千のスキルを持つ男 異世界で召喚獣はじめました! 作:長野文三郎
早朝から兵隊たちの声が響き渡っている。
軍港の朝は早く6時には訓練開始だ。
俺たちはお客様扱いだから参加義務はないのだが、周りは全員起きているし、早く行かなければ食堂の飯もなくなると聞いてみんなと同じ5時起床になった。
兵隊用の食事だけあって贅沢ではないが朝からたっぷり食べることが出来た。
メニューは豆入りの野菜スープとパン、チーズに干しブドウと割合バランスがとれている。
朝食が終われば特にすることもないのでインゴ君に案内してもらって練兵の様子を見学した。
訓練は挨拶、啓礼の練習から始まる。
俺たちもクララ様からある程度の訓練は受けているのだが、水兵と警備隊員はやり方がちょっと違うようだ。
それが終わると今度は体力をつけるために重装備を背負っての行進だ。
え?
俺たちもですか?
こういう時に断れないのが日本人……。
行進は練兵場の中だけかと思ったら、装備を担いだまま郊外へと連れ出されてしまった。
どこまでいくんだろう?
「先輩……飽きちゃった」
そうだよな。
もう40分以上も行進しているのだが、まだまだ続きそうだ。
回復魔法のお陰で疲労はないけどちょっとうんざりだ。
結局、行進は1時間も続いてようやく終了した。
ここはどこだよ?
すっかり街から離れた場所まで連れてこられてしまった。
「水兵なのに行進が必要なんだ」
「上陸作戦もするからね」
インゴ君の説明によるとここの兵士たちは海兵隊とか水軍陸戦隊みたいな感じの任務をこなすようだ。
バーデン湖やラインガ川は海ほど広くないから、操船だけしているわけにはいかないのかもしれない。
「休憩を挟んで魔導砲の訓練がはじまるよ」
おお!
それが見たかったのだ。
現れた魔導砲は予想以上に小さなものだった。
長さは1メートルくらい、直径も30センチ程の筒状をしていて、馬がひく木製の荷車に乗せられている。
5人一組で運用していた。
「思ってたより小さいな。お台場に砲台の設置台が残ってただろ? あれを想像してた」
「ああ、あそこのは36ポンド砲ですからね」
吉岡め、相変わらずの無駄知識だな。
惚れてしまいそうになるぞ。
ところで36ポンドって何の数字だよ?
口径?
ああ、砲弾の重さね。
へぇ~。
「ここにあるのは野戦用の魔導砲だから動かしやすいこのサイズなんだ。港に行けば拠点防衛用の大型魔導砲もあるけど立ち入りは禁止だよ」
つまりこれは歩兵や騎兵も支援できる、ちっちゃい魔導砲なのね。
確かに小回りがききそうだ。
「それでは小型砲の訓練を開始する! 配置につけぇ!」
指揮官の号令で兵士たちは一斉に動き出した。
先ずは馬を外して砲を固定することから始まる。
きちんと水平器をつかって設置しているぞ。
その間に物干し竿みたいに長い槍を持った歩兵が両脇で方陣を作り、その背後に弓兵が並ぶ。
「魔導騎兵の強襲から砲を守るための歩兵だよ」
魔導騎兵とはクララ様のような魔法を使える騎士のことだ。
それから専門の人が望遠鏡で目標までの距離と高低差を経験に基づく感覚で測って狙いを定める。
「魔石を込こめろぉ!」
狙いが定まったら木製の容器に入った粉末状の魔石を砲身の横に開いた穴に入れる。
粉末魔石の量と角度で射程距離が決まるのは昔の大砲と同じだ。
だけど魔石に含まれる魔力エネルギー自体をぶつける兵器なので砲弾はない。
「あれなら大砲より運用が簡単そうですよね」
そうなの?
「だって砲弾が無ければ兵士の運ぶ荷物の量が減るじゃないですか」
砲弾って一発で20キロくらいありそうだもんね。
5発持ってればそれだけで100キロか。
発射準備が整ったようだ。
弾込めがないせいか結構早い。
標的は原っぱの向こうに見える小高い丘の上に建てられた木の杭だ。
「あそこまでどれくらいあるの?」
「600メートルだ」
赤く塗られた大きな杭のようだが、ここから見るととても小さくて命中するとは思えない。
「発射準備完了しましたぁ!」
「完了確認! ……撃てぇ!」
射手が手を触れると、砲身に付けられたプレートの魔法陣が輝き、赤い光が飛び出したと思った刹那に標的付近の大地が爆音とともに弾けた。
右少し手前にそれたけどすごい威力だ。
「照準修正せよぉ!」
望遠鏡を覗いて着弾を確認していた男が指示を出し、他の3人が方向や角度を修正して、残った1人が粉末魔石の量を量っている。
準備ができるとすぐに第二射を発射。
今度は命中させた。
「たった2発で命中するんだ!」
「あの班は部隊の中でも特に腕利きなんだ」
説明してくれるインゴ君も憧れの目で見ている。
砲兵は歩兵よりも給料がよく、部隊の中でもエリート扱いになるそうだ。
野戦砲でこの威力なのだから大型なら更に高出力なのだろうな。
しかも砲身につけられた魔法陣プレートは付け替えることが可能だ。
今回は「地」の魔法陣で物理衝撃を与える魔法弾を撃った。
城壁を壊したりするならこの魔法弾が有効だ。
しかし対人兵器として使うにはあまりに威力が局所的になる。
そこでその場合は「火」の魔法陣プレートに付け替える。
こうすると榴弾のように燃え広がる魔法弾が発射される。
このように使用目的によってプレートを変えるだけで魔法弾がフレキシブルに変化するのが魔導砲最大の利点と言えた。
「水は火事の場合に散水したり、暴動鎮圧用に使ったりもするね」
「じゃあ風は?」
ワクワクしながら聞いたのだがインゴ君は首をひねっている。
「風の魔法陣プレートもあるんだけど、使ってるのを見たことがないなぁ」
風魔法のプレートは圧縮されたガスが出るだけなので使用する機会があまりないそうだ。
なんか勿体ないぞ。
「魔導砲の圧縮空気でピストンを動かせたら産業革命が起きるぜ!」
「おお、今日の先輩は冴えてるなぁ! 別に風魔法じゃなくても火魔法や水魔法で蒸気タービンを動かすという手もありますよ」
帆船の時代が終わっちゃいますなぁ!
