九九組の日常   作:チバ

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 舞台版のアフターストーリー的な。


看病

 目覚まし時計の針が進む音が聞こえる。

 チクタク、チクタク、チクタク。

 無機質に、一切の停止もなく進み続ける。

 

 布団が暖かい。でも、足は少しだけ冷えてる。

 重たい体を起こし、クローゼットからグレーカラーの靴下を取り出して履く。これで少しはマシになるだろう。

 

 ––––––不覚だ。

 

 まさか風邪を引くなんて。ロンドンでも引いたことがないといのに、軟弱になったものだ。

 華恋は露崎さんと一緒に遊びに行った。元々決まっていた予定だったので、気にせず行くようにと言ったが。

 

「……静か、ね」

 

 こうも1人で布団に横になるのが辛いものだとは思わなかった。ロンドンでは1人部屋だったから平気だと自負していたが、体調不良の場合はそうもいかないらしい。覚えておこう。

 

 訪れることのない眠気。

 暇を潰そうかと本を読もうかと思ったが、そもそもこの部屋には本が無かった。華恋はそういったものを読まないし、露崎さんも本は持ってないという。

 

 不意に訪れる寒気に震えて、布団の端を強く握る。

 

 ––––––不安だ。

 

 そして寂しい。

 いつもヘラヘラと笑っている華恋の声も、露崎さんの少しだけ煩い説教が恋しくなったのは風邪による世迷い言だと信じたい。

 

 時計の針が進む音が更に不安を煽る。憎たらしい。折ってしまいたい。

 

 必死に目を瞑る。耳も塞ぐ。何も見えないし、何も聞こえない。暗闇の世界だ。

 

 暗闇の水の中に溺れて行く感覚だ。けれど息ができないわけではない。身動きも取れる。

 

 暗闇が晴れる。

 しかし、そこは時計が住民の世界。談笑の声も、雑踏も、全てが時計の秒針の音だ。

 時計たちが顔色の悪い私の顔を覗き込む。

 

 ––––––大丈夫?

 

 そう聞いているのだろうか。だが私には秒針の進む音にしか聞こえない。

 耐えられない。音はどんどん近づいてくる。私の心臓の鼓動の音と不快なハーモニーを奏でる。

 

 ––––––暗闇の方がマシだ!

 

 叫んでも闇は訪れない。

 秒針は音を刻む。そして私に近づく。

 

 オオカミに追い詰められたウサギのように縮こまって耳を塞ぐ。それでも音は鳴り止まない。耳だけでなく目も塞ぐ。口をつぐむ。脚を閉じる。

 

 それでも音は鼓動に突き刺さる。血の流れに乗じて身体中を駆け巡る。私の血管の中で不快なパレードが派手に行われている。

 

 ––––––やめて、お願いだから。

 

 歯ぎしりの音が立った瞬間。

 

 秒針の進む音は消えた。

 ハサミによって根との繋がりを断ち切られたように、その音はぽっかりと消えた。

 

 恐る恐る目を開けると、そこには古いシネマスクリーンがあった。16mmのフィルム焼けの映像が流れている。空気泡を潰すような懐かしい音も流れていた。

 

 辺りを見回しても誰もいなかった。ドリンクホルダーにも何も無く、この映画館には私しかいなかった。

 

 2分ほど映像を眺めていると、カウントが映された。

 3、2、1。

 

 パッと映像が切り替わる。

 映されたのはモノクロの下着姿の女性だった。姿勢を正して、ただずっと私を見つめていた。続いて男性が映る。ベランダのテラスで煙草を吸っていた。大量の白い煙が芸術的に宙を舞う。

 その男性は腕を組み、落ち着かせるように顔を手で撫で回した後、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩き始めた。

 再び映像は女性に変わった。すると横から先ほどの男性が映り込んだ。彼は女性の背後に回り込み、髪に触れて匂いを嗅ぐ。

 彼ははベストの胸ポケットから剃刀を取り出す。そして女性の顎に手を添えて、剃刀を彼女の右目に当てた。カメラは彼女の眼球をアップする。そして男性は、なんの躊躇いもなく剃刀を引いた。

 切られた眼球からはゼラチン状の気持ち悪い液体が流れ出した。そしてその液体は女性の頬を伝って床に滴り落ちる。

 

