苺のなる木。
白いお皿の上に並べられた苺を、輝く目で舐め回すように見る華恋ちゃんとひかりちゃん。表現は悪いけれど、まるでハイエナのよう。
香子ちゃんのご実家から頂いたその苺は、花柳家の名に恥じぬ高級品なのだろう、と心躍らせていたけど、その予想は的中した。
紙袋から取り出すと、箱に記された名はあまりその道に詳しくなさそうな華恋ちゃんですら反応したほどだ。
「……華恋ちゃん」
「なに、まひるちゃん」
「苺は1人3つまでだよ」
「わかってるって!」
元気のいい返事が返ってくるけど、視線は苺から一瞬も離していない。私の声が本当に聞こえていたかもちょっと怪しい。
「……ひかりちゃん」
「わかってる。6つまで」
「増えてるよ、倍になってるよ」
一体ひかりちゃんは誰の分の苺を食べるつもりなんだろう。きっと私なんだろうけど。
「それじゃ…」
「いただきまぁす!」
「いただきます」
「……うん、いただきます」
苺を摘んで口に放り込む。口に入った瞬間、華恋ちゃんは声にならない声を上げて体をくねらせる。
「美味しい〜。さっすが香子ちゃん〜」
「うん、美味しい。さすが香子」
2人の言う通り、確かに美味しかった。
口の中で広がる甘さと酸味。バランスは程よくて、高級品の苺の名は伊達ではなかったことが私たちの口をもって証明された。
2つ3つと次々と豪快に口入れていく華恋ちゃんをよそに、ひかりちゃんは何やら苺をその細い指先で弄っていた。
「何してるの、ひかりちゃん」
「種、取ってる」
「種?」
「うん」
黙々と、残りの苺を狙っている幼馴染に気づかずに作業を続ける。
「こういう種みたいなのダメなの?」
「ううん、違う。この種を植えたら、また苺が成るかな、って」
どうやら苺を植えるつもりらしい。
「そうなんだ。でも、栽培の環境とかもあるから、難しいんじゃないかな」
「うん、わかってる。でも、寮のあの庭とかに植えたら、成ると思って」
「自然栽培ってこと?」
「そう」
ひかりちゃんの隣で、華恋ちゃんが尻尾を振っていた。もちろん、幻覚だけど。
「成らないのはわかってる。でも、そういう希望を持ちたいの」
「希望」
「私たちがこの寮にいる間には成らなくても、もしかしたら5年後10年後…この街から人がいなくなった頃に成るかもしれない。でも、成ってくれたら、この苺の種たちも、多分死んじゃってる私たちも笑顔になれるから」
テーブルの上に敷いたティッシュに、取った種を置く。
「これぐらいなら」
「…うん、出来るんじゃないかな」
実家が農家な私だからわかるが、苺はそう簡単にはならない。でも、ひかりちゃんの純粋で子供のように丸い目を見たら、もしかしたらなるんじゃないか、なんて思ってしまう。
もしかしたら、成るかもしれない。
この種たちも、死んじゃってるだろう私たちも笑顔になれる。
ひかりちゃんらしい、メルヘンチックだけれど優しい考えだ。
「我慢できないっ、いただきまーす!」
「華恋ちゃんステイッ!」
「くぅ〜ん…」
中学な頃使っていたバトンで華恋ちゃんを牽制する。使い方は100%間違っているだろうけど、ひかりちゃんの夢を壊させるわけにはいかない。
「……私の1個食べていいから」
「ほんとっ!?ありがとうまひるちゃん!」
本当は少し名残惜しいけれど、ひかりちゃんの植える種から成る苺、その分いっぱい食べようと思った。
ひかりちゃんと2人で、寮の裏庭の土を掘る。スコップで優しく、深すぎず浅すぎずに掘る。
「まひる、掘るの上手」
「うん、昔からやってて慣れてるから」
まさか聖翔音楽学園に入学して、自分の農業スキルが活かされる日が来るなんて。熱心に教えてくれたお父さんに感謝をしないと。
出来た堀に種を撒く。すぐに土の色と同化をして見えなくなったけど、ひかりちゃんは丁寧に土を被せた。隣の彼女の横顔を覗くと、慈愛に満ちた、普段はあまり見れない彼女らしからなぬ横顔だった。
意外に感じた自分の心と、らしくないひかりちゃんの表情にクスリと笑って、私も手伝った。
埋め終わり、最後はコップに注いだ水道水を撒く。湿って色が少し変わった土を見下ろして、2人で汚れた手を見せ合って笑い合う。
「その手、似合ってるよ」
「それ、田舎っぽいってこと?」
「うん、きっとそう」
「まあホントだから仕方ないかぁ」
膝を屈んで、そっと指先で土をなぞる。その下では苺の種が成長を少しずつ始めているのだろうか。
「いつになるかな」
私がそう呟くと、ひかりちゃんは「うーん」と声をあげる。
「1年後、がいいな、出来れば。みんなと一緒に食べたい」
「そうだね、1年後なら、まだみんなと一緒だからね」
1年後にならなくても、それでも構わない。ひかりちゃんは、この土から苺が成ることを重要視している。
たとえみんなと食べれなくても、苺がなってくれたら、それでいいのだ。
「その時は、最初の1口はまひるに食べさせてあげる」
「えっ、華恋ちゃんじゃなくていいの?」
ひかりちゃんの言葉に心底驚く。
こういったことは、ひかりちゃんは必ずといっていいほどに華恋ちゃんの名前を出すからだ。
私の驚きの声に、ひかりちゃんはは頷く。
「手伝ってくれたから。この苺たちも、それを望んでると思う」
ひかりちゃんに、見てもらえた。
多分、ひかりちゃんの性格や普段の言動から考えて、こういったことで華恋ちゃん以外の名前を引き合いに出したのは私が初めてだろうか。
そういう妄想を抱いて膨らませると、少し嬉しくなった。
ひかりちゃんに認めてもらえた気がして、鼓動が高鳴った。
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
ニヤケてしまう自分の頬を、あまり無い筋肉でなんとかいつも通りの微笑みを保つ。
「楽しみ。苺の木が成るの」
そのひかりちゃんの一言で、私の筋肉は力を失った。
そしてニヤケ顔ではなく、口角は下がって目も開いた––––––所謂、真顔というものだ。
––––––苺の木?
