九九組の日常   作:チバ

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スタァライトされたので真矢クロを書きました。

タイトルは「料理」
ショーマストゴーオンッ!


料理

 私は舞う。それは練習という仮舞台ではあるが、当然力を抜いたりはしない。

 激しく舞い、しかし美しさと繊細さを忘れず。どちらかの意識が傾かないように、完璧であることを証明するように舞う。

 

 私の心は迷宮にあった。

 正しい道かわからずに無茶苦茶に進み、進んで進んで。けれど出口に辿り着くことは出来ない。

 

 私は迷い込んでしまったのだ。あの瞬間––––––天堂真矢という、眩しい存在に出会ってしまった瞬間から。

 

 天堂真矢に出会ってからは、私の目には彼女しか写っていなかった。

 

 天堂真矢を超えることは出来ないか。

 天堂真矢を打ち負かすことは出来ないか。

 私の行動の起因は、全て天堂真矢にあった。

 

 –––––– ああ、これは完全に迷い込んでいるな。

 自嘲気味に嗤う。

 

 答えが見つからない。そう、見つからないのだ。彼女は全てにおいて九九組メンバーの中でも最上位の実力を持っている。

 

 演劇界のサラブレッド––––––彼女、天堂真矢を表すならまさしくその言葉他ならない。

 恵まれた体躯、高く通る声。極めつけには、そのような恵まれた天賦の才を持っておきながら、決してあぐらをかくことなく、日々向上心を抱いて練習を欠いていない意志力の強さ。

 

「私が敵うところは、果たしてあるのかしら」

 

 なんて、思わず口にしてしまうほどに彼女は煌めいている。

 …弱音を吐くとは、なんとも私らしくない。

 タオルを手に取り、額に流れる汗を拭う。ペットボトルの蓋を取り、水を口の中に流し込む。少し冷えた水は、私の頭を冷やすように優しく身体中に廻りまわった。

 

Petit à petit l'oiseau(毎日の小さな花努力は)fait son nid(いつか大きな結果をもたらす)

 

 私の身体の中で流れる1つの血––––––フランスの諺を自分自身に言い聞かせるように呟く。

 

「天堂真矢も、そうしているのだから」

 

 大いなる結果に近道などない。それは甘い誘惑、悪魔から差し伸べられた手。そんなモノに手を差し伸ばす必要はない。

 

 ぐー、などと息を整えているとなんとも気の抜ける音が腹から鳴った。

 時刻は14時30分。こんな時間に自主練をしていれば、小腹の1つや2つは鳴るか。

 

 ちょうどおやつの時間でもある。何か口に入れよう。

 更衣室で練習着から普段着へと着替えた私は、調理室へと向かった。

 調理室にある食材や器材は自由に使っていいと言われている。最も、わざわざ調理室でご飯を作るというもの好きな人間なんて、大場ななぐらいしかいないが。

 

 彼女に頼めば嫌な顔せずに1つや2つは軽々と作ってくれるだろうが、生憎と今は席を空けている。

 花柳香子も作れそうだが、平然と毒を入れそうで怖い。石動双葉も意外と出来そうだが、彼女の性格上、私の口に合うものは作れないだろう。

 

 調理室の扉を開ける。施錠はされてないが、そこには誰もいなかった。

 

「…なら、1人で悠々と作るとしようかな」

 

 椅子の背もたれに掛けられていたエプロンを身につけ、冷蔵庫の中を覗く。

 卵や牛乳、なんなら肉やキャベツまでも揃っていた。

 

 こうも材料が揃っていると、何を作ろうかと悩んでしまう。

 レシピを頭の中で作っていると、扉の開く音が耳に入った。

 

 誰かしら。

 口には出さずに振り向くと、そこには予想外の人物の姿があった。

 

「あら…西條さん」

「天堂真矢…」

 

 私の超えるべき存在、天堂真矢の姿がそこにあった。

 

「何をしに来たの?」

「いえ別に。ただ小腹が少し空いたので」

 

 サラリと澄まし顔で言う。

 彼女も人の子。小腹の1つや2つは減るか。当たり前のことを意外に思う私がいた。

 

「西條さんも?」

「ええ、まあ、そんなところよ」

「そう、それはよかったわ」

「……よかった?」

 

