。手際がいいですね」

 

 提督にしては、とその後に続きそうだ。

 実際今回も、準備を忘れていて、急遽妖精さんにどうにかしてもらったわけだけど。

 手際が悪くてごめんな。

 いつも苦労をかけるねぇ。

 

「それじゃあ捌きますよ」

 

 一瞬だった。

 チョイチョイと包丁を入れて、エラや鱗を取ったと思うと、直ぐに包丁を刺して内蔵を取り出してしまった。

 速い。

 まさに一瞬である。

 

「北上さんに食べてもらうために、練習しましたから」

 

 感心していると、大井が照れたように言った。

 

 その後、魚と野草を素揚げにした。

 豆アジの素揚げだ。

 

「すんすん……」

 

 隣で加賀が匂いを嗅ぐ音が聞こえる。

 気持ちはよく分かる。

 ああ……なんていい匂いだろう。

 一度も食べたことがない料理なのに、匂いだけで「美味い」と確信できる。

 

「じゅる……」

 

 今度は吹雪の方から、ヨダレを啜る音がした。

 俺もさっきから、唾液が止まらない。

 

「出来ましたよ」

 

 脳ではなく、胃が身体を支配してしまったかのように。

 意識せずとも、ふらふらと身体がテーブルに向かった。

 早く食べたい。

 

「いただきます」

 

 一応、手を合わせた。

 だけど、そこまでだ。

 次の瞬間には礼節も何もなく、俺はひたすら魚にかぶりついた。

 

「……!」

 

 熱い。

 身を噛むと、ジュワッと油が出てきた。

 同時に、旨味も。

 

「ハフっ!」

 

 口の中が火傷しそうだ。

 しかし俺は、手を止めなかった。

 いや、止まらなかった。

 

 時折挟む、野草の素揚げ。

 これもまた美味い。

 普段はあまり野菜を食べず、肉ばかり食べていた俺だが、今日は不思議と美味しく感じた。

 しかもその後豆アジを食べると、また美味しく感じるのだ。

 食べ合わせがいい、というやつなのだろう。

 

 また一口、豆アジをかじる。

 口の中に広がるのは、海の味。

 人間が手放してしまった、海の味……。

 

 たかが食事だが、人は大切な物を失ってしまったんだと。

 その時、俺は初めて実感した。

 

 

   ◇

 

 

 一通りだは終わった後、加賀がおかわりを要求した。

 おかわり! そういうのもあるのか……!

 俺と吹雪も後に続いた。

 大井は「私も食べたいですけど」と言いながらも、結局最後まで調理を続けてくれた。

 嫌がってはなかったと思う。

 むしろ、ちょっと嬉しそうだった。

 案外世話を焼くのが好きなのかもしれない。俺の印象での話だけど。

 

 それにしても、加賀がおかわりし過ぎだった。

 魚が大漁じゃなかったら、あっという間に破産していた所だ。

 

「ごちそうさまでした」

「はい。お粗末様でした」

 

 片付けは俺が請け負った。

 せめてものお礼だ。

 といっても、妖精さんに汚れを消してもらうだけだが。

 

「さて。二人とも。話がある」

 

 楽しい食事の後は、話し合いだ。

 先ずは吹雪と加賀から、今日の海の情報を聞く。

 

 深海棲艦とは、やはり今日も遭遇した。

 昨日と同じ駆逐艦イ級が二体。

 出会った場所は、昨日とはややズレているが、誤差と言っていい範囲だ。

 近海には、こいつらしか出ないのだろうか……。

 

 次は、大井に聞いた農村のことだ。

 政府や海軍と関わりを持たない村があり、そこに行こうと思う、ということを話した。

 

「いいのではないかしら。このままだと、生きてはいけても発展はしないわ。外からの知識は必要よ」

 

 それは俺も感じていた。

 畑もそうだが、建築技術が俺たちにはない。

 仮設住宅くらいならともかく、施設や本格的な家を建てるのは難しい。

 

「私は……司令官がいなくなるのは不安です。でも必要なことなら、行くべきだと思います!」

 

 二人と離れるのは、俺だって不安だ。

 俺が襲撃を受けて死ぬかもしれない。

 逆に帰ってきたら江ノ島鎮守府が攻撃を受けてて、二人が死んでいた、なんて事もあり得る。

 だけど、吹雪の言う通り。

 俺たちは進まなきゃいけない。

 

「行こう。大井」

 

 俺は、江ノ島鎮守府の外に出ることを決めた。

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