 映像は再び切り替わる。

 ヨーロッパの住宅街のようだ。

 若い、美しい青年がそこに立っていた。青年はクリームカラーのトレンチコートを着ていて、宝石などの装飾が付いたステッキで何かを突いていた。

 民衆が砂糖を見つけた蟻のように群がる。ある男は口に手を添えて吐き気を押さえて、ある女はヒステリック気味に指差して笑って、ある少年は指を咥えて母親の脚を掴んだ。

 カメラは青年の持つステッキを映す。持ち手の部分から下がっていき、先端へ。そこで突かれていたものが判明した。あまりにリアルな赤い肉片、手の甲にこびり付く血潮。人間の手首だった。

 青年の顔は笑顔に歪み変わる。手首に蟻が群がった。肉片をつついて、引きちぎって巣に向かう。

 残酷でグロテスクな生命のやり取りを目にしても、青年はただ白いを歯を見せて笑っていた。

 

 映像が切り替わる。

 2人の男女が腕を組んで浜辺を歩いていた。忙しなく波が砂浜に押し寄せている。小さな砂の城が建てられていたり、貝が転がっている普通の砂浜だ。

 私は、この2人は先程の眼球を切って切られた2人だということに気づいた。

 2人ははしゃいで、砂を投げ合って、作り建てた砂の塔を蹴飛ばして、熱いキスを交わす。そんな有り触れたカップルの行為を続けながら2人は歩き続けた。2人の進む先には何もなく、ただ砂浜だけが続いていた。

 

 映像はフェードアウトし、真っ暗な闇が映される。しばらくして、言葉が浮かび上がった。

 

 ––––––あなたならば。

 

 たった一言。その意味はわかるはずもない。

 しかし、形容し難い不安と焦燥感に駆られた私は、席から立ち上がってこの館から離れようとした。だが体が動かない。どれだけ椅子を揺さぶっても、お尻が上がらない。腕も、脚も。

 

 再び映像はフェードインを始める。

 

 嫌だ。

 これは見たくない。

 

 必死に体を動かす。正体のわからない金縛りに抗って、必死に。

 

 やがて首が固定される。瞬きも出来なくなる。この意味のわからない映像の終わりを、強制的に見せるつもりらしい。

 

 顔を覆うと腕の筋肉を膨張させる。折れてもいいと、首を曲げようとする。

 そんな努力もむなしく、映像は映された。

 

 2人は死んでいた。砂場には彼らの半身が埋まっていた。彼らの頭上では大量の蝿が8の字を描いて飛んでいる。しかし、死してなお、2人は砂浜の向こう側を見ていた。自力で閉じれることのできない、その瞼を開けたまま。

 

 そして文字が浮かび上がる。2人の死骸を背景に、昇る太陽のように。

 

 ––––––Wake Up.

 

 

 * * * *

 

 

 瞼を開ける。

 そこはいつもと変わらない、華恋と露崎さんと私が暮らしている部屋の壁だった。

 

 気がつくと私は息を切らしていて、身体中で汗をかいていた。パジャマが身体にへばりつく。

 

 ––––––夢。

 

 ため息をこぼす。なんで不気味な悪夢だ。意味のわからない映像を見せつけられるなんて。悪趣味にもほどがある。

 

 タオルで額を流れる汗を拭う。動悸を落ちつかせようと、深く深呼吸をする。

 

 ガチャリ、と扉が開かれた。

 

 扉の方を向くと、そこには予想もしてなかったら来訪者が立っていた。

 

「どうしたの、そんな汗かいて」

 

 パープルカラーの眼鏡をかけた少女––––––星見純那だ。

 汗だくの私に怪訝な眼差しを向ける彼女は、しかし腕にかけていた鞄を床に置いて、散乱した華恋の私物を整理した。

 

「愛城さんの自室、こんなことになってるのね…予想はできてたけど」

「あの」

 

 私を置いて独り言を呟きながら片付けをする星見さんに声をかける。

 

「どうしてここに」

「ん、ああ、愛城さんに頼まれたの。様子を見にきてあげてって」

「…そう」

 

 まったく、あの娘はどこまで優しい娘なのだろうか。そしてそんな彼女の頼みを律儀に聞き入れて来てくれる星見さんは、どこまで真面目なのだろうか。

 

「どうしてそんなに汗かいてるの。まさか、そんなに酷い症状なの?」

「いえ、少し嫌な夢を見て」

「いわゆる悪夢ってやつね」

「そうね、あれは紛れもない悪夢だったわ」

 

 生を授かった時計たち。意味のわからない映像。

 形容し難い不気味さと違和感、そして恐怖を身に叩きつけられた。

 