 驚いた。彼女からそんな言葉が出るなんて。普段は皮肉を含んで言っている感謝の言葉も、先ほどのは心の底から言っているように聞こえた。

 

「まあいいけど。私は私で勝手に作る。それでいい?」

「ええ、構わないです」

 

 少しだけ彼女に対抗意識を燃やしたが、流石に料理で張り合うのは少し幼稚だ。今回は休戦といこう。

 

 冷蔵庫にある材料をもう1度確認し、つくる物を決めた。

 卵、チーズ、パン粉やその他諸々を取り出し、調理台の上に置く。

 

 中サイズのボウルにパン粉にココア粉と砂糖を入れる。ベラを使ってよく混ぜる。

 次いでもう1つ、同じく中サイズのボウルに牛乳に油、ラム酒を入れてよく混ぜる。ラム酒の大人な香りが鼻を刺す。

 

 料理をするのは久しぶりとなるが、腕は落ちてはいないらしい。

 それぞれをよく混ぜて、頃合いに見えたら片方のボウルの中身をもう1つのボウルに投入。そしてまた混ぜる。

 

 カチャカチャ、というよく聞く生活音がその空間に鳴り響いていた。

 同じ空間にいるはずの天堂真矢は、随分と静かだ。そんなにも黙々と作るとは、一体何を作っているのだろう。

 

 興味が湧いた私はそーっと天堂真矢の方に体を寄せていった。

 私の目に映った天堂真矢は、本来物を切るはずの包丁を、人を刺すかのように逆手に持っていた。その高貴で美しい姿とはかけ離れた、道化師めいた滑稽な姿に、私は嘲笑よりも先に行動をとっていた。

 

「ちょっと待った!」

「…西條さん、どうかしたのかしら?」

 

 当人は何食わぬ顔で私に聞く。

 

「どうかしたも何もないわよ。何よその包丁の持ち方」

 

 指をさして指摘する。

 

「えっと…とりあえずフランスパンを切ろうかと」

「ああよかった、一応料理をする気ではあるのね」

「何を言ってるのです、あなたは」

 

 不服そうな顔をする彼女だが、こちらとしては少し命の危機を感じたのだ。同じ空間に2人きり。片や人を刺すかの如く包丁を握りしめている。状況が状況なら言い逃れは出来ない。ヒッチコックの殺人現場になりそうだ。

 

「…1つ聞くけど、天堂真矢、アンタ料理はできるの?」

「ええ、それは––––––」

 

 すると彼女は真面目な顔をする。

 レヴューの時の、コロスを前にした時と同じ表情だ。自然と空気が引き締まる。

 

「–––––––お恥ずかしい話だけれど、あまり」

「なんでそんな自信で調理室(ここ)に来たのよ」

 

 場面と内容が合ってないとはこのこと言うのだろうか。この前華恋に見せてもらったコメディビデオの如く転げ落ちそうになる。

 

「もう、放っておけないわね。私と同じレシピになるけど、一緒に作る?」

 

 試すように天堂真矢に問う。

 半分は調理室を崩壊しかねない彼女の料理技術への懸念と、彼女がどう対応をとるのか私的好奇心からの問いだった。

 

「ええ、お願いしましょうかしら」

「––––––」

 

 意外なことに、天堂真矢は快諾した。

 

「…意外。まさかすんなりと私のアイデアを受け入れるなんて」

「私よりあなたの方が料理が出来るのでしょう。ならその腕を頼るまでの話です」

 

 そう言うと彼女は持っていた包丁を片付け始める。

 

「では、あなたに任せます。私はどうすれば?」

「……そうね。じゃあ、このボウルに入ってるのを混ぜてくれるかしら」

「これですか」

「よく混ざったと思ったら声をかけて」

「ええ」

 

 流石に混ぜるだけなら出来るだろう。子供でも出来る芸当だ。

 多少の不安を残しながら、私はオーブンに対応しているカップを探す。

 しかし、天堂真矢に不得意が2つもあるとは初めて知った。いや、彼女だって人間なのだから得意不得意ぐらいはあるだろう。しかし、それにしたって意外だった。

 美術が苦手というのも、正直驚きだ。それも授業に参加しないほどとは。それに加えて今回の料理。もしや、天堂真矢は創作が苦手なのだろうか。

 

「……なんだか、案外普通ね」

 

 私も人のことを言えた義理ではないが、彼女は意外と普通だ。人並みに得意不得意がある。演劇界のサラブレッドと言われてるが、やはり人間だ。

 

 ––––––友達になろう!

