煌々と燃え盛る橙の炎。大地を灼き尽くし、天を衝くほどに高く燃え上がる火柱。
――はずであった。
「さすがに、今のは本気で焦ったぞ……」
「そのマント、サイズ調整できるのかよ……ッ!」
しかし、マントという形状性質上、基本的に肩から下を防ぐことしかできず、少し持ち上げることで頭部への攻撃が防げても、今度は足元への攻撃が防げなくなる。
故に、全身を覆い尽くすような広範囲への攻撃は、防ぎきれないものだと、悠生は判断していた。
だが、覚悟の持つアームズ『フレキシブルトリガー』の弾丸がギア特性とは関係なく偏向可能であるように、いくつかのアームズには、アームズ自体が持つ特殊性があるのだ。
総交を守るマントの場合、エモーショナルエナジーを注ぎ込むことでマントのサイズを拡大し、防御範囲を広げることができた。これを、悠生は計算に入れていなかった。
攻撃と力に特化した悠生、防御と技に特化した総交。対極に位置する両者の状況は拮抗しているものの、その実力はというと、こちらは決して狭まっていない。
そもそも、この戦いがこれほどまでに長引いている原因は、ひとえに『相性の良し悪し』という一点に限る。
攻撃と力、圧倒的なパワーと火力によって攻め続けることで勝利へ繋ぐ悠生のスタイルは、あらゆるエネルギー値をゼロに変換するという防御特化のギア特性とかなり相性が悪い。
高い攻撃力と火力というものは、すなわち高い『エネルギー値』をそのままぶつけるという意味だからだ。
「範囲攻撃もダメ。一点突破もダメ。となると……もう形振り構ってる暇はねーな。悪いが総交、もう命乞いはしてくれんなよ。さすがに、もう加減ができねーからな」
「まるで今までは手加減していたかのような口ぶりだな」
「してたからな」
あの圧倒的な破壊力を誇るオーヴァーデストラクトも、あの絶対的な火力を誇る劫火拳乱も、悠生にとっては大したものではない。
彼にとって、強さとは力。力とはパワー。そして、そのパワーを十全に活かすために必要なものとは、型に嵌まりきった「技」ではなく、自由にその力を揮うことのできるデタラメスタイルなのだ。
だからこそ、悠生は言う。「もう命乞いはするな」と。既に、オーヴァーデストラクトと劫火拳乱が総交に通用しないことはわかった。だったら、悠生もその全力を出し切るしかない。
「スヴィルカーニィ! 火をよこせ!」
『了解。温度あるものの熱量を操作します』
悠生の右拳から放たれる無数の火球をかわしながらも、総交は反撃の機会を窺い続けた。
総交にとって、悠生は間違いなく強敵だ。だからこそ、自分は悠生の一挙一動に対して最大限の注意を払っている。
しかし、悠生にとっての総交は、そうではない。力を加減していても、自分が負けるビジョンは存在しないと豪語するに憚らない。
そこに、油断という「弱み」があると総交は判断していた。
(大郷悠生の基本スタイルは、最強のパワーと火力を持つ右の拳によるパンチが軸。だとすれば、パンチの威力を最大限引き出すために足はほとんど大地についているはず。キックの心配はしなくてもいい)
パンチ主体のスタイルを安定させるためには、衝撃を前に打ち込むための
ともなれば、その足をキックに転じさせることは考えられない。メインウェポンとなる右拳に最大限の注意を払いつつ、上半身の動きに集中すれば、攻撃の軌道自体は読みやすい。
悠生の拳が、愚かしいほど真っ直ぐに総交の顔面へと迫る。だが、総交とて「格闘技」の専門家だ。「格闘」という総合的な戦力では悠生に敵わなくとも、格闘に必要な「技術」については、彼よりも秀でていると言っていい。
拳を突き出すモーションひとつでも捉えることができれば、そしてその時、五体が思うように動く状態であるのならば、かわすルートはいくらでも「見えて」くる。
(大郷悠生のパワーを「受け止める」ならマント。「かわす」なら攻撃のモーションを見極めればいい。だが、こちらの攻撃を『ダメージ』にできるだけの力が、俺にはない……)
もはや「海凪総交の攻撃」によるダメージは望めそうもない。だが、いくら人間をやめていそうなほどの力を持っているとしても、大郷悠生も人間であることには違いない。
ならば、つけ入る隙は必ずどこかにあるはず。元より隙の少なくない悠生が相手だ。少しずつでも確実にダメージを与えていけば、いつかはそのダメージが大きな逆転のチャンスに変わるだろう。
その一瞬のために、今は防御に徹することが最良の選択になるはずだ。そう考えていた。
だが、その予想はあまりにも甘かった。
「どらぁッ!」
「な、ぁ……ッ!?」
悠生の拳が大地を叩くと、僅かに数瞬のラグを伴い、地面が大きく陥没した。無論、足場を失った総交の体勢は崩れ、クレーターの中心まで転がっていく。
拙い、と思うことすら遅かった。総交が慌てて体勢を元に戻した直後、ようやく自分の視界の中に悠生がいないことに気付いた。
雑木林が原型を留めていた先程までとは違い、既に木々は焼け崩れ、大地はあちこちが陥没している。障害物の少ないこの状況下で、悠生ほどの巨体を見失うとしたら、それは――。
「上かッ!」
太陽にも似た巨大な光の玉が、天を照らした。
スヴィルカーニィのギア特性「炎熱操作」は、既に一定量の「熱」を持っているものの熱量を増幅させ、光を纏わせることで炎として可視化させる力だ。
つまり、周囲に熱を放つものがない今、あれほどの熱量を維持できるものがあるとすれば、それは悠生以外にはありえない。それ即ち、あの光の中心部に悠生がいることの証左であった。
「あれほどの熱量と影響範囲……中心にいる大郷悠生さえも無事ではあるまい。ここで決着をつけるつもりか……! ディープブルー!」
『了解。接触したエネルギーの値をゼロにします』
全身を覆うようにマントを纏った直後、光に覆われた悠生が総交へと落下。
かつて雑木林だった半径5km圏内がすべて灼熱焦土へと変わり果てていくその光景は、まさしく地獄と呼ぶに相応しいものだった。
しかし、総交とディープブルーは、そんな地獄すらも耐え抜き、逆にこの地獄を生み出した代償として、心身ともに燃え尽きた悠生がそこに立っていた。
――はずだった。
「……化け物め」
「おうとも」
マントを翻した総交が見たもの。
それは、満身創痍どころか未だ無傷で健在し、その左拳を振りかぶった悠生の姿であった。
◆
「……壊れてねーか、スヴィルカーニィ」
総交を撃破した悠生は、未だ燃え盛る炎たちを治めながら、スヴィルカーニィに問いかけた。
戦いの終盤で見せた、太陽にも似た光の玉。あれは、スヴィルカーニィのギア特性である「熱量調整」をフル稼働したことによる、超高熱光球。
普段、相手を殺さないために「低火力」に設定し、なおかつ「技」という手枷足枷によって「低威力」に抑えた悠生が、それらを取っ払うことによって発揮する真の力がそれだ。
それだけに、スヴィルカーニィへの負担は少なくないものだったが、スヴィルカーニィは短く答えた。
『問題ありません。それよりも急ぎましょう。フレンドたちが、まだ戦っています』
そうだ、総交を倒したとしても、未だ