「忘却は、より良い前進を生む」

「え?」

「ニーチェの言葉よ。そんな悪夢なんか忘れて前に進むのがいいってことよ」

 

 彼女なりの励ましなのだろうか。頷いてその厚意を受け取る。

 

「それにしても、神楽さんが風邪なんて、想像できなくて少し驚いたわ」

「私だって人の子よ。風邪の1つや2つはひくわ」

「それもそうね」

 

 鞄から1冊の本を取り出す。律儀に表紙を私に向けて渡す。

 

「これは?」

「暇つぶし用よ。あの2人は本を持ってる印象無いから、暇してると思って」

「…ありがとう」

 

 さすがあのクセの強いメンバーをまとめ上げている学級委員長なだけはある。私の考えていたことはお見通しだったらしい。

 

 タイトルは″ジュリアン・シーザー″。ウィリアム・シェイクスピアが手がけた悲劇の物語の1つとして有名だ。

 

「ジュリアン・シーザー、ね」

「もしかして読んだことあったかしら?」

「いえ。ロンドンじゃあまりこういうのを読んだりする暇がなくて。シェイクスピアではマクベスやリア王みたいなメジャーものしか」

「意外と…っていうわけでもないか。まあ忙しかったのね」

「ええ、忙しかったわ。今思い出すと」

 

 星見さんはついでと言わんばかりに散乱したルームメイトの私物を片付ける。その後ろ姿を目でなぞる。

 

 99期生の人間の中では、星見純那という少女は個人的に関わりづらい。

 というのも、私は聖翔学園に来て最初のレヴューは彼女と当たったのだ。結果的に華恋の乱入という形で決着はつかなかったが、いくら舞台からの要求であるとはいえ、ああいった言動をしたことは少し悪かったと思っている。

 

 ––––––貴方は、キラめいていたの?

 

 演じていたとはいえ、やはり初対面の人間にいう言葉ではなかった。

 

「どうかしたの?」

 

 俯く私の顔を覗き込む。

 

「いえ…別に」

「…そういえば、貴方とこうして2人きりで話をするのはレヴュー以来だったわね」

 

 私が胸の内を明かさずとも、彼女はそれを言い当てて話題に起こす。

 

「別に気にかけてはないわよ。まあ、最初の演技の時には少し戸惑ったけど」

 

 レヴューというルールを突如として知らされて状況を上手く認識できてなかった彼女にとっては、私のあの演技は余計に心にきたのだろう。

 

 赤く熟れたリンゴの皮を果物ナイフで器用に剥く。手際に無駄がないのを見るあたり熟れているのだろう。

 

「それともアレかしら、今ここで決着をつけたいの?」

 

 果物ナイフの刃を輝かせてそう言う。声は重く、鉄というよりも岩のような無骨さを醸し出している。

 

 息を飲む。

 横顔からは彼女の心情は察することは出来ない。リンゴの皮剥きは止まっていて、私の答えによっては戦いが始まるだろう。いや、この場合はヒッチコックばりの殺人というべきか。

 

 しかし、彼女は果物ナイフを再び動かし、皮剥きを再開させる。

 

「冗談よ。気にしてないって言ったでしょ?」

 

 私の顔を見て微笑む彼女の声は、岩のような無骨さから木の枝が揺れるような優しい声だった。

 

「愛城さんの乱入もあったけど…″激昂″のレヴューにおける敗者は私だと、走駝(そうだ)先生と舞台の主が判断したの。少し不服ではあるけれど、認めなければならない事実よ」

 

 皮が剥かれたリンゴを一口サイズにスライスする。白い丸皿を取り出して、その上に添える。銀色のフォークと一緒に私に差し出す。

 

「あの負けはいつまでも忘れないけど、あの時味わったネガティブな感情は忘れるわ」

「ネガティブな感情…屈辱とか?」

「…貴方って本当に人を煽るのが上手よね」

 

 普通ネガティブな感情言い当てるかしら、と顔をしかめて小声で言う。

 

「忘却は、より良い前進を生む」

「––––––あ」

「そういう生き方を、私はしているのよ」

 

 シェイクスピアの言った通りの生き方をしている。悪くいえばマニュアル通りの進み方だが、良く言えば彼女はシェイクスピアたちの偉大なる先人たちを心の底から敬愛しているのだ。

 

「食べて。風邪には甘いものがいいのよ」

 

 フォークをリンゴに刺して口に運ぶ。シャリっとした爽快感ある食感と、控えめながらもしっかりと後味残る甘さが、熱を宿した口の温度を調和してくれる。

 