 

 我がクラスの遅刻魔、愛城華恋の甘ったれた言葉が頭を過る。

 この学校に身を置いている以上、私たちは蹴落とし落とされる関係だ。そう易々と友達という間柄になれるはずがない。

 実際に、天堂真矢と神楽ひかり、花柳香子はあのメンバーの中ではかなり好戦的な姿勢をしている。

 

 チラリ、とぎこちなくボウルを持って中身を混ぜている天堂真矢の姿を見る。

 

 この姿だけを見れば、彼女が演劇界サラブレッドとは思えない。私と同い年でクラスメートの普通の少女だ。

 

 ––––––甘えていいのかしら。

 

 僅かばかり心が揺らぐ。

 私は本当は、天堂真矢と友達になりたいのではないか?

 愛城華恋と同じ、甘い言葉を心の中で吐く。

 

 天堂真矢と友達になれば、それはそれで楽しいのだろうか。

 彼女はそんな私を受け入れてくれるだろうか。そして、そんな自分を私自身は受け入れるだろうか。

 

「––––––西條さん?」

「えっ、あっ、何っ?」

 

 突然聞こえた声に素っ頓狂で情けのない声を出してしまう。

 

「……混ぜ終わったのだけど」

 

 そんな私の姿を目の当たりにした天堂真矢は当然、少し驚いた顔をしていた。

 首から上が熱くなるを感じる。きっと今の私はトマトのように真っ赤だろう。

 

「そ、そう。ならそれをもう1つのボウルに入れて」

 

 やはりぎこちない動作で所作する。相当普段から料理というのをしないのだろう。

 

「で、それをまた混ぜる」

「よく混ぜるのですね」

「そういうものだし」

 

 本当はもっと細かい作業などがあったりするのだが、所詮は休憩用。大作を作る必要もない。

 混ぜ終わったのだろう、天堂麻耶がそっとを私を見る。

 

「で、それをこのカップに入れるの」

「このカップは…」

「そこの調理器具から見つけて来た。オーブン対応らしいし、サイズもちょうどよかったし」

 

 カップに混ぜた生地を入れる。

 数にして6個。それなりの量になった。

 

「出来た。これをオーブンに入れる」

「入れて大丈夫なのかしら…」

「さっきも言ったけど、これオーブン対応だから大丈夫よ」

 

 不安がる天堂真矢を尻目に、オーブンの温度を170度、時間を15分に設定して生地の入ったカップを中に入れる。

 スタートと記入されたボタンを押し、手を叩く。

 

「あとは待つだけ」

「待つだけ…」

「その間に片付けでもしましょう」

 

 ボウルやベラを水にかけて洗う。

 どういうわけだか、私と天堂真矢は並んで洗っていた。

 しばらく水の流れる音が響く。

「……」

「……」

 

 透明感のある水の音があってもなお重々しい沈黙。

 そんな気まずい空気を打ち破ったのは、意外にも天道真矢だった。

 

「西條さん」

「な、何かしら」

「ありがとうございます」

「……は?」

 

 突然の感謝の言葉に、私はおもわず目を見開いて彼女を見た。

 

「ありがとう…?」

「ええ。あなたの指摘通り、私はあまり料理をしないから不安で。あなたが一緒に料理をしようと言ってくれた時、安心したんです」

 

 そりゃ、あんな包丁の持ち方をしているのを見たら誰だって止めたくなる。

「西條さんの事だから、てっきり私を見捨てるかと思ったものだから」

 

 彼女の中で、私は一体どんな極悪人として君臨しているのだろう。グリム童話の魔女なのだろうか。はたまた、白鳥の湖のオディールか。どちらにせよあまり気分のいいものではないが。

 

「…別に見捨てたりはしない。同級生のよしみとでも思っていい」

「同級生…そうですね。私たちは同級生ですね」

 

 彼女が胸に手を置いて、はたと思い出したように呟くのも無理はない。同じ学校の、同じクラスの同級生。しかし、それ以外にも私たちはスタァになる為に落とし落とされるライバルでもある。

 私だって、おそらく愛城華恋という夢想家がいなかったら忘れていただろう。

 