その単語に、私の頭の中ははてなまーくで覆い尽くされてパンクしそうだった。
「……ひかりちゃん」
「どうしたの?」
「苺の木、って言った?」
「うん、言った。とても楽しみ」
どうやら、ひかりちゃんはとんでもない勘違いをしているらしい。
「ひかりちゃん」
「なに?」
「苺って、木じゃないよ。生えてくるの、地面から」
「………嘘」
告げられた真実への拒絶か、それまで勘違いをしていた自分への恥じらいか、どっちかはわからないけど、どちらにせよひかりちゃんにとって衝撃的な事実だったらしく、身体は硬直して震えていた。
「そんな……私は17年間もの間、ずっと勘違いをしていたの……」
悲痛な声で呟く。私としては自然の摂理、曲げられない事実を教えただけなのだけど、可愛そうに見えてきた。
「だ、大丈夫だよっ。みんな子供の頃とかから勘違いしていることだからっ。無理もないよ、ね?」
フォローになっているのかよくわらないけど、私の顔を見上げるひかりちゃんの表情はいくらか明るかった。
一応のフォローは成功はしたらしい。
「華恋も、そう勘違いしてるかな…」
「ど、どうだろう…」
華恋ちゃんならあり得なくもないけど。
ちょっと(ちょっとどころじゃないと思うけど)ルームメイトを馬鹿にしてしまったことを反省しつつ、ひかりちゃんと共に部屋に戻る。
苺の成る木。
非現実的だけど、どこか希望の持てる不思議な響きだ。
そこに実がなるという事実に変わりはないのに、木というだけで、どこか明るく前向きな気持ちになれる。
実際に成るのは木じゃなくて、ただ生えてくるだけだけど。
それでも、ひかりちゃんは苺の成る木と言った。
「成るといいね、苺の木」
「……揶揄ってるの、まひる」
「ううん、本当にそう思ってるの」
何かの間違いと、ヘンテコな奇跡で、大きな気が生えてきてくれてたらな。
それはきっと、とてもステキなことだ。ひかりちゃんにとっても、私にとっても、苺を食べるみんなにとっても。
「早く成るといいなぁ、苺の木」
「もうそれ以上言わないで。恥ずかしい」
耳と頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。
言い過ぎちゃったかな。あとでお詫びとして私の苺をあげることにしよう。
そうして部屋の扉を開けると、口元を子供のように真っ赤にした華恋ちゃんが、何食わぬ顔でお皿に乗った苺を口に入れていた。
「……あ…」
私たちの姿に気づいた華恋ちゃん。そんなイタズラがバレた子供のような姿をした幼馴染を目にしたひかりちゃんの拳は震えていた。
「……華恋ちゃん」
「……はい」
「私は…まあ許すよ。でも、ひかりちゃんは…」
言い終える寸前。
「このバッ華恋ー!!」
「ごめんなさいひかりちゃん〜!!」
珍しく感情を露わにして声を荒げて、部屋の外に出て逃げ惑う華恋ちゃんを追いかけて行った。
「苺、全部ない」
怪盗に盗まれたように、苺が積まれていた箱は空っぽだった。これからこういった物を華恋ちゃんの前に出すときは、細心の注意を払うことにしよう。じゃないとすぐに無くなってしまう。
「……でも、仲良いなぁ」
純那ちゃんの怒声が聞こえるまでそう時間はないと思うけど、ああして2人で追いかけっこができるのは、心を許し合えている者同士だからなのだろう。
その事実が少し、羨ましかった。
時間にして5分ぐらい。
純那ちゃんの怒声と共に部屋に連れ戻された2人。肩で息をしていて、普段のレッスンよりも体力を使ったのだな、と少し呆れそうになった。
少し緊張気味の空気を和らげるために、華恋ちゃんに質問をしてみた。
「華恋ちゃん、苺の木って––––」
「え、苺の木?苺って木だっけ?」
どうやら華恋ちゃんは知っていたらしい。
このまひるは華恋のことが好きだけど、無自覚にひかりにも惹かれているというなんとも罪深い設定です。