「美味しいわ」

「ならよかったわ」

 

 星見さんは部屋を出た。と思ったら戻ってきて、手にはタオルを持っていた。

 

「それは?」

「体拭くのよ。汗ダクよ、貴方」

 

 言われて気づく。

 確かに汗でパジャマが肌にへばりついている。少し体を動かすと、隙間から入る風が気持ち悪く冷たい。

 

「脱ぎなさい」

「……」

「何を抵抗してるのよ。悪化するわよ」

 

 これ以上の悪化は学業に支障をきたす。仕方がない。

 上半身だけパジャマを脱ぐ。下着はつけてないため、彼女に裸体をそのまま見せることとなる。

 

「ほら、腕あげて」

「…ん」

 

 慣れた手つきで温かいタオルで私の体を拭く。美容院に行った気分だ。

 

「慣れてるのね」

「そうかしら?半年ぐらい前にななにやって以来だから手つきとか覚束ないと思うけど」

「いいえ。なんというか、似合ってる、っていうのかしら」

「似合ってる、ね」

 

 少し声が軽くなる。

 褒められてあまり悪い気はしてないのだろうか。生真面目な委員長だとばかり思っていたが、意外と可愛らしいところもあるらしい。

 先程のレヴューの件のふっきれといい、彼女が華恋や露崎さんから慕われている理由も少し理解できた気がする。

 

「締まった身体つきね。トレーニングとかしてるの?」

「まあ、自主的にトレーニングはしてるわね」

「…幼馴染の愛城さんにも貴方の爪の垢を煎じて飲んでもらいたいわ」

「同感」

 

 どうやら華恋の怠け癖には学級委員長も手を焼いてるらしい。何年経っても、どこにいても変わらないものだ。

 

「終わったわ」

「ありがとう」

 

 悪かった肌触りも改善され、気分までリフレッシュした。パジャマを着る。

 

「さ、やることは終わったし、寝なさい」

 

 布団をバサリと私の体の上にかける。その姿はまるで母親だ。

 

「…眠気は無いわ」

「眠らないと治らないのよ。それともなに、さっき見た悪夢が怖いのかしら?」

「そんなわけないじゃない。さっきの煽りの仕返しかしら?」

「さあ、どうとでも」

 

 鞄から本を取り出して、華恋の椅子に腰掛ける。

 

「安心しなさい。私が横にいるから」

 

 私の手を優しく握る。彼女の手はとても温かくて、柔らかかった。眼差しはレヴューの時に向けられていた力強さは無く、慈悲に満ちた母親の色だった。

 

「…わかったわ、寝るわ」

「良い娘ね。おやすみ」

「ええ、おやすみ」

 

 彼女には顔を見せないように露崎さんのベッドの足を対面にして横になる。

 

 しばらくはベッドの足の木目とにらめっこをしていたが、やがて私の方から降参として瞼を閉じる。視界は闇に染まって、手探りの状態に戻る。

 

 隣で本のページをめくる音はやがて救急車のサイレン音のように遠くなっていき、いつしか暗闇は私だけの世界となった。

 

 暗闇は晴れて、世界は姿を現わす。

 

 そこはロンドンの街並みだった。

 朝早くだからか、辺り一面は白い霧に覆われていた。霧はあやふやながらもしっかりと漂っていて、街灯の影がモヤモヤと揺れていた。

 

 宝石店の窓の向こう側では、ヘプバーンがドレスを召して″ムーン・リバー″歌っていた。どうやらアメリカとイギリスを勘違いしたらしい。

 

 朝早くだというのに、人々は群れていた。雑踏を奏でて、アートのように揃って歩いている。ある男は新聞を読みながら、ある女性はコーヒーを飲みながら、ある少年は制服姿で走り回っている。

 

 そんな人々の波の中で、ある少女が私に向かって歩いてきた。ゆっくりと、けれども確かな足取りで。

 

 黒いトレンチコートに、白いマフラーを巻いた黒髪の少女は、私に微笑む。

 

 ––––––貴方の名前は?

 

 少女は聞いた。子犬の甘え声のような可愛らしい声だ。

 

「神楽ひかりよ」

 

 そう言うと、少女ははにかむ。

 そしてマフラーを私の首に巻いた。

 

 ––––––寒いでしょう?

 

 マフラーはとても温かった。そしてどこか抱擁されている気分にもなった。

 ビッグ・ベンは赤色に染まっていた。時計の秒針には沢山のカラスが止まっていた。

 

「ありがとう。でも、貴方は寒くないの?」

 

 ––––––寒くないわ。だって貴方が温かいんだもの。

 

「そう、なら問題ないわね」

 

 会話の内容は、意味が通じ合っているようで通じ合ってない。

 しかし、それが夢なのだ。夢というものには意味が無く、だからこそ愛い時もあれば怖い時もあるのだ。

 

 ––––––さよなら、ひかり。

 

「ええ、さようなら。マフラー、ありがとうね」

 

 ––––––もう風邪を引かないようにね。

 

 少女は白い歯を見せて笑って手を振った。手を振って振り続けて、少女は駆けて私の元から去って行った。

 

 

 * * * *

 

 

 目を開けると、そこは見慣れた天井だった。比較的新しい、綺麗な木目の天井だ。上体を起こすと、比較的スムーズに腕などを動かすことができた。どうやらだいぶ症状は軽くなったらしい。

 

 腕を組んで伸びをすると、小さな寝息が聞こえた。

 隣を見ると、そこには椅子の背もたれに背を預けて、可愛らしい寝顔を晒している学級委員長の姿があった。寝落ちというやつだろうか、眼鏡はかけたままだ。

 

「……」

 

 立ち上がり、星見さんの顔を観察する。顔立ちは整っている。加えてあの才能。天堂さんや西條さんとは違った危機感を抱かせてくれる。

 

 ゆくゆくは私の道を阻む存在になるだろう。ならば、そうなる前に潰すべきか。

 彼女の鞄の中に入っているだろう果物ナイフに目をやる。

 

「…なんてね」

 

 なにを馬鹿らしい。舞台少女ならば、舞台の上で決着をつけるべきだ。

 私もそうであるし、星見さんもそう望んでいる。

 

 と、口元から垂れる涎に気づいた。ティッシュを1枚手に取り、口元を起こさないように慎重に拭く。

 が、意外にも敏感肌らしい星見さんは目を開けた。

 

「あ」

「…神楽さん?」

 

 まだ少し呆けた顔で私の名前を呟く彼女は、しかしやがて顔を真っ赤にして取り繕う。

 

「あれっ、寝てたっ?いつの間にっ」

「うん、いい写真が撮れた」

「撮ったの!?」

「冗談よ」

「本当よね!?」

「本当よ」

 

 映画″マスク″のジム・キャリーのように表情を変化させる。

 なるほど、確かにすごい才能の持ち主だ。

 

「人を揶揄うのも上手なのね…」

「揶揄い甲斐があって楽しいわ」

「悪女め」

「トップスタァになる為なら、私は悪女にでもなってみせましょう」

 

 芝居掛かった手振りと口調でそう言う。その姿を見た星見さんは堪えきれずに吹き出す。私もクスクスと笑う。

 

「今日は世話になったわ。ありがとう」

「いえ。こちらも貴方のことを知れてよかったわ」

 

 そう言って星見さんは手を差し出す。

 

「…これは?」

「握手よ。改めてこれからもよろしくね、って意味での」

 

 いつもの調子の声で、眼鏡をかけ直してそう言う。

 まあ、学友としてはこれからも助け、助けられる仲にもなるだろう。

 

「…ええ、よろしく」

 

 手を握る。

 1人のライバルとして、ゆくゆくは私を阻むだろう弊害として、1人の学友としての敬愛を込めての握手だ。

 

「はっ…くしゅ…っ」

 

 そんな畏まった空気に、1つの音がひびを入れた。

 その音の源は、目の前で私と握手をする星見純那だ。

 

 片手で鼻を押さえて、頬を赤くして目をそらしている。

 

 ああ、なるほど。

 どうやら私のが移ったらしい。

 

「……大丈夫だから」

「無理することはないわ。今日の恩もあるのよ、私が面倒を見るわ」

「いや、大丈夫だから」

「遠慮しないでいいわよ」

 

 笑顔を作る。所謂営業スマイルだ。感覚としては、″激昂″のレヴューで星見さんに向けた笑顔に近い。

 

「その顔!揶揄う気満々じゃない!」

「そんな酷いことしないわよ」

「今の貴方、シンデレラの姉みたいな悪い顔をしてるわよ!」

「気のせいよ、気のせい」

 

 翌日、予定があった大場さんに代わって彼女の看病を承った。

 仲はとても深まった。気がする。




 ひかじゅん個人的に推してます。
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