 そう考えを巡らせていると、焼き終わったとオーブンが音を鳴らして知らせる。

 

「…出来たらしいわね」

「ええ、そのようで」

 

 オーブンレンジを開けると、チョコレートの良い香りが広がった。想像以上に香りが良く、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 手袋を装着し、カップを取る。そのカップの中に詰まった甘い香りの生地を取り出す。

 少しポップな形のお菓子、カヌレの完成だ。

 

「これは…」

「カヌレ。フランスのお菓子」

「これがカヌレ」

 

 どうやら初めてお目にするらしい。

 子供のように目を輝かせてじっと観察するように見ている。

 

「さ、食べるわよ」

「は、はい」

 

 と、彼女はカヌレを手に取るが、何やら不安そうに見ている。

 

「どうしたのよ」

「いえ…料理が不慣れな私が手をつけたから、なんだか不安で…」

「あー…」

 

 そう考えると確かに不安になる。というか自覚はあったんだ。

「まあ、アンタがやったのは混ぜるだけだったし、大丈夫だと思うけど」

「けどもしもという––––」

「それに、私が見ていたから大丈夫よ」

 

 なかなか寝付けない赤ん坊をあやすように言う。

 すると彼女は決心したようにカヌレを見て、口に入れる。

 

「ん…美味しい」

「言ったでしょ」

 

 私が手をつけたのだ、不味いはずがない。

 彼女に続いて私もカヌレを手に取って食べる。

 口に入れた瞬間、仄かな甘味が口の中を駆け巡り、柔らかい生地が口の中を優しく刺激した。

 

「うん、悪くない」

 

 1人の料理未経験者の面倒を見ながらでの料理となったが、出来は悪くない。

「チョコレート」

 

 天堂真矢はカヌレの生地を用心深く覗き込んで見る。

 

「カヌレは色んな味があるの。日本らしく抹茶もあるし、ドライフルーツとか入れて色んな味を堪能するのもアリ。まあ今回はスタンダードにチョコでいったけど」

 

 私の解説に相槌すら打とうとせずに黙々と食べている天堂真矢に目を向けると、その顔はいつもより少し綻んでいた。

 そういえば、ななのバームクーヘンとか好きだったっけ。で、確か苺が苦手なんだっけ。

「ごちそうさま。美味しかったわ、西條さん」

「え、ああ…別にいいわよこれぐらい。ていうか残してるじゃない」

「他は皆さんにでもあげるなりしてください。私はこれから用事があるので失礼します」

「ちょ––––––」

 

 そう言って足早に席を去る天堂真矢の裾を、何故か私は握っていた。

 

「…何か?」

「あ…」

 

 ああ、これマズイかも。特に理由もなく、フィーリングで身体が動いてしまった。ヘプバーンはフィーリングで行動を起こしてもどうにかなるが、私はヘプバーンではない。今の私には彼女ほどの余裕と優雅さはカケラも無い。

 場を支配する沈黙。その沈黙は、私にとっては10分とも30分とも思えるほどの長さだった。

 

「ま、また料理作りたい時は…ななだけじゃなくて、私を頼ってもいいんだから!」

 

 考えるに考えて出た答えがそれ。

 なんだそれ。子供か私は。

 

 ポカン、と呆気にとられたような顔をする天堂真矢は、しかし少し微笑んで私に言う。

 

「ええ、その時はそうさせてもらいましょう」

 

 天堂真矢は踵を返し、部屋を後にした。

 

「あーあ…」

 

 何言っちゃったんだろ、私。

 項垂れる私に声をかける者はもういない。よくもまあ、あんな恥ずかしいことを言えたものだ。次に顔を合わした時、どんな顔をしていいかわからない。というか彼女はニヤニヤしながら私を見るだろう。すごく悔しい。

 

 白い丸皿の上に乗るチョコレートカラーのカヌレを手にし、パクリと口にする。

 思い出すのは、子供のように目を輝かせる天堂真矢。可笑しな私の姿に微笑む天堂真矢。今まで見たことのない顔をしていた、天童真矢。

 

「…次はバームクーヘンでも作ってみようかしら」

 

 なんて、これもまた彼女が笑いそうなことを、私は誰にも聞こえない程の声音で呟いた




真矢様って料理出来なさそう(美術苦手設定は公式)
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