でも俺たち二人とも工学系じゃないから作るのは無理だ。
この世界の頭の良いやつに概念だけ説明して作らせるのもいいな。
だけど、まだ金が足りないか。
技術投資するにはもう少し儲けないとな。
全ては資本家になれるだけの金を稼いでからの話だ。
とらぬ狸の皮算用で盛り上がる俺たちを痛い生物でも眺めるようにインゴ君が見ていた。
でも、そもそもインゴ君が誘ってくれたおかげで魔導砲を間近で見ることが出来たのだ。
引き続きちゃんとお礼をしておこう。
「ほらインゴ君、今日のお礼だよ。とっておいてくれたまえ」
俺はもう一枚グラビアページを切り取ってインゴ君にあげた。
「あっ! さやかちゃん!」
名前も覚えちゃったのね。
これなら言わなくても大事にしてくれそうだ。
インゴ君の宝物が増えて俺たちも嬉しいよ。
バスト88センチのFカップだって。
すごいよねぇ~。
その後も訓練は続き、15時過ぎにようやく終了した。
だけど終わってからまた1時間兵舎までの行進が残っていた。
「先輩、自分は兵隊に向いていません」
「俺もだ」
地球で生きてきた俺たちには
基本的にクララ様の命令以外はあんまりききたくないんだよね。
「やっぱり、さっさと武功を上げて貴族になっちゃいましょう」
「賛成は賛成なんだけど、俺としてはクララ様の従者が……」
「先輩のM気質は尊重してあげます。だからクララ様を出世させて俺たちは部下の貴族に収まりましょう」
M気質って……そんな性癖はない!
……と思う。
痛いのは嫌いだもん。
でも相手がクララ様なら……。
「ふっ、私に任せておけばいいのだ。力を抜け……」
やべえ、意外と好きかも……。
でもでも、逆も萌える!
「くっ、好きにすればいい……」
言わせてみたい!
…………コホン。
それはともかく吉岡の提案は悪くないな。
影の実力者ぽくて格好いいではないか!
その晩は吉岡と「貴族への道」で大いに盛り上がった。
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インゴ・トロイは自宅の居間で最愛の人との別れを惜しんでいた。
数えてみれば出合ってもう18年が経っている。
目を閉じれば過ぎ去った歳月が喜びと悲しみに彩られて胸を去来した。
「父さん、僕に用だって?」
部屋に入ってきたのは長男のハンスだった。
「ああ。そこにかけなさい」
言われると息子のハンスは素直に椅子に腰かけた。
我が子ながらいい若者に育ってくれたとインゴは神に感謝した。
「いよいよ入隊式だな」
「うん。ちょっと不安だけどね」
息子が自分と同じ水兵になりたいと言った時、インゴは一人で泣いた。
それくらいうれしかったのだ。
妻は不安そうにしていたが、息子が自分の仕事と自分自身を認めてくれたと感じてインゴは溢れ出る涙が止められなかった。
いよいよ息子はあした旅立つ。
その前にどうしても渡しておかなければならないものがあった。
「ハンス、これを持って行って欲しい」
インゴは一通の封筒を取り出した。
「ブレガンツ防衛作戦、マイウー島上陸作戦、アストリア侵攻作戦……、父さんの命が危険にさらされる度に父さんを守ってくれた大切なお守りだ」
「父さん……。そんな大事なものをいいのかい?」
「ああ。……お前にもっていて欲しいんだ」
「わかった。ありがとう」
ハンスは封筒を持って部屋から出て行った。
インゴの頬を二筋の涙がつたう。
さようなら。そしてありがとう。
いつだって君は僕を支え、慰め、力づけてくれた。
君と別れるのは本当に辛いけど、今度は僕の息子を支えてやって欲しい。
万感の思いと共にインゴの口から最愛の人の名前がこぼれる。
「さようなら、さやかちゃん……」
インゴがコウタ達と出合って18年目の春